寝物語戦争
@morino_yu-zo-
鳥籠の中の止まり木の夢
目の前に居たのは、鮮やかな空色のロングパーカーを着込んだ少年で、本来腕のある場所には、何故か身の丈よりも大きな翼が生えていた。ああ、綺麗な羽だ。
少年が振り返る。
「変な事に巻きこんじゃった、でも守ったげるから怒んないでね」
にぱっと、歳よりも幼い笑顔で少年が言う。
俺はまあ、守ってくれるって言うのなら、仕方ないかと頷いた。
「怪我すんなよ」
「あはは、初めましてしたばっかなのに心配してくれるんだ?」
「いやだって、怪我したら痛いだろ」
少年は答えない。でも、その顔はすごく嬉しそうだ。
「っへへー、君の事絶対守るからね、だから、終わったらいっぱい話そうね!」
そう言うと少年は石畳を蹴って飛び出した。大きな羽、いや翼がばさりと羽ばたいて、細い体を空へと運ぶ。空の青さに少年のパーカーが溶けていきそうだと思った。
綺麗な光景。でも少し不安になる。
どうしてこうなったんだっけか。
目を覚ましたら、そこは夢だった。何を言っているかわからないかもしれないが、俺だって訳がわからない。ただ漠然とそう思ったのだ。
ごろりと寝返りを打つ。目の前にあるのはいつもの見慣れた天井と、室内の照明を一手に担う蛍光灯。LED照明に変えようかとも思っていたが、親が買い置きの蛍光灯がまだあるからそれを使ってくれと言うので、しがいない学生の俺はそれに従うしかない。別にLEDである必要性もないからいい。弟や妹の部屋は率先してLEDに変えてるのに、自分が長男だからって理由で後回しにされてるからって不満があるわけじゃない。あるわけじゃない。
「弟も妹も可愛いし」
「そりゃあ良かった、君も弟は可愛いんだ。僕もだよ」
いつの間にいたのか、俺の勉強机にもたれかかった黒スーツの優男が、にこっと笑って俺に言った。男の俺から見ても綺麗な顔立ちだと思うけど、いきなり部屋にいたら不審者以外の何者でもない。
とりあえず、手近にあった週刊誌を構えてみる。
「あ、待って、待って投げないで、怪しい者じゃあないから。僕の名前はユメト、ユメの人と書いてユメト。まあその名の通りこの夢の世界の住人さ」
キラキラというエフェクトだかSEだかが入りそうなくらいのりのりで腕を振るい、ポーズを決め、更に流し目まで付けてユメトが自己紹介をする。見た目的にもう成人済みだろうに、何やってんだこいつ。
「肉体言語が激しいな」
「え? うんまあ日本人よりはね」
という事はこいつは日本人じゃないという事だろうか。よく見れば、髪は艶やかな黒髪だが目の色はうっすら緑がかった、灰色と茶色を混ぜたような妙な色をしている。日本人の目もよくよく覗けば茶色に黒の輪郭だが、こんな中に虹が燃えているような目は見たことが無い。ちょっと綺麗かもしれない。
「惚れそう?」
「いや、全然」
どこに惚れる要素があるというのか。今の所目の前の男は俺にとって見た目が綺麗で日本人じゃない不審人物だ。そういえば、こいつもしかして俺より身長高いかもしれない。百七十八センチでクラスでも後ろから数えた方が高い俺よりさらに高いなんて結構なもんだ。日本人でないならそうでもないか。
「そう、残念だな。惚れてくれた方が話が早く済んだのに」
「話って?」
夢の中なんだから、そんないちいち言語で伝えるんじゃなくて、こう、脳内に状況がぱあ、っと浮かんだりしないものかな。いやものぐさでそう考えてるんじゃなくて、正直この目の前の不審人物と話すのが億劫になってきたからだ。
だってさっきから本当に身振り手振りが鬱陶しい。っていうか見た目が煩い。
「君に僕の主人の助けになって欲しくてね」
「何で?」
「僕の主人は無茶が過ぎるんだよ。心優しいせいもあるが、まだまだ童心が抜けきれなくて、自分の限界を見誤ってしまうのさ。だからね、君に主人の休む場所になってもらいたい」
それで何で俺なんだろうか?
「言っている意味が分からん」
「だよねー」
腹が立つくらい軽く言って、ユメトは俺の部屋のドアを開けた。ごくごく普通の何処のご家庭にもあるような茶色い木のドアの向こうは、真っ青な空だった。目に痛いくらいに青くて、空と地面の境にはもくもくと沸き立つ雲と濃い緑。不意に青い空に真っ白な鳥が飛び立った。
わああ綺麗。
じゃなくて! 何だこの風景は! 夢か? 夢だったわそういや。
「すっげーな……」
「でしょ? 綺麗でしょ? 僕の主人はこの夢の主でね、彼がこの綺麗な景色を作り上げたんだ。これだけでも彼がどれほど魅力的な人物か分かると思わない?」
どうよってな感じで開いたドアの向こうを指し示すユメト。まあ確かに、これを作り上げた人間っていうなら、何か悪い人じゃあない気もするが。
あ、でもジブリの監督の人、あの人すっげーいいアニメ作るけど、何だったかのインタビュー読む限りだと、ちょっと普通に社会人はやっていけ無さそうっていうか、綺麗な物を作る人だからこそ、良い意味でも悪い意味でも俗世間を知らない感じだったよなあ。
いや好きだよジブリ、だからこそ思うんだよ。
綺麗なものってのは、本当に綺麗なだけなのかって。
俺は今の今まで横たわっていたベッドから降りると、ユメトの開いたドアの前へと向かう。ドアはかなり高い場所にあるようで、視界は何処までも続き、地表はずうっと遠くで、轟々と風が鳴っていた。
「木?」
少しだけ、風に青臭い匂いを感じて、ドアの縁に手をかけ外を覗き込む。すると、ドアは木肌を模したような壁についていることが分かった。下を見る。まるで山を空撮したかのように深い緑がもこもこと連なっている。横を見る。壁だと思っていいたが、どうやら壁じゃない。これは木肌を模した壁ではなく、まぎれもない本物の樹皮だ。
「木の中?」
「そう、そんな感じ」
スカイツリーくらいはありそうな巨大な樹の幹に、俺の部屋が埋め込まれているらしい。
わあ、これって異世界トリップ物のラノベみたい。
「何これ……」
「見ての通りだけど?」
「ああそう……これ、降りれるの?」
「うん」
「ふうん」
じゃあいいや。これで一生ここから降りれないってんなら困りものだけど、ここから降りることが容易そうなら、特に問題はない。いやもしかしたら降りれなくても問題なかったかも。ほら、だってこれって夢らしいし。
「動じないねえ、君」
「最初にこれが夢だって分かったからなあ……あ、もしかしてこの夢って、何かあんたの頼み事聞かなきゃ一生目を覚ませないとか、そういう事あったりするの?」
もしそうだったら困る。
明日は妹のリクエストで夜にカレー作ってやる約束してんのに。トマトのピューレをたっぷり入れて作る、鶏肉と茄子のさっぱりしたカレーだ。俺がトマト好きなのと、妹が煮込んだ鶏肉好きだから、作ったら次の日には絶対残らない。残した方が翌日味がこなれて美味いのだけど、まあ育ち盛りの弟二人と、好物目の前にした俺と妹、仕事の疲れは食事で昇華する父さんと母さんがいるんだから仕方ない。ああそう言えば、明日は母さんの弟も来る予定だったんだ。だからいつもよりも晩の飯の仕込みは多くしておいてくれって言われた。そうだ、揚げ物しようと思って揚げ油買ってきたんだった、明日は肉が安くなる日だからって母さんに言われてて、ささみのチーズカツを作ろうと思ってたんだった。チーズも既に買ってある。付け合わせの野菜もだ明日は夕飯の仕込みにのみ力を注ぐつもりだったから。
だって可愛い妹のリクエストだぞ? 頼れる叔父さんが久しぶりにこっちに帰ってきたんだし、ちゃんともてなしたいし。あ、そうだ叔父さんこっちのリンゴが好きって言ってたなあ。生で食べた時に口が渋くならないのがいいって。向こうのリンゴ皮のとこが渋いらしい。丸かじりできないな。
明日の晩御飯が心配とかどこの主婦だよ、って思うけど、でも本当に主婦なら掃除とか洗濯も気にするよな。でも俺は料理専門。遊び感覚で出来るのがそれだけだったから。けどその分、夕飯作るのには力入れてるから。自信あるからな。
もしこれが頼みを聞かなきゃ起きられない夢だったら、急いでこいつの話聞いて、とっとと起きなきゃいけないな。
「いや、別にそういうものじゃないよ。普通に朝が来たら起きられるんじゃないかな? ただ、僕としては君にどうしても頼みを聞いて欲しいから、毎晩のようにこうしてアプローチを掛けることになると思う」
「マジか……それは迷惑だな」
だってこの人動きが煩い。いや、まあ、俺の叔父さんもどちらかというと動きの煩い人だけど、、こいつそれ以上に煩いよ。
ドアの外を覗く。こっから逃げるとか難しそうだしなあ。
「……あんたの主人の休む場所になるって、具体的にどうやんの? っていうか、休む場所って何?」
ユメトはにこっと、それはもう女だったら即落ちるんじゃないかってくらい優しくてきれいな笑みを浮かべる。俺は男だから別に何とも思わんが、せいぜい何かの雑誌のモデルみてえって思うくらい?
