47「ユウ、ゲーマーになる 2」

 ゲームが始まると、俺を模したキャラ「ユウ」は冒険者の町レジンステップの街広場に立っていた。

 職業は旅人だけど、開始位置は冒険者と同じような扱いなのか。

 隣で見守っているリクが、心強いことを言ってくれる。


「今日は僕が付きっきりでアドバイスしてあげますよ。何でも聞いて下さい」

「頼むよ。じゃあ早速だけど、最初は何したら良いかな」

「そうですね。まずはアイテム欄を確認してみましょうか。ゲームパッドの1ボタンを押してみて下さい」

「うん」


 言われた通り、アイテム欄を開いてみる。空だ。

 お金の単位はジットか。ぴったり100ジットだけ持っている。

 ゴールドとかオリジナルの単位じゃないんだね。

 リクが得意顔で解説してくれる。


「最初はみんな100ジットだけ持って始まるんですよ。『はじめ、僕の手には幾ばくかの小銭が握られていた』です」

「キメ顔で言ったのは標語か何かなの?」

「ゲームカタリストシゲさんの『ラナクリムに浸る』冒頭の有名な文章ですね。まあユウさんが知らないのも無理はないですけど」

「へえ」

「おっ。スキル欄にはちゃんと《気術》が入っているみたいですね。《気術》は自分で好きなように型を設定できるフリースキルなんですよ」


 他にもフリースキルが色々あって、それらと誰が使っても型通りに発動するオーソライズドスキルとの組み合わせが、ラナクリムの戦略自由度を高めているとのこと。


「なるほどね」

「ユウさんはスキルのイメージとか、何か考えてるんですか?」

「そうだね。これにしようというのは頭に浮かんでるよ」


 やっぱり慣れ親しんできた《気剣術》と《気拳術》が良いだろう。


「早速設定したいと思うんだけど、やり方教えてくれないかな」

「もうですか? せっかちですねえ」

「いつ戦いになるかわからないからね」

「まあ物騒な初心者狩りもたまにいますからね。別にここだからと言って戦闘が禁じられてるわけでもありませんし」


 リクにスキルのカスタマイズ方法を教えてもらい、《気術》を自分の思い描いていた通りに弄った。

 まず、《気剣術》と《気拳術》を定義する。

 二つのモードを即座に切り替えられるよう、ゲームパッドにショートカットコマンドをセットした。

 それから、必殺技として《センクレイズ》と《気断掌》を再現した技を創る。

 こいつらもいつでも撃てるように、ショートカットコマンドを設定しておく。

 そこまでやってみて、スキル設定の自由度の高さに舌を巻く。

 フリースキルという名に負けていない。エフェクトから効果まで、これほどまでそっくりそのまま再現できるとは思っていなかった。

 やばいな。神ゲーの予感しかしない。

 リクはというと、てきぱきとスキル設定をこなしていく俺を見て、彼も彼で舌を巻いていた。


「うわあ。すごいです。堅実だ。初心者とは思えない実用性と汎用性の高さですね。普通、見栄えとかロマンを優先しちゃうと思うんですけど」


 そう言って、彼は苦笑する。彼自身思い当たる節があるようだ。

 でもわかる。その気持ちめっちゃよくわかるよ。

 俺もかつてはロマンの信奉者だった。燃費ガン無視の飛行魔法とか紅炎魔法とか、あれこれ開発したものだ。

 失敗もたくさんしたし、今よりも青かったな。

 だが結局どんなに変わり種な技を閃いてみても、ここぞというときは基本の技に立ち返ってしまうものなんだよね。

 基本であるがゆえに使いやすく、いかなる場面でも応用が利く。


「実戦で使い続けてきた技だからね」

「え? 実戦?」

「うん」


 俺は深くは答えず、曖昧に頷いた。

 リクはこちらに不思議な目を向けている。

 ただまあよく考えてみると。ロマンを追うのも馬鹿にならない。

 回り回って、飛行魔法の方はあんな許容性の高い世界だと使い放題だから、しっかりユイの役に立ってしまっていたりして。

 何がどう転ぶかわからないもんだ。探求心も大事ということだろう。

 そんなことを考えながら、スキル設定を続ける。

 このままリアルスキル全再現といきたかったが、次のやつはどうも上手くいかなかった。

《マインドバースト》は作れない。なぜだろうか。

 仕方なく、気力を大量消費してステータスを一時的に大幅上昇させる効果をもって仮の《マインドバースト》とし、これにもコマンドを当てはめた。

 また、ショートワープ《パストライヴ》や単純物理攻撃無効のバリア《ディートレス》の再現も無理だった。

 使えればゲームバランスを破壊しかねない壊れ技なので、かえって良かったのかもしれないが。

 そもそも《気術》じゃないだろという突っ込みは止めて欲しい。好きなリルナの技だから作ってみたかったんだ。

 他にも色々試してみる。

《スタンレイズ》は作れる。空を飛ぶことはできない。《スティールウェイオーバースラッシュ》は作れない。

 この辺りで法則性に気付く。

 スキル設定で再現不可能な技はすべて、俺の固有能力に依存しているものではないかと。

 リルナの技は【神の器】を介した借り物だし、針を穴に通すような正確な動きは、やはり能力のアシストを受けなければ到底不可能だ。

《マインドバースト》は言わずもがな。

 そもそもスキル欄に【神の器】本体がないわけだから、無理なものは無理という道理か。


 満足いくまでスキル弄りを堪能した後――いや、ほんとはもうちょっと弄りたかった。

 なぜ魔法が使えないのか。設定できたらすごく面白そうじゃないか!

