エピローグ1「その都市の名は」

 公園の広場に、一人の男が立っていた。

 彼はヒュミテである。

 ティア大陸から遥々、ここエルン大陸中部の都市までやってきたのだった。

 目的は、何ということはない。ただの気ままな観光である。


「おや。物珍しそうに眺めて。観光客かい」


 たまたまそこを通りかかった別の男が、ヒュミテの男に声をかける。

 彼はナトゥラだった。


「ええ。まあ」

「はは。ディースルオンへようこそ。ここは自然も多いし、良い街だよ」

「本当に素敵な所ですね。空気もおいしい」


 周囲をなだらかな丘に囲まれたこの都市は、かつてはディースナトゥラと呼ばれていた。


 二人は、彼らの目の前に設置されているそれをしげしげと眺めて、長く息を漏らした。

 ナトゥラの男が語る。彼は歴史を語るのが好きな性分だった。


「何でもその昔、ヒュミテとナトゥラは激しい争いを繰り広げていたんですと」

「とても信じられませんよね。そんな時代があったなんて」

「そうですね。それで、この世界が破滅の危機に陥るような、大きな戦いがあったみたいで。そのときに活躍したのが――」

「英雄王テオと、救世の戦姫リルナの伝説ですね」


 英雄王テオの足跡は、教科書にもよく記されているほどだ。学校で習わぬ者はいない。

 彼は、かのエルンティア独立戦争を指揮した後。

 百機議会なきナトゥラとヒュミテの取りまとめ役として、エルンティア全体の王位に就いた。

 まず彼は、ヒュミテとアウサーチルオンへの差別を撤廃し、ナトゥラと同等の権利を与えた。

 両者の権利向上を果たした後、しかし決して一般のナトゥラを蔑ろにすることはせず、皆が平等に暮らせる世界を目指して尽力したという。

 だからこそ今の平和があるのだと、そう伝えられている。

 救世の戦姫リルナは、独立戦争において多大な活躍をしたと言われている。


 再び、目の前のものを見つめて。

 ヒュミテの男は尋ねる。


「リルナは。彼女は、どうなったのでしょうね」

「そこは謎が多い所でしてね。一説によれば、戦いの最中で命を落としたとも、戦いの後ほどなくして故障で亡くなったとも言われていますね」

「真相は歴史の闇の中、ですか」


 まあよくあることである。

 さほど気にすることもなく、ヒュミテの男はまた何気なしに尋ねた。


「ところで。彼女の隣にいるのは、誰なんでしょう?」

「さあ?」


 時代は遠く過ぎ去り。

 戦いの傷跡は、もうどこにも残ってはいない。

 ディースルオン市立公園に。

 ただ一つだけ、当時の記憶をわずかに残すポラミット製の像がある。

 一人の男と、一人の女が、手を取り合って。並び立っていた。

 像は何も語らない。ただ静かに、これからの行く末を見守っている。

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