14「星屑祭一日目 いきなりの対戦カード」

 あたしとミリアはルールの説明を受けるため、朝早くからコロシアムにやってきていた。

 コロシアムは町の中心部にある、歴史ある石造りの建物よ。その雄大さは、離れたところからでも一目瞭然だったわ。

 コロシアムの周りにはいくつかの椅子が設置された公共のスペースがあって、その辺りでいくつかの屋台が開店の準備をしているのが見えた。正面奥にはコロシアムの大きなアーチ状の入口が開けていて、その脇には受付の文字が見えた。

 ミリアと一緒に受付のところへ行って、参加者である旨を伝える。少しだけ待たされた後、係員さんに中へと案内された。


 円周状に続く通路を、係員さんに従って歩いていく。

 古びて黄色がかっている石が整然と敷き詰められて通路を為しているその場所を、一歩進むたび、コツコツと軽い足音が響く。そのうち、円形の闘技場に着いたわ。

 闘技場の地面は固めの砂地になっていて、かなりの広さだった。端には高い壁があって、その上には階段状にたくさんの観客席が設置されている。

 さらに上の方には、巨大な掲示板と丸時計があったわ。掲示板は、魔法で文字を表示する仕組みになっているみたい。壁のところには魔法障壁がかかっているみたいで、ちょっとやそっとじゃ危険はなさそうね。

 既に他の参加者が四組、そこにはいたわ。でも、カルラさんとケティさんはまだいないみたい。

 それからもう二組がぼちぼちやってきたけど、いつまで経っても二人は中々現れなかった。


「遅い、ですね」


 ミリアが、ちょっと心配そうに時計を見つめていた。


「そうよね。もうすぐ説明の始まる時間だけど、大丈夫かしら」


 すると、間もなく時刻ぎりぎりというところで、係員に連れられてカルラさんとケティさんがようやく姿を見せた。


「あー、間に合った間に合った」

「あっぶないわね。失格になったらどうするところだったのよ」


 カルラさんが大声で言ったのを、ケティさんが突っ込み返していた。

 彼女たちは肩で大きく息をしていた。ここまで走ってきたのかしら。


「いいじゃない。間に合ったんだし。終わり良ければなんとやらってやつよ」

「はあ……まったくもう」


 カルラさんはすぐにあたしたちに気が付いて、ノリノリで手を振ってきた。


「やっほー。アリスにミリアじゃない。あなたたちも出るって聞いたとき、ちょっと驚いたわよ」

「ユウが個人戦に出るって言ってたから、ならあたしたちもって。ね、ミリア」

「そういうこと、ですね」


 ミリアも同調する。あまり顔には出していないけど、何やら意気込んでいるみたい。

 カルラさんは、感心したように頷いた。


「ほうほう。一年生からこういう場に出てくるとは、素晴らしい心がけね。そんな素晴らしいあなたたちに、どうかしら。あなたたちもロスト・マジック研究に興味はない? 今なら、お姉ちゃんが特別に斡旋してあげてもいいわよ」

「遠慮します」

「結構です」


 カルラさんには悪いですけどね。彼女に萎れるまでこってり話しこまれたユウに聞いたら、ギエフ研はやたらハードワークらしいって言うし。それにあたし、研究者志望じゃなくて、将来は地元で魔法教室の先生やりたいんだもの。

