美香の誕生日(前編)

 カーテンを開けて窓を開ける。

 気持ちのいい風が髪を揺らし、朝陽を肌で感じる。

 今日は良い日になりそうだ。

 根拠はないが、そんな気持ちになる爽やかな朝。


 時刻は、午前8時。

 学校がある平日よりは少し遅いが、日曜日にしては早起きだ。

 だいたい日曜日は、後2時間ぐらい遅く起きている日が多い。


 部屋のドアを開けると一階からドライヤーの音が聞こえた。


 リビングに行くと朝食がテーブルに並んでいて、ソファーには髪を乾かしている優美がいた。

 風呂上がりで暑いのか、裾が股下ぎりぎりまでしかないチュニックパジャマを上だけ着ていて、下は無防備な生足がたわわな太股から足のつま先まで剥きだしになっている。


 「隼人さん、おはようございます」


 「あぁ、おはよう。 じゃなくて、下も履いてくれ!」


 「履いてますよ? さすがに、暑くてもパンツは大事ですからね」


 「パンツ以外にも大事な物はあるから! パジャマは、下も大事だから!」


 「これは、下がないタイプなんです」


 「うそつくな! この前、上下セットで着ていたの見たぞ!」


 「隼人さんも、お風呂上がりにTシャツにボクサーパンツだけで、リビングうろうろしている時ありますよね?」


 「まぁ、ごく稀にあるけど、だいたいそういう時は夜中に風呂入った時だ。 それに、俺は親父にそんな姿を見られても困らないが、今のお前の格好を親父に見られたら困るだろ?」


 「おじさんなら、さっきまでここにいましたよ。 隼人さんの足音が聞こえてすぐ家を飛び出して仕事に行ったみたいですが」


 「あの親父! 確信犯だな!」


 「そんなことより、朝食を食べましょ」


 「あぁ、そういえば、これは優美が作ってくれたのか?」


 「朝食は、俺に任せて、君はソファーに座って髪を乾かすんだ!って言いながらおじさんが作ってくれました」


 「ドライヤーするのって暑いもんな」


 暑ければ、下を履くこともないと思ったのだろう。

 なんてやつだ。


 けど、親父が作った朝食はおいしくいただいた。


 朝食を食べ終わり、歯を磨いて、寝癖を直して服を着替える。

 準備万端。

 優美がリビングで、待っていると言っていたので再びリビングで合流。


 優美も、私服に着替えていた。

 当然だが、下も履いている。

 黒のスカートに、白黒のボーダーのロンT。

 シンプルだが、何を着ても似合っている気がする。


 俺は、いつも通り、グレーのパーカーに黒のジーンズだ。


 「じゃあ、行こうか」


 「はい。 行きましょう」


 電車に乗って、隣町のショッピングモールに移動。

 何を買うか決めていなかったので、だいたいなんでも売っている場所に来たというわけだ。


 「鞄とかどうですかね?」


 「美香が鞄持ってるの、あんまり見ないな」


 「靴とかは?」


 「そりゃ、靴は履くだろうけど、サイズを知らないな」


 ショッピングモールを歩きながら約15分。

 こんな会話ばかりが続いた。


 「小物売り場に行きましょう」


 「それなら、2階に女の子向けの売り場があったはずだ」


 2階に移動して女の子向けの小物売り場に到着。

 さすがに、店内には女の子ばかりだ。

 その光景に入口で思わず足が止まってしまう。


 「どうしたんですか?」


 「いや、ちょっとこういう店って男は入りにくいなと思って」


 「大丈夫ですよ。 ほら、行きますよ」


 優美に、手を引っ張られて店内に入る。


 「これなんかどうですかね?」


 「かわいいんじゃないか? それなら、スクールバッグにもつけられるな」


 「ですよね! かわいいですよね!」


 「そんなに気に入ってるなら自分のも買えば良いんじゃないか?」


 「それだとペアになってしまうじゃないですか」


 「別に良いんじゃないか?」


 何やら葛藤するように、白猫のぬいぐるみを見つめたり、頭をかかえたりしている優美。

 キーホルダーもついているし、大きさてきにも鞄につけられそうだ。

 それにしても、優美は猫が好きなんだな。

 たしか、初デートの時もUFOキャッチャーで猫のぬいぐるみをリクエストしてきた。

 ぬいぐるみは気に入っているが、ペアが恥ずかしいのだろうか?


