27「Sneak into Central Tower 1」

「じゃあ。行ってくるよ」


 みんなに背を向けようとしたとき、ラスラが呼び止めてきた。


「待て! 私も行くぞ。デビッドの仇討ちをさせてくれ!」


 気持ちはありがたいけど、私は首を横に振った。


「悪い。私だけで行かないと、感知システムに引っかかってしまう。その気持ちは、テオを守るために使ってくれないかな」

「だが!」


 そこに、ネルソンとウィリアムも割って入ってくる。

 溜め息混じりの口調だった。


「狂っている。たった一人でだと。死ぬだけだ。正気の沙汰じゃない」

「ネルソンの言う通りだ。むざむざ犬死にさせるだけの作戦は、作戦とは呼べない。さすがに認めるわけにはいかんな」


 まあ普通はそう考えるだろうと思う。

 私も正直なところ、あまり自信はない。

 けれど、誰かが逃げ道を作ってやらなきゃいけないことは確かだ。

 そしてそれができるのは、きっと私だけだ。


「別にぶっ潰しに行こうというわけじゃない。こっそり侵入させてもらって、ちょこっと破壊させてもらうだけだよ。それには私一人だけで行くのが、一番理に適っているってこと」


 あと一応、勘違いされたくないので言っておく。


「言っとくけど、死ぬつもりはないから」

「でも、ユウちゃんだけなんて――!」


 中々納得しない彼らに説得を続けようとしたとき、テオがさっと手でみんなを制した。

 全員が、開いていた口を噤んで黙り込む。

 そしてテオは、私に向き合って静かに言った。


「君の目と決意を目の当たりにして、感じたよ。君はどうやら、ぼくらの想像もつかないような修羅場をくぐってきているようだね」


 私は何も答えなかった。答えるだけ野暮だと思ったからだ。

 テオは少しの間沈黙し、渋々納得したように頷いた。


「君に賭けてみよう。ルオンヒュミテに帰れたときには、必ず礼を尽くす。だから無事に戻ってきてくれ。ぼくからの、たった一つの頼みだ」

「ありがとう」


 王の鶴の一声で、話はまとまった。

 みんなはテオを守ることに徹し、私は一人で中央管理塔に挑む。

 再びそびえ立つ塔を見つめたとき、背後から思い詰めた声がかかった。


「なあ」


 振り返ると、リュートだった。


「どうしたの? リュート」


 彼は、いつになく真剣な顔で頼み込んできた。


「あのさ。オイラも連れてってくれよ。オイラなら、感知システムは反応しないだろ?」


 そうか。ナトゥラなら確かに引っかからない。

 でも……。


「確かに君なら大丈夫だね。でも君は、まだ子供じゃないか」


 すると、まずいところを突いてしまったらしい。

 彼はむきになって声を張り上げた。


「子供がなんだよ!」


 そして、今にも泣き出しそうな顔で訴えかけてくる。


「オイラ、悔しいんだ。仲間をたくさん殺されて……! このまま黙って見ていたくないんだよ!」

「だったらなおさら、みんなの分まで生きるべきだよ。本当に危険なことは私に任せて。ね」

「いやだ! ユウにだって、死んで欲しくないんだ! 初めてできたヒュミテの友達だから!」


 その裏のない真っ直ぐな言葉に、心を打たれた。

 友達だからと言ってもらえたことが嬉しかった。

 この場にいる誰よりも純粋な心を、この子は持っている。


「大丈夫だよ。私は死なないから」


 安心させるためにそう言ったが、彼は頑として首を縦に振らなかった。


「さっきは言えなかったけどさ……。中央管理塔のセキュリティはやばいよ。ナトゥラじゃないとまず通れないようになってる箇所が、いくつもあるんだ」


 小柄な身体で身振り手振りを交えて、必死に語る。


「図書館で指を差し込むところがあっただろ? ああいうのがたくさんあって……。だから、その……ユウだけじゃ、間違いなく死んじゃうよ。オイラなら、ある程度のプロテクトは誤魔化せる」


