まだ見ぬ君を待ってる

ロカク

運命の千羽鶴

 まだ肌寒い三月末、七折ななおり伊吹いぶきは自宅の一室で首をかしげていた。かつて見知らぬ男にもらった一通の手紙を片手に……


「これは一体……誰なんだ?」


 怪しげな手紙にはただ「花澤はなざわ梨狐りこ」という恐らく名前であろう文字が書かれていたが、伊吹には全く心当たりがなかった。


「あのおじさん自分の女の名前でも書いてたのか?」


 考えても埒が明かないと思い、その手紙ともメモとも言える代物を引き出しにしまった伊吹のどこかモヤモヤした生活が始まった。


      ~入学式当日~


 絶好の入学式日和とも言える天候の下、伊吹の心中は相変わらずだった。そんな伊吹がこれから通うのは近所にある中の中級高校で、テストでは基本的に上の下辺りにいた伊吹は懸命に勉強せずとも合格できた。


「はぁ~、休みが長すぎてだるいなぁ」


 そろそろ休みがありがたくなくなってきた頃だったので、口ではこう言っているものの内心少しはうれしいはずだ。


     ~入学式一ヶ月後~


「イヴ知ってるか?今日うちのクラスに誰か来るらしいぜ?」


 この若干抜けた発言をするのが伊吹とは小学校からの友達である鳥八とば三弦みつるだ。そのキャラクターからなのか顔が広く、様々な情報を持ち合わせている。伊吹のことを「イヴ」と呼んでいる。


「誰かって誰だよ」

「わけわかんないこと言ってる暇があったらもっと正確な情報持ってきなさいよ!」


 三弦に対してあたりがきついこの少女亜槍あそう鈴音すずねは、伊吹の従妹いとこである。伊吹のことを慕っており、伊吹と三弦の衝突時には必ず伊吹の肩を持つ。三弦をこき使うこともしばしば……


