48「ユウ、ゲーマーになる 3」
質問攻めを受けたりなど、一悶着あったものの。
冒険者ギルドに着いた俺は、早速冒険者として登録すべく受付カウンターに赴いた。
しかし、本当にレジンバークの冒険者ギルドと中身がそっくりだな。階段の位置からテーブルの配置までそっくりだ。
あのキャラの濃い受付のお姉さんはやはり見当たらない。
彼女はどこにいるのだろうか。それともラナクリムにはいないのだろうか。
いたらいたで大変だが、いないといないで寂しい気もする。
だいぶラナソールの空気に毒されてるなあ。
ラナソールと一緒で、冒険者はEランクからのスタートとなる。
クエストに関するルール説明を受けたが、すべてラナソールで聞いたようなことだった。
ちょっと面白いなと感じたのは、ギルドで受けられる仕事のことを、ラナソールでは依頼、ラナクリムではクエストと呼ぶということだ。
後者の方がよりゲームらしい響きがする。
どのクエストを受けようか。
Eランクのクエストでは報酬金もランクポイントもしょぼいので、フリーランクのおいしいクエスト狙いで探していく。
できれば討伐系だと難しいことを考えなくて良いから楽だ。
そんなクエストはというと――あったあった。
洞窟に潜むという、巨大カニにしか見えない魔獣ベンディップの討伐だ。
こいつなら前に何匹も倒したことあるから、ラナソール産の奴らと大して違わなければいけるだろう。
で、倒してきた。
特に厄介なことはなかったので、詳細は割愛。
ただまあ、キャラクターの能力の低さの問題で、卓越したゲームパッド捌きがないと少々危なかったとだけ言っておこう。
リクが「ベンディップはAランク適正の魔獣ですよ。なに普通に倒しちゃってんですか!」うんぬん言ってたけど。
驚かれるのは今後も一々ありそうなので、気にしないことにした。
それより気になったのは、レベルがさっぱり上がらなかったという事実だ。
対人戦で経験値が入らないのはともかくとして、魔獣のベンディップを倒せばかなりの経験値が入ったはずなのに。
ステータスの表示はうんともすんとも言わない。レベル1のままだ。
「なあリク。こんなことってあるのか?」
「いえ。聞いたことないですけど。そうですね――ハローワークに行けば、次のレベルまでの経験値を教えてもらえますよ」
「ハローワーク? 聞き間違いじゃないよね」
「ジョブチェンジのときなんかに行きます。リアルでも仕事探すときに使ったりするじゃないですか」
妙に生々しいな。
というわけで、リクの案内に従ってハローワークに行ってみた。
そこで告げられる衝撃の真実。
『次のレベルまで、あと9964538です』
うわっ……俺の必要経験値、高過ぎ……?
「待て。いくら何でも高過ぎだろ!」
大型モンスターのベンディップを何匹も倒したけど、それで経験値のトータルがやっと三万五千強だったはずだ。
ということは、元々は次のレベルまで一千万ってことかよ!
リクも同情的な調子で、驚きの混じった溜め息を漏らしていた。
「うわあ。こんなことってあるんですね。規格外だ。だからレベル1の割に能力値が高かったのかも」
「てことは、俺はしばらくずっとこのままなのか……?」
ああ。レベルアップの喜びが……。
確かにリアルの俺は基礎能力値がほぼ頭打ちだけど。許容性限界級に達しているらしいけど。
そんなところまで律儀に再現しなくたっていいじゃないか!
