15「星屑祭一日目 アリス & ミリア VS カルラ & ケティ」

 堂々たる様で構えるカルラさんとケティさんを、あたしは正面に見据えた。

 二人は実力者よ。全開の火魔法を放っても、大怪我してしまうようなことはないはず。

 なら、使うのは《ボルク》の上の《ボルクナ》のさらに上。上位の火魔法で勝負。

 あたしは両手を突き出して構えた。

 まずは挨拶代わりの一発よ!


 燃え盛る炎よ。


《ボルアーク》


 放たれた炎は壁をなすようにして、二人を包み込むように迫っていく。その高さは二人の身長を大きく上回っており、飛び上がって回避できそうなものではない。

 そのまま炎が二人を呑みこんでしまうかと思われた矢先、二人の周囲に巨大な砂の壁が盛り上がる。

 そいつに炎はぶつかった。そこで炎の勢いは止まり、消えてしまう。

 砂の壁が元に戻ると、何事もなかったかのように余裕な表情の二人が現れた。

 やっぱり防がれたわね。ま、これがすんなり通るとは思わなかったけど。


「おかえし!」


 カルラさんが叫ぶと、《ボルアーク》を打ち返してきた。質、威力ともにあたしのものと遜色ない。

 あたしには対する手段がなかった。火魔法は得意だけど、火を防ぐのは得意ではないから。

 けれどもこれはタッグ戦。あたしには頼れる味方がいるわ。


「私に任せて、下さい」


 そう言って進み出たミリアは、水魔法、おそらく上級の《ティルオーム》を炸裂させる。

 怒涛の水流が生まれ、炎の壁があたしたちを襲う前に立ち塞がって、一息に消火してしまった。

 火と水、二つの強力な魔法がぶつかることで莫大な蒸気が発生した。さらには闘技場の砂を巻き上げて、視界が一気に悪くなる。

 近くにいたミリアのことは見えてるけど、カルラさんとケティさんの姿は見失ってしまった。

 くっ。お互い様だけど、これじゃどこを攻撃したらいいのかわからないわ。

 動くに動けず困っていると、身体を包み込むようにふわりと光のベールがかかった。

 すると驚いたことに、途端に見通しが良くなったの。


「《アールカンバー》を、使いました。多少の視界の悪さなど、ものともしないはずです」

「ナイス。ミリア」


 今のあたしにははっきりと、慎重に周囲を警戒しながら動く二人の姿が映っていた。

 二人はまだこちらには気付いていない。

 チャンスね!


 轟け。雷鳴よ。


《デルシング》


 高速の雷撃を二本同時に放ち、それぞれ正確に二人の居場所を狙う。

 迸る雷光によって、二人は途中で攻撃に気付いたみたいだった。

 だけど、雷魔法は速さが取り柄。今から魔法を唱えたって間に合わない。

 これはかわせないでしょ!

 予想通り、雷撃は見事に直撃。

 痛みに苦しむ二人の叫び声が、闘技場に響き渡る。

 よーし! 先制攻撃が決まったわ!

 強いと知っていた先輩たちに先んじられたという事実に、嬉しさが込み上げてくる。

 ぐっと拳を握り締め、こちらを振り返ったミリアとアイコンタクトを交わして喜びを分かち合った。

 しかし。

 叫び声の大きさに反して、二人は少しよろめいた程度で倒れることはなかった。

 んー、ダメか。

 あたしが今放った魔法は、普通の人が相手ならば命すら奪いかねないほどの威力だった。だけど、魔力がある者には魔法に対する耐性がある。これくらいでは決着はつかないみたいね。


