167「占拠されたパーサ」

 自分が苦戦した相手を軽々と虐殺する光景を目の当たりにして、心中穏やかではなかったが……。

 とりあえずは、町のみんなが無事かを確かめたい。イオリたちは大丈夫だろうか。

 一息吐いてから、歩きはじめる。歩きながら、思考は目まぐるしく働いていた。

 バラギオン。ダイラー星系列の焦土級戦略破壊兵器。

 戦闘タイプのフェバルほどの力はないとされているものの、世界の枠を遥かに超えた圧倒的な力を持つ兵器だ。

 前に戦ったときは、レンクスの一撃で主砲を破壊――目算九割以上のダメージを与えた後で、さらに千人以上の力を借りてようやく対等に戦うことができた。それほど手を尽くさなければ、勝負にすらならなかった恐ろしい相手だ。

 とりわけ主砲が厄介で、軽く撃っただけで町一つなどは跡形もなく消し飛ばすことができるそうだ。本気を出せば、その名の通り地上を焦土に変えてしまうことも可能だろう。

 それでも、ラナソールならば、あるいは対等以上に渡り合えるかもしれない。ただ、トレヴァークでは勝ち目はないに等しい。

 そんなとんでもない奴が、好き勝手に空を飛び回っている。これはどういうことなんだ。

 ……考えられるとすれば、ウィルが語るところによる、宇宙レベルの危機。

 ダイラー星系列も、危機を察知して動き出したのか?

 だとすると、ますます大変なことになった。

 彼らは、その気になれば星の一つなど歯牙にもかけないだろう。実際に、旧エストティア――大昔のエルンティアを制裁し、人が住めない星に変えてしまった恐ろしい連中だ。

 この星をどうする気なのか。まったく良い予感はしない。

 ただ、バラギオンはクリスタルドラゴンだけを退治し、パーサの人たちまでは傷付けなかった。つまり、今のところ虐殺命令は出ていない。

 リルナの相棒だったプラトーは、当時の星間戦争の悲惨さを教えてくれた。

 連中がその気になれば、エストティアが死の星になるまで、ほんの一日もかからなかったと。

 ラナソールが壊れたあの日から、既に二週間は経過している。この星がまだ無事であることは、わずかながら希望の持てる事実だ。

 どうやらまだ猶予が与えられている。今は観察期間といったところだろうか。

 考えてみれば、彼らは覇者であっても、ただ好き放題やるだけのヴィッターヴァイツのような連中ではない。彼らを挑発した旧エストティアと違って、トレヴァークの人たちは何もしていないのだから、大義名分もなしに殲滅などということはやりにくいのだろう。

 ……いつウィルのような強硬手段に出るか、読めないけれど。

 そう言えば、ウィルはどうなったのだろうか。あいつに限ってやられてしまったということはないんだろうけど……。

 考えてもわからないし、あいつのことはひとまず置いておこう。

 ともかく、相当動きにくくはなった。

 レンクスから聞いた話だけど、彼らの支配領域である宇宙の中心部には、フェバルや星級生命体がごろごろしているらしい。そのため、対フェバル用の装備も充実していると聞いた。

 下手にフェバルとしての力を見せると、感知されてしまう恐れがある。そうなれば、ほぼ確実に接触してくるだろう。もしそこで、敵と見なされれば終わりだ。

 俺は、何とか世界を残したまま事態を解決できないかと思っている。でなければ、この星のみんなは……。

 自分でも甘い理想だとは思う。ダイラー星系列の連中に話したところで、鼻で笑われるだけだろう。そんな甘い連中じゃないことは、旧エストティア潰しの徹底的なやり口からも明らかだ。接触はリスクが高過ぎる。

 バイクを使って空を飛んでいくこともできなくなった。そんな目立つことをすれば、空を監視するバラギオンにすぐにでも捕捉されてしまう。最悪、その場で殺されてもおかしくない。


 そんなことを悶々と考えているうちに、森が開けて、パーサの街並みが見えてきた。

 あまりの変わりように、ぽかんと口を開けて立ち尽くしてしまった。

 いつもののどかな風景は、もうどこにもなかった。

 既に火の手はほとんど消えている。そこは安心したけれど……。

 銃器を持った人型のロボットが、大量に配置されていた。それらは物々しいくすんだメタリック塗装が施されており、一目でロボットだとわかるほど機械然とした容姿だった。彼らが精巧な人型ロボットを作れないということはあり得ないから、わざと区別が付くように造っているのだろうか。

 さらには、陸戦車をさらに派手にごつくしたような、いかつい鋼の車両がいくつも、我が物顔で田舎町を走り回っている。こちらもよく見れば、若干人の上半身を模したようなデザインをしている。