「今すぐ何かをしろって事ではないかな。君が君らしくここで過ごしてくれたら、多分それで十分だと思うよ」
「は? 何で?」
ここで過ごすって、この夢の中のこの部屋でって事か?
「この部屋がついてる樹って、すごく大きいでしょ?」
「え、ああ、まあ……こんなでっかい樹見た事ないってくらいでっかいな」
東京スカイツリーレベル。もしかしたらもっと大きいかもしれないが、残念な事にここには比べる物が何もない。パッと見た感じ、樹の周辺はとても開けているようで、下の方に森のような緑、多分この木の枝葉だと思う固まりが広がって、その森のような枝葉の先にはさらに下の方に地面なんだと思う物がぼんやりと見えてる。茶色っぽいレンガの屋根の群れのようにも見える。何だったかな、去年か一昨年にこういう感じの風景見たぞ。ちょっと遠くに目をやる。樹を囲むようにぐるっと茶色い屋根の群れは続いている。ファンタジー風な、西洋の古い町の町並みみたいな。
「あ、アレだ! ダイニンゲンとかハーメルンとかブレーメン」
「お? 君はドイツの町並みが好きなのかい?」
今俺が挙げた名前は全てドイツの町の名前。古い町並みが残ってたり、まあよく聞く御伽噺の舞台だったりする所。日本ではメルヘン街道とか言う観光地の名前でも知られてる地域なんじゃなかったか? 俺は生まれてこの方一度も日本の外に出たことが無いので知らないけど、俺の叔父さんが仕事で行ってた時期があるから。
「いやそんなんじゃないけど、ゲームとかアニメとかでよくモデルにされてる町並みに似てると思った」
「ああ、巨人のやつとかアトリエのやつか、似てる似てる、城砦系のコムネだし」
「コム?」
ああ知ってるんだ。ちなみに叔父さんもそのアニメとゲーム例に出して説明してたわ。あとヴァルキリー何ちゃら。
「都市国家。でもここはどちらかというとフランスとイタリアとかの文化も交じってる感じらしいよ。僕の主人はドイツ系スイス人と日本人のハーフで、幼い頃はイタリアに一時期住んでいたらしくてね。今はもう当時の記憶はほとんどないらしいのだけど、どうも夢の世界には影響が出ているそうなんだ」
「へえ……ドイツとイタリアとか、全然似てないじゃん」
北の国と南の国だし、イタリアでさえ南と北でだいぶん文化も建物の様式も違うってのに、更に広大なドイツと混ぜてどうすんだ。フランスは、まあ分かる……ドイツとは国土を取ったり取られたりの間柄だし。
「それを似てないと言い切れる君の博識は称賛に値するよ。西洋の人間が日本と中国の文化の違いが分からないくらいには、日本人もイタリアドイツの区別が付かないらしいからね」
「馬鹿にしてんのか?」
さすがに中国と日本は分かるだろ。韓国と中国とか、中国と台湾ならともかく。ああでも日本と台湾だと分からないのかも。
あ、でも台湾って日本よりだいぶ南国か。それと韓国は日本の東北くらいの緯度だっけか? だったら東日本とか関東以北だったら似てたりするんだろうか? 残念ながら俺の住んでいる場所は西日本でも結構南側なのでよく分からん。去年だってたいして雪降らなかったしな、ここ。いやまあそれはいい、それは。
ああ、そう考えると分かった、俺達は西洋を西洋ってひとからげにするように、向こうもアジアをアジアってひとからげにしてんだな。西洋って括りの言葉がある時点でお察しだった。
「してない。要は興味が無ければ区分を付ける必要が無いと思ってる人が大半ってこと」
「まあそういうもんか」
「そういうものだよ。きみ納得するの早いね」
「親戚の叔父さんが似たような事よく話すから。あんたちょっとあの人に似てるわ」
叔父さんは最近よく韓国人に間違われるという話を聞いていたから。でも、しょっちゅうにこにこしてるし、声はそこまで煩くないし、衛生観念というか、ごみのポイ捨ては嫌がる人だから、すぐに日本人だと気が付かれるんだそうだ。良い面で気が付いてもらえるってのを知ると「そういう行為が日本人の判断基準だと浸透したのは、先人の行いのおかげだからねえ。僕も先人に顔向けができるよう、誇れる日本人であろうと思うよ」なんて言う人だから、俺は叔父さんが大好きだ。ああいう男になりたい。
「ああそう、じゃあ親しみ感じる?」
「まあ少しはね」
調子に乗ってんなあ。別に動きが煩い意外特に問題ないからいいけど。
言葉とか、ジェスチャーとか見るにちゃんと日本人に通じる言語だし、煩いけど許容できる……かも知れない。
「ここ最近なんだよねえ、城壁都市っぽくなってきたの。僕の主人は夢に定住する人達の好みをそのまま反映させてくれるもんだからさ、ゲームとかアニメの影響本当強いよ」
「へえ……ん? もしかして俺の他にも人いるの?」
非現実的な景色ばかりに気が行っていたので、他にこの夢に人がいるとは思っていなかった。っていうか、夢って個人が見るもんじゃないのか? ユメトの言い方からすると、まるで夢の中の人物が、それぞれ個人の意思を持っているかのようだ。持っているんだろうな。何となくそう思う。
「いるいる、むしろ沢山。下の街並みはそういう人達が作り上げた建物の集合体で、まあだいたい一つの建物に一人主人がいて、それが個人のパーソナルスペース。建物が大きいほどその人の精神力とか胆力が大きいって考えられるかな。あと形。今は西洋風の物が多いけど、たまに和風建築とかもあるよ。あといかにもメルヒェンな建物もある。この樹なんかその代表例だよ。といっても、君の心持次第でいくらでも形は変わってくると思うけど」
「ふうん」
個人個人の夢の集合体みたいなものって事か? 建物が個人のパーソナルスペースって事は、その建物一つ一つが個人の夢ってこと?
「ほんと動じないね」
ユメトは少し呆れたように半眼になる。俺がこの夢をすっかり受け入れていることに不満でもあるのだろうか。
「いや動じてる。俺ってこんなでっかいの?」
建物が個人のパーソナルスペースっていうのなら、俺の部屋が丸っと組み込まれてるこの樹が俺のパーソナルスペースで、俺の夢って事だよな。でっかいなあ。
「そう。安心感のある大きさだよね」
「日照権どうなんだろ」
こんなでっかい樹が生えてると、下に住んでる人が可哀想だ。絶対日当たり悪い。いや夢に住むってのも変な感じだけど。
「そこなの? 安心して、この樹って一番下の枝にLEDライトみたいなの沢山ぶら下がってたからめっちゃくちゃ明るい」
「ああ、うん、LEDいいよな」
あれ明るいし。それに最近はLEDを使った野菜の栽培キットとかあるから、多分植物も育つな。だったら大丈夫そうだ。ユメトは何言ってんだって顔してるけど、俺にとっては結構大事な話。
「好きなんだ?」
「いや、好きじゃないけどちょっと憧れてる」
「へえ、面白いね」
「面白くないよ、でも明るいならいいな。暗いのは駄目だろ、暗いのは」
蛍光灯って切れる時ジジジジ煩いし。
「ははははは、君の心持がよく分からないや」
ユメトが乾いた笑い声をあげる。
「ああそれよく言われる。でも俺も他人ってよくわかんないしそんなもんだろ」
学校でよく言われることだ。で俺も他人の感情ってよく分かんないし。いや、多分普通の人間が分かる程度には分かるよ、分かるけど、そう言う意味じゃなくて、他人を完全に理解できるってのは、多分不可能だって思ってる。
それは俺の家庭を見てれば分かる。家族って枠組みをもってしても、自分じゃない人は自分じゃない、あくまでも他人だ。俺は弟も妹も大好きだし、母を大事にしたいと思っているし、父の事も尊敬している。叔父さんの事だって大好きだ。でも、やっぱりその心情は分からなくて、何処までが適切な距離なのか測りかねる時がある。
まあ距離が分からないから、相手が適当に近づいてきやすいように、警戒も反発もしないで受け入れることを決めたんだけどな。
俺を産んだ母さんは俺が小学校一年生の時に死んだ。俺は俺を産んだ母さんの妹に引き取られて、その俺を産んだ母さんの妹は俺が二年に上がった時に結婚して、今俺が父さんと呼んでいる人と家庭を持った。俺の今の両親はとても大らかな人で、まあ俺を育てくれる母さんも同じくらい大らかだったから、俺もなんか中学生の時に三日くらい反抗期になったけど、両親の結婚後すぐに生まれた下の兄弟達の世話に忙殺される形で、その反抗期は親に気が付かれることなく終わった。もうなんかいいや、だって不幸な事なんて何にもないし、ってな感じで、色々温い反抗期を終えて俺が思ったのは、幸せになるための距離って、人それぞれだよなあ、なんてことで。
そういう考え方に至った原因というか、その人それぞれの距離感の違いってのを感じさせてくれたのが、叔父さんだったんだよな。
国でも、個人でも、育ちでも、環境でも、それぞれ変わってしまう距離感を、無理に詰めたり取ったりする必要ってないんじゃない?