「鈴音さんがそう言うならもうちょっと調べてきます!」


 そうして三弦が教室から出ていくのはいつものことで、もはや従順な犬と化している。


「それにしても俺たち中学時代と変わんないよなー」

「なんか変えたいの?」

「そういうわけでもないけどなー」


 現状に不満があるわけではないが、高校に入れば何かしらの変化があると考えていた伊吹にとっては拍子抜けだったらしい。


「うーい席着けー、こらー! 鳥八ー! 帰って来ーい!」


 まだ廊下を走り回っていた三弦が注意されて帰ってきた。


「んじゃ、今日のSHRを始める。早速だが今日はみんなお待ちかねの新メンバーが来てる」


 待つもなにも来るときには来るものなのだが、こんな不可解な時期の転校生にクラス中がざわつく。


「入ってきてくれ」


 担任の合図にそもそも開いていた教室の横開きドアから一人の少女が入ってきた。


「あー、こちらが今説明した……」

「花澤梨狐……です」


 その名を聞いた伊吹は耳を疑った。そう、あの手紙の名前と全く同じだったのだ。


「可愛い娘だな!……イヴ?」

「……あぁ、そうだな」


 いろいろ考えすぎて頭が真っ白になっていた伊吹は三弦の声など耳に入っていなかったので適当に返答した。


「席は……窓際の一番後ろだ」


 それは伊吹の隣であり、三弦の左斜め後ろであり、鈴音の後ろである。


「あんた声かけなさいよ!」

「いやいや、女子には女子っすよ!」


 三弦と鈴音が言い争っている中、転校生花澤梨狐は近づいてきて席に着いた。


「「「……」」」

「?」


 いざ目の前にすると声をかけられず、三人はただ転校生の様子を伺う形となった。


「あー、俺は七折伊吹。まぁ……よろしく」

「おいおい抜け駆けはなしだろ!俺、鳥八みつ……」

「私は亜槍鈴音!梨狐ちゃんよろしくね!」

「まだ俺言い終わってな……」

「鳥八!うるさいぞー!」


 一応全員小声で話してはいたものの、そもそもの声が大きい三鶴だけ注意された。それからも何かアプローチしなければと三人で思案しているうちに放課後となった。


「じゃーな!イヴ!花澤さ……」

「また明日ね!お二人さん!」


 三弦は子供の頃から音楽一筋で中学の時は吹奏楽部だったが、今は軽音楽部に所属している。鈴音は運動神経抜群でスポーツ全般得意で助っ人を頼まれることもしばしばあるが主にバドミントン部で活動している。そんなこんなで教室には帰宅部の伊吹と転校初日の梨狐だけが残った。


「……」

「……」


 伊吹としては帰ってもいいのだがこの絶好のチャンスを逃していいものかという考えが頭にあるため動けないでいる。一方、梨狐はどこからか大量の色紙を出して何かを折り始めた。


「それって……」

「え!?あ、千羽鶴……作ろうと思って……」


 千羽鶴といえば病にかかった人や入院しているひとに送ったり、大事な試合なんかでチームに送ったりするものだ。そしてそこには強い思いが存在する。何か運命的なものを感じている手前、伊吹はその相手を知りたかった。


「誰にあげるの?」

「うーん、誰でしょう……ね」


 なんとも煮え切らない答えに納得のいかない伊吹だったが、答えを述べながらも鶴を折る手元を見る梨狐のその目はどこか悲しげだった。


「俺も手伝っていいかな?」

「本当ですか!?いや、あの……どうぞ」


 一瞬見せた笑顔は伊吹の心を射止めるには十二分であり、そこからの恥じらいながら色紙を差し出す仕草のコンボもまたとんでもない破壊力となった。


「作り方分かります?」

「……はっ!うーん、ちょっと見せてもらえるかな?」

「じゃあ、ゆっくり作りますね」


 ひとまず見せてもらうことにした伊吹。その真意は作り方を見るのが半分、罪悪感なく梨狐を見るのが半分だ。


「ここをこうして……こうです!」

「なるほど!昔作ってたの思い出したよ!」

「それはそれは、じゃあやってみてください」


 それから二人はしばらく黙って黙々と鶴を作り続けた。そして外がオレンジに染まり始めた頃


「下校時刻となりました。速やかに下校してください」

「もうこんな時間か、帰んなきゃね」

「あの……私……」

「ん?」

「帰るところが……ないんですが……」

「それってどういう……?」


 こうして新しく転校してきて帰る場所はないとはこれ如何に?ではそもそもどうやって来たのだろうか。しかしそこまで考えてこれはもしかしてという期待が伊吹の心に渦巻いた。