「中々やるようね!」


 カルラさんが楽しそうに声を張り上げる。


「正直、舐めてたわ」


 ケティさんがやれやれと言った調子で、カルラさんほどではないがこちらに聞こえるくらいの声で言った。

 それから二人は、二言三言ほど言葉を交わしているようだった。今度はこちらまで声が届かず、何を言っているのかまではわからない。


「何が、来るんでしょう」


 ミリアが心配そうに尋ねてくる。


「さあね。でもさっきの攻撃であたしたちがここにいることがばれたわ。早く移動しないと……!」


 そのとき、ケティさんが何か魔法を使った。

 彼女のすぐ近くに、直径が等身大ほどの闇の球が生じる。

 まるで見たことがない魔法だった。

 それは蒸気と巻き上がった砂だけをどんどん吸い込んで、一気に闘技場を晴れ上がらせてしまった。

 あたしたちの姿が露わになる。これでアドバンテージは存在しなくなった。

 さらに、正体不明の魔法に心を奪われた一瞬の隙をついて、カルラさんが攻勢をかけてきた。

 彼女は風魔法を放った。それは、一つ一つは小さいけれど、雨あられのように注ぐ風の刃たち。

 無数の刃が、あたしの服を、肌を、じわじわと切り裂いていく。


「っ……」


 全身に痛みが走る。

 目の前では、ミリアも同じように顔をしかめて痛みに耐えていた。

 そうして動けなくなっていたところに、追加で特大の風圧が腹部に直撃した。

 身体が地面から浮き上がる。嫌な浮遊感だった。

 そのまま後方へ吹っ飛んで、闘技場端の壁に強く叩きつけられる。

 背中に大きな衝撃を受けて、息が止まる。気付いたときには、砂地に顔をうずめていた。

 観客席から大きな歓声と、少し悲鳴が混じったような声が上がる。

 頭が、くらくらする。

 まずいわ。かなり大きなダメージを食らってしまったみたい。

 前を見ると、ケティさんがあたしを視界に捉えながら、一歩一歩着実にこちらへ詰めていた。その顔は、勝ち誇っているようにも見える。

 ミリアも同じように吹っ飛ばされているだろうと思って、横を見る。

 しかし、そこに彼女の姿はなかった。

 あれ? ミリアが、いない。あの子はどこへいったの!?

 もっとちゃんと見回すと、闘技場の反対側の壁。そこにミリアがあたしと同じように倒れていた。そしてあちらの方には、カルラさんが迫っていた。

 しまった! やられたわ! 

 先輩たちの狙いは、あたしたちの分断にあった……!

 あたしたちは、個々の力量では自分たちに劣る。けど、チームワークによっては苦戦を強いられるかもしれない。そう判断して、確実に勝つ方法を取ってきたというわけね……!

 でもね。あたしたちだって、血の滲む様な努力をしてきたのよ! 一人一人になったって、そう簡単にはやられないんだから!

 ミリアとどうにかもう一度協力出来る態勢になって、あの技で鼻を明かしてやるわ!

 ふらつきながらも、あたしは気合いで立ち上がった。


「へえ。良い根性してるじゃないの」


 ケティさんが感心したように言った。


「負けん気なら、人一倍あるんですよっ!」


 火の球よ。かの者を穿て!


《ボルケット》


 高密度の炎で作られた豪火球を、目の前のケティさんに向かって放つ。

 だがそれは届く寸前で、彼女が出現させた氷の盾によって防がれてしまった。


「無駄よ」


 ケティさんの手から、闇の炎が生成された。それが彼女の右腕に、蛇のようにまとわりつく。

 彼女が右腕を伸ばすと、闇の炎はするすると腕から離れて、こちらへ放たれた。

 恐ろしい魔力を感じる。あれを食らってはまずいと直感したあたしは、ふらつく身体を必死に動かして避けようとする。

 軌道が直線的だったのが幸いした。うねりながら襲い掛かってきた炎は、当たらずにあたしの横ギリギリを通過していった。

 だが攻撃はそこで終わらない。

 いつの間にか、凍てつく冷気の層が周囲を覆い尽くしていた。ケティさんが手を振り下ろすと、それが合図となって冷気は圧縮され、あたしを閉じ込めるように迫ってくる。

 今度は、かわし切れなかった。


「いったあああいっ!」


 右腕に、激痛が走った。

 見ると、そこには分厚い氷が張りついていた。

 なんてこと。すっかり凍りついちゃってる! 全然動かせないわ!

