223「一筋の光明」
ラナとトレインが旅立ったところで、記憶のオーブは再生を止めた。
そしてオーブは、触れていた俺の手に溶けるようにして消えていく。
これで終わりか? ここまでしかないのか……?
いや、どうやら違うようだ。
目の前のオーブが完全に消えると同時に、二人が旅立っていった先――ずっと向こうに新たな記憶のオーブの気配を感じられるようになった。
続きはそこまで行けば見れそうだ。世界の記憶に紐付けられている関係上、おおよそその出来事が起こった場所まで行かなければ見られないというわけか。
「終わったのか?」
「どんな内容だったの?」
「あたしにも教えて下さい」
『ボクも見たいな』
四人に求められたので、すぐに共有する。
それぞれ思うところがあったようで、
「ラナ様……女神じゃなくて人間だったんだなあ……。すげーけど、何だか気の毒な話だぜ」
「現在のラナソールに繋がりそうな気配は感じたわね」
「なるほど。やっぱりキーパーソンは二人で……」
『ラナとトレイン。二人だけが取り残されていくなんて……寂しいね』
そうだな。とても寂しい話だ。どうして二人が永遠を分かち合おうとしたのか、わかった気がする。
まだわからないことは多いけど、今後記憶を辿っていけば真実が見えてくるかな。
ひとまず、ここまででわかったことを整理してみよう。
ラナは【想像】、トレインは【創造】という能力を持っている。
それぞれ単体ではあまり使えないけれど、合わさることであらゆる夢や空想を現実に変える力を持つことになる。
二人は何の縁か出会い、古の世界をまるっきり創り変えてしまった。
ラナの望みと旅立ちから推測すれば、ラナソールという世界の実現も二人が成し遂げたに違いない。
そして、トレインはほぼ間違いなくフェバルで、ラナは俺のようなよほど特殊なケースじゃない限り、フェバルではないだろう。
彼女は並みの人間と変わらない体力しか持ち合わせていなかった。ということは、星級生命体の定義からも外れる。
フェバルでも星級生命体でもないのに歳を取らない。生命の循環から逸脱した存在。
……レンクスが言ってたな。極めて稀にフェバルにも星級生命体にも分類できない「異常な」生命体が存在すると。
異常生命体――そうとしか呼べない第三のカテゴリに入る存在だ。
異常生命体と言っても異常の度合が個々でまちまちらしいんだけど、彼女の能力はフェバルに勝るとも劣らないほどに強力だ。
【想像】するだけで無から心ある存在さえも生み出してしまうのだから。
トレインの力と合わされば、まさに生命創造の神秘の体現者だ。
生命と世界の【想像】、そして【創造】。
なんてスケールの大きな能力だろう。
世界を破壊できる力を持つ者たちは何人も見てきた。けれど世界を創る力を持つ者を見たのは初めてだ。
破壊することに比べれば、創ることのいかに困難なことか。
ラナは確かに肉体はか弱い人間だったけれど、特別な力はほとんど神の力と言っても良いほどの凄まじいものだ。それこそ、女神だの巫女だの持ち上げてしまう人たちの気持ちもわかってしまうほどに。
……でも、待てよ。それってよく考えてみたら。
今の俺自身にも、俺の能力にもいくらか言えてしまうことなんじゃないか……?
ユイは母さんの記憶が核になっているとはいえ、子供の頃の俺が創ったと言っても良い存在だ。
それも俺が一人だけで成し遂げた。ある意味でラナよりも上を行っているとさえ言える。
ただ、別の部分では明らかにラナの方が格上だ。
俺には精々相手の心までしかわからない。それもほとんどの場合は何となくでしかわからない。
ラナは単に心が読めるだけじゃない。
さらに奥――魂だとか本源とかいうものを見通し、直接触れることができるらしい。
実は俺が一番驚いていたのはここだった。
彼女は言った。その力――トランスソウルさえあれば――フェバルでさえ殺すことができるのだと。
にわかには信じられないことだ。フェバルは精神の自然摩耗以外で決して死ぬことはないという定説を真っ向から覆すものだから。
レンクスが知っている限りの異常生命体にも、そんな芸当ができる者はいなかった。
だけど、死なせることができると。できてしまうと。
ラナ当人の記憶を追体験した俺には、彼女の認識が嘘や誇張のない本物だとわかってしまった。
理屈も何となくわかる。いかに肉体が頑強であっても、魂――彼や彼女をそれたらしめるものを完全に破壊してしまえば、もはや彼や彼女は自らの存在を維持できないということだろう。
そしてフェバルや星級生命体はあまりに長生きが過ぎるゆえに、むしろ魂は普通の人よりも擦り減って弱っている傾向が強い。
そこを突けば……たとえラナのように非力な者であっても、可能性としては超越者を打ち倒せる!
青天の霹靂だった。そんな方法があるなんて思いもしなかったんだ。
ただひたすら強くなるしかないと思っていた。理不尽な暴力に対抗するためには、同じく抗するためのパワーを持つしかないのだと。
たぶん、力を高め続ける道を選んだのがもう一人の「俺」だ。彼はひどく後悔していて、俺にそうなるなと戒めたんだと思う。
けどだからと言って他に道がわからなかった。
本当に弱ければやられるだけ。蹂躙されるだけ。
圧倒的に力が足りないという事実が、幾度も俺を打ちのめしてきたし、今も打ちのめしている。
でも、ラナは教えてくれた。パワーによらない別の手段があるのだと示してくれた。
もちろん今の俺にラナのようなことはとてもできない。どうしたらできるようになるかもわからない。
けれども、俺とラナの能力は心や「そのもの」に関わるものであるという点でよく似ている。
似ているならば、もしかしたら……俺もいつかラナと似たことができるようになれるかもしれない。
心の力――マインドを高めていくことで、別の可能性に辿り着けるかもしれない。
それは、力の倫理と理不尽が支配する世界を突き破る一筋の光明のように思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます