156「The Day Mitterflation 7」

【トレヴァーク トリグラーブ エインアークス本部】


 一分一秒たりとも気を抜かず、神経が磨り減るほどに集中して、奴の気配を探っていた……

 そして、ついに。


 …………! 見つけた!


 本物よりはさすがに遥かに劣るとは言っても……寒気がするほどのエネルギーの高まりだ。

 ずっと遠く。方角と距離は……やっぱりだ。本命の聖地ラナ=スティリアか!

 一刻の猶予もない。スピード勝負だ。


「行きます!」

「見つけたのですか! 頼みましたよ!」

「はい!」



〔トレヴァーク → ラナソール〕



「ユイ!」

「そこのマインズさんだよ! 早く!」

「助かる!」


 予めユイは一番近くに行ける人の隣で待機してくれていた。

 ありのまま団だけあって、周りにはずらりと裸一貫が並んでいたが、絵面に突っ込む時間はない。

 すぐにマインズさんに手を差し出した。


「手を! お願いします!」

「ああ! よくわからないけど、頑張れよ!」

「はい!」



〔ラナソール → トレヴァーク〕



 アルトサイドの通り抜けには、体感よりも時間がほとんどかからないことは検証済みだ。ここまでまだ三十秒くらいだろう。

 あと二分半くらいか。


 ――ナイスだ。いいところに配置してくれた。


 俺が立っていたのは、立派な大聖堂を臨む大通りの一角だった。

 マインズに対応する人物、シダが、隣にいきなり現れた俺に、驚き慌てふためいている。

 悪いけど、挨拶や説明をしている余裕はない。

 奴の気配はかなり近い。大聖堂のすぐ近くまでいっぺんに飛べた。これなら間に合うかもしれない。

 いや、間に合わせるんだ。何としても!


《マインドバースト》


 惜しみなくフルバーストをかける。さらに。


《パストライヴ》


 リルナ譲りの連続使用。全力で跳んでいく。

 とにかく辿り着くことが第一だ。ヴィッターヴァイツの【支配】には、俺たちなりの攻略法がある。

 恐ろしい強さではあるけれども、正面切って戦う必要はない。まともに触れられさえすれば、こちらの勝ちだ。

 頭上の街頭モニターでは、もう何度目になるのか、悲惨な爆発テロの模様が流されていた。街歩く人たちは、心配の顔色を浮かべて話題にする人こそいれど、大抵は普段通りだ。ほとんどみんなが、まだ対岸の火事だと思っている。今まさにここで事件が起きようとしているなんて、誰も気付いていない。

 人混みを一気にショートワープで抜き去って、入り口も係員も無視して、大聖堂の中へ直に突入する。確かにこの中から、奴の凄まじい力の高まりを感じるんだ。急げ。

 重ねて《パストライヴ》を使い、一歩で長い廊下を抜ける。一旦中庭に出て、芝生に囲まれた石の道を進むと、奥には立派な本堂が控えている。

 あの建物だ。上部は日光を取り入れて輝くようにステンドグラス……ではなく、より高価なカラークリスタルが張りつめられている。

 そして、遠目からもわかる光景に、身構えた。

 本堂の入り口に構える巨大な木の扉が――力任せにぶち破られている。

 殴ってこじ開けたような開け方だ。奴がやったな。間違いない。

 近い。この奥にいるのは確実だ。ますます奴の力が昂っている。時間はあとどのくらいだ。まだ一分半はあるか。わからない。

 とにかく、戦いは避けられない。気を引き締めていかないと。向こうも前と同じ手は簡単に食わないだろうからな。


《パストラ――》!?


 ショートワープで、開いた木の扉から飛び込もうとした瞬間。

 俺のすぐ隣、何もない空間が裂けて、突然何かが飛び出してきた!

 なんっ!? 人、腕!?