多分、それがこの巨大な樹の原因なんじゃないかなあ、と俺は思う。
この樹って、多分俺個人の心持なんじゃなくて、俺の家族の大らかな心の象徴だ。
そう思うと、何かここも悪くないって思えてきたな。うん、悪くない。
家族大好き人間なんだよ俺。だからそれが反映されてる夢ってんなら悪くない。
「君やっぱりいいなあ。よくわかんないけど、受け入れてもらえるって安心感がある」
ユメトは心底ほっとしたように笑って、俺の手を取る。体温は俺よりちょっと低いのかな。指が細くてさらさらした手だ。水仕事するから荒れがちな俺の手とは違う。
「別に受け入れた気はないけど」
「いやいや受け入れてるでしょ。いきなり自分の部屋に居た不審人物に、ここまであっけらかんと話すって普通じゃあ無理だって」
「ああまあそれはそうか」
まあその辺は、平和ボケした日本育ちなもんで、鍵さえ掛けておけば部屋の中に犯罪者が入り込むなんて思ってないし。むしろ南国九州の育ちとしては、不審人物より夜中に這い回る虫の方が怖い。
普通に戸締りしてるのに時々ヤモリとか入ってくる時あるし、一番びっくりしたのは室内にクワガタがいた事だったな。いや、あれは弟が近所の街灯の下で拾ってきたやつだったらしいけど。拾ってきてうっかり放置すんなよ怖いよって半泣きで怒ったのは良い思い出。
閑話休題。
「ところで、あんたの言うその主人ってのは、何処に居んの? この部屋にはあんたと俺しかいないみたいだけど」
そろそろ話を戻しておこう。夢ってどんな感じで時間が流れてるか知らないけど、ちゃんと明日起きなきゃいけないし。
「主人? あー、この夢の世界のどこかに入ると思うけどね、自由奔放な人だから探しに行かなきゃいけないなあ」
ユメトは少し困ったように後ろ頭を掻く。会わせたいなら最初から待たせておけと思わなくもないけど、でもいいや。
「ふうん、じゃあ探しに行く? この夢の世界ってのもう少し見てみたいし。降りれるんだよな?」
ドアの外の景色は、俺が今まで写真や動画でしか見た事の無い世界によく似ていて、そこに足を踏み出すことはとても楽しい事に違いないと思えた。
泣いて駄々をこねて引き留めても、いつも俺を置いて行ってしまう叔父さんが、大好きでたまらないと言っていた異邦の地。本物ではないけれど、自分の知らない物や知らない価値観がそこには有るんじゃないかって思うとちょっとドキドキした。
「降りれるよ、多分この樹の枝が伸びている辺りまでなら、君は飛び降りれるし、自由に行き来できると思うけど……想像力があれば」
「よく分かんねえ」
出来る、と言うわりに中途半端に意味深な言葉を付け加えるユメト。
あーとか、うーとか何を悩んでいるか知らないが、なかなか言い難いことがあるらしい。
「ちょっと長くなるけど聞いて、っていうか、先に話しとかなきゃいけない事だったね」
ユメトは大きく息を吐くと、改まった様子で言った。
「長いんだ」
「長いよ、あと多分すっごく理解に苦しむね。でもまあそのうち感覚で理解は追いついてくると思うから、一回全部聞いてから、質問はその後ね」
理解に苦しむとはどういう意味だろうか。自分以外の人間の夢の集合体であるこの夢を容認するより難しいのか?
「この夢の中では強い想像力が事象になるんだよ。この夢を構成しているのは今日本にいる人、というか僕の主人と言語とかイメージを共有できる人間の、無意識に保持している情報でね。そういう無意識に保持している情報を、夢の中にだけ生きることが出来る僕らユメビトっていう生物……繁殖とか成長とかあんまりしないから、本当に生物なのかは僕らにも謎なんだけど、そういう生き物が、形にするんだ。
ユメビトには必ずユメビトの人格を作ってくれる主人がいる。ユメビトは基本肉体も心も持たない脳波に近い電波の塊みたいな存在なんだ。電波が塊っていうのもおかしな表現だとは思うけど、とにかくそういう存在としか言いようがない」
ん? ファンタジーからいきなり脳科学とかSFっぽいものに話しがシフトしたな? 電波生物ってなんだ? いやというか目の前にいるこの男はその実態を持たない電波の塊? って事なのか。
「肉体を持ってないと……夢魔とかそういう解釈でいいか?」
景色をゲームとかアニメで例えてたから、似たような感じで想像してみる。
「ああうん、それそれ、すっごくそんな感じ。というか、昔っからユメビトはいたらしくてね、ユメビトが先か、ファンタジーが先かは知らないけど、世界中に残る夢魔とか妖精とかの話の中には、確実にユメビトの話が混じってると思うよ。
まあ僕らの事はそんな感じでふんわりと解釈しといて」
「分かった」
まあそれなら、ゲームもアニメも周りに溢れかえった現代っ子だ、何か不思議な話だなって思っても、厨二的な感じで丸っと飲み込んでおこう。
「ええと、何処まで話したっけ?」
「ユメビトが無意識に保持してる情報をなんとかかんとかって言ってた」
話がぶれる人だなあ。話さなきゃいけない情報を整理してから話せばいいのに。あとやっぱり身振り手振り煩い。何でいちいち手を顎に添えてこ首かしげる。女子か!
「ああそうそう、えっと、難しい言葉はいらないか。寝てる人のイメージ勝手に引っ張ってきて世界を作り上げることが出来るんだよ、ユメビトは。
そしてそれは夢の世界、って単純に呼ばれることが多い」
夢の世界とは、随分とそのままだな。でも分かりやすい。
「ああ、まあ妙に凝った名前付いてても覚えにくいしなあ」
「そうそれ! ユメビトも、夢の世界って名前も、要は概念として共有しやすいことが大事なんだよね。イメージしやすいことが第一。そして君みたいに、僕達や夢の世界のイメージを共有して受け入れてくれる人が増えれば増えるほど,その夢の世界は大きく豊かになっていくんだ。
でもって、夢の世界では、個人の意思の強さとか想像力の豊かさとか心の広さとか願望が、ダイレクトな力を持った事象になるんだ」
意思の力が力になるっていうのは、ファンタジーの王道だな。でも、この夢の中でのみってのはなるほど納得がいく。実際夢って自分の意思である程度動かせる夢とかあるし。そういう時って、これって夢だなあって理解して見てるよな。
「けれどまあ大多数の人間の常識で作られている世界だから、よっぽどな超常現象を起こせる人ってのは限られてくるけど」
「夢の中なのに?」
夢の中なら空飛べるし、過去のことだってやり直せるだろ。あでも時々とんでもなく嫌な夢を見る。解けないテストや高い所から落ちる夢とか、でも全部夢だから起きたら何事も無かったように現実に戻れるんだ。空は飛んでいなくて、高い所からも落ちていない。ごく普通で、とても安定した現実に。
「多くの人は、これを自分の見ている夢だと認識してるから。他人と共有している夢だとは考えずにね。だから自分の常識の範囲の事しか受け入れない」
「へえ」
言われてみれば確かに、夢を夢と認識することの方が少ないのかも。俺もユメトに聞くまでこれはあくまでも自分の夢だと思っていたし。
「けどこの夢に住んでいる、って認識のある人達は、ここが自分だけの夢じゃないってのも理解しているし、そういう人達は自分自身をこの夢の中に投影できているから、人の形をしている人がいたら、それはこの夢を共有している夢で、他人の夢の世界だって理解している人だと考えていいよ」
逆に言うと、これを人と共有している夢だと自覚が無いと、人の姿をしてないって事なのか?
「だったら俺は?」
俺はこの夢を夢だと思ったけど、ユメトの説明を聞くまでこれはただの夢だと思っていたんだけど。っていうか、今でも実は半信半疑。
「君の場合は僕が数多の人間の中から選び出して招待した人だから……まあ、イレギュラーな存在も多いんだよ。他にも、他所の世界から紛れ込んでくる迷子とか、色んな世界を渡り歩いている旅人とか、あえて定住場所をころころ変える集団の旅団とか」
何だろう、選んでいる単語が、俺に理解させるためだからか、それとも本当に使い古されたくらい人に浸透している概念の方が都合がいいからか、ユメトの説明はまるで……。
「何でもあるな。本当に何かのゲームみたいだ」
ゲームで言うジョブってやつ。直訳するなら職業か。クラスでもいいかな。そのうち勇者とか魔法使いとかいう単語使ってきそう。もしくはアーチャーとか?
