199「ゾルーダの手を借りて」

 アルトサイダーの中でもリーダー格のゾルーダは、アルトサイドとラナソールやトレヴァークを行き来する特殊な能力を持っているらしい。

 基本的に好きな場所へ行けるということだが、一度外へ送り届けるだけで勘弁して欲しいと言われてしまった。


「今は時空が不安定になっているからね。ラナソールならいざ知らず、現実となると最悪肉体を持たない僕自身が消えてしまうかもしれない」

「そんな心配をしなくていいようにわざわざ世界を破壊させたんじゃないのか」


 皮肉をたっぷり込めて言ってやると、ゾルーダは苦笑して肩を竦めた。


「何事も計算通りにはいかないということさ。ただでさえ厄介な連中がうろうろしているんだ。できることならずっと静観していたいものだね」

「全部人にやらせて、自分さえ良ければ後は何だっていいわけだ」

「否定はしない」


 このクズ野郎め。


「ゾルーダ。あまり煽って怒らせない方がいいよ。どう見たってこの人、このクズ野郎めって顔してるでしょ」


 悪態を隠さないゾルーダを嗜めたのは、クリフと名乗る見た目は少年然とした男だ。もっとも、アルトサイダーはフェバルと一緒で加齢が止まっているらしいから、実年齢は何歳かわからない。


 よくわかったな。そんなにわかりやすかったか。


「今さら取り繕ったって仕方ないだろう」


 あくまで悪びれないこいつに心底呆れつつ、根っこのところではこいつと何も変わらない連中にも改めて厳しく目を向ける。

 グレイバルドだけは申し訳なさそうに「すまないな。これでも腐れ縁なんだ」と小声で耳打ちしてきたけれど、そんなことで溜飲が下がるはずもない。

 ただ今だけは手を出さないという取引だ。約束を違えてはここから出ることも叶わない。我慢しろ自分。


「それで、どこへ行きたい?」

「一か所だけというなら……トリグラーブだな」

「いいだろう」


 ダイラー星系列の動向を伺いつつ、リクやシズハやハルたちの無事も確かめられる。みんなに会えれば行動の幅が一気に広がるはずだ。

 でも急いで向かう前に、もう顔を見たくもない気持ちをぐっと堪えて、アルトサイダーと情報交換をしておくことにした。今は少しでも情報を得ておきたい。


 トレインソフトウェアで得たディスクは、実はこいつらが作ったものだったらしい。あの日のことについてもより詳しく知ることができた。知ったところで怒りが増すばかりだったが。


「じゃあヴィッターヴァイツと組んでいたわけじゃないのか?」

「あんなキチガイみたいなおっさんとつるむわけないっすよ」


 クレミアの言葉を聞いて少しだけ安心した。ただ同時に、非常に恐ろしい予感を覚えた。


「ちょっと待ってくれ。ということは、あいつを一方的に利用したのか!?」


 それはまずい。よりによって一番まずい奴を……。

 一人だけ戦慄する中、ゾルーダが何でもないことのように首肯する。


「直接の接触は危険と判断したのさ。ディスクの情報さえ渡しておけば、後は勝手に動いてくれたよ」

「なんて恐れ知らずなことを……!」


 直接の接触という最悪の選択肢を避けたことはまだ運が良かった。だけど知らなかったとは言え、あの残忍で狡猾な男を利用しようだなんて命知らずもいいところだ。


「そんなにやばい人なのかしらねぇ」

「やばいなんてものじゃない」


 全員とも上手くしてやれてるみたいな顔をしているけど……。

 どれほど危ない橋を渡ってしまったのかわかっていない。世界のこともそうだけど、どこまでゲーム感覚なんだ。この危機感のなさ、当事者意識のなさは呆れる以上に致命的だ。

 さすがにまずいと感じた俺は、せめて警告くらいはしておくことにした。いくら憎くても人として裁かれる権利はあるはずだ。ゴミのように潰されて良い道理はない。


「よく気を付けた方がいい。あいつはプライドが高いから、結果的にあいつの役に立ったとしても利用されたことはきっと快く思っていない。見つかったらどんな仕返しをされるかわからないよ」