 それが攻撃として、間違いなく俺を襲ってきていると気付いたときには、目前だった。咄嗟に右腕でガードしたが、ミシミシと骨の軋む嫌な音が鳴る。

 そして、派手にふっ飛ばされていた。攻撃を受けていない方の左腕で受け身を取って、辛うじて体勢を立て直す。

 攻撃の飛んできた方を睨むが、既にそこにはいない。

 突然のことに、混乱していた。

 今のは……? 気配はあるけど、動きが速い。どこだ。

 痛い。右腕は辛うじて折れてないけど、痺れている。気でしっかり守りを固めているのに、なんだ。この馬鹿力は。尋常じゃない。

 ヴィッターヴァイツか。いや、あいつの攻撃を受けたらこんなものじゃない。それにまだもう少し先、扉の向こうにいる……!

 違うなら、じゃあなん――!

 思考がまとまる前に、背後から恐ろしい殺気を感じた。

 咄嗟にしゃがむと、頭上すれすれを何かが空を切る。剣か。

 反撃にその場で足払いをかけようとして、諦めざるを得なかった。

 速い。もうまた攻撃が来る。避けるしかない。

 しゃがんだまま、右方へわずかに跳ぶ。

 直後、俺のいた地点の石道が砕けた。

 ここでやっと正しい状況に気付いて、舌打ちしたい気分だった。

 一人じゃないな! 最初の奴と、さっきの奴と、今の奴。三回の攻撃は、全部違う奴だ。俺を囲む位置に、気付けば三人もいる。

 跳んだ勢いで回転して、隙を作らないように着地すると、襲撃者は姿を現していた。

 三人とも、男か。なんだこいつら。


「何だよお前たち! いきなり現れて!」


 返事はなかった。代わりに飛んで来たものは、容赦のない三方同時攻撃だ。

 初め、正面から蹴りが来る。こちらも蹴りを合わせて、跳ね付ける。右後方からの拳を、身をよじってかわす。しかし、そこに側面から胴切りが飛んでくる。崩された体勢から十全にかわし切るのは難しく、浅く傷を付けられてしまった。

 一連の攻撃が終わると、反撃の隙を許してはくれない。三人とも一定の距離を取って、また俺を囲む配置に付いた。

 困った。これじゃ迂闊に攻撃を仕掛けられない。

 それに強い。連携も取れている。《マインドバースト》をかけた状態の俺と張り合うなんて、並みの人間のレベルじゃないぞ。こいつら。


『気をつけて! あまり大きくはないけど、魔力も乗ってるよ!』

『なんだって……!?』


 じゃあこいつらは、トレヴァークにいるにも関わらず、まるでラナソールの冒険者のような力を。どうして。

 ……くそ。厄介だ。時間もないってのに。

 焦りと怒りを覚えつつ、ダメ元で声を張り上げてみる。


「どけよ! 時間がないんだ! お前たち、何しようとしているのかわかっているのか? このままじゃ、人がたくさん死ぬんだぞ!」

「くっくっく。わかっているさ。それこそが我々の望みよ」

「ふざけるな! 何者だ?」


「ブラウシュ」

「カッシード」

「オウンデウス」


 正面の蹴りを使う男、左後方の剣を使う男、右後方の拳を振るう男がそれぞれ名乗った。


「……何者かまでは明かす気はないってわけか」


 正面の男は、黙って不敵な笑みを湛えている。

 大方、終末教の関係者か何かじゃないかとは思うけど。連中にこれほどの強者がいたなんて、予想外だった。一人でまともに相手をするのは、厳しい。


「ホシミ ユウ。貴様のことはよく存じているぞ。ラナソールでは大層な有名人だな」

「まさかユウ、あんただったとはなあ」

「二つの世界を跨ぐ者、か」


 事情に詳しそうだ。素性が気になるところだけど、今はこれ以上無駄な会話をしている余裕はない。時間がないんだ。隙を見て、《パストライヴ》で一気に抜いてやる。


「通してもらうぞ」

「させると思うか?」


 三人がじりじりと迫る。得意のコンビネーションを再び仕掛けてくる気だ。

 いくか。まだだ。まだ距離がある。焦るな。十分に引き付けて。


 ――今だ!


