301「夢想の世界を見つめて 4」

 それからいくつか街を回り、たくさんの人たちと最後の別れを告げた。ニザリー以外、それが最後の別れであることを告げられぬまま……。

 無事な人ばかりではなかった。ナイトメアや魔獣に襲撃され、既に亡くなっている人もいた。当人は無事でも、親しい者が死んだり、生活の基盤が破壊されてやけになったり、元気をなくしている人もいた。

 さらに不幸なケースになると、街や村ごと滅びてしまっていることもあった。規模の小さなところになるほど顕著にその傾向があった。

 やはり首都フェルノートや大都市群はマシな方だったのだ。お別れさえ言うこともできない事実に、項垂れるばかりだった。ユイが一緒にいてくれなかったら、耐えられただろうか。


 そして、もう一つ。

 俺たちは、別の形で改めて罪を突きつけられることとなる。


 闇へ向かって滝のように流れ落ち続ける海。大きな力に抉り取られた海岸線の前で、俺とユイは立ち尽くしていた。


 ミティの出身地。料理コンテスト開催の地。


 港町ナーベイは、跡形もなく消え去っていた。


「これってまさか……」

「きっとそうだ……。俺が力をコントロールできず、暴走したときの……」


 世界崩壊の日。もう一人の「俺」とウィルとの戦い。

 ラナソールを砕く最大の要因の一つとなったそれは、エーナさんやレンクス、ジルフさんが必死に防御に回ることで、辛うじてレジンバークだけは守れたと聞いていた。

 海は割れ、地は砕け、山のような高さの津波が発生したという。

 エディン大橋は完全に破壊され、フォートアイランドもアルトサイドに堕ちた。対岸のナーベイだけが無事であるということは、ほとんどあり得ない話だったんだ。


 けれど、こうして改めて残酷な事実を突きつけられると、何も言葉が出てこない。

 どうしようもなく苦しくて。自分がいかに罪深い存在であるかを思い知らされて。


「ごめん。みんな……」


 打っては返す波打ち際で泣くことしかできない俺に、ユイはそっと肩を支えてくれた。

 面と向かって別れることができた方が、まだ少しだけ気持ちが楽だった。

 ラナソールを消してしまっても、トレヴァークに生きる対応者がいれば、魂だけは還ることができる。けれど、ナーベイの人たちはどんな形でも一切救われることはない……。

 謝る相手すらもういないことが、こんなにもつらいなんて……。


「やっぱりあの力は使わない。もう一人の「俺」のようには、ならないよ。あれはどんなに強くても、無関係の人まで巻き込んで、傷付けてしまう力だから……」

「うん。そうだね……」


 せめて決意を新たにすることでしか。罪滅ぼしの方法がわからなかった。

 フェバルの力とは天災にも等しいものだ。使いどころによっては、世界を滅茶苦茶に破壊してしまう。

 レンクスやジルフさんが中々力を振るいたがらない理由が、今なら痛いほどよくわかる。

 俺が目指すべきは、普通のフェバルとは違う道。想いの力を高め、届くべきものだけに届く、そんな力だ。


「……いこう。ここにいても、もうできることはないから……」

「ユウ……。わかった。でも一人で自分を責めないで。私も一緒に背負うから」

「うん。ありがとう。君がいなかったら、俺はもうとっくに心が折れてたかもしれない」


 これからも間違いなく罪を重ね続けるであろう俺たちは――行く先々でどうしようもないものと対峙し続ける。それこそが【運命】と戦うことなのだとしたら。

 こうして罪に苛まれて立ち止まってしまうことだって、きっと傲慢な自己満足でしかないのだから……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る