 目を見張るような意見だった。

 最悪、行けるところまで行ったら強引に突破するしかないと踏んでいたけど……。

 リュートの力があれば、本当の意味での「潜入」ができる。

 この子は、ちゃんとそこまで自分の売りまで考えて――。

 アウサーチルオンでもない本当の子供だと思っていたのが、申し訳なくなった。

 確かに子供ではあるけれど、リュートは一人前の小さな戦士だ。

 だけど、あまりに危険なのも事実で……。


「あんたの足は引っ張らないよ。言うことだってちゃんと聞くから。お願いだよ。オイラも連れて行ってくれよ!」

「――わかった。一緒に行こう。リュート、頼りにしてるよ」


 悩んだ上での結論だった。

 メリットと危険を考慮した上で、彼の気持ちを汲んであげたくなったのだ。

 リュートは、ほっとしたように顔を綻ばせた。


「恩に着るよ」



 ***



「今度こそ行ってくるね」

「みんなも気をつけてな~」


 みんなに見送られて、私とリュートはすぐに出発した。

 ビルから出た私は、早速リュートに尋ねる。


「私のスピードについて来られる?」


 彼はピッと親指を立てた。


「あのときは油断したけどさ、オイラ韋駄天だって言っただろ。速さだけなら自信あるんだ」

「そっか。信じるよ」

「さすがにリルナには敵わないけどね」

「あれは正直、私も勝てそうにない」


 隠していた実力に差があり過ぎた。

 あの超スピードと絶対防御を打ち崩す手が、まだ何も思い浮かばない。

 今度見つかったら、確実にやられてしまうだろう。

 それに今回は、非力なリュートもいる。絶対に出会うわけにはいかない。

 くそ。せめて他の世界にいるときのように、満足に力を発揮できれば。

 まだ少しは状況が変わるかもしれないのに……!

 ……ないものねだりをしても仕方がないか。

 魔法を使えないことが、こんなにももどかしいなんて。


「行こう。目立ち過ぎない程度に飛ばすよ」

「おう」


 私とリュートは、円形の道を垂直に切るように、街の中心部へ向けて速やかに進んでいく。

 途中、何度かディークランの姿を見かけたが、どうにか見つからずにやり過ごした。

 やがて中央区に入った。

 朝日はもうすっかり昇っている。そろそろ外を歩く人が多くなってくる時間帯だ。


「うへえ。近くからじゃ、上が見えないほど高いや」

「今さらながらに、自分でも無茶なことを言ったなと思うよ」


 近くから見上げる中央管理塔、及びその隣にある中央政府本部は、まさに圧倒的というしかない景観だった。

 初日に見物しただけの建物に、まさか今から侵入することになるとは思わなかったよ。


「まずは裏口を探そう」

「うん」


 正面の警備員に見つからないように気を付けながら、建物の横に回り込む。

 ほどなくして、裏口と思われるドアを見つけた。

 ドアの横には指を差し込む穴があり、その上に付いた小さなランプが、赤い光を灯している。

 早速、リュートが穴に指を差し込んだ。

 しばらくすると、ランプの色がレッドからブルーに変わった。


「上手くセキュリティを騙して、認証できたぜ~。これで入れるよ」

「助かった」


 地球だとロック解除は大抵グリーンだけど、こっちだと本物の青なのか。

 それより。リュートがいないと、初っ端から苦労することになっていたかもしれない。

 本当に助かった。

 と、その考えを読んでいるかのように、彼が答えた。


「これでも潜入任務は何度もやってるからね。こんなやばいところは、さすがに初めてだけど」


 入ると、うんざりするほど果てしなく長い非常階段が続いていた。

 こんなときに呑気なことを考えるものじゃないけれど、素直に思ってしまった。

 一体何階まであるの、これ……。


「ねえリュート。緊急セキュリティシステムを管理している部署は、どの辺にあるだろうか」

「たぶん相当上の方じゃないかな。この階段はセキュリティの関係上、きっと途中までしか続いてないだろうね。その後が問題だよ」

「そうだね。まあとりあえず……」

「登ろうか……」


 あまりの長さに溜め息を吐いた私たちは、意を決して階段に足をかけた。

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