144「創世の秘密に迫る」

 元々社員か誰か、人に説明することを目的とした資料だったのだろうか。スライド形式で図と文字が展開されていく。


『我々、トレインソフトウェアの究極の理念はただ一つ。健全な企業活動を通じて、ラナソール――美しく素晴らしい彼方の世界を育み、守ることである。かの世界は、我々が夢想うとき、確かに実在する』


 ラナソールという世界の存在が、いきなり説明もなしに明言されていた。これで伝わる人がどれだけいるのだろう。実はかなり詳しい人向け――用途が限定されたものなのか?

 機密資料なのは間違いないし、そうかもしれない。少々引っかかるところはあったが、スライドはめくられる。


『言うまでもなく、我々の母体はラナ教会そのもの、とりわけ聖書「ラナクリム」出版会である。さらに源流を辿っていくならば、遥かなる時代、"創世の巫女"ラナ様の傍らに仕えし"始まりの敬虔なる信徒"にルーツを見出すことができるだろう』


”創世の巫女”ラナときたか。

 そのまま、つらつらと企業の歴史、成り立ちが説明されていく。

 長いので要約すると、トレインソフトウェアは、聖書「ラナクリム」を、時代に合わせた形にアップデートしようという動きの中で生まれた一文科会が、想定よりも「時代の流れに当たり」、母体を凌いで大きく成長した姿であるということだ。

 大まかな記述は、聖書「ラナクリム」における「創世の時代」からのものと概ね一致している。大きな違いは、一般的に普及している聖書では、ラナは”創世の女神”と神格化されていて、あくまで創られた物語として語られていた。それに対し、こちらはラナをあくまで”巫女”――実在の人物とし、"始まりの敬虔なる信徒"から一連の流れを経て、トレインソフトウェアに至る、実在の組織のルーツという、極めて具体的な文脈で語られているということか。


『我がトレインソフトウェアのマインドは、社名それ自体が示している。ラナ様の傍ら、常に一の従者あり。名をトレイン。聖書に刻まれし"一の信徒"その人であるが、その名はほとんど一般には知られていない。”一の信徒"は、その類まれなる信仰心と叡智によって、ラナ様の御心を支えた』


 我々も陰ながらラナ教、ひいてはラナソールを支える礎としてかくあらんと、その人にあやかり当社名とした、と続く。


「トレインと言う名があったのですか……。いやはや、知らないことでした」


 モニターの向こうで、シルバリオが瞠目する。

 ユイの協力で開いている心通信からは、レンクスがぼそりと「トレインか。臭うな」と考えているのが拾えた。

 俺もユイも、同感だ。

 ラナが一連の大きな流れの仕掛け人であると仮定すると、どうにも違和感があった。なぜって言うと、少し会ってみた印象からというしかないけど……ここは心に触れる力と、直観を信じたい。

 彼女は確かに世界の要ではあるだろう。しかし、何かを仕掛けた存在そのもののようには感じられなかった。

 だって彼女は、悲しんでいたんだ。なぜかはわからないけど、心から憂いて、悲しんでいた。とても綺麗で、そして儚い心だった。

 あのとき感じた、刺すような胸の痛み。何かを陰で操っている人の心ではないと思う。

 しかし現実として、ラナソールには、明確な意志がある。少なくともフェバルを知り、その力を脅威と考えている何か。

 ラナはどちらかと言えば、それに「守られている」。

 トレイン。二つの世界の片割れ、トレヴァークの名に冠する者。一の信徒。この人がそうなのだろうか。


 ここからの情報は、まるで聖書の答え合わせをするように、紐解かれていく。


『太古のイニシエ、我々は野生とほとんど何も変わらぬ。裸の獣も同然の有様であった』


 何とかの発見の番組風のナレーションが始まり、古ぼけた壁画に、蛮族そのものの人の姿が描かれていた。

 これが古代の人類か……。


『人の人たらん歴史は、万年の昔、ラナ様より始まった』


 聞いたことのない新説だった。しかもより現実的な仮定だ。

 これは、ラナが決して命あるものすべてを創造したのではないという、一種の限界発言――ラナ教でありながら、教義そのものを否定するともとれる宣言だ。

 あくまで現在へと繋がる「人間社会」を創造したのだと、そう言っている。

 しかし、続く言葉は、再び聖書の記述をほぼそのままなぞる。ラナの神秘性を強く肯定するものだった。


『ラナ様には、万物を創造する力があった。荒涼なる大地を指して曰く、「これあらん」。トレインは応じて、「これしかり」。かくして我々裸なる人に、知恵の産物が生まれた。偉大なる理想郷が育まれた』