「でも、さすがにアルトサイドにまでは来られないよね?」

「そうかもしれないけど……わからないよ。もし見つかったらすぐ逃げるんだ。俺の見立てでは、剣神でも戦いにならないかもしれない」

「「マジかよ(なの)!?」」


 一同にどよめきが走る。やはり最終兵器として当てにいる者でも敵わないと言われては、ショックが大きいようだ。


「そいつは本当なのか? さすがに聞き捨てならんな」


 当の本人は、不服を隠さずに鋭い眼光でこちらを睨み付けてくる。


 気に入らないだろうな。自分の強さには絶対の自信があるはずだ。


 けどいかにグレイバルドがフェバル級だろうと言っても、ヴィッターヴァイツはフェバルの中でもさらにジルフさんと正面切って戦えるほどの武闘派だ。正直普通に戦えたとしても勝てるかどうか。

 だけどそれ以上に危ない理由がある。


「あいつはただ強いだけじゃないんだ。厄介な能力がある」

「厄介な能力だと?」


 ヴィッターヴァイツには極めて厄介な特殊能力【支配】がある。世界が崩壊しかけている今、能力の使用制限もなくなっているだろう。

 三種の超越者でなければ、そもそも抵抗することすらできない公算が高い。

 フェバルについてあまり余計なことは触れずに、けれど奴の能力のことにはしっかり触れて厳しく注意を促した。


「別にお前たちなんかの心配をするわけじゃないけど、ちゃんとした形で裁きも受けずに殺されるのは嫌だからね。もしあいつと出会ったらすぐに逃げるんだ」

「確かに強いとは思っていたが、ガチでそこまでなのか?」


 アルトサイダーの一人、オウンデウスが首を傾げている。他の人の反応も芳しくない。

 ヴィッターヴァイツが他人を操るということは全員理解したようだ。実際に聖地で女性を操っているところを見たことがあるからだろう。

 だが為すすべなく問答無用で操ってしまうという部分がどうにも信じられないらしい。なまじ己の力に自信を持ってしまっているために、自分たちにはそう簡単には通用しないとでも思っているのだろうか。

 そんな生易しいものじゃないんだよ。フェバルの反則的なチート能力というのは。

 納得させられないことに失望を覚えながらも、もう一度念を押しておく。


「いいか。もしほんの少しでも見かけたら真っ先に逃げるんだ。間違っても話しかけたりまた利用しようだなんて思うなよ」


 やはりグレイバルドも含め、そこまで響いていない様子だ。


「……忠告はしたからな」


 ここまで言ってダメならどうしようもない。勝手にしろ。



 ナイトメアに関する情報も教えてもらう。やはり光魔法による攻撃でなければ通用しないこと、仮に殺されてしまうか捕まるなりして完全に悪夢に染め上げられてしまうと「ナイトメア化」してしまうのだと言う恐ろしい事実も聞かされた。

 やっぱり相当危ないところだったみたいだ。俺。心の中で改めてザックスさんとラミィさんに感謝しておく。


 それから、あの日以来フウガと連絡が取れないということを知った。確かに姿がないな。

 もし見かけたらよろしくと言われたが、何をよろしくすることがあるのか。まあ厄介な実力者ではあるから頭の片隅には留めておこう。


 一通り情報交換も終えた。もう用はない。目的地に向かうことにしよう。


「どうすればいいんだ」

「僕の手に掴まってくれ」


 言われるままゾルーダの手を掴む。まるで血の気のない死人のような冷たさに少し驚くが、顔には出さないようにした。


「行くぞ。途中で手を離すなよ」


 視界が切り替わる。手を引かれながら、闇を潜っていくような不思議な感覚が全身を包んだ。

 やがて光が見えてくる。外の世界だろうか。

 すると、ゾルーダが言った。


「僕はここまでだ――じゃあな」


 悪意を感じた瞬間、奴に強く蹴り飛ばされていた。

 蹴られた勢いで光に突っ込む。次の瞬間には尻餅をついていた。


「いたた。あいつ、やってくれたな」


 あいつもあいつで殴られたことは根に持ってたみたいだな。仕返しできないのを良いことに、絶妙なタイミングでやってくれた。

 起き上がって周囲を確かめる。どうやらビルとビルの間、人気のない路地裏のようだ。

 見慣れた街並みに、遠方にそびえるグレートバリアウォールが映る。ただ一つ、明確に今までと違うのは街並みと山々を隔てる障壁だ。それは全方位くまなく張られており、外部からの侵入はとても不可能に思える。

 だが着いた。随分苦労したけれど、借りたくない奴の手を借りてまで、ようやくトリグラーブへ生きて辿り着くことができた。

 でもほっとしている場合じゃない。やっとスタート地点に立ったばかりだ。

 みんなは無事だろうか。

 見回りの機械兵器がいないことを確かめて、俺は慎重にビルの隙間から抜け出した。

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