250「帰ってきたレジンバーク 2」

 激しい戦いの傷跡がありありと残る街並みではあったが、しばらくぶりの我が家はあの日と変わらない佇まいだった。

 両開きの扉を開けると、台所で料理をしているミティとエーナさんと目が合った。ジルフさんは隅の「フェバル用」テーブルで寛いでいて、俺に気が付くと微笑んだ。


「ただいま」

「お帰りなさいませっ!」


 ミティが料理を放り出して子ウサギのように飛び付いてきたので、受け止めて頭を撫でた。

 エーナさんも火を止めて俺に向かって歩いてくる。ジルフさんもこちらへ来た。


「こっちに来るのはわかってたから、みんなで待ってたのよ」

「話に聞く盛況ぶりだと、落ち着いて話もできないと思ったからな」

「やっぱりそうでしたか」

「あのー。ところで、ユイ師匠は……」


 あの日のことを直接見ていないミティは、伝聞でユイのことを聞いたのだろうか。不安げに尋ねてきた。

 俺は彼女の目を見て言った。


「大丈夫。ユイは生きてるよ。今は遠いところにいるけど、きっとまた会えるさ」

「本当ですか!」

「それは本当なの!?」「そいつは本当か!」


 ミティは素直に喜んだが、ユイが胸を貫かれた場面を見ていたジルフさんとエーナさんがむしろ驚いていた。

 そのことも含めて、俺はこれまでのいきさつを説明した。


「……というわけで、今はみんなに力を貸してもらうために各地を回っているところです」

「なるほどな」

「色々大変な目に遭ったのねえ」

「あわわ。それでもみんなを救うために戦い続けるなんて、さすがユウさんですぅ」

「誰かがやらなくちゃいけないことだからね。その誰かになれるのなら、なりたいんだ。それに今回のことは、俺にも大きな責任があると思っているから」


 すべての原因とまでは言わないが、ここまで崩壊を加速させてしまった理由の一端は、力を制御できなかった俺にある。だからせめて残ったみんなだけでも助けたい。


「よし。ということであれば、俺たちも力を貸そう」

「ありがたく受け取っておきなさい」

「私じゃあ心許ないかもしれませんけど、精一杯想います」

「ありがとうございます。ミティもありがとう」


 ジルフさんとエーナさん、二人のフェバルとミティからも力をもらう。

 ミティは元々俺に好意を持っているので、接続率は高かった。知られたくない過去を抱えるフェバルとの接続率は高くはないものの、それでも数パーセント程度は力を借りることができた。

 すると、ジルフさんが難しい顔で尋ねてくる。


「それで。ヴィッターヴァイツとは、お前自身の手で決着をつけるつもりなのか」

「はい。おそらく近いうちには。そうでなければ、あいつは負けを認めないと思うんです」


 真正面から喧嘩を売った。「人のままでお前に勝ってやる」と。

 奴は狡猾な男ではあるけれど、戦いに関しては正直だ。売られた喧嘩は素直に買うだろう。


「老婆心ながら、一つだけ注意しておこう。人々の力を集めて強大な敵に立ち向かう。聞こえは良いが……残念ながら現実はそう甘くないぞ」

「はい。そうかもしれません」


 非常に大きな力を受け取ったものの、体感ではあの黒い力を使っていたときに比べれば遥かに劣るのは確かだった。


「随分力を増したとは思う。それでも俺の見立てでは、今のお前の強さは奴の……そうだな。まだ2割5分くらいだ。この先他から力をかき集めても、おそらく3割程度が精一杯だろう。ヴィッターヴァイツは――戦闘型のフェバルというのは、それほどまでに常人とは隔絶しているんだ」

「あいつの場合、純粋なパワーでも下手な星級生命体並みだものね。数百万人とかなら話は変わってくるかもしれないけれど……数万人のレベルでは星級には届かない。人の身のままでフェバルに挑むっていうのは、それほど大変なことなのよ」

「わかっています。それでも俺は」


 あくまで戦う意思を貫く俺の頭を、大きな手がわしゃわしゃと撫でた。


「なあに。これまではっきり桁の違う相手にも立ち向かい続けてきたお前だ。今の状態なら戦いには持ち込めるだろう。きっとやれるさ」

「少なくとも今の私よりは十分強いんだから、自信持ちなさいな」

「そうですね。力の限りやってみます」

「負けないで下さい! ユウさん!」

「うん。頑張るよ」


 三人からの心強い声援を受けつつ、俺は店を発った。

 レジンバークは一通り回ったから、次はフェルノートだな。一旦トレヴァークに戻ろう。

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