 ラナクリムの魔法都市フォールアイレスは、聖書の記述を基に、偉大なる理想郷を再現しようと試みたものだ、という補足が付け加えられる。

 すなわち、ラナソールの魔法都市フェルノートだ。


『ラナ様には、万物を切り拓く力があった。険しい山々を指して曰く、「これゆかん」。トレインは応じて、「これしかり」。かくして偉大なる山は拓かれ、豊かな大平原への道は通ず』


「これって……グレートバリアウォールのことかな?」


 静かに聞き入る中、ハルの思案から出た呟きがよく通る。

 おそらくそうだろう。

 現在のトリグラーブ、そしてダイクロップスの起源を主張しているのだ。


 それからも、しばらく偉大なラナの伝説と、傍らでひたずら不気味に「しかり」を続けるトレインの描写が続く。時折、ラナクリム制作ポイント解説を交えながら。

 だが、最後だけはちょっと違っていた。


『ラナ様も人の子。いかなる奇跡の力をもってしても、やがて死は避けられなかった。虚空の彼方を指して曰く、「これいずこなりや」。トレインは応えて、「これなり」。かくして彼方の世界――ラナソールは生まれた』


「うーん。つまり、ユウさんが来たところは……うーん?」


 リクがしきりに首をひねっている。どうにか話に付いてこようとしている感じだ。


『ラナ様が身罷られると、トレインもまもなく続いた。トレインは"始まりの敬虔なる信徒"にラナ様の言葉を遺して逝った。「もはや死を恐れることはない。汝らが夢想うとき、彼方の世界は約束される。それは常に傍らにある。されど心せよ。汝らの夢破れるとき、世界は再び闇へ還らん」と』


 世界存続のための条件が、明確化される。

 夢想の集合体なのであるから、夢想される限りは存在する。けれど、夢想がきちんと形を成さなくなれば、世界も崩れてしまう、と。なるほどな。


『これは約束である。そして使命でもある。残された我々は、常に試されているのだ。夢想の彼方に世界を想い、正しい世界を次の世代へと繋ぐ。ラナ様は必ずそこへおらせられる。そして我々も。夢想う限り常に傍らにおり、いずれ正常なる死をもって辿り着く』


 ラナソールには、既に死んでいる人が結構多いんじゃないかという説を立てていた。この言葉が正しいとすれば、やはり一度、死人の魂はラナソールにプールされ、しばし第二の生を謳歌することになる。相当な数がいるということになる。


『汝、健全なる魂をもって、想うところを愛せ。世界を愛せ。さすれば、健全なる世界は約束される』 


 持ってまわったような言い回しで、むず痒くなってくるけれど。言いたいことはよくわかる。

 ラナソールの正常な存続。

 それこそが、ラナ教の、そしてトレインソフトウェアの存在理由というわけだ。


 そして、本当に何かの説明用資料なんじゃないかってくらい、力強い声が響いた。


『決して信仰を忘れてはならない。想いを汚してはならない。怠惰にかまけて、終わりの日――ミッターフレーションを迎えさせてはならない。不浄なる魂を抱けば、不浄なる死の想念が世界を汚せば、やがてアルトサイドへ堕ちるであろう』


 へえ。そういう関係なのか。アルトサイドは、ここだと地獄みたいな扱いなんだな。

 確かに暗くて何もない世界だからな。あそこでずっと暮らすって考えたらぞっとしないよ。

 それにしても、不浄なる魂と、不浄なる死の想念か……。死の想念……。

 アルトサイドを徘徊していたあの化け物が、ふと脳裏に浮かんだ。

 それに、引っかかる。これを聞いたヴィッターヴァイツは、果たしてどう考える。嫌な予感がする。


『汝、慈しみを持って、想へよ』


 バーーァン!