 カルラさんは大袈裟なくらいのリアクションで狼狽えた。元が美人なので、何をやっても可愛く映ってしまう。


「即答ですと~~!? くっ。さては、ユウに何か吹きこまれたわね。あの子、どうしてやろうかしら」

「こら。物騒なこと言わないの」


 ケティさんが、カルラさんの頭をどつく。


「ケティ、強いわ」


 そう言って泣く振りをするカルラさんを無視して、ケティさんは続けた。


「ていうか、あなたねえ。元気になったのは良いけど、その研究バカどうにかならないの? ちょっと入れ込み過ぎよ」


 元気になった? この元気の塊みたいなカルラさんに、元気のなかった時期があったのかしら。


「ふっ。研究こそが今のわたしの生きがいなのよ。ほっといてよね」


 そう言ったカルラさんは、態度こそおちゃらけていたけど、あたしには彼女のその言葉が真剣なもののように思えたの。


「そう。あなたがそれでいいならいいんだけどね……。身体だけは壊さないでよ」

「わかってるわよ」


 ちょっとだけいらついたようにカルラさんは返した。


「ところで。どうしてこんなに、遅くなったんですか」


 ミリアの方を見ると、彼女は可愛らしいじと目をカルラさんに向けていた。


「それがね。カルラのやつ、すっごい楽しみだったのか知らないけど、前日夜遅くまで起きてたらしくて。うっかり寝坊しかけたのよ。バカでしょ? こいつ」


 そう言うケティさんは、いつものことだと言わんばかりのまんざらでもない呆れ顔だった。そのままの顔で、冷ややかな視線をカルラさんへ向ける。


「あははー。怖いよ、ケティ」

「バカに付き合わされるこっちの身にもなってよ」


 そのとき、係員の声が聞こえた。


「はい。それでは時間になりましたので、ルールの説明等を行いたいと思います」


 その言葉を合図に、ぴたりと話し声は止んだ。

 それからしばらく説明を受けて、対戦の抽選を行うことになったわ。

 その結果。

 なんと、一回戦でいきなりカルラさんとケティさんと当たることになってしまったの。


「いきなり、ですか……」


 ミリアは、少しショックを受けたような顔をしていた。

 あたしもショックかな。でも、一回戦ということは全力で戦えるわけだし、幸運かもしれないとも思う。


「あちゃー。ま、いきなりとは思わなかったけど、お互い悔いのないようにやりましょう」

「そうね。どうせいつかは当たるわけだからね」


 余裕を見せる二人に対して、あたしたちにそんなものはなかった。でも負けん気ならあるわ。


「あたし、負けませんからね!」

「私だって、負けませんよ」


 ミリアも、胸を張って精一杯強がっていた。

 カルラさんは、そんなあたしたちを見て満足そうに笑った。


「良い啖呵ね。期待してるわ」


 そうして。宣戦布告を済ませて。

 説明が終わった後は、ミリアと一緒に作戦を練ったり、ご飯を食べたりして過ごした。

 カルラさんとケティさんは強いわ。優勝候補筆頭とも言われるくらい。

 次の試合のことなんて考える余裕はなかった。ミリアと話し合って、最初の試合で全力を出し切るつもりでやることに決めたの。


 昼飯時も過ぎて、試合開始一時間前になった頃。

 作戦も立て終わって、コロシアム周辺の公共スペースでミリアと談笑していたところに、ユウがやって来た。


「調子はどう?」


 声がした方を振り返れば、彼女は可愛らしい笑顔を浮かべてあたしたちを見つめていた。肩にちょっとかかるくらいの、滑らかなストレートの黒髪が、風でさわさわと揺れている。


「まあまあってとこかしらね」

「悪くない、ですね」

「そっか」


 ユウはふふっと、小さく微笑んでみせた。

 最近のユウは、ちょっとした仕草が少しずつ女の子らしくなってきたような気がするわ。初めて会ったときは、男がそのまま女になったんじゃないのってくらい振る舞いを知らなかったのに。

 時間は人を変えるものねえ。


「ねえ。ミリアから聞いたわよ。あなたがついに色々と話してくれる気になったって」


 ミリアからそれを聞いたとき、嬉しかったのと同時に、心の重荷が一つ下りたような気分だった。

 正直、かなり引っかかっていたのよね。あの男もユウ・ホシミという名前なのは、偶然にしては出来過ぎてるわ。どっちも同じ黒髪だし、雰囲気もよく似てるし。

 もしかしたら、二人は同じ国の深い知り合いで、本当の名前は違うけどそれを名乗る必要があって。それで何かの目的のためにこの国に来たとか。で、目の前のユウの方だけトラブルに巻き込まれちゃったとか。