「まあそうかもね。現のゲームの進化は本当にありがたいよ。おかげさまで日本において夢の世界は大量発生、その夢の世界大量発生のおかげでユメビトの固定化が進んでるんだよね。これって僕達にとっては繁殖みたいなものだからすごく有り難い。日本のサブカルチャー様様」
自分の言葉の何がおかしかったのか、ユメトは口に拳を押し当てクツクツと愉快そうに笑う。こいつの笑いのツボはどうやら俺とはだいぶん違うっぽいな。見てて飽きないけど。あ、煩いと思ってたのがどっかいった。慣れてきたか。これに慣れるってどうだろう。まあいいや、面白いし。
「基本はこんな感じ。他にも色々、夢の世界の住人にはあるんだけど、それは実際目で見てもらった方が早いかもしれないなあ……」
長い話だと言われたが、言うほど長くも無かったかも。もしかしたら説明を省いたのかもしれない。それは後後気になったら聞いてみよう。
「とりあえず、君が想像力を働かせてくれたら、それを僕が具現化してあげられるし、君のパーソナルスペースであるこの樹の範囲でなら、多分君はある程度自由に活動できると思うん……だけど、どうかな?」
「ああ、それってつまり、俺に頑張れって言ってるわけか」
なるほど、分かった。
もう一度ドアの外を見てみる。高い。これ飛び降りるとか無理そう。階段、も大分疲れそうだしなあ。
「手っ取り早く移動できるのは……魔法使いみたいにワープの魔法使えればいいのに」
ゲームとかでダンジョンから出るやつ、あれ本当便利そう。
「もしくは、この部屋一階に移動させるとか」
この樹に一階や二階という階層が当てはまるかは分かんないけど。
「あー、でも俺の部屋だしなあ、出来ればあんまり他人には見られたくない。他に部屋あって、そこに移動とかできればよさげだよな」
そう考えていると、いきなり目の前のドアが閉まった。ばたんと、まるで強風でも吹いたかのように。
「うわ、何?」
「何だろうね?」
ユメトにもわからないらしく、きょとんと首を傾げている。
「開けても平気なのか?」
「うーん、僕が開けようか」
「頼む」
夢の世界で何が起こるのか勝手が分からない俺よりも、ある程度は予想が付けられるだろうユメトに任せる。
「じゃあ……」
上空へと続くドアは躊躇いもなく開けたくせに、今回はやけに慎重なんだな。ドアノブを掴んで捻ると、そっとドアを押し開けるユメト。ドアの外は晴れ渡った青空の下程明るくない。でもまったく暗くは無い。
強いて言うのなら、LED照明の点いた室内くらいの明るさだ。どんだけ俺LEDに固執してんだよって言われたら、まあ、次に蛍光灯換える時はわがまま言ってLEDにしてほしいくらいは言おうかな、って思ってる程度には固執してる。
実際に、ドアの向こうはLEDに照らされた室内だった。
家具とか取っ払ったログハウスの室内、っていうのを想像してもらえればいいと思う。何にもない空間で、広さで言うなら俺の部屋と同じくらい。そして、部屋の対岸の壁には俺の部屋のドアと同じ形のドアが一つ。
「おお?」
「ああ、なるほど、俺部屋の中むやみに他人に見られたくないって思ったから、ワンクッション分の部屋ってわけか」
「なるほど、なるほど。じゃああのドアは何処に通じてると思う?」
ユメトが俺の部屋から出て件のドアに近付く。ノブを握り、にこっと俺に笑いかける。
「そりゃあ、まあ、外でしょ。それも簡単に出られる一階」
俺の言葉を聞いてから、ユメトはそっとドアを押し開ける。
「あれ? ああ、根っこでっか」
ドアを開けてユメトが最初に言った一言は、ちょっと予想とは違ってた。俺もユメトのに続きドアの外を伺ってみる。
「あ、根っこでっかい」
ドアを開けると、そこは木の根っこで出来た迷路だった。いや、迷路ってほどじゃなさそうか。でもパッと見建物の二階くらいの高さまである根っこが壁のように左右にそそり立っていて、それが壁状に続きいていて、しかもちょっと湾曲しているので、視界はすべて樹の根っこという状態だ。
「何かこういう迷路系のダンジョンあるよな」
「僕はそれ知らないなあ」
「そう、じゃあいいや……ここ抜けたら、さっき見た町?」
「うん、そう。さっき僕はこの樹を跳んで登って君の部屋にお邪魔したから、根っこがこういうふうになってるとは知らなかったんだよね」
「飛べるんだユメト」
それは意外だ。いや、でも夢の世界だし有か。完全に人の形をしていたから。何でだろうな、羽があった方が飛べそうに見えるのって。人間の体に羽なんか付けても重量増すだけだろうに。
「飛ぶっていうか、まあ、この僕が形成した夢の世界内なら、僕移動の制限はないよ。でも普通の住人は、飛べる人と飛べない人がいるかな。多分君は飛べない人。でも相性がいい人の力借りたら飛べるかもね」
「理屈は?」
「ううん、何だろうね、一緒に連れていきたい、って気持ちが力になるのかも」
「へえ、ロマンチックだな。嫌いじゃない」
適当な言葉を交わしながら、木の根に沿って進んでいく。ちょっと曲がってるけどそう歩かない内に視界の端が開けてきた。
「おお、建物が白っぽいクリーム色……ああ本当だ、ドイツの建物っぽい梁が見えてる漆喰の壁みたいな感じだ」
ドイツの建物特有の、木組みの梁が外に見えていて、その直線で模様を描いたように見えるメルヘンチックな建物が並んでいる。しかしどことなく違和感がある。
「屋根の傾斜きつくないでしょ? ドイツとかだと雪が降るから傾斜点けとかなきゃ雪の重みで抜けるんだって。あと赤レンガの屋根、綺麗だよね」
ああ確かに、壁と屋根がちぐはぐなんだ。叔父さんが見せてくれた写真にはこんな感じの建物なかったから、それが違和感だと感じたんだろう。
「へえ、確かに。でも豪華さはないけど面白くていいな。路地に入ったら洗濯物とかぶら下がってる?」
「それは無いよ。生活感はあんまりないから、下水も無いんだ。何故か蛇口をひねると綺麗な水は出るけどね」
下水無いならトイレはどうすんだろ。と思ったが、夢の中でのトイレってあれだな、おねしょフラグ。小学校二、三年くらいまで続いたんだよなあ俺。両親の死別、養子先の環境の変化、下に生まれた兄弟への不安って、理由もはっきりしてるし、親も怒るに怒れないしで、さてトイレ訓練どうしようかって悩んでたんだよ。解決したのは叔父さんでした。隣に寝てくれて、寝るまでいろんな話をしてくれて、だんだん寝ることが不安じゃなくなっていった。あの当時を思い出すと顔から火が出そうなくらい恥ずかしいと同時に、溢れんばかりの愛情を注いでくれた両親と叔父さんに、一生かかっても返しきれないくらいの感謝の気持ちがあるんだよなあ。
もう一度俺の樹を振り返る。俺と、母さんと、父さんと、叔父さんと、弟二人と、妹、愛する人達のおかげで育ってる俺の心の形。うん、これは良い夢に違いないな。
「あ! ユメトいた! ねえこの樹って何なの?」
「やあこんばんは宿り木、君何時も目聡いよね。これは樹だよ、見ての通り」
俺が大樹に思いをはせている間に誰か夢の住人に話しかけられているユメト。第一町人発見てことか。声からして女の子のようだ。
「見れば分かる事は聞かないわよ。そうじゃなくて、何故いきなりこんな物が生えたのかって事を私は聞きたいの。町の地図ちょっと変わっちゃったじゃない! しかも空が枝で覆われてるわ、これってとんでもない事よ、分かってるの?」
見ればユメトに噛みつかんばかりに捲し立てているのは、俺と同じ年頃の女の子。秋葉原のあのアイドルくらいには可愛い。格好はちょっと変わってるけど。
あれだ、このフリフリ感、これゴスロリ? いや、ゴシックって感じじゃないのか、ロリータ? にしてはちょっとカジュアル感もあるように感じる。カジュアル? いや、この鋲打ちのベルトと血みどろの継ぎ接ぎテディベアはパンクってやつなんじゃないか? じゃあフリフリレーススカートでパンクは、ロリパン? 何か変な感じになったので考えるのはやめておこう。ツインテ似合ってる。
格好は変だが可愛い女の子に出会った。よし、これでいい。
「大丈夫だよ、この樹は僕らの味方だから。特に気にすることはないどころか、むしろ歓迎してくれたらいいと思うよ」
「歓迎? まあユメトがそういうのなら問題はないんでしょうけど、でも何があってこの樹が生えてきたのかくらいは説明してちょうだい。じゃないと納得いかない」
まあ自分の住んでいる場所に、いきなり巨大な樹が生えて、しかも町の地図が書き換わったっていうんなら、確かに納得いく説明欲しいよな。他人事ながら同情する。
「それと、その人誰? 新しい住人だってのは分かるわよ。誤魔化さないでね。で、その人をユメトが連れ歩く理由は何?」
自己紹介をするべきだろうか。口を開く前にユメトが手で制してきた。
「彼は新しい住人、そう正解。でもって、小鳥の友人になってもらおうと思ってね。彼の価値観なかなか面白いよ。ちょっと話してみたんだけど、僕と話が合うんだ」
話があった事なんて無かったように思うが。
「ええ! ユメトと話が合うって、何それ変人なの?」
おいこら。いや、この場合は変人はユメトに掛っている言葉なのか?
「いや、結構普通? うーん? 普通だと思うよ、多分」
「いや変人でもいいよ、よく言われるし」
「ああそうなんだ……そうね」
俺の言葉に女の子は何か道端にアオミノウミウシが落ちていた時のような表情をした。
近所に落ちてたことがあるんだよ、アオミノウミウシ。帰り道が一緒だった友達が何とも言えない表情してて、それと似てるってこと。嫌悪ではないけど場違いなものを見たから何とも言えない、って感じの。でも不気味だなって思いもあって、だけどそれにどことなく興味を持っているような。
しばらく女の子は俺をじっと見つめて、そして何か考えるように視線を頭上に向けた。
「小鳥の友人に、っていうなら、小鳥に会わせるのよね? さっきユメトを探してたわよ。案内してあげましょうか?」
「うん、それは助かるね。よろしく頼むよ宿り木」
小鳥はたぶんユメトの主人、宿り木がこの子の事だろう。名前にしては奇妙な感じだから、ニックネームみたいなものか?