 いよいよ敵が攻撃を仕掛けようという刹那、ショートワープを発動する。瞬時にして、三人との距離を上手く引き離した。

 よし。もう一度飛ぶぞ。さらに引き離してしまえば、さすがに奴らも追いつけ――!


 急に嫌な感じがして、考える前に身体が動いた。大きく身をねじってかわす。実戦経験で磨いた直感が、命を救ってくれた。

 何かが袖を裂いて、素肌を掠めていく。


 今のは……魔法……!?


 数瞬遅れて、どうにか軌道だけは見えた。殺傷性の高い氷魔法の刃だ。

 どうなってるんだ!? パワフルエリアでもないのに、魔力どころか、本物の魔法まで……! ここはラナソールじゃない。トレヴァークだぞ。


「あらぁ。ちょこまかしいわねぇ。当たるかと思ったのにぃ」

「お、まえ、たち……!」


 どこまでも邪魔をする気か!

 怒りで、どうにかなりそうだった。


「わたしたちを置いて逃げようだなんて、無粋なことはしないでねぇ」

「このイベントは、逃走禁止だぜ?」


 新たに現れた気怠そうな女と、いつの間に正面に回ってきた剣を使う髭の男が、意地の悪い笑みを浮かべる。

 どうする。どうやって乗り切る。もう時間がない――!

 切り札はあるけど、役に立たない。人が多過ぎて、こんなところじゃ使えない……!

 このままじゃ、みんなが……。くそ……!


「……どけよ」

「通して下さい、の間違いだろう?」

「どけと言われて、はいと言うと思うのか?」


 無視して、再び《パストライヴ》で抜きにかかる。

 だけど、近いレベルを相手に何度も見せるものじゃなかった。どうやら、既に見切られてしまっていた。

 消えて再び現れたところを、魔法で狙い撃ちにされた。

 こいつら、全員使えるのか!

 四人による波状攻撃の全てをかわすことはできなかった。大きなダメージだけは負わないように何とか捌くけれど、いくつかは確実に肌を掠め、肌を焼き、あるいは肉を削っていく。

 そしてこちらが体勢を立て直す間に、再び取り囲まれている。

 二、三度突破しようとして、この繰り返しだった。


 敵の狙いは、間違いなく時間稼ぎだ。俺をこの場に釘付けにできればそれでいいんだ。

 無理でも攻めに出なければならない一人と、無理せず守っていればいいだけの四人。状況は著しく不利だった。

 ふざけやがって。この後、ヴィッターヴァイツとの戦いも待っているんだぞ。


「どけって言ってるだろ……!」


 手をこまねいている間にも、タイムリミットは刻一刻と迫っている。

 もう本当に時間がないんだ。どけよ!


「こんなところにいたら、お前たちも死ぬんだぞ!」


 言っても無駄だとわかっていても、言わずにはいられなかった。

 こいつらは、死をもいとわぬ狂信者なのか?

 しかし、俺の言葉は、容易く嘲笑われてしまった。


「死なないんだなあ。これが」

「心配するな。いよいよ時間が来れば、オレたちも逃げるさ」


 逃げる? こいつらにも退避するための手段があると。どうやって。

 何もないところからいきなり現れたのがそうなのか?


「というわけで」

「もう少し、わたしたちと遊んでもらおうかしらぁ」


 ……くそ! ダメだ。状況はますます悪化するばかりだ。


 時を追って高まりゆくエネルギーが、とうとう大聖堂のカラークリスタルを割り始めていた。

 もうおそらく、三十秒もない。時間がない……!

 もしあんなものが、爆発したら……。


 ニュースのおぞましい光景が脳裏を過ぎる。聖地ラナ=スティリアは百万都市だ。一体、何十万人死ぬんだよ……?