 「1つはプレゼントなので、ラッピングしてもらえますか?」


 何やら葛藤を終えた優美は、白猫のぬいぐるみを2つレジに持っていった。


 優美が葛藤している間に、俺はネックレスを見つけて購入した。

 シンプルなハートのデザインのネックレスだ。


 「プレゼント買えたし、帰るか」


 「そうですね。 13時まで、少し時間に余裕はありますが」


 「昼飯はどうする?」


 「鍋は夜ですよね? せっかくなので、何か食べてから帰りましょうか」


 「そうだな。 少しはやいけどフードコートで軽く食べてから帰るか」


 時計を見たらまだ11時過ぎ。

 帰り道に30分もかからないから、集合時間に遅れることはないだろう。


 フードコートの中にあるファーストフードの王道、ハンバーガーショップで軽く昼食を取ることにした。


 注文を終えて、席を探していると見慣れた人物を発見。


 「あれ? 隼人に優美ちゃんじゃないか! 何してるんだ?」


 トレーの上にタコ焼きをのせて、近付いてきたのは勇太だ。


 「席を探してるんだよ」


 「そういう意味で聞いたんじゃないんだが、立ち話もあれだ。 さっき、香織ちゃんと偶然会って、席取ってるから一緒に食べようぜ」


 「白石さんもいるのか。 みんな考えることは同じだな」


 勇太に案内されて、白石さんが待つ席に移動。

 先に注文を終えた白石さんが席できつねうどんを食べていた。

 みんな考えることは一緒だが、食べている物はバラバラだ。

 様々な店舗が入っているフードコートならではの光景である。


 席に座り、勇太と白石さんが持っていた紙袋に目がいく。


 「やっぱり、みんなプレゼント買いに来てたんだな」


 「私は昨日まで、美香ちゃんの誕生日が今日って知らなかったので、慌てて買いにきました」


 「俺は、すっかり忘れていたよ。 隼人は、友達の誕生日とか忘れたりしないタイプなのか?」


 「いや、お前の誕生日は覚えてすらないよ」


 「なんだと!? それでも、親友か!」


 「そんなことより、二人は美香に渡すプレゼント何買ったんだよ?」


 「俺は、猫耳と装着できる猫のしっぽ」


 「なんというか、さすがだな」


 あほな勇太らしいプレゼントだ。


 「私は、メイド服です。 後、ケーキも買ってあります」


 「なんというか、さすがだな」


 コスプレ好きの白石さんらしいプレゼントだ。

 ケーキも用意しているところが、さすがと言った感じだ。 


 「なるほど。 つまり、美香さんは今日から猫耳メイドになるわけですね」


 「いや、ならないだろ! そもそも、美香がそんな格好するのがイメージできない」 


 「美香ちゃんなら似合うと思うんですが……」


 「俺は、みかんなら装着してくれると信じている」


 「いくら誕生日プレゼントでも、美香は着ないような気がするが……」


 「そうだ! みんなでやれば良いんですよ!」


 「え?」


 「マジ?」


 「本気ですか?」


 「夜の鍋までの時間潰しにもなりますし、何より楽しいじゃないですか! 私、みなさんの衣装も持って行きますから!」


 いつもは内気でおとなしい白石さんが、積極的だ。

 一ヶ月前までは、コスプレのことも隠していたのが嘘のようだ。

 ちなみに、テレビにコスプレして白石さんが出ていたことは、まだ秘密のままだ。

 ただ、部活のPR写真にはいまだに、エルフ姿の白石さんが写っている写真があるので、部員全員が白石さんはコスプレ好きということは知っている。


 「それでは、私は準備がありますから一回家に帰るのでお先に失礼します!」


 うどんを食べ終わると白石さんは、走って行ってしまった。


 「……」


 「……」


 「……」


 「とりあえず、美香の家行くか」


 「そうだな」


 「なんだか、大変なことになりそうですね」


 初デートの時は俺にコスプレさして、自分もコスプレしてプリクラ撮ったのに、優美は困り顔だった。

 やっぱり、みんなの前でするのは恥ずかしいのだろうか?

