16「星屑祭一日目 タッグ戦が終わって」

 観客席にて、私は他の学生に交じってアリスとミリアの試合を観戦した。

 負けてはしまったけど、二人とも本当によく頑張ったと思う。アリスが火を使って氷溶かしたところとか、ミリアがカルラ先輩に砂で縛られながらも、水魔法を上手く使いつつ気合いで脱出したところとか。根性がすごいと思った。

 そして《ファルスピード》を使って先輩たちを翻弄してから、あの最後の合わせ技までの流れるような見事な連携。正直、感動したよ。

 でも、二人ともかなり無理してたみたいだった。大丈夫なのかな。それが心配だ。

 先輩たちの方も強かった。ケティ先輩の闇魔法なんて見たことなかったし、カルラ先輩もアーガスみたいに何でも魔法を使いこなしていた。

 特に、雷光に目が眩んでよくは見えなかったけど、最後のカルラ先輩のあの動きは恐ろしく速かった。どんな魔法を使ったのかは知らないけど、少なくとも《ファルスピード》とは原理の違う魔法に違いない。もし風魔法なら、それが得意な私なら使ったことが感知できるはずだから。

 それにしても、本当に速かった。私が全力の《ファルスピード》を使っても、いや、男の私が気力で身体能力を強化しても、どっちが上かわからないな。さすがはカルラ先輩というところか。


 ところで、一つ気になったのは、さすらいのトーマスとかいう司会だ。

 あの人は、一体何者なんだろうか?

 学校の関係者にあんな人はいなかったはずだ。どう考えてもこの世界の常識からは大きく外れた、おかしな恰好をしている。

 確かに司会はハマってはいたけど、学校側にそれを任されるような人ではないはず。そもそも、予定では魔法演習のモール先生が司会をやるんじゃなかったのか。

 それなのに、周りの人に違和感があったのはほんの最初だけで、すぐにみんな一切気にしなくなっていった。不自然なくらい、みんなが彼を素直に受け入れてしまったのだ。

 周りの人の彼に対する認識が、捻じ曲げられているとしか言いようがなかった。

 何かの魔法でも使ったのだろうか? しかも、コロシアムの全体に。

 そんな凄まじい効果の魔法が使えるとしたら、彼は実はとんでもない人なのではないか。そう思った。

 でも不思議なことに、なぜか私には効かなかったらしい。現に私はこうして、未だにおかしいと思ったままでいる。

 うーん。さすらいのトーマス。どうにも気になる存在だけど、やったことと言えば普通に司会をやってただけだしな。考えてもしょうがないか。



 ***



 コロシアム前の公共スペースで、アリスとミリアが手当てを済ませてからこちらへ来るのを待っていた。

 あのまま魔闘技を観戦し続けるのも楽しいだろうけど、それよりも二人を労ってあげたかったし、二人と一緒に早く祭りを楽しみたかったんだ。

 手当てと言ったが、魔闘技の参加者は、大会に際して呼ばれた治療師たちに無料で治療を受けられることになっている。二人はそれなりの怪我をしたはずなので、ちょっと時間がかかっているらしい。

