女の友情は美しい!

 「さて、何を作る?」


 美香と一緒に台所に立ち、今日のメニューをどうするか聞いてみた。 

 美香には弁当を作ってもらったことはあるが一緒に作るのは初めてだ。


 「肉じゃが! あと、大根と水菜のサラダ!」


 迷うことなく美香は言いきった。


 「もしかしてメニュー考えてきてくれたのか?」


 「そんなわけないでしょ! 昨日テレビで作ってるの見て食べたかっただけよ!」


 そう言いながら美香はピンクの布地に真っ白なウサギが女の子らしくかわいらしい印象を受けるエプロンを装着。

 美香は赤のロンTに黒のホットパンツというラフな格好だがすごく似合っている。

 エプロンを装着すると髪をポニーテールにした。

 

 「似合うな……」


 思わず呟いてしまった。

 幼なじみはツインテール。

 ポニーテールは陸上部。

 それが世界の掟だと思っていたがどうやらそんなことはないらしい。


 「そ、そうかな? うちにしてはちょっと女の子しすぎてないかな?」


 美香は、右手で前髪をいじりながらなんだかそわそわしていた。

 もしかして照れてるのかな?


 「内面は男らしいから大丈夫だよ!」


 「死ね! アホー!」


 褒めたつもりが怒鳴られた。

 

 「何怒ってんだよ。 さぁ、作ろうぜ」


 突然怒りだした美香の頭をポンっと軽く叩いて、料理を始めた。

 美香は思いのほか手際良く、作業をこなしていた。

 誰かと何かを作るのはやっぱり楽しいと思いながら俺は気付いたらに笑顔になっていた。

 美香も、なんだか楽しそうに鼻歌を歌っている。

 美香は昔は細かい作業が苦手な女の子だった。

 小学生の時、家庭科の時間に作ったナップサックを縫ってはいけないとこも縫ってしまって開かずの鞄となったり、調理実習の時間に野菜炒めを作った時は玉葱の薄皮だけでなく中身も全て剥いてしまって気付いたら玉葱が親指サイズになっていた。

 けど、美香はいつもこっそり練習して苦手な事を克服していた。

 誰かに褒められたり成績のためにそうしていたのではなく、おそらく美香は昔から変わらずに負けず嫌いなのだ。

 だから、努力して負けていた時は本当に悔しそうにしていた。

 俺の前では決して泣かない美香だが、家では泣きながら「負けたことが悔しいのじゃなく、努力が足りなかったのが悔しい」とよく言っていたと美香の母親から聞いたことがある。

 ちなみに、美香は俺と同じ高校だが普通科ではなく芸術科だ。

 昔は絵が上手かったわけではないが今は学年で一番上手いと言われているらしい。

 おそらく他のやつらの何倍も努力したんだと思う。

 

 俺はなんでもある程度はできるタイプだったから何かに本気で打ち込んだことがない。

 だから高二になった今でもスポーツも勉強も苦手ではないが得意というほど何かに突出していない。

 努力したら突出していたかもしれないが……

 いや、そんな言い訳をするのはやめよう。

 努力していないから普通止まりの平凡なやつになってしまうのは当たり前だ。

 いや、これもなんだか言い訳みたいだな……

 なりたいものが全くなかったわけじゃない、ただ覚悟というやつを決めることができなかっただけだ。

 小さい頃から最初からある程度はなんでもできてみんなには「なんでも簡単にできてすごい」って言われてたことに甘えてその先に手を伸ばすのを恐れていたのだ。

 本気で頑張って、もし結果を出せなかったら……

 そんなことをつい考えてしまって傷つかないように、リスクを恐れて生きてきたのだ。

 だからこそ、美香のことは尊敬している。


 「ほら、手が止まってるよ!」


 「あぁ、悪い。 ちょっと考え事をしてた」


 「隼人、最近ボーっとしてる事多いよね。 何か悩み事?」


 珍しく美香が少し心配そうな顔をしている。

 いつも強気な美香が弱々しい顔を見せると俺はいつもなぜか強がってしまう。


 「なんでもないよ。 全然、大丈夫だ!」


 俺は美香にニコッと微笑みかけた。

 しかし、作り笑いにも似たその笑顔で毎回騙せるほど美香は甘くないようだ。


 「そう、じゃあいいけど……」


 全然良くなさそうな顔だ。

 本当は相談とかして欲しいのだろうか?