 焦ったあたしを見て、ケティさんが冷静に諭してきた。


「一年生にしては、よくやってるわ。でもその腕じゃもう戦えないね。降参して治療を受けなさい」


 ケティさんの言う通りだった。確かに、このままではもうまともに戦えない。

 それにこの腕を放っておけば、魔法使い生命に関わるかもしれない。早急に治療を受けるべきだった。


 仕方ない、わね。

 あたしは、その言葉を受けて――。


 降参なんてしなかった。


 左手で火を操って、右腕の氷を溶かし始める。

 仕方ないわ。荒療治だけど、試合を続けるにはこれしかない。


「あなた、なんて無茶を……!」


 ケティさんが、あまりのことに呆れていた。

 そうよね。あたしもそう思う。

 今は呆れてものも言えないようだけど、このままずっと見ていてはくれないでしょう。あまり時間はかけられない。少し火傷しちゃうけど、火は強めでいくしかないわね。

 そうして、右腕の氷を一気にすべて溶かし切ってしまった。手を握ったり開いたりして、ちゃんと動くようになったことを確めると、その右手でケティさんに指を突きつけた。


「言いましたよね? 負けん気なら、人一倍あるって!」


 すうーーーっと、息を吸い込んで。

 闘技場の声援をかき消してやるくらいの気持ちで、あたしは叫んだ。


「ミリアーーーーーーーーーー!」


 遠くでカルラさんに苦戦している様子のミリアが、こくりと頷くのが見えた。

 どうやら、ちゃんと伝わったようね。

 もう長くは戦えない。事前に練っていた作戦を実行するのは、今しかない。

 ユウ! 今こそ力を借りるわ!


 風よ。あたしにその疾風の如き速さを授けよ。


《ファルスピード》


 あたしは、風の力を使って加速する。

 一か月間、あたしたち三人は一緒に猛特訓した。

 そのときに便利だからって、ユウにじっくり教えてもらったこの魔法。

 今ここで、ケティさんを振り切るために使わせてもらうわね!


「なっ、はやっ!」


 驚くケティさんの脇をすり抜けて、同じタイミングで加速したミリアと、闘技場の中央で合流する。

 観客たちは、突然の展開に騒然としていた。


「いい? あれ、いくわよ!」

「あれですね。わかりました」


 あたしたちが狙うのは、残る魔力のすべてを込めた、最大の一撃。

 後のことは考えない。この試合で、出せるすべてを出し切るのよ!

 ミリアが強く念じると、闘技場のやや上の空に大きな雲が現れた。

 彼女の持つ最大の水魔法の一つ、《ティルハイン》。魔力を持った雲を生成する魔法よ。

 あたしはそこへ、全力の上位雷魔法《デルバルト》を打ち込む。

 するとできあがるのは、雲の力によって増幅された強力な雷。

 その強さも速さも、さっき放った《デルシング》や、この《デルバルト》の比じゃない。

《ファルスピード》で完全に意表は突いた。かわすのは不可能。これなら、あの二人だってきっと!


 いっけーーー! 合体魔法!


《デルレイン》!


 特大の雷が、カルラさんとケティさんを頭上から襲った。

 それはほんの一瞬で二人に到達し、まばゆい光が闘技場全体を覆う。

 あたしは、思わず目を瞑った。

 そして、雷が地面に達した音を聞いた。

 それから、恐る恐る目を開けると――。


「う……」


 目の前に、服が黒焦げになっているケティさんの姿が映った。

 彼女のすぐ隣には、先ほど蒸気と砂煙を払うのに用いた闇の球が浮かんでいた。

 それで雷を吸い込んで、威力を軽減しようと咄嗟に判断したみたい。

 それでも一瞬では威力を殺し切れなかったのか、闇の球が解除されると同時に、彼女はその場でばったりと倒れ込んだ。

 ケティさんが、倒れてる。

 あたしは、立ってる。

 そのことが意味するのは。

 やった! やったわ!