 やがて、二人がやってきた。


「やっほー」

「お待たせしました」


 二人とも、きちんと怪我の手当てを受けた様子だった。特に無理をしたアリスの右腕には、包帯がたっぷりと巻かれていて、見ているだけでも痛々しかった。


「本当にお疲れ様」


 まず二人に言ってあげたかった、労いの言葉をかける。


「負けちゃった」

「力及びませんでした」


 そう言う二人の顔は、負けたにしては晴れやかに見えた。やるだけやり切ったからだろう。


「惜しかったね」

「そうね。あと一歩だったかもしれないわね。あれが当たってれば、勝てたかも!」


 ちょっとだけ悔しそうに、拳を握り締めるアリス。

 確かにあの雷撃が当たっていれば、いかにカルラ先輩と言えども倒せていたかもしれない。


「その一歩が遠いように、私には思えますけどね。作戦が上手くいったから、勝負になったものの。実力では、完全に負けてましたし」


 ミリアが肩を落として、冷静な口ぶりで自己評価する。

 その通りかもしれない。でも。


「作戦だって立派な実力のうちだよ。私はよくやったと思うな」

「えへへ」

「ふふ。そうですかね」


 ほめられた二人は、とても嬉しそうだった。


「それにしても、結構派手に怪我したみたいだね」

「私は、それほどでもないですが。アリスが……」

「いやー。まいったわ。治療師さんがね。二週間は安静にして、絶対に魔法を使っちゃいけないってさ」


 包帯でぐるぐる巻きにされた右腕をひらひらと振りながら、アリスが笑った。


「二週間もか。それは大変だね……」


 思っていたよりも重症だ。心配になってきた。


「そうなのよー。それに、よっぽど気合い入ってたのかしらね。魔力を限界超えて使っちゃったから、三日くらいは身体が魔素を取り込めないんだって」

「そうなんだ」


 使い過ぎると、三日も魔力が回復しないなんてことがあるんだな。


「つまり、祭りの間のあたしは、ただの怪我した一般人になっちゃったってわけ」

「後遺症とか怪我の跡とかは残らないんだよね?」

「それは大丈夫って言ってたわ」


 それを聞いて、少しほっとする。


「ふう。ちゃんと治りそうで良かったよ」


 そんな私をアリスは生温かい目で見つめ、にやにやと笑みを浮かべていた。


「心配性ね~、ユウは。嬉しいけど、もうなっちゃったものなんだから、そんなに心配したってしょうがないわよー」


 ちょっとからかわれているような気がしたので、私も応じることにする。


「同じ心配性のアリスにだけは言われたくないねー」

「は? あたしが心配性なわけないでしょ。あたしはいつも前向きで、余計な心配はしない主義なのよ」


 得意な顔でそう言ってはくるが、いくら鈍い私だって、君がかなり重度な心配性なことくらいはもうわかってるのさ。


「じゃあ、私が以前何があったのかを、ずっと気にしてるのはどうしてなんだよ」

「それは、ユウのことが心配だからに決まってるじゃないの。あっ」


 引っかかったね。きっとわかっててノッてくれてるんだろうけど、ここはあえてとびきりのドヤ顔で勝利宣言をしよう。


「ほら、やっぱり心配性じゃないか」

「くっ。謀ったわね!」

「ふふ。どっちも、どっちですよ」


 私たちのやり取りを見て、面白そうに笑うミリア。

 君はいつも余裕の傍観者でずるいな。たまには混ぜてやろうか。

 いつも二人に弄られるばかりで、内心ちょっぴり悔しく思っていた私は、これ見よがしにアリスへ耳打ちした。


「アリス隊長! 実はミリアもかなりの心配性なんじゃないかと思うんですが」

「良い意見ね! それはあたしも思ってたわ」


 アリスと二人で、ミリアのことをじっと見つめる。他人を弄るのが得意なミリアは、弄られる方はそんなに得意ではなかったらしく、しどろもどろになっていた。


「え、そんなこと、ないですよ。私は、冷たい人間ですから」


 ここで、必殺のカードを切ることにした。散々肝を冷やされたお返しだ。


「へえ。でも冷たい人間が、私の大好きなユウ、なんて言うのかな?」

「あ……あの。それは、言葉の、はずみと、言うもので……」


 狙い通り、ミリアが顔を真っ赤にしてしまったのを見て、ようやく弄りで勝ってやったと胸のすく思いだった。

 ただ。そう言うことを聞くと黙っていられないのが、横にいるアリスという人物である。

 そのことを、私は失念していた。


「えー! ミリア、そんなこと言ったの!? ついにお互いに愛の告白を……はっ! これはマジで女の子同士の恋が始まる予感!?」


 いや、さすがにそれはないよ!


「なんでそうなるんだよ!」

「アリス……。そういう意味じゃ、ないです!」


 二人でアリスのことを睨んだが、それが息ぴったりだったので、彼女は余計に面白がって笑うだけだった。


「はいはい。お熱いことで。二人とも、お幸せにね~」


 調子に乗ってしまったアリスは、誰にも止められない。

 私はミリアと目を見合わせて、苦笑いするしかなかった。でもミリアの方はなんかちょっと嬉しそうなんだよな。不思議。

 結局、もう何度目になるかわからない弄り合戦は、アリスの一人勝ちに終わったのだった。



 ***



 それから、三人で色んなものを見て回った。

 展示品を見たり、金魚すくいみたいなことをしたり(シーマって小さな魚をすくった。アリスがやたら上手かったのを覚えている)、ちょっとした買い食いなんかもしながら。楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

 お腹がすいてきた辺りで、近くにあったレストランで夕食を取ることに決めた。

 そこで、結局カルラ先輩とケティ先輩のタッグが優勝を決めたらしいということが、他の客の話からわかった。準決勝ではケティ先輩の闇魔法が猛威を振るい、決勝ではとうとう二人の合体魔法が見られたらしい。

 というかケティ先輩、あんな凄い攻撃食らった後でも動けたんだ。まあ闇で威力軽減してたっぽいし、魔力は残ってただろうから大丈夫だったのかな。

 一番見応えがあったのは、一回戦の第一試合だったと言っていた人も多かった。それが耳に届くたびに、アリスとミリアは誇らしげに喜んでいた。

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