 どうしよう。このままじゃ。このままじゃ……!


 極限の焦りが身を焦がしたとき、脳裏に揺れる破滅の光景が、よく似た別のものにすり替わった。


 ――突然、何かの記憶が溢れ出した。


 ――また、見たこともないはずの光景が、なのに見慣れた光景が、フラッシュバックする。


 ――燃える町。逃げ惑う人々。あそこは……サークリス……?


 ――泣いている、女の子。俺は、この子を知っている。よく知っている。


 アリス……? どうして、君が泣いているんだ。


 どうして、俺に殺してなんて言うんだ……?


 馬鹿なこと言うなよ。そんなこと、俺がするわけないじゃないか。できるわけないじゃないか……。


「あ、ああ……!」


 なのに、俺は。俺は……!


『なに? ユウ、どうしたの? 何が見えているの……?』


「う、あ……ああ……」


 やめろ。やめてくれ!

 こんなこと……! 俺は、知らない……! してない! したくなんてなかったんだ!

 なのに、奴が。ヴィッターヴァイツが、全て……! また、あいつがいる限り、何度でも……!


 悲劇は――運命は、どうしても繰り返されるのか? 繰り返されようとしているのか。


「…………う、う」


「はっはっは! おい、見ろよ! こいつ、とうとう泣き出したぞ!」

「あらあら。かっこ悪いわねぇ」


 いつの間にか、頬を伝って止まらない熱い涙を、拭う気にもなれなかった。


 力が足りないばかりに。俺が、弱いから。

 もう決して許しはしないと、誓ったはずなのに。

 こんなところで、何をやっているんだ。俺は。


 ……止めないと。


 奴の思い通りにさせないためなら。もうあんなことにしないためなら。俺は……。


『ユウ! ダメだよ! その力は……ダメ! 落ち着いて! 抑えて!』


 ユイの縋る声が、またやけに遠く聞こえた。


「どけ」


 俺は、強い感情に衝き動かされるまま、無策に、ただ愚直に、前へ歩み出していた。


「どけよ」


 肯定の返事はない。代わりに容赦なくフォーメーション攻撃を仕掛けてくる――。


「どけええええええええええええええええええーーーーーーーーーーっ!」


 沸き上がる衝動のままに、叫んだ。

 襲い来る正面の敵を捉える。やけにはっきりと動きが見えた。

 殴りつける。

 拳の一発が、やけに重く、敵の懐に突き刺さる。


 勢いで、正面の男を殴り飛ばしていた。


「カッシード!」

「こいつ、いきなりなんだよ!? どこにそんな力を……!」

「まずいわ! 同時にかかるのよ!」


 焦り。怒り。悲しみ。憎悪。守りたいという気持ち。

 燃え上がる感情の坩堝に呑まれて、わけがわからなかった。無我夢中だった。

 それでも、ユイの祈りが、俺の精一杯の自制が、もしかしたら、心がすっかり冷たくなるのだけは辛うじて防いでいたのかもしれない。

 ただ、まるで別人のように身体は最適に動く。同時に襲い来る二人の男に対し、両手を左右に突き出して「捌いた」。


《気断衝波》


 今まで見たこともない、真っ黒で禍々しいオーラが、通常は白いはずの気に、うっすらと混じっていた。


「ぐおっ!」「がっ!?」


 存外に高威力だったらしい。弾かれた二人は一撃でくたばり、痙攣したまま動かなくなった。


「あ、わ……」

「どけ」

「ど、どかないわよ! どくわけないでしょ! あなたなんてねぇ! わたし一人でぇ……!」


 立ち塞がる最後の女性を、体当たりで強引に押しのけた。


「ぎゃっ!」


 ヴィッターヴァイツ。ヴィッターヴァイツ。ヴィッターヴァイツ……!

 止めてやるぞ。お前の思い通りになんて、させてたまるか!


「おおおおおおおおおおーーーーーーーっ!」

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