「そういうことになっちゃいますよね。残念ながら」
「どうしよう。Aランク魔獣でもあまり油断ならないんだけど、このままでSランクなんていけるのか?」
「うーん」
リクも一緒になって頭を捻っている。
でもそうか。そういうことか。
レベル1というのも加味されて、やや低めに設定されているんだろうけど。
ゲームの状況から逆に考えるなら。
俺がラナソール補正もフェバル能力補正も一切ない、許容性の低いトレヴァークにおける素の能力値そのままで「ラナソールのような世界」に飛び込むと。
Aランク相当のベンディップは普通に倒せるが、Sランク相当となると苦戦する。
妥当だ。妥当過ぎる。
夢のない話だが、納得がいってしまった。
まいったな。さすがに今の能力値のままじゃ、トップランクのプレイヤーや魔獣と渡り合うのは厳しいぞ。
「レベルを上げる良い方法はないものか……」
独り言が口に出てしまっていたらしい。
リクが反応してくれた。
「一応、ないこともないですが」
「教えてくれ」
食いつくと、彼はちょっと困ったように頬を掻いた。
「課金すれば、経験値倍率やアイテムドロップ率、ランクポイント倍率なんかを上げられますが」
「よし。課金しよう」
「えっ?」
「課金しよう」
即決だ。貴重な時間には変えられない。お金で買えるものは買おう。
なぜか俺にとってはまともなゲームバランスじゃないんだから、仕方ない。
うん。仕方ない。
「でも、結構しますよ? ぶっちゃけぼったくりもいいとこです」
「そんなにするのか」
「ですよ! めっちゃ重ね掛けしまくれば最大で百倍の経験値効率にはなりますけど、そんなことしたら一日で1980ジットも飛ぶんですよ。いいですか!? 一日ですからね!」
経験値効率が百倍なら、約一千万の必要経験値も実質十万まで落ちる。
これなら現実的だ。いけるぞ。
「構わない」
俺は漢らしく答えた。
「言ったあ!」
常識的な価値観を持っているであろうリクは、頭を抱えて叫んだ。
やっぱりあんたおかしいよ!
俺を見つめる目は、そう言いたげである。
君の感覚は正しい。俺も地球で暮らしていたならまずもったいないと、そう思う。
だがあいにく流浪の身にとっては、必要以上のお金には価値がない。
使ってなんぼなのだ。大胆に使ってこそなのだ。
金ならある。
俺は『心の世界』からダイヤモンドの欠片を取り出して、丁重にリクに手渡した。
「リク。頼んだ」
「はい!」
リクの眼差しが、熱い。
明らかにわくわくを隠せない表情だ。
「僕は、歴史的瞬間を目撃しようとしているのかもしれない……!」
意気込んで、嬉しそうに飛び出していった。
心なしか、ランド成分が出ているような気がする。
***
レジンステップの町を探索しながら、待つこと数時間。
途中夕ご飯を作ったりもしたが。
「プリペイドカードかき集めてきましたぜ。ユウさんの旦那ァ!」
息を切らして帰ってきたリクは、大量のプリペイドカードをレジ袋から豪快にばらまいた。
手始めにということであるが。
その数、百二十枚。圧倒的光景である。
「ありがとう。大変だっただろう」
「いえいえ。ユウさんの漢気に比べたら屁でもないっすよ」
はは。舎弟じゃないんだからさあ。
時々リクのテンションがよくわからないけど、ノリの良いときは良いんだろう。
俺もノッてみた。
「準備は整った。さあ、徹底攻勢をしかけるぞ!」
「おう!」
「あ、その前に。夕飯できてるからね。一緒に食べよう」
「本当ですか。すみません。いただきます」
どこか間の抜けた感じになってしまった。
俺ってどうもしまらないな。
「ユウさんのご飯おいしいですよね。男のくせに女子力高くないですか」
「ああうん」
女子になっちゃうくらいには高いね。
彼はしげしげと俺の容姿を眺めて、頷いた。
「あんまり男っぽくはないというか。失礼ですけど、女装したら似合いそうですよね」
「そうだね」
「って、なんですか。その妙に悟ったような顔は」
「いやあ。ねえ」
俺は曖昧に笑って、誤魔化しておいた。精一杯の強がりも添えて。
「でもまあ一応、鍛えてはいるから」
「けど腕とか、普通に細めですよね。あんまりそんな風には見えないんですけど」
「身軽さと持久力を損なわないような肉体造りをしてるからね」
平均的日本人である俺は、特別体格に優れているわけではない。
なのでパワー重視の鍛え方よりも、そちらが理に適っている。
パワーなら気でも補えるし。
無論ボディービルダーのようなのは論外だ。長時間の実戦やサバイバルにも耐える肉体が要求される。