 ああ。女に変身したい。もどかしい。

 ともかく、これで一応いつもの俺のスタイルに概ね近い「ユウ」ができあがった。

 たくさんの技をショートカットに設定したので、空きボタンの数に余裕は少ない。

 こうなることを見越して、ゲームパッドはボタンの多いやつを買っておいてよかったな。

 リクはどこか引きつった笑いを浮かべている。


「一時間ですよ。ユウさん、凝り性ですね……」

「あはは。つい」


 声が弾んでいるのを自覚する程度には楽しんでいるらしい。

 ああ。ケン兄がラナクリムを知ったら、きっと下唇を噛んで羨ましがるだろうな。こいつはすごいぞ。

 人生には無駄なことなどないのだと思う。今思った。

 まさか異世界でゲームスキルが日の目を見る日が来るとは。

 ミライに負けたくなくて。ケン兄に教わり、格ゲーの腕前をひたすら磨いた日々。

 ケン兄の下で鍛えたコントローラ捌き、ここで存分に役に立たせてもらうよ。

 俺は、口の端をつり上げていた。


「動きを試してみるか」


 完全記憶能力のせいだけではないだろう。

 久しぶりだというのに、まるで昨日も触っていたかのように指が覚えている。馴染んでいる。

 PC画面の「ユウ」は、まるで舞踊でもするように華麗に動いてみせた。

 加えて、昔の俺にはなかった武器がある。

 常人離れしたリアルの肉体と動体視力は、TASさんのごとき正確無比な動きを実現できてしまった。

 ちなみ詳しくない人向けに言うと、TASとはツールアシストスピードラン、またはスーパープレイの略。

 ツールの力を借りて人間にはとても真似できない動きをする。

 あまりに変態染みた動きに、人は恐れと敬意を込めてそれをTASさんと呼んだり呼ばなかったり。

 昔ケン兄が、TASさんはゲームのものすごく上手い幼女プレイヤーだって吹き込んでくれて。

 まんまと信じた小さな俺はクラスで得意になって言いふらし、大恥をかいたことがあったな……。

 ……こほん。話を戻そう。

 今の俺は、たとえ180fpsだろうとフレーム単位でコマンドを捌ける。

 そして、実際にこのゲームは180fpsのようだった。

 地球のアクションゲームに多かった60fps(秒間60フレーム)に比して、理論上は三倍も精密な動きが可能である。

 そして俺には実際できた。できてしまう。

 なるほど。確かにちっとも普通じゃない。

 不覚にもこんなことで思い知らされて、笑ってしまった。

 鬼のような速度でコマンド入力していく俺に、リクは目を丸くして、感嘆の息を吐いている。


「はええ……。ユウさんぱねえ」

「久しぶりでも結構いけるもんだな」


 既にこのとき、広場にやたら基地外めいた動きをする変な新参者がいると、「黒シャツのユウ」さん化への第一歩を華麗に踏み出していたわけだが。

 ゲームに夢中だった俺はそんなこと知る由もない。


「こりゃ先輩面してる場合じゃないかも。あっという間に追いつかれちゃうかもしれないなあ」


 リクは、羨むとも称賛するとも取れるような、微妙な視線をこちらに向けていた。

 この子は素直だけど、卑屈になりやすいところがあるな。本当に自分に自信がないんだろうな。

 やっぱりどこかちょっと俺に似ているような気がする。

 特に無力なだけだった昔の自分に。

 だからあのとき、つい身が入り過ぎて、諭すような言い方になってしまったのかな。

 でもリクは俺じゃない。リクはリクでしかなくて。

 今の俺にできることは、彼を諭すことではなくて、寄り添うことなのだろう。

 第一俺自身、フェバルに比べたらただただ無力でしかなくて。

 きっと似たような問題を、俺のレベルではまだ一歩も解決できちゃいないのだ。とても偉そうなことなど言える立場ではない。

 俺は微笑みながら言った。


「ネトゲなんだし、一朝一夕にはいかないものじゃないか? 君に教わることは多いと思うよ」

「そりゃまあ、レベルとか装備とかはそうですけど。ラナクリムは結構プレイヤースキル如何で覆せる要素も大きいんですよ」

「まあこれだけ自由度が高ければそうなるか。じゃあ、そうだ。もし君に並べたら、そのときは一緒に冒険しようよ」

「あ、それは楽しみですね!」


 提案すると、彼は喜んでくれているみたいだった。


 一通りの動きをこなして感覚を掴んだところで、俺はレジンステップの街並みを勝手知ったる顔で軽快に進んでいった。

 迷路のように入り組んでいるとは言え、元々レジンバークに構造がそっくりであるし、冒険者ギルドへの道はリクのプレイを見ていたから覚えている。

 途中でリクも気付いたようで、


「ユウさんも早速冒険者ギルドに登録するつもりなんですね。醍醐味ですもんね」

「ああ。やっぱり世界をまたにかけて旅するスタイルでいきたいと思ってね。旅人だし。だったら、冒険者登録しておくのがいいかなと思って」


 実を言うと、俺にはゲームをやると決めたときからその考えがあった。むしろ主目的と言っていい。

 この手でゲーム世界を駆け巡れば、ラナクリムの精細な脳内地図を作製することができる。

 それをラナソールの世界地図と照らし合わせることで、二つの世界の同じところと違うところが見えてくるのではないか。

 何かの手がかりになりはしないだろうか。そう考えた。

 さすがに真面目な理由がなければ、いくら興味を惹かれたからと言って、ユイを待たせて貴重な時間をゲームにどっぷりつぎ込んだりはしないよ。俺だって。

 リクはうんうんと頷いて同意した。


「ナイスな選択ですよ。高レベルの魔獣が出て来るため、冒険者ランクが高くないと進入できない地域なんかもありますし」

「そうなのか。となると、自由に動き回るためにはランクを上げなくちゃならないわけか」

「はい。あらゆる場所へ制限なく行けるようになるためには、僕と同じSランクが必要ですよ」

「マジか。Sランクまでいるのか」

「ええ。これが大変で。クエストをたくさんこなしてランクポイントを上げていくんです。最初のうちはランクもとんとん拍子で上がりますけど、Bランク辺りから上に行くのがきつくなってきます。Sランクとなるとほんの一握りで」