「うち来ない?……いやいや!全然下心とかは……ないんだけどね?良かったらどうかな~と思ってさ」

「ご迷惑では……?」

「迷惑なはずがないよ!俺が保証する!」


 伊吹に権利はないがとにかく学校に泊まらせるわけにはいかないし、この様子だと食べるものも持っていないだろうということで保護することにした。


       ~七折家~


「ただいま~」

「お兄おかえ……」


 兄(正確には兄の後ろ)を見るなりフリーズしたこの少女七折結羽は中学二年生で、バレーボール部に所属している。噂話大好き。伊吹の妹。


「お兄……その人彼女?」

「そうなるとは思ってたけど違う!」

「やっぱり……」

「いや、大丈夫だから!」


 自然と出来上がった三角関係的な状況。しかし一人は妹で、もう一人は今日会ったばかりの同級生なので伊吹としてみればなんとも言い難いのだ。


「とにかく上がって!結羽、余計なことするなよ」

「余計なことって何さ!」


 そう言うと結羽は自分の部屋にこもってしまった。七折家は母子家庭ではあるが、母は一年のほとんどが出張なので実質伊吹と結羽の二人暮らしだ。


「ふぅ、まぁ楽にしててよ。晩飯作るから」


 リビングに一人となった梨狐がキョロキョロと辺りを見回すと一つの倒された写真立てに目が止まった。


「お待たせ!俺ほとんどこれしか作れないから勘弁してね!」


 机におかれたのは大皿の野菜炒め。かと思いきや野菜の下に麺が敷かれている。スープはない。


「これは何という料理ですか?」

「正式名称は分からないんだけど、これを作ってた人が言うには『焼き麺feat野菜炒め』らしいんだよね!」


 つまり何なんだ?という質問は至極当然ではあるが、この場は郷に入っては郷に従えということで収めて頂きたい。


「はぁ……」

「とりあえず食べてみてよ!味は保証しよう!結羽ー!降りてこーい!」


 梨狐の前には小皿に盛られた料理名そのままの料理。要するに皿うどんの餡掛けが野菜炒めになっているといったところだろうか。黄色い箸を持ち、目の前のそれを口に運ぶ。


「……おいしい」

「そりゃよかった」


 確かにその料理は美味しいのだが、味とはまた違った美味しさを梨狐は感じていた。口ではなく、心で感じる美味しさだった。


「いくつか聞いてもいいかな?」

「何でしょう?」

「今日どうやって学校に来たの?」

「歩きですね」

「そうじゃなくて……じゃあ質問を変えようか、どっから学校に行ったの?」

「病院です」


 至って健康そうなのに病院から来たという梨狐に伊吹の頭には次々と疑問が浮かぶ。


「何かの病気なの?」

「痛みを伴うものではないんです。ただ、急に眠くなって倒れますよね」

「うんうん」

「そうして目が覚めると病院で、何故か倒れたときから数年経ってるんです」

「えっ!?」

「もちろん倒れてから目が覚めるまでの記憶はありません。ですが、おかしな事に毎回目が覚めた病院には学校の用意とその他諸々私が困らないようになってるんです」


 あまりの突拍子のない話に伊吹は頭を抱える。いつの間にか降りてきた結羽はその横で黙々と焼き麺feat野菜炒めを食らう。


「誰かが世話してくれてるって事だよね?」

「多分そうですが、その人に一度もお会いしたことがないのでなんとも……」

「そっか、会えたらいいよね!」

「そうですね」

「なになに?何の話?」

「お前は知らなくても……って、俺の分も残しとけよ!」

「長々と話してるからだよ!」


 こうして何とかちょっとだけ残っていた机の上のそれを食べて一日を終えた。


               ◆◆◆


 翌日、伊吹と梨狐は途中まで一緒に学校へ行った。


「この辺でいいかな、俺一旦帰るから先に行ってて!」

「忘れ物ですか?」

「そんなとこ!くれぐれもうちに泊まったことは誰にも言わないでね!」


 教科書等今日必要な物は全て揃っているにも関わらず伊吹は家へと引き返した。そう、一緒に登校することで発生する誤解を避けるためだ。


「よし!行こう!」


 結局家までは帰らず、途中に居た猫と戯れていた伊吹。いい感じの時間になったので学校へ向かうことにした。


「結構ギリギリだけど大丈夫だ!」


 確信をもって校門を通過しようとした伊吹に声をかけるものがいた。



「七折君!」

「えっ、何でここに?」

「先に行っててって……」

「教室までってことだったんだけど、とにかくギリギリだから早く行こう!」


 別々で登校するところまではよかったが、門前で待たれていては意味がない。結果的に教室には一緒に行くこととなった。


「間に合ったー!」

「おう!朝からお疲れだな!っつーか花澤さんと一緒に来たのか?」

「あ、あぁ……さっきそこで会ってな」

「そうか!」


 三弦はあっさり騙せたようだったが、鈴音は黙って目の前の状況を見据えていた。それから一日をこなし、またも放課後となった。


「今日……も行くとこないんだよね?」

「はい、すいません」

「いやいや、謝ることじゃないよ」


 昨日の今日で住み処が決まるわけもなく、それからもしばらく普通に梨狐は七折家で生活することになった……そのときが来るまでは……

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