 そこで急に、ラナクリム最新版のパッケージがでかでかと現れたので、目を見張った。

 うわ。なにかと思った。


『我々にとっての想いとは、使命とは、創り、遊ぶことである!』


「おお……」


 急な熱い転調に、解析班の数人が同調して、少しざわめく。ありのまま団員特定したぞ。


『我々はいつでもラナクリムをより面白くするアイデアを待っている。レッツエンジョイ。ゲームは楽しくしたいものだ! 「コラッ、何余計なこと言って――」』


 ブツン。


 最後に別の女の声が混じり、妙に締まらないことを言って、ディスク映像は終わった。


 ……何だったんだろう。あれ。


「……えーと」

「……最後のとって付けたようなそれは、それとしてですか」


 シルバリオがフォローしてくれたので、俺も多少は話に入りやすかった。


「みんな、どう思った? 率直な意見を聞かせて欲しい」


 まずはシルバリオが、悩ましい顔で答える。


「内容は、非常に興味深いものでしたが……。私からは……残念ながら、問題の解決に繋がるものではないかと」

「そうですね。おっしゃる通り」


 確かにそうだな。特に夢想病のことについては、一切何も語られていなかった。

 しかし、もっと大きなことに対してのヒントにはなったと思う。

 初めて、世界の成り立ちについて言及されていた。


 ラナソールは、「創られた」世界なのだと。


 だから不安定で、不完全で――時々、エラーだって出るんじゃないか?

 俺は、既によく似たものを知っている。

 かつていた、エルンティアの悪名高い『システム』と、仕組みは似ていると感じた。

 あそこで、いわゆるエラー因子はどうなったか。ギースナトゥラという掃き溜めに押し込められた。

 箱が違うだけで、おそらくやっていることの本質は一緒だ。

 世界にとってのエラー症状のシグナルが夢想病であり――さらに重大なエラー因子は、アルトサイドに押し込められる。

 あの化け物は、まるで世界を恨んでいるようだった。きっと世界にとって都合の悪い何かなんだ。


『なるほどね』


 ユイも同意して、頷く。

 以前の世界での経験が生きた。俺たちの中では、少しずつ話が見えてきたぞ。


 次に意見を差し挟んだのは、シズハとハルだった。


「百二十年前……最後の世界大戦から、急に夢想病患者が、増えたのは……」

「うん。それはボクも事実として知っていたけれどね。でもどうしてかはわからなかった。不浄なる死の想念……この辺りが怪しいワードなんじゃないかな」

「そうかもしれないね」


 ハルも同じところが引っかかっていたみたいだ。

 これは想像でしかないないけど……現実逃避のようなマイナス感情が夢想病を誘発するファクターになるように、悪感情、とりわけ戦争で殺されたとか、そういった不浄な死の想念は、世界にとっては良くない影響を与えるのだろう。

 ヴィッターヴァイツは、必ずここを突いてくるはずだ。気を付けておかないとな。


『なあ。ちょっと、いいか?』


 レンクスが、念話を飛ばしてきた。


『もちろん。どうぞ』


 答えると、レンクスはへっと笑って切り出した。


『他のことは色々すっ飛ばして、すげえシンプルに考えたんだけどよ』

『うん』

『ラナかトレインか、他の誰かは知らないけどな。その辺りがフェバルなんじゃねえの?』


 マジでど直球な意見だった。100%憶測、証拠も何もあったもんじゃないけど。確かにそれなら、フェバルなら――フェバルに意識が向くことへの辻褄は合う。

 エーナさんとジルフさんも、強く同意した。


『話を聞いてると、匂いがね。創造の下りとか、何となくそれっぽいのよねえ』

『そうだな。経験則になるが、力を振るったフェバルが神話化されることは、たまにある話だ』

『そうなんですか』


 ん、待てよ。よく考えたら、それももう知っているじゃないか。

 ウィルの奴が、エラネルでは実際に破壊の神として伝説になっていた。


 もし、同じようなことになっているとしたら――。


 約二年間、集め続けて。バラバラに分かれていたピースが、ようやく噛み合い始めた。


 現地人が頭を悩ませる中、フェバルである俺たちは、ある一つの結論に達する。


『『ラナにもう一度会うんだ(の)。そして聞かなくちゃならない』』

『ああ』『そうね』『うむ』


 あなたはフェバルですか? フェバルを知っていますか? と――。

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