 けど俺は……


 「なんですか? 二人して不景気な顔して」


 後ろを振り返ると優美がいた。


 「優美!? 起きてきたのか?」


 「はい。 この前は喧嘩みたいになっちゃったけど美香さんとも久しぶりにお話したくて」


 「久しぶり? うちは、あんたのことなんか知らへんよ」


 やはり美香も気付いていないようだ。

 そりゃそうだろう。

 まさか、あの坊主頭の男の子が優美だとは誰も思わないだろう。


 「あらためまして、神咲 優美と申します」


 「うちは、隼人の幼なじみの工藤 美香よ!」


 昨日は勢い任せに口喧嘩みたいになったが、今日は二人とも名前を名乗った。

 だが、それがなんだか逆に戦いの合図にも見えた。

 なぜなら二人の間に科学現象では解明できない火花のようなものが見えるからだ。

 よし、ここは一発、俺のギャグで場を和ましてやろう。


 「俺は、水町 隼人だ! みんな、よろしくな!」


 優美と美香がチラっと横目で俺を見た。

 だが、二人とも笑うこともなく再び優美と美香の視線がぶつかりあっている。

 俺は右手をあげて作り笑いをしたまま石化して背景Aとなった。


 「それで、あんたは隼人のなんなのよ!? うちのことも知ってるみたいに言ってたけど」


 「私は、隼人さんと美香さんの幼なじみです」


 「はぁ!? そんなわけないでしょ! うちの幼なじみは隼人だけよ!」


 「私のことがわからないのはともかく…… 奈保さんとは仲良くしていないのですか?」


 奈保とはもう一人の幼なじみ。

 眼鏡をかけた黒髪のおとなしい女の子で小さい頃は美香と一番仲良しだった。

 もちろん、俺と優美も仲良かったし当時は常に四人でいた。

 しかし、奈保と美香が仲良かったのは中学までだ……


 「なんであんたが、奈保のこと知ってんのよ!?」


 「小さい頃ゆーちゃんって呼んでくれていて、優しかったミカンちゃんがこんなに攻撃的に育つなんて思いませんでした」


 優美は右手を頬に当てながらため息まじりにそう言った。


 「ゆーちゃん…… って坊主頭の男の子じゃ……」


 美香は驚いた様子で何か考えているようだった。


 「私は昔も今も女の子ですよ? あなたならわかるんじゃないですか? 周りの女の子と違う髪色を持つあなたなら」


 優美は頬に当てていた右手で美香に向かって人差し指を向けながら訴えかけた。


 「たしかに、うちは髪色のことで先生からは不良扱いされたりしたこともあるし、変な噂をされたこともあるけど」


 「私も小さい頃から髪色のせいでいじめられていました。 そんな時に助けてくれた優しい男の子が髪を短くすれば解決って教えてくれて思い切って坊主頭にしたのです」


 「その男の子かなりのアホだね。 単純すぎるというか素直すぎるというか」


 一瞬美香がチラっと俺のほうを見たような気がした。

 「アホですいません」と心の中で謝っておいた。


 「でも、私は彼に命も助けてもらいました。 だから彼に褒めてもらった絵の勉強をするためにも明日からあなたと同じ桜山高校の芸術科に通います」


 優美はまるで宣戦布告をするように美香にそう宣言した。


 「うちが芸術科に通ってることも知ってるってことはあんた、その理由もわかってるんちゃうか?」


 宣戦布告された美香は腕を組んでフンっと鼻息一つついてからそう問いかけた。

 高校に入ってから少しずつ標準語を意識した喋り方を心がけていた美香が昔みたいに関西弁に戻りつつある。


 「なんとなくですが察してますよ」


 「あんたにだけは負けへんよ」


 「私もあなたにだけは負けたくありません」


 再び二人の視線が激しくぶつかり合いさっきより強い火花を散らしている。

 このままじゃ、さすがにまずいと思い俺は仲裁することにした。


 「まぁまぁ、とりあえず久しぶりの再会だ! みんなで仲良く飯にしようじゃないか」


 「そうですね。 美香さんも随分と器用になられたようですし」


 チラッと優美が美香のほうを見た。


 「上手すぎて喉詰まらせても知らへんよ」


 美香は腰に手を当てて負けじと言い返している。


 「あっ、私長いイギリス暮らしのせいでお箸苦手になったので隼人さん、食べさしてください」


 優美が上目遣いで俺に頼んできた。

 よし、食べさしてあげよう。

 そう言いかけた時だった。


 「うちが食べさしたるわ!」


 誰かの世話をするタイプじゃない美香にしては珍しい申し出だ。

 もしかしたら優美とまた仲良くしたいのかな?

 

 「女の友情ってなんか良いな」


 二人が同時に俺を見た。

 そんなに変なことを言ったつもりはないのだが……


 「さぁ、優美。 あーん」


 「おいしいです。 美香さんは料理上手ですね」


 「それほどでも。 優美はずいぶんとキレイで女らしくなったね」


 「美香さんも昔からは想像できないほどかわいらしくなりましたよ」


 二人は突然仲良さそうにお互いを褒めだした。

 なんだかちょっと笑顔が引きつっている気がしたが久しぶりの再会で照れ臭いのだろう。

 何にしても二人が仲良さそうにしてくれて俺はホッとした。

 もうあんな思いはしたくないし、この二人にはずっと仲良くしてほしいものだ。

 そんなことを思いながら俺の脳内には眼鏡の女の子の姿がちらついた。

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