「ちょっと見せて下さいよ」
「え。うん」
シャツを少しだけまくし上げて、鍛え上げた肉体を見せた。
いつも見せると結構驚かれるんだけど、リクも期待通りの反応を示してくれた。
「やっべえ! 腹筋バッキバキじゃないですか! ギャップあり過ぎですよ」
「ま、まあね」
あまりじろじろ見るので、やっぱり恥ずかしくなってきて。
俺はそろそろとシャツを下した。
***
食後、鬼のレベル上げ作戦が始まった。
「そう言えばユウさん、装備は買わないんですか?」
「君がいない間に色々試したんだけどね。AGL(アジリティ)は無装備が一番高いみたいだし、武器なら《気術》があれば要らないんじゃないかって」
180分の1秒を気にする俺のスタイルでは、少しでもAGLが高いに越したことはない。
第一レベルが低いので、多少装備で補ったところで、強敵から一撃まともにもらえばそれでしまいである。
現実の戦いもそんなものだ。クリーンヒットが入ってしまえば、たった一撃で致命傷になり得る。
よほど実力に差がない限りは、肉体の強さでまともに攻撃を防ぐことは難しい。
だからどんな達人でも、大抵は反らしたりかわしたりするものだ。
防御力とは肉体の強さではなく、身を守る術の巧みさのことである。
……実際は、よほど実力に差があるフェバルみたいな奴もいるんだけど。
あいつら何やっても通る気がしないが、それは例外ということで。
RPGにおけるHPという安全値は、言ってしまえば悠長なのだ。
むしろアクションゲームやシューティングゲームの残機制、一度ミスれば即死亡に繋がる感覚が現実に近い。
まあだからって、このRPGでまでHP制の恩恵にあずからないわけじゃないのだけど。
「ユウ」の戦闘スタイルがリアルに近いものだから仕方がない。
「初期装備のままとか、絶対目立ちますよ」
「もう目立っちゃったし、気にしないことにするよ……」
最近図らずも目立ってしまうことが多い気がするな。
再び冒険者ギルドへ臨む。
先のベンディップ討伐によってランクはDになっていたが、それでも大して受けられるクエストの質が上がるわけではない。
次もフリーランクから選ぶことにしようか。
ベンディップ討伐のクエストはまだ残っていた。
あくまでゲームであるから、限定クエストでない限りは、同じクエストを何回も受けることができる。
狩り尽くしてしまう心配もない。
でも経験値的にはそこまでおいしくないよなあ、と考えて。
――そうだ。あいつだ。あいつなら。
掲示板をじっと睨んで、そのクエストを探してみると……あったあった。
早速受注する。
リクが「マジですか?」と目を丸くしていたが、気にしない。
レジンステップを出た俺は、北門から町を出て、平原を突き進んでいった。
目的地はさらに北の山である。
山のふもとに着いたら、課金で購入しておいたワープクリスタルの座標をセットしておく。
これで何度も行ったり来たりする手間が省ける。
木々をかき分けつつ、山を登っていくと、やがて大きく開けた台地になっている場所へと出てきた。
そこに悠然と立ちそびえる、一頭のモンスターがいる。
巨躯のあらゆる部分が、まばゆい光を湛えている。
まるで水晶のように透き通った鱗と肉体。
その爪は大地を砕き、その口から放たれる炎はすべての敵を焼き尽くす。
その大いなる翼でもって、天空を我が物とする。らしい。
やあ、クリスタルドラゴン。あのときはごめんな。
またお世話になるよ。今度はまともに勝負しよう。
倒した。
すぐにギルドへ帰り、また同じクエストを受けて山へ向かう。
そして倒す。これを繰り返すだけのお仕事だ。
名付けて、クリスタルドラゴン道場。
すまないが、君には経験値になってもらう。
こうして二週間ほど、寝食半分くらい忘れてひたすらクリスタルドラゴンを狩り続けた俺は。
やっとレベル12まで上げることができた。
非常に上がりにくい代わりに、一度のレベルアップでステータスの上がり幅は中々のものだ。
レベル1時と比べて、あらゆるステータスは約3倍になり、一般キャラ換算でもレベル70相当になっていた。
圧倒的廃人課金プレイによるランクポイント倍率百倍の恩恵を受けて、冒険者ランクはAにまで到達していた。
使ったお金、約3万ジット。獲得総経験値、約14億6千5百万。
犠牲となったアレ、293+1頭。
ありがとう。北の山のクリスタルドラゴン。
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