 うーん。そうか。これは結構骨が折れそうだな。

 オンラインゲームの最上級ランクなんて、どれほど時間かかることやら。

 何となく、高ランクで行ける場所ほど重要なところも多そうだしなあ。

 さっさと片付けたかったけど、気合い入れてやらないといけないか。


「頑張るか。Sランク目指して」

「ユウさんだったらきっといけますよ! 僕は何年もかかりましたけど、これだけはよく頑張ったなって思います」


 リクは控えめに胸を張った。


「ゲーム頑張っただけなんて、あまり褒められたことじゃないですけどね」


 と、自嘲気味な笑みを添えて。


「別にいいんじゃないかな。ゲームだって。何か頑張って一つのことを成し遂げたというのは、もう少し自信を持ってもいいと思うよ」

「はい。ありがとうございます」


 リクと話しながら、冒険者ギルドに「ユウ」を向かわせていたのだが。

 その途中で、何やら物騒な光景が目に飛び込んできた。

 プレイヤーがプレイヤーを散々痛めつけている。

 被害を受けている方は血まみれになっていて、息も絶え絶えだ。

 血の赤黒さや傷の痛々しさまで生々しい。このゲームには規制という概念がないのだろうか。

「もうひとつのリアルがここにある」と言っても、あれを見て引いてしまう人もいそうなものだが。

 実際引いている者もいたが、ほとんどは野次馬気分だった。

 二人の加害者と被害者の周りには他のプレイヤーと思しき者たちが集まっていた。

 リアルならすぐ割り込んで助けるところだが。

 まあゲームのことなので、自分も野次馬気分でいたところ。


 あれ、よく見るとあいつ――。


 リクが話しかけてきた。


「PK(プレイヤーキル)ですかね。町中で堂々とやるなんて、柄の悪いやつがいたもんですね」


 ひそひそとプレイヤーの声が聞こえる。

 ラナクリムはなんと声まで設定できて、キーボード入力あるいは音声入力で発声が可能なのだ。

 もちろん俺は俺の声で設定している。男にしては高めのいつもの声だ。


『あーあ。またギンドの奴か』

『Bランクのギンドか』

『なまじレベルが高いからってなあ……』

『ちょっとどうかと思うな』


 やっぱり。ギンドだあいつ!