 そして極めつけは、バラギオンだ。まるで王者の如くパーサの上空を旋回し、君臨している。

 とにかく、物騒にもほどがある。バラギオンなんて見ているだけでも心臓に悪い。

 見かけた町民もほとんどが俺と同じく、困惑していた。あっけに取られた顔で、あるいは恐怖や不安を顔色に刻んで、それらを眺めている。

 強い不安を覚えながら、まずはイオリの家に帰ろうと思った。早く無事を確かめたかった。

 気持ちから足も逸る。

 駆けていると、途中で突然、頭の中に直接声が響いてきた。

 驚いた。けど、フェバル同士で使う念話と同じ要領か。直接心の中に語りかける技術を、ダイラー星系列の連中は持っているらしい。フェバルがたくさんいるところなのだから、当たり前の話かと思い、走りながら声に意識を傾ける。


『我々は今、直接諸君の心に語りかけている。このまま話を聞いて欲しい。諸君にとってはにわかに信じがたいことだろうが、我々は遠い宇宙からやってきた。我々はダイラー星系列である』


 どこか尊大な感じで、話は始まった。ちなみに男の声だ。


『突然だが、トレヴァーク全星は我々の管理下に置かれることになった』


 周囲がどよめく。いきなりの全星占領宣言だ。

 エインアークスやレッドドルーザーが黙っているはずがないと思うけど、どうやって話を付けたのだろう。

 シルバリオたちのことが心配になる。


『理由に関して、詳しいことは一切話せない。ただ現在、創造上の存在が世界各地で発生し、襲撃事件が起きていることは、諸君も先刻承知の通りと思う』


 人々の心がざわつくのを感じた。先ほどの襲撃事件の衝撃は、あまりに記憶に新しい。


『我々は、この危急なる事態の解決に取り組むためにやってきた。現に、我々の力をもってして、襲撃者たる龍種を討伐したのを目の当たりにしただろう』


 俺も一応地味に一頭は倒したけど、バラギオンが出てきて空中で派手な殺陣を繰り広げてくれたので、みんなの認識としては、彼らがすべて倒したということになっているのは間違いなかった。


『さて、我々が諸君に求めることはただ一つ。我々の規定に従い、変わらず良識的に日々を過ごしてもらうことだ』


 どんな無茶を要求されるのかと思ったら、何と言うことはなかった。

 少し安心する。つまり、「お前ら一般人は関係ないから、普段通り何も気にせず過ごしていろ」ということだ。


『諸君が良識的な市民である限り、我々は今しばらく諸君の身の安全を保障しよう。我々はこの町を占拠するが、治安維持のためでもあることをご理解頂きたい』


 あくまで物々しい軍備は、対ラナソール生物を想定してのものということか。無辜の市民に刃が向けられないことを安堵しつつ、確かに物騒な装備を揃えないとラナソールを相手するのは大変だろうとも思う。


『なお、我々の決定に対して異議を申し立てることは許されない。反抗する者に対しては、死をもって報いるだろう』


 最後に、きっちり釘を刺して、


『以上だ。規定や細かいことはその辺りにいる人型が配るので、必ず読むように。それでは失礼する』


 話は終わった。

 途端に、あちこちにいる人型ロボットが金属製のポケットからパンフレットを取り出し、手当たり次第に配り始めた。

「ドウゾ」などと不器用に喋りながら無心に物を配る姿は、そこだけ切り取ればとても恐ろしい兵器のようには見えない。

 何が書いてあるのか気になるところだけど、やっぱりフェバルである自分が接触するのは怖い。最悪、触れた瞬間に露見してしまう恐れもある。

 そうだ。イオリのものを見せてもらうことにしよう。

 もちろん彼女たち母子が無事であることが前提だ。頼む。無事でいてくれ。


 果たして、二人は無事に生き延びていた。比較的早い段階でクリスタルドラゴンの注意を引けたということもあるだろう。本当によかった。

 ここのところ泣くようなことばかりだったけれど、このときばかりは顔が綻んでいる自分に気付いた。

 一方のイオリはというと、俺を見るなり、ぎょっとして駆け寄ってきた。


「ユウ、その怪我……大丈夫なの!?」

「あはは。逃げるときにちょっと転んじゃって」


 そう言えば、結構な傷だったな。

 倒したと言っても話がややこしくなりそうなので、逃げるときに怪我をしたということにする。

 せっかく治ったのにまたすぐ怪我しちゃって……と憐みの目を向けられてしまった。


「それより、あのロボットたちが配っていたものを見たいんだけど。持ってるかな」

「慌ててもらってなかったのね。いいわよ。はい」

「ありがとう」


 パンフレットに目を通し、規定とやらを確認する。

 ほとんど何と言うことはない内容だが、一つだけ、厄介な条項を見つけてしまった。


『交通を制限する。身分証明証及びダイラー星系列が都度発行する通行許可証のない者が、居住地域を離れて移動することを固く禁ずる』


 ……まずいことになったな。どうやってトリグラーブまで行こうか。

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