どうやらユメトの主人の居場所を知っているようで、案内してくれるらしい。第一印象は気が強そうな子だと思ったけれど、案外優しい子なのかもしれない。
「で、その人、何て呼べばいいのかしら?」
「自己紹介は自分からしなよ宿り木」
「そうね、失礼」
宿り木が立ち位置を変え俺を正面から見る。
「私はこの空と大地の鳥籠に住む宿り木っていうの、よろしくね、名前も知らない誰かさん」
「え、ああ、よろしく……俺は」
「彼はこれから空と大地の鳥籠に住む、止まり木だ。名前は今付けた」
へ? 何で俺の紹介をユメトがするんだろうか。
「ふうん。名前の説明まだなんだ?」
「そうそう」
何だよ、さっき上で話していた時、やっぱり必要な説明省いていたのか。まあそんな感じはしてたからいいや。
「どういう意味?」
疑問が出来たらその都度聞くからってのは、前もって言っていたし。
「個人情報保護法」
「は?」
「嘘よ。ユメトの言葉は半分も本気にしちゃ駄目。本当の事も言うけど、本当の事からずれたことも口にするから。あと抽象的すぎることもね」
なるほど、確かにユメトとの会話は、何と言うかふわふわしていた。からかわれているような、茶化されているような。陽気な性格なのだろうと思って流していたが、俺はそれで良くても、宿り木にはそれが腹立たしい事のようだ。さっきもユメトが茶化すのを怒っていた。
「嘘ではないさ。他にどういえばいいのか? とりあえず起きてから夢で出会った人物を、住人同士が探したりしないように、出来る限り本名は使わせないようにしてんだよね。ほら、夢って深層心理が現れちゃうものだからさ、うっかり知らない人に見せたくない部分見せちゃったり、その見られた部分で起きてから強請られたりしないように」
「そんな事あるんだ?」
夢で知った情報で人を強請るってどうすんだろ?
「君だって片思いの相手とか、テストの点数とか、特殊な性癖とか、知られたくないことくらいあるだろ?」
「性癖は無いけど、まあ確かに」
特殊な性癖か、まあ手が綺麗な人は好きだけど。それで強請られるって事はない。後ろ暗い事も無い。犯罪歴も無い。汚職も横領もしたことないし。つまりはそういう事なんだろうな。
「俺は犯罪者じゃないから気にしないけど……それがここのルールなら。でも何で止まり木?」
「犯罪者じゃなくても知られたくない事ってあるものだわ。貴方本当に変人。止まり木って言う名前は、きっとあなたの性質からでしょ。ユメトの名付けが気に入らなかったら、その名前が定着する前に変えればいいんじゃない? あたし前合わせ鏡なんて名前付けられそうだったのよね。正直そんな怪談じみたの嫌、って言ったら宿り木にされた。もうなんかネーミングセンス無さすぎて諦めたわ」
宿り木はどうやら口煩い性質らしい。顔は可愛いのに残念だ。
「何よその顔?」
「別に……よく喋るなって思っただけ」
「そう? まあいいわ、こっちよ小鳥がいるのは」
そのうえマイペースのようだ。ユメトは特に気にした様子も無く歩き出した宿り木について行く。俺もそれに習う。
「町中に行くんじゃないんだ?」
「小鳥は動き回るのが好きだから、障害物の無い所を好むわ。本当に初めてなのね、外に出るの」
宿り木が向かうのは巨大な樹をぐるりと回った裏の方。上空から見た限りだと、町は円形に広がり、その一端に巨大樹がくっ付いているような形だった。と思う。そのため巨大樹を回り込みその裏へ行こうとすると、町中からは遠ざかるようになった。少し町中を見てみたかったが、まあ仕方ない。
「動き回るって、走るって事か?」
「いいえ、飛ぶの。空を」
なるほど。
「ふうん」
「納得するのね。やっぱりあんた変よ! 普通、え? って思ったりするでしょう? 人が空飛ぶなんてありえないって」
「いやでも、夢だし」
さっきユメトと飛べる人間と飛べない人間がいるって話をしたのと、性質が名前に影響しているっていう話を聞いたから、まあ小鳥なんていかにも飛びそうな名前を付けられているんなら、空を飛んでもおかしくないかって思ったんだが。
「夢だしって、それって体のいい逃げの言葉よね。言っとくけど、この夢をただの夢だと思わないでね。夢の世界では起こった事が本当の現実の肉体に作用することだってあるんだから! 痛いと思ったら体が勝手にその場所に傷を作ったり、疲れたと思ったら起きても疲れが取れなくなったり、もし万が一死ぬようなことにでもなったら、実際死なないまでも酷い状態になるんだかね」
え、何それ聞いてない。
「マジで?」
「マジよ」
ユメトを見る。舌をペロって出してきた。あ、こいつムカつく。
「何よ全然説明してないのね? じゃあ夢の世界戦争や、ユメビトの争奪戦の事も知らないの?」
「そんな物騒な単語ユメトからは聞いてない」
戦争とか、争奪戦とか、ますますゲームじみてきたな。けれどただのゲームとかじゃなくて、もしかしたらもしかしなくても、デスゲーム系の物なんじゃないだろうか。
宿り木がわざわざ夢の中で死ぬとはどういうことか、ってのを語った時点でおやって思ったんだよなあ。
「聞いてないじゃすまないわよ。この空と大地の鳥籠はね、主人の小鳥の取り決めと、法律家の怠惰な取り締まりのせいで、結構頻繁にユメビトの争奪戦が起こるんだから! 止まり木なんてひ弱そうな名前付けられたあんたが巻き込まれたら、絶対ただじゃすまないわよ!」
かなりご立腹な様子だが、宿り木の言葉を噛み砕いてみるに、まあここでは争い事が起きやすいから、弱そうな俺は巻き込まれたら大変だ、もっと危機感を持てって事か?
「心配してくれんだな」
「はあ? 別にあんたのこと心配なんかしてないわよ。ただもしここで死なれたら寝覚めが悪いだけ、ただそれだけだから」
もしこれで頬が赤く染まっているんだなら、なんかのフラグ立ったのかもと思うけど、本当に面倒くさそうに言われてしまうと、別にオタ属性があるわけでもない俺としては、まあそんなもんかと納得するしかない。初対面だしな、知らない相手でも死んだら確かに寝ざめ悪いわ。夢だけに。
「そうか……で、ユメビト争奪戦とか、夢の世界戦争って何?」
「何って聞かれると……説明難しいわね。ユメビト争奪戦は、簡単に言ってユメトを巡って奪い合うのよ。ユメトの今の主人が物好きでね、自分に勝てたらユメトを譲渡して、この空と大地の鳥籠を自由に作り変えていいって言ってるの。だから争奪戦。
夢の世界戦争ってのは、一つの夢の世界毎に、夢の主人と相性のいい情報や思想ってのがあって、自分の世界を充実させるために、他所の世界を吸収しようと考える人もいるのよ。他にも意中の相手が住んでる世界を取り込んで、夢の世界からアプローチ駆けて洗脳して恋愛状態にしよう、っていう馬鹿とかもいたわね。夢の中で迄ストーカーとか怖気が走るわ」
「意中の人?」
言って宿り木を指さすと、宿り木はぱちくりと瞬き。
「よく分かったわね?」
「まあ、あんた可愛いし」
とたん、宿り木の顔が目に見えて真っ赤になった。あ、しまったな、真顔で言うような言葉じゃなかったかもしれない。
「……そ、そう、アリが……とう……別に、嬉しくないけど、あ、ううん、えっと、嬉しいけど、そういう事ってあんまり言わない方がいいと思うわ……えっと、引かれるから」
引かれるか、まあ確かにあんまり面と向かって言う言葉でもないのか。照れさせてしまったみたいだし。
そういや叔父さんが言っていたなあ、日本人は好意的な言葉に臆病だって。好きも可愛いも愛してるも綺麗も、言うよりも言われる方がハードルが高い。なかなか難儀な民族だなあ。
「話がそれたわ」
気丈に持ち直す宿り木。顔の色も落ち着いている。
「夢の世界戦争よ、戦争。他の人の夢を取り込むために攻め入ってくる輩がいるの。普通はそう簡単に夢を乗っ取るなんてできないんだけど、中にはその夢を乗っ取るのに特化した夢の世界もあるのよね。理屈は知らないけど、そういった夢の世界の輩が夢の主人潰して……まあ平たく言えば殺して、ユメビトを無理やり奪う事で乗っ取るの。そして夢の世界を構築している情報を取り込むために、ユメビトがユメビトを食べるらしいわ。怖ろしい話しよね」
「ユメビトって食いもんなの?」
というか、ユメトって食えるのか?