 知ったる顔を見たとき、俺は「ユウ」を走らせていた。


「あ、ちょっと! いくらユウさんでも、レベル1じゃ殺されますよ!」


 リクの静止も聞かずに、拳を振るう彼の前へ躍り出る。

 ゲームで死んでもほんとに死ぬわけじゃないし、そのときはそのときだ。

 音声入力を入れて、つまりリアルに喋って声をかける。


『ちょっとストップ!』


「ギンド」は拳を止めて振り返り、不機嫌に眉をしかめた。


『なんだあ? なにもんだよ! 人が楽しんでるときに』

『俺はユウ。なあギンド、君は俺のことを覚えていないか!?』

『は?』


 言葉に合わせて、表情までリアルに再現されるのか。

 怪訝な顔色を浮かべた「ギンド」に、俺は続ける。


『ほら、一緒に飲んだりとかさ。ちらっとでも記憶の片隅にあったりしない?』


 すると「ギンド」の中の人は、割と真面目に考えてくれたのか。

 ややあって、首を横に振る。


『いや……。お前みたいなガキは知らねえな』

『そうか。残念だ』


 リクも俺のこと知らなかったし、ラナソールでの俺を覚えている「人」はいないのだろうか。


『てかよ。てめえなんだよ! 人の邪魔に現れて、何が残念だ、だ! しかもよく見たらお前、初期装備まんまじゃねえか!』


 ゲラゲラと哄笑を上げる「ギンド」。

 こっちもこっちで、結構まんまな性格なのかな。

 いつの間にか、まあ当然の流れだが、野次馬の関心は加害者と被害者からベテランと初心者へと移っていた。


『レベルいくつだ?』

『1だよ。まだ始めたばかりで』

『ほう。始めたばかり初心者様がレベル75の高ランクプレイヤーにちょっかい出そうたあ、いい度胸じゃねえの。ガキ、生意気はやっちゃいけないぜ?』

『それは悪かったね。つい知ってる顔と思ったもので』


「ギンド」がほくそ笑む。

 心が読めなくてもわかりやすい。何か良からぬことを企んでいるときの彼の顔そのままだ。


『そうかそうか。なに。人違いだったかもしれねえが、せっかく声をかけてくれたんだ。先輩のオレから、素敵な餞別をくれてやろう』


 いきなり殴りかかってくる。PKのプレゼントとは。

 ステータスの差は格別であったが、動体視力の常人より遥かに優れる俺は、180分の1秒でこれを見切った。

 最速入力で回避行動を選択する。

 拳は大きく空を切って外れ、俺は「奴」の横にぴたりと回り込んでいた。


「かわした!?」


 隣のリクが、驚きの声を上げる。

 絶対に当たるはずの一撃をかわされた。

 一瞬事態を把握できなかった「ギンド」は、目を白黒させている。


『AGL(アジリティ)特化型かよ。しゃらくせえ!』


 明らかな苛立ちをもって、ぶんぶん拳を振り回してくる。

 流石にレベル差のせいで動きそのものは向こうに分があったが、俺はすべての攻撃を見切って、紙一重でかわしていく。

 かすれば死ぬが、当たらなければどうということはない。

 信じがたい業に、ギャラリーとリクは興奮していた。

 初期装備の黒シャツ男が、レベル75のプレイヤーを手玉に取っているのだ。

 ちなみにラナソールと違ってステータスで遥かに負けているので、誤魔化すために手元の入力はすごいことになっている。