 ちなみに、俺はすごく恥ずかしいからできれば遠慮したい。


 3人でショッピングモールを出て、駅に向かい、電車に乗る。

 電車を降りてからは、勇太と優美と昨日のテレビの話をしながら美香の家に向かった。

 予定よりちょっとはやいが隣にある俺の家に寄ることもなく、美香の家に到着。


 ピーンポーン


 ドアが開き、美香が出てきた。


 「あれ? ちょっとはやくない?」


 「買い物行ったら偶然、勇太と白石さんと会ってそのまま来たんだ」


 「ん? 香織おらんやん」


 「まぁ、いろいろあってな」


 「よくわからんけど、中入って」


 「お邪魔します」


 美香に招き入れられて、勇太と優美と俺は、美香の家の中に入った。

 家は隣だが、美香の家に入るのは久しぶりだ。

 美香の家に来ることよりも、美香が俺の家に来ることのほうが多いのだ。

 それでも、小さい頃はよく来ていたから自分の家じゃないのに、なんだか慣れ親しんだ家だ。


 2階の美香の部屋は少し見ないうちに、女の子の部屋になっていた。

 きれいに片付けられており、白を基調とした部屋は清潔感を感じる。


 「久しぶりに来たけど、きれいにしてるんだな」


 「おぉ、みかんにしてはちゃんと女の子の部屋って感じだ」


 「うちにしては、ってどういう意味? それに、部屋だって別にきれいじゃなく、普通やと思うけど」


 優美がなんだか小さく舌打ちをしたような気がした。

 優美は部屋が散らかっているタイプだからおそらく八つ当たりだ。


 ピーンポーン


 「白石さんかな?」


 「うち、ちょっと出迎えに行ってくる。 部屋あさったりしんといてよ!」


 部屋を出て、美香が階段を下りる足音が聞こえる。


 「今のは、フリというやつですよね?」


 美香が、下に降りたのを確認してから優美がそう問い掛けてきた。

 何やらすごく悪そうな顔をしている。


 「その通りだ。 優美ちゃん、タンスは任せた! 俺は机の引き出しを担当する!」


 「かしこまりました」


 「おいおい、さすがにそれはまずいんじゃないか?」


 物色する勇太と優美を止めるが、二人はやめる気配がない。


 「おぉ! あの女、意外と大胆な下着を! これは、すごい! 私の想像以上です!」


 いつも口調だけは丁寧な優美が、美香のことをあの女呼ばわりしていた。

 けど、そんなことよりちょっと下着が気になる自分がいた。


 「おっ! 隼人とみかんの小さい頃の写真だ!」


 「私にも見せてください!」


 美香の下着を持ったまま、勇太と一緒に写真を見る優美。

 こんな光景、美香にばれたら何をされるかわからない状況だ。


 「二人とも、そろそろマジでやめておけ! どうなっても知らないぞ!」


 途端に階段を上がる足音が聞こえてきた。

 素早く写真を引き出しに戻す勇太。

 タンスに下着を戻そうとして、慌てた優美が転んで美香の下着が宙を舞う。


 「なんかすごい音したけど、大丈夫!?」


 優美が転んだ音が響いたのだろう。

 美香がドアを開けて、心配そうな声をあげていた。


 「って、あんた何やってんの!?」


 美香の右ストレートが顔面向かって飛んできた。

 ドアから一番近くにいた俺が被害を受けてしまった。

 俺は、美香の右ストレートを喰らい倒れ込んだ。


 薄れゆく意識の中で、倒れた直後、ピンクの薄い布が俺の顔に落ちてきた。 



 数分後、心配そうに声をかけてくれている白石さんの声が聞こえてきた。


 「水町くん! 水町くん!」


 「私じゃないんです。 全ては、勇太さんの命令なんです」


 「俺じゃない! 待て、みかん! 落ちつけ! すいませんでした!」


 「許すわけないでしょ! 待て、勇太! 逃げるな!」


 一瞬失った意識を取り戻すとなかなかにカオスな状況だった。


 逃げようとした勇太が美香に捕まってぼこぼこにされたことで、一旦収まりがついた。

 ちなみに、優美は全ての罪を勇太になすりつけて無傷だった。

 何もしていない俺が被害を受けたというのに、なんてやつだ。


 「では、改めてパーティーを始めましょうか」


 ほとぼりが冷めて部屋を片付け、白石さんの一言でパーティーが始まった。


 さっそく電気を消して、白石さんが持ってきたケーキのロウソクに火をつける。

 やはり、誕生日といえばこれをやらなければ始まらないといった恒例行事だ。


 「フゥー」


 勢いよく、ロウソクの火を消す美香。


 「美香、誕生日おめでとう」


 「美香さん、おめでとうございます」


 「美香ちゃん、お誕生おめでとう!」


 「みかん、おめでとう!」


 「みんな、ありがとう!」


 次々に、おめでとうと言いながら拍手をした。

 少し恥ずかしそうにしているが、嬉しそうな美香。

 さすがに、高校生なので歌は歌わなかったが、実に誕生日らしい感じだ。

 電気をつけて白石さんがケーキを切り分けてくれた。


 「夜の鍋するまでは、何するん?」


 「私がしっかり考えて準備してきました!」


 「香織が? 何かゲームとかするん?」


 「コスプレパーティーです!」


 やはりやる気のようだ。

 ケーキを食べながら他人のふりをする俺と優美と勇太。


 「え!? ホンマに!? うちコスプレなんかしたことないんやけど……」


 「大丈夫です! 私に全てお任せください!」


 不安そうな顔の美香と自信満々な白石さん。

 なんだかいつもと正反対だ。


 俺は、なんとかしてコスプレをしなくて済む方法がないか考えながら、ゆっくりとケーキを口に運んでいた。

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