 って、穴だらけだし結局何も言えてない予想よね。やっぱりユウに話してもらわないと、本当のところはわからないわね。


「うん。もう少し気持ちとか、話すことの整理が付いたらだけどね」

「もちろん。ちょっとくらい全然待つわよ。せっかく話してくれる気になったんだもの」

「あらかじめ言っとくけど、きっとすごく驚くよ」


 ユウは、かなり不安そうな顔をしていた。

 あたしは彼女を少しでも安心させようと思って、笑顔を向ける。


「大丈夫よ。どんな事情があっても、あたしはユウの味方だから」

「朝も言いましたけど、最悪鉄拳制裁で済みますから」

「鉄拳!?」


 なんてまた物騒なことを言うのよ、ミリア。


「はは……そうだね」


 ほら、引きつった顔で笑っているじゃないの。

 だけど、ユウは思ったよりも動揺した様子はなかった。いつもならもっとあたふたするところなんだけど。何か覚悟を決めてるっていうか、そんな感じがしたわ。


「それより、対戦表見たよ。まさか一回戦の第一試合でいきなりカルラ先輩たちと当たるとはね」

「ほんとよね。でも、こればっかりは仕方ないわよ」

「ですね。やれることを、やるだけです」

「うん。その意気だよ」


 そんな感じでしばらく話していると、「選手の皆さんは控室に集まってください」というアナウンスが流れた。


「もう行かなくちゃいけないみたいね」


 じゃあねと言いかけたとき、


「待って。その前に」


 ユウが右手を開いて差し出した。

 その意味がわからなくて、戸惑う。

 ちらっとミリアに目を向けたけど、彼女もわかっていないようだった。


「これは?」

「ちょっとした気合いが入るおまじないさ。アリスもミリアも、掌を開いた状態で振って、私のとぶつけ合うんだ。言っとくけど、今回は右手でやるけど、これはどっちの手でもいいからね」


 最後に言わなくてもいいことを言う辺り、まだ歓迎会のときのことを根に持ってるらしいのが可愛いわね。

 よくわからないけど言われた通りにすると、パン、という小気味良い音が響いて、ユウの掌と叩き合った感触がじんわりと残った。

 それだけの、何でもないようなことだったけど、確かに力をもらったような気がしたわ。


「じゃあ私は、観客席の方で応援してるから。頑張って!」

「うん!」

「はい!」


 あたしとミリアは東口から闘技場に入場した。カルラさんとケティさんは西口から現れた。

 入場したとき、そこは既に朝とはまったく異質の熱気に包まれていたわ。

 見渡す限りの人の波と、轟く声。

 圧倒的な熱気に一瞬呑まれてしまいそうになるくらいだった。

 元々気合いが入っていたあたしは、余計に気分が高揚してきた。

 一方のミリアはというと、拳をぎゅっと握りしめてカチコチに緊張していたわ。

 そう言えば、極度の人見知りだったっけ。こういうところでは大変かもしれないわね。

 少しでも助けになればと、ぎゅっと手を握ってあげる。


「ほら。リラックスリラックス」

「は、はい」


 硬い声でこくりと頷いたミリアは、目を閉じて必死に深呼吸を始めた。

 握った手から、緊張が直に伝わってくるようだった。大丈夫かしら。


 相手チームとは距離もあるので、お互い言葉を交わすこともない。

 試合の開始地点、相手から十メートルほど離れたその場所で、間もなく訪れるそのときを待っていた。


「さあ、今年もやってまいりました! サークリス魔法学校生による、魔闘技だ! 司会はこの俺、さすらいのトーマスがお送りするぜ!」


 観客席の最前列、特別に拵えられた解説席で司会を取るのは、奇抜なスタイルの男だった。

 ほとんどパンツみたいなズボンに、上半身も裸一貫にスーツの上だけを着ただけ。全身モリモリマッチョなヒゲダンディよ。

 やたらテンション高いわね。あの変な司会の人。

 というか、本当に変だわ。

 そもそも司会って、学校の先生とか関係者がやるはずなんだけど。あんな人、学校の関係者にいたっけ? 絶対いないよね!?

 おかしいと思ったけど、周りを見回すと、誰もが怪しいとすら感じていない。ただこれから始まる試合に期待を寄せ、熱狂しているばかりだった。

 なんでよ。どうしてみんな違和感なくあの人を受け入れているのよ!?


「ねえ、ミリア。あの人知ってる?」

「知りません。ですが、前からずっと学校にいたような、気がします」


 あれ? いた? 

 ああ、そう言えばいたような。なんかいたような気がするわ。問題ない気がしてきた。

 トーマスさんっていう男の司会者は、凄まじいほどのハイテンションで司会を進めていく。


「早速、選手の紹介いってみよう! 東は期待の一年生コンビ、アリス・ラックイン&ミリア・レマクだ! 二人は仲良しで共に成績優秀! 魔闘技には初挑戦ゆえに、その可能性は未知数! 今大会のダークホースとなるか!?」


 期待されているような気がしたので、固まっているミリアの手も無理矢理取って、一緒に手を振って観客に応えた。割れんばかりの歓声が上がって、それはもう気分が良かったわ。


「対する西は、堂々の三年生コンビ! カルラ・リングラッド&ケティ・ハーネ! 言わずもがなの優勝候補筆頭だぜ! 新入生コンビにその圧倒的実力を見せつけるか!?」


 彼女たちも同様に手を振って声援に応えていた。さすが優勝候補だけあって、上がった声援も一段と大きい。

 紹介も済んだところで、いよいよね。

 トーマスさんは歓声を割るほど大きな声で、試合の開始を宣言した。


「では、行くぜ! 一回戦、第一試合! 開始ーーー!」


 始まったわね。


「行くわよ。ミリア」

「はい」

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