「そんなわけないでしょ、あんた天然?」
ああ言い方が悪かったな。宿り木の馬鹿にするような視線が痛い。
「いやごめん、今のは半分ふざけてた」
「え? 半分は本気だったの止まり木?」
ユメトが分かりやすくびくりと身をすくませる。いやお前のこと食ったりしないから。けど夢だし、人間じゃない生き物だって自己申告してたし。実際食ったら怖いけど。
「食えない奴って思ってたから。捕食の方じゃなくて、性格の方な」
「ああ確かにそうよね、食えないし食いたくもないわ」
ユメトの性格については宿り木も思う所があるようだ。
「ええ、ひどいなあ」
「ひどくないわ、この辺、のはずよ……小鳥! ユメトを呼んできたわ。聞こえてるならこっちへ来てくれる」
喋りながらも黙々と歩いていた宿り木がようやく足を止めたのは、巨大な樹の外周の半分も回らないうちだった。見れば目の前にはレンガを積み上げたような壁。どうやらこの巨大樹は円形の町に僅かにめり込んだような形で生えているらしい。そして小鳥がいたのは、その町の外周辺りという事か。
「呼んだら来るんだ?」
「ユメトがいるか、お菓子があったらだいたい来るわよ。あと、面白い事かしら?」
「分かりやすいな」
分かりやすいし、お菓子と面白い事が好きとか、ちょっと子供っぽい。
「宿り木? ありがとう」
突然声が降ってきた。おやと思って上を仰ぐと、巨大樹の枝葉で空は見えなかったが、空色の何かが目の前を覆っていた。
「え?」
ふわりと、風に乗った羽のように、そいつは俺の目の前に降ってきた。
「やあ小鳥、こんばんは」
「今晩はユメト、でさ、さっそくで悪いけど、ここ今から破壊しちゃうと思うから、壊した後の片づけお願い」
中学生くらいの少年だ。声変わりはまだなのか声が高い。体のラインをすっぽり覆い隠すようなだぼだぼのロングパーカーから細い足だけが伸びている。俺に背を向けているが、何と言うかそのシルエットは、どことなくセキセイインコに似ていて、なるほどこいつが小鳥なのかと納得してしまう。
っていうか破壊って何だ破壊って。
「もちろん。むしろまだ壊してなかったんだ?」
ユメトはそれが当然って感じで話進めるし。
「うん、だってこの樹、壊しちゃっても大丈夫か分かんなかったから」
「ああそれなら平気だよ、多分。小鳥の力じゃ壊れない」
「そうなの?」
「ああそうだ、この樹の主はこの少年だよ。今日からここの住人、止まり木だ」
「止まり木?」
ようやく小鳥が振り返る。日本人にしては白い肌、日本人にしては高い鼻梁、日本人にしては長くてキラキラと輝く灰色っぽい睫、日本人にしてはやけに明るくて、茶色と緑と灰色が混じって、中に虹が燃えているような大きな瞳。ユメトと同じ色だ。
「……えっと、初めまして」
中性的な顔を不思議そうに歪めて、首をかしげ俺をまじまじと観察する。
「初めまして」
返す声は少し胡乱気。ちらと頭上を見る。頭上を覆うのはバレーボール代のLEDが大量に下がった巨大樹の枝。この樹と俺を結びつけることができないでいるようだ。
「ふうん? 今戦おうとしてるの誰?」
口を挟んだのは宿り木。何か面白い物を見つけたと言わんばかりに、にんまりと口角が持ち上がっている。
「稲妻」
「そう、じゃあ……あたしも参戦するわ」
答える小鳥。間髪入れず宿り木が参戦を表明する。って、宿り木?
「わあお、性格悪い宿り木―」
茶化すユメトをヤドリギは鼻で笑う。
「今更」
「いいよ、まとめて相手してあげる」
挑戦的な笑みで小鳥を睨む宿り木に、小鳥はにこにこと人懐っこそうな笑顔で答える。え、なんかちょっと怖い。
「あっはははは、いい覚悟ね。でも今日はあたしユメトじゃなくて、この止まり木が欲しいわ。あたしが勝ったらちょうだいね」
突然、宿り木が俺の腕にしがみ付いてきた。
「はああああああああ?」
何で俺をものみたいに譲渡する約束しようとしてんだよ。却下だ却下。
「やるか、俺は俺の物だ」
「いいじゃない少しくらい。貴方の意思はちゃんと尊重するわよ。肩書があたしの下僕になるだけで」
「そんな肩書欲しくねえよ」
何言ってるんだと俺が腕を振り払うと、宿り木はわざとらしく唇を尖らせる。
「ええ? なんでそうなるの」
ユメトが呆れると、宿り木は胸を張って言い切る。
「欲しいから!」
小鳥は宿り木が何をしたいのか理解ができないと言うように、困った様子で首をかしげている。
「わけわかんない……うーん」
でも、と、小鳥は俺の顔を見上げる。気が付けば、小鳥の鮮やかな空色のロングパーカーの本来腕のある場所には、何故か身の丈よりも大きな翼が生えていた。ああ、綺麗な羽だ。確かにこれなら宿り木の言うように飛ぶ事が出来るんだろうな。
「変な事に巻きこんじゃった、でも守ったげるから怒んないでね」
にぱっと、歳よりも幼い笑顔で小鳥が言う。
俺はまあ、守ってくれるって言うのなら、仕方ないかと頷いた。何か宿り木言っても聞かなそうだし。よく分からんが、小鳥はかなり自信あるみたいだし。
「怪我すんなよ」
「あはは、初めましてしたばっかなのに心配してくれるんだ?」
「いやだって、怪我したら痛いだろ」
小鳥は答えない。でも、その顔はすごく嬉しそうだ。
「っへへー、君の事絶対守るからね、だから、終わったらいっぱい話そうね!」
「ああ、そうだな。聞きたいこともあるしな」
約束ね、そう言うと小鳥が石畳を蹴り飛び上がる。ざっと風が吹く。頭上の樹の枝がまるで道を空けるように開き青空が覗いた。
小鳥のパーカーと同じよく晴れた青空。
綺麗だな、と思っていると、その青空に黒い影が走るのが見えた。
チッと何かが弾かれるような音とともに、その影が小鳥めがけて飛来する。
「止まり木、下がっていようか。巻き込まれちゃう」
ユメトに腕を引かれ倒れ掛かると、それまでおれの立っていた場所に人が降ってきていた。うわ、影しか見えなかった。
ボゴンともバガンともつかない、と普通なら耳にすることも無いような、激しい破砕音とともに、さっきまで俺が立っていた場所の石畳が砕けて跳ね上がる。あ、石畳ってタイルかブロック状の物で出来ているんだと思ってたけど、実際は棒状の石なんだな。こんなのがみっちり詰まって道になってるなら、確かに馬車が通ってもぬかるむことはないだろうなあ。西洋の道ってすげー。思わず現実逃避してしまう。
「こーら稲妻、関係ない人襲うなって」
「お前が連れてんなら関係ないわけないだろ? 何そいつ、新しい助っ人?」
俺を踏みつぶす気だったのかこいつ? 見た目は俺と同じくらいの男。制服らしく校章の入った小豆色のジャケットを着崩し、短い髪をヘアワックスで立てている、まあ探せばどこにでもいそうなちょっと生意気そうなやつ。目付きは猫目とでもいうのか、吊り上がり気味で三白眼と悪いが、口元が楽しそうにほころんでいるので、そこまで怖い印象は受けない。
「さあね?」
ユメトはにこりと笑って返す。
「よそ見?」
小鳥の声とともに稲妻の体が宙に浮く。俺の方に気を取られていた稲妻の肩に、巨大な鳥の足のようなものが食い込んでいた。少し目線を上に挙げると、そこには小鳥。パーカーから伸びる細い足が、さっき見たのとは全く別物になっていた。
「うわ!」
そのまま中途半端に持ち上げられ、爪先だけが地面に着く状態で引き摺られる稲妻。小鳥は稲妻を引き摺ったまま壁へと飛んでいく。自転車で思い切り漕いだら出るんじゃなかってなくらいの猛スピードだ。あ、こいつぶつける気なんだ。
もちろん稲妻も気が付いたようで、自分の肩を掴む小鳥の足に手をかけると、あえて足を地面から離して体重をかけ失速させようとする。しかし小鳥はそんなものへでもないとそのまま「っざけんなあああああああ」
叩きつけられる寸前、稲妻は壁を蹴りつけ小鳥のバランスを崩させ、自分もろとも地面に引きずり落としてみせた。逆に小鳥が地面に叩きつけられ、大量の青い羽が宙を舞った。まるで羽毛布団の中身をぶちまけたかのようだ。
「すげー、あれ大丈夫なのか? 怪我は?」
「平気平気、むしろ羽が散ったって事は、小鳥のダメージはぜーんぶ羽に流して、小鳥本体は無傷だから」
「そうなんだ……」
だからそんなににこにこと余裕の表情で見ていられるってわけか。まあ自分の主人だと言っていた小鳥がやられてるのを、黙って見てるわけないよな。
っと、そういえば、宿り木の姿がさっきから見当たらない。あいつも参戦するって言っていたはずなのに。
「そうそう、伊達に小鳥はチート能力者じゃあないんだよ」
チート能力とはどういう事だろうか。
「小鳥に羽がある限り、彼は誰の攻撃も受け付けないんだ。小鳥が遊ぶと書いてタカナシ、それが最初に僕が小鳥に付けた名前でね、小鳥が遊んでいられるだけの能力が、彼の能力なんだ」
小鳥が遊ぶ? 確かに小鳥は始終にこにこと笑顔を振りまきながら、今も舞い上がる空色の羽の中で、何事も無かったかのようにすっくと立ち上がっている。対して稲妻は小鳥を地面に叩きつける際自分も強かに体を打ち付けたようで、苦しげに顔歪め膝を付いている。
「あれー? もう終わり?」
変わらず楽し気な小鳥の声。遊んでいるだけなのかもしれないが、この状況でその台詞はずいぶんとサディスティックではないだろうか。
稲妻も同じ気持ちになったのか、チッと舌打ちをしてしゃがんだままの姿勢から小鳥に殴りかかる。届くはずもないと思っていたその稲妻の拳が伸びる。伸びた拳が小鳥をかすめまた青い羽が散った。
「やばっ」
小鳥が慌てて地面を蹴って飛び上がろうとするが、その足にはいつの間にか地面から生えた細い手が掴みかかり絡んでいた。もう一度稲妻が拳をふるう。小鳥との距離は結構あったが、やはり稲妻の拳は伸びたまま、というか拳の先端からもう一本の腕が生えていて、その拳が強かに小鳥を打ち付ける。
「うわ、これってもしかして、何だかの漫画で見た。体を咲かすんだっけ?」
「何を? 咲かす? いや違うけど。むしろもっとえげつない能力かなあ」
体の一部を咲かせるなんてちゃちなもんじゃないとユメトはぶるりと身を震わせる。
「にしても稲妻ったらいつの間に寄生されていたんだろう」
寄生? もしかしてこれって、寄生植物である宿り木と何か関係があるんだろうか。
有るんだろうな。
「昔は増えるだけだったんだけどね、名前を付け直したら性質も変わっちゃったらしくて」
「性質?」
「うん、夢の中では自分を表す性質を強く具現化できるんだけど、その人の我が強いとまあ一種の超能力のように現実世界の法則を無視して顕現するんだよね。その性質を均質化して顕現させやすくするのに僕は名づけを使っているんだけど、その名前の方に引っ張られて顕現させる性質が変わる人がいるんだよ。それが宿り木。元々その素質があったから、名前を変える際そういうのを選んだんだけど」
よく分からんが、この奇妙な現象はユメトが名前を付けたからという事か。ん? という事は俺の止まり木っていう名前にも何か意図があったりするんだろうか。
さっきから地面から生えた手に小鳥は地面に縫い付けられて、稲妻にガンガン殴られてるんだけどいいんだろうか?