 あたしたち、勝ったんだ。勝ったのよ! あの二人に!

 勝利の喜びを分かち合おうと、ミリアと、まず同じように倒れているであろうカルラさんの方を見た。

 だけど、喜んでいるはずのミリアの表情は――驚愕に包まれていた。

 それもそのはず。

 あたしにも、衝撃が走ったのだから。

 砂地に開いた大穴。

 間違いなく、特大の雷によるものだった。

 そのわずか横に――。


 カルラさんが、無傷で立っていたの。


 まさか。あり得ない。

 あれをかわしたって言うの!?

 カルラさんは、驚き身を固めたままのあたしたちの方へゆっくりと歩み寄って来る。その歩みは堂々として、威圧さえ感じさせるものだった。

 そしてなんというか、ギラギラしているというか。本気になるとこうも雰囲気が変わるのかってくらい、殺気が漲っているようだったわ。

 あたしたちのすぐ前まで詰め寄ったカルラさんは、ふっと笑った。


「驚いたわ。あなたたちがまさか、ここまで成長をしていたなんて」

「くっ!」「ぐ……!」

「ユウと、間接的にはアーガスの影響かしら。あーあ。ほんとあの二人、うちに欲しいわ」


 鳥が小虫を狙うかのごとくの瞳で、カルラさんはあたしたちを眺めてとる。


「それに、あなたたちもね」


 強者の余裕か、退屈そうに首を回し、伸びをしてから続けた。


「で、どうするの? まだやるつもり? ケティは倒れちゃったけど、わたし一人で魔力のほとんど残ってないあなたたちの相手をするくらい、わけないわよ」


 そう。このタッグ戦。二人とも倒さないと勝ちにならないルールになっていたの。

 既に魔力を使い果たしてしまったあたしたちは、ただの人間と変わりない。対するカルラさんには、まだまだ余力が残っていた。

 負けず嫌いとは言っても、さすがにまったく勝ち目のない戦いをするほどあたしも馬鹿じゃなかった。ミリアと相談して、泣く泣く降参することにしたわ。


「参りました」

「降参、です」


 そこで、司会者のトーマスが叫んだ。


「劇的なクライマックスからの、静かな決着ーー! 奮戦したアリス&ミリアチーム、わずかに及ばず! 一回戦第一試合の勝者は、カルラ&ケティチームだーーー!」


 闘技場は大歓声に包まれた。負けたあたしたちにも温かな拍手が送られる。

 まあ確かに負けはしたけど、やることはやり切ったし、まんざらでもない気分だったわ。

 そして、退場して。


「負けちゃったね」

「ですね……」


 ミリアの顔は、なぜかしら。どこか思い詰めているようだった。

 単純に負けたことを悔しがっているのではなくて、もっとこう、違うことで考え込んでいるようにあたしには思えたの。


「どうしたの?」

「何でもないです」

「なーに。あなたまで隠し事?」

「すみません……」


 ユウが何か話してくれる気になったら、今度はミリアか。

 試合が始まるまでは普通だったし、一体どうしたのかしら。

 でも、彼女が何を考えているのかわからなくても、あたしの言うことは一つだった。せっかくの祭りなんだから、楽しまなくちゃね。


「ほら、くよくよ考えずにさ。いこう。ユウが待ってるよ」


 ミリアはそれでも浮かない顔をして下を向いていたけれど、やがていやいやと首を振って、こちらにぎこちない微笑みを向けてくれた。


「そうですね……。一旦保留にしておきます」

「そうそう。それがいいよ」

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