 我ながらキモい動きだ。


『く、く。このガキ! ちょこまかと舐めやがって! 本気で痛い目見ないとわからないようだな!』


 どこかで吐いたような台詞と共に、剣を抜く。

 この流れは。激しくデジャブを感じるぞ。

 拳が剣撃に変わったが、やることは同じだ。

 俺はギリギリのところまで攻撃を引き付けて、かわす。ひたすらかわす。

 本物の剣術の試練を受けていない素人の斬りかかりなど、生易しいものだ。

 紙でも相手にしているかのようにのらりくらりとされて当たらない事実に対し、ギンドはますますイライラを募らせていた。

 ついに剣には魔法のエフェクトまでかかり出す。


「魔法剣ですよ! 速さ特化の風属性だ。ギンドの奴、本気です」


 リクが教えてくれる。魔法剣のスキルまで使い始めたらしい。

 しかしそれでも当たらない。いや実は結構ギリギリなんだけど。

 180fpsでよかったよ。60ならかわせなかった。

 彼には素直に諦めるという二文字はないようで。「当たりさえすれば」と歯噛みしながら、頑なに剣を振り回す。

「当ててみろよ」と言ってみたいが、それをすると本当に死ぬのでできない。


 ――もう面倒だ。やってしまおうか。


 大振りの縦斬りを半歩分かわして、一気に間合いを詰める。

 スキル《気術》より、疑似の《マインドバースト》を発動させた。

 元々そう多くはないHPが大幅に減って雀の涙になるが、一時的に超上昇した威力の手刀でもって、「彼」の剣を叩き落とす。

 よかった。一応通じるみたいだ。

 何が起こったかわからないうちに、次のコマンドを最速入力。

 必殺技の一つを発動させる。ボタン一つでそれは放たれた。


《気烈脚》


 とてもレベル1とは思えない鋭い蹴りが、「ギンド」の腹部にめりめりと深く入り込んだ。


 ドッバアアアアアアアアアアアアン!


 再現終了。


 一撃で吹っ飛ばされた「ギンド」は、壁に激しく叩き付けられて、動かなくなる。

 まだHPは残っているみたいだが。レッドゾーンだ。

 気絶というステータスでもあるのだろうか。


「す……」


 声に気付いて振り向くと、リクがわなわなと肩を震わせて。


『「すっげえええええええええええ!」』


 彼とプレイヤーたちが騒ぎ出すのが、同時だった。


『神プレイヤーだ! 神がいる!』

『初期装備だぞ!』

『やばいもの見た!』

『野生のレオンきた!』

『スクショ撮ったか!?』

「ユウさんぱねえっす! マジぱねえっす!」


 リクが声を裏返して、俺の肩を強く揺さぶってきた。君ってそんなキャラだったっけ?

 いつの間にか、俺を中心にとんでもない人だかりができてしまっている。

「名前は?」とか「どうしてそんな強いの?」とか何だとか、とにかく質問攻めが襲ってくる。

 色々聞きたそうな様子のたくさんの視線に晒されて――。

 困ってしまった俺は、とりあえず何か言わなきゃと思って。


『えっと……。どうも。ユウです』


「黒シャツのユウ」誕生の瞬間であった。

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