視界いっぱい覆うように青い羽が撒き散らされてて痛々しいんだが。
「宿り木ってさあ、持久力無いから他人に寄生して能力使ってんだよね」
「そうなんだ……ああ、って事は稲妻が疲れるか宿り木が疲れるかしたらあの腕は消えるのか?」
「ご名答。この場合は寄生されてる稲妻かな。稲妻もそこまで持久力あるわけじゃないし、攻撃で一切ダメージ受けない小鳥からすれば、時間さえあれば怖くも無い相手。複数に寄生してたら、体力の譲渡くらいできるみたいだけど、気を許してない相手複数に寄生するのは面倒らしいよ」
って事はだ、俺は稲妻が疲れるまでずっとこの無意味なリンチを見せつけられるわけ?
「小鳥は? どれくらい攻撃に耐えられんの?」
「日によって違うかなあ、でも基本的に稲妻や宿り木よりは長く持つ」
なるほど、だからユメトはこんなに余裕なんだ。でも、そういう事がすぐに話にあがるって事は、小鳥はいつもこいつらと遣り合ってるって事だよな。そしてこいつらだって小鳥が自分達より持久力がある事を分かってるはずだ。なのにこんな単調な持久戦を仕掛けるものだろうか?
ボッと障子紙でも突き破るような音がした。音の原因を探すと俺の腰から細い女の腕が飛び出していた。うわキモイ。
「ああ、大変、止まり木も寄生されてるねえ」
「ええ、まじか。キモイ」
キモイと思ったからとりあえず生えてきた腕を掴んで引っ張ってみる。ブチリと千切れた。感触としてはでっかいマシュマロ。案外あっさり千切れたそれは俺の手の中でしおしおと萎びて何かの樹の枝のようになった。気持ち悪いので放り捨てる。
「おお、流石止まり木。君寄生型の能力にも強いんだね」
「いや知らんけど……」
でも流石とか言っておきながらユメトの表情は暗い。一体何があったんだ?
「でも参ったなあ、君に寄生してたって事は、多分宿り木は君の体力をいくらか奪ってるだろうから、いつもより長く小鳥に攻撃ができるって事だ。これはちょっと……」
「まずいのか?」
「うん」
非常にまずいねとユメトは返して小鳥へと視線を向ける。その顔から笑みはすっかり消えていた。
「……おれ、小鳥に協力できることある?」
俺の申し出にユメトは似っと口の端を吊り上げる。もしかして最初からそのつもりか。まあ最初から俺に小鳥のために力になってくれって言っていたし。
「まああるにはあるけど、協力してくれるの?」
「だってフェアじゃないだろ」
「そう?」
そうだ、フェアじゃないって俺は思うね。ようは小鳥対稲妻、宿り木のダッグに俺は無理やり参加させられてるって事だろ。
「そう、俺に寄生して力得てるってんなら、小鳥も同じ状態じゃなきゃフェアじゃない」
同じ状態ってのがどういう状態にしたらそうなるかは分からないけど、こんな卑怯なやり口に巻き込まれるのは御免だ。
「なるほど、君はとても公平な性格だね」
「まさか? 公平じゃないさ、少なくとも……俺は今心情的には小鳥を贔屓してる」
宿り木は卑怯な真似で俺を利用した、対して小鳥は俺を巻き込んでしまったから自分が守ると言って俺を庇った。しかも無邪気に笑って、終わったらいっぱい話そうとか言って、そんな奴に悪意を持てるはずがない。俺は普通の人間だから、めいいっぱい贔屓する、公平なんてもんはない。
「それは嬉しい言葉だ……ならお願い、君は今からあの一方的な殴り合いに飛び込んでいって、小鳥を掴む宿り木の腕から解放してくれない? 君の力なら簡単に引きちぎれるはずだから」
まあ、助けると言ったらそうなるよな。
「あー……あの殴り合いにかあ」
稲妻が二本連なった腕を振り回しているのが殴り合いと言っていいのかは謎だが、二本連なっている長さも倍なら目測つける距離も倍の腕を普通の殴り合いと同じくらいの間隔で叩きつけてる状態に突入するって、高速長縄跳びの世界記録に挑戦する位の難易度なんじゃないだろうか。高速長縄跳びなんて有るかどうかは知らないけど。
本当に漫画のような光景だよこれ。
でも助けると言ったからには行かなきゃな。
「失敗したら骨くらいは拾ってくれ」
「失敗しないよう祈っててくれって言ってくれた方が、僕としては有り難いかなあ」
前向きな言葉だな。ユメトは笑っている。
「分かった、じゃあ失敗しないよう祈ってて」
笑顔に送り出され、俺は小鳥の元へ走る。拳が当たらないよう背後に回り込み、前傾姿勢で一気に距離を詰めると小鳥の足下から生える細い腕へと取りつく。あ、よく見てみれば足首を掴むのと、爪先に当たる部分を掴むのとがあって、合計四本の手が生えてるな。
舌打ちして稲妻が拳の先を俺に向けてくる。でも流石に目測がずれたか前髪をかすめるだけ。
「駄目! 関係ない人殴るとかサイテーだよ!」
この年頃の少年にしては高い声で小鳥が叫ぶ。怒気を孕んでいるが細い声だ。稲妻の拳と俺の間を隔てるように小鳥の翼が挟まれる。駄目だろ、自分の守りが薄くなるじゃないか。
とにかく早くこの腕を千切らなくては。足首を掴んでいる方は捻じ切るようにして剥がし手折る。問題は爪先を掴む方だ。固く握られた指を一本一本外さなくては取れそうにない。指は触れると人の物と同じくらいの硬さのように感じるのに、何故か力を籠めると容易に千切れる。しかし小鳥は力づくでこの宿り木の手や指を振りほどけないようだ。
「いっ……」
小鳥が呻く。やっぱり俺の方に翼を回したから、稲妻の攻撃を食らってしまったのだろう。まずいな、助けに来たつもりが助けられてどうする。
「すまん、すぐに取るから」
「大丈夫、これくらい平気だよ。お兄さんはゆっくり、焦らなくていいからね」
いい子だなこいつ。
小鳥の足は間近で見るとやはり鳥の足そのもので、人間のそれに比べると細く脆そうに見える。無理に引き剥がしたら怪我をさせてしまったいやしないだろうか。だが、稲妻の止まない猛攻よりはましだろう。まどろっこしいので俺は小鳥の足首を掴み、思い切り持ち上げてみた。小鳥の足はあっさりと持ち上がり、絡んでいた指はぶつりと切れた。
「おお、ありがとう! もう片方もプリーズ」
「分かった」
少しバランスを崩しながらも解放された小鳥は嬉しそうに頼んでくる。その言葉に従いもう片方の足も掴んで持ち上げると小鳥はあっさりと自由になった。
「ありがとうお兄さん!」
そういうと小鳥は俺の手を足で掴んで飛び上がる。ってえええええええ!
「おお、止まり木君空飛んでるねえ」
体が引き上げられ後方に引っ張られながら爪先が地面を離れる。そのまま建物の二階ほどの高さまで浮き上がる。稲妻の拳はもう届かない。
「ユメトー! お兄さんパス!」
振り子のように体が揺らされ、俺はぽいっと放り投げられていた。
「何で投げる!」
しかも俺の体ってばいつの間にこんなに軽くなっていたんだと思うくらい軽く何メートルもの距離を放物線を描いて飛んでいく。うぐう、気持ち悪い。遊園地のバイキングとかジェットコースターとかのアレだアレ。
そして、まるで体育の授業のマット運動の受け身のように、ぽすんと軽い衝撃でユメトの腕の中に納まる俺。
やあ流石に夢だなあ。
「キモイ……」
「お疲れさま、ありがとう止まり木……おかげで、小鳥の勝利だ」
それはいったいどういう事かと小鳥を見れば、いつの間にか近くの建物の屋根の上に登っていた宿り木を、小鳥が鉤爪で引っ掛け地上へと蹴り落としていた。
宿り木が地面に落ちる寸前、その背中から無数の腕や足が生え落下の衝撃を分散させているのが分かった。宿り木を受け止めた腕や足は一瞬でぐしゃりと潰れ乾いた木の枝のような物が散乱する。倒れた宿り木の肩に小鳥の両足がのしかかる。
「はーい、僕の勝ち!」
「まだよ!」
宿り木の足から生えた小鳥へと腕が伸びるが、小鳥はあっさりと飛びのき伸びた腕ごと足を踏みつける。
「僕の勝ちだよ。君、だって決定的な攻撃手段持ってないじゃない。稲妻だってもうすぐスタミナ切れでしょ。攻撃一撃一撃は速くて重くても、長く戦えないことが稲妻の弱点だもんね」
「そうだな、小鳥の言う通りだ、俺はスタミナ切れ……悪い宿り木、負けたわ」
自分の拳に生えた腕を振り落とすと、稲妻は思ったよりもあっさりと負けを認めケラケラと笑う。いきなり襲ってきたと思ったら、いきなり終わりか。
「えええ! 何でよ稲妻! まさかあなたあたしが来る前にすでに小鳥と始めてたのね! こっちは色々考えてやってるってのに何考えてんのよ! おかげで作戦台無しじゃない! あたしまだ試してみたい事あったのよ!」
小鳥の下で宿り木がキャンキャンと吠えると、小鳥は「そうなの?」とコクりと首をかしげる。
「そうよ! こんな持久戦に持ち込んでどっちかが倒れるまで、なんて初歩的な戦い方をあたしが好んでするわけないでしょ。最初から稲妻は噛ませ犬だってわけじゃなかったのよ。たまたま今日はそこの止まり木がいたから持久戦仕掛けてみたけど、本当だったらもっと色々したかったのに!」
小鳥は信じらんないと嘆く宿り木の足の上から退くと、やはり何を言いたいのか分からないというようにこくりと頭を傾げる。
っていうか宿り木の奴、まるで偶然居合わせて参戦したかのように見せかけて、最初から稲妻と共闘してたのか。
「まあねえ、確かに今日のやり方は宿り木らしくないと思ったよ。やり口があまりにも単調だし、そもそも本気で宿り木が小鳥を仕留めにかかるなら、もっと自分と相性のいい相手に誘いをかけるだろうしね」
うんうんとしたり顔で頷くユメト。突発的に見せかけた共闘が仕組まれていたことを考えるに、宿り木は策士タイプなのか? そして相性ってのはあれか、ゲームキャラに付随するタイプとかそういうやつだろうか。
「で、結局これって本気で戦ってたのか? それとも何かのゲーム?」
「本気よ! でもある種のゲームという考え方でも間違いないわね。これは来るべき戦争のための模擬戦みたいな物よ」
上半身を起こし埃を払いながら宿り木が言う。その表情は悔し気に唇を突き出し眉を寄せていて、稲妻、小鳥、ユメトと順繰りに睨みつけていく。
「さっき話してた、夢の世界戦争ってやつか?」
「そう、夢の世界戦争のための模擬戦。あたしたちにとってこの空と大地の鳥籠は、大切な場所だもの、他所の世界の奴らになんかあげたりするもんですか」
「うん、僕もあげたくない」
小鳥の腕からばさりと羽が抜け落ちる。サイズ合わないパーカーの袖が現れ、小鳥はそれを宿り木に向ける。宿り木は警戒することなくパーカー越しの小鳥の手を掴み支えにして立ち上がる。どうやら本気で敵対しているというわけではなかったようだ。
「あら、あたしはいつかあんたからユメト奪うわよ?」
「えー、だからあげないってえ」
あ、いや本気で戦ってはいたのか、でもまるで玩具の取り合いのような、本気だけれど緩い感じがするのはどうしてだろうか。
「宿り木は何でそんなにこの世界が欲しいんだ? あくまでも夢なのに」
俺の言葉に宿り木だけじゃなくて稲妻も小鳥も何を言っているんだって言いたげに眉を寄せる。その表情の意味が分からずユメトを見ると、ユメトは困ったように頭を書いている。
「夢だからこそ叶うものもあるし、夢の世界の出来事は現実の自分に転嫁できる物もあるんだよ」
「いや、夢で叶っても、どうせ起きたら無かったことだろ?」
俺の言葉に対して、何故かユメト以外の三人は困ったような、でも羨むような目を向けてくる。何だか、ぞわぞわする。
「……止まり木、君はきっと幸せな人なんだね……」
小鳥が今にも泣きそうな声で呟く。
幸せか不幸せかで言うならそりゃ幸せだろう。何せ俺の目下の悩みは明日の夕食の下ごしらえの手間と部屋の蛍光灯くらいで、もう少し先の悩みとなると中間テスト大丈夫だろうか、ってことくらいだ。だけれど、そんな風にまるで悩みも無い人間なんだろう、って言わんばかりの言葉を掛けられるいわれはないんだが。
「んー……まあ、分からないなら分からないに越したことはないし、これについてはまた後で説明してあげるよ。
今はとりあえず、何処か室内にでも入って、座って話でもしない?」
「賛成、疲れた、眠い、腹減った」
稲妻が不機嫌そうに言うと「僕も―」と小鳥が賛同する。
「あたしは平気。止まり木に寄生したら、全く疲れなくなったわ……」
「でしょ? それを目的としての招待だからね。小鳥と稲妻も彼に握手なりなんなりしてもらってきたらいいよ。多分くっ付いているだけで回復できる」
なんだそれは、俺は回復の泉か何かか?
「わかったー」
「男にくっつくのか―、まあ疲れ取れんならいいか」
って何あっさり納得してんだこいつら。
小鳥と稲妻はユメトの提案に従い俺に向かって飛びついてきた。ああ飛びついてきたよこいつら。
小鳥がまず俺の首に腕を回して抱き付いて来て、動けなくなったところを稲妻が背後から腰に手を回してしがみ付いく。
「うわああああああやめろ、何かキモイ!」
「うははははははははは、兄ちゃんいい体してまんなあ」
叫ぶ俺に稲妻が似非関西弁でセクハラをかますと、それを聞いた小鳥がにんまりと笑い合の手を入れる。
「ええじゃないかええじゃないか」
「何だその酔っ払った親父みたいな乗りは!」
っつうかこいつらかっる!いくらなんでも軽すぎだろ。
小鳥なんか身長差のせいで完全に地面から足浮いてるんだが、俺の首には子猫の体重くらいの重さしかかかっていないし、稲津はしっかりと俺の腰をホールドしているが、俺が足を踏み出すとあっさりと引きずられてしまう。
「うおおおおおおお、止まり木力持ちだね!」
「うげ、何でそんなに動けんだあんた」
「知らねえよ、あんたらが軽いんだろ」
二人をくっつけたまま俺はユメトに近付きへらへらと笑う顔を睨みつける。
「邪魔、引き取って」
「えー、もう少しいいじゃん。二人が回復するまで待ってあげて」
「ならせめてその間、何で止まり木が二人の体重を感じないのか説明してあげた方がいいわ。それに、ユメト大事なことはほとんど話していないようだし、きっちりと全て話してあげなさいよ。でないと彼が可哀想だわ」
宿り木のフォローはほんといちいち助かる。ユメトは俺に何から説明するべきかなんて考えていないようだし、そもそも説明する気があるのかすら謎だし。
宿り木に促され、ユメトは仕方ないなと口を開く。そんなに面倒なのか?
「体重を感じない理由っていってもね、それは止まり木と小鳥と稲妻の性格の相性がいいとしか言いようがないんだよ。ほら、人間関係であるでしょ? どちらが悪いってわけでもないけど、二人でいると気まずくなるような性格の人。そういう相手だと重く感じるし、そうじゃないと軽く感じる。まあ軽く感じる理由で、もう一つ、抱えられる方が精神的に摩耗して、抱える側に精神的なアプローチが出来ない状態になってるってのがあるけど、それは本当に稀だしねえ」
「この場合は、止まり木が小鳥や稲妻に対して、精神的に優位に立っているからって考えられるんじゃないかしら? あまり物事に動じない人みたいだし、小鳥の奔放さも稲妻の馬鹿な男子高校生の乗りも許容しているみたいだもの。懐が広いのね」
馬鹿な男子高校生の乗りか、まあ納得。小鳥の奔放さというのは分からないけど、歳の離れた弟の遊び相手もしている自分としては、懐かれるのも飛びつかれるのも、許容できる行為だな。
「ユメトの説明だけより、宿り木の言葉があった方が理解が捗るな……ありがとう」
途端宿り木が耳まで赤くなる。
「別に、あたし自身の理解を深めるためよ……止まり木がどういう存在なのかを理解しておいた方が、作戦だって立てやすいし」
ふいとそっぽを向く宿り木。もしかして普段は褒められたりお礼を言われることはないんだろうか?
「作戦って、戦争の?」
「そうよ。この夢の世界守りたいし……そうだ! ユメト、止まり木にもう少し夢の世界について話しておいた方がいいんじゃない? ユメトは人に狙われる価値のあるユメビトだっていう事も、しっかり教えておかないと、本気になって協力してくれないと思うし」
「ああそうだね、そうだった。彼にも僕がどれほど優れた存在であって、愛されるべきなのかを教えてあげなくっちゃあ!ね」
宿り木に振られた話、何故かユメトは拡大解釈したようで、大きく腕を広げると、まるで踊るような足取りで俺との距離を詰め、間に小鳥を挟んだまま俺の肩を正面から抱きに来た。
「キモイ」
「ひどい……二人はよくて僕が駄目な理由って?」
「動きと台詞」
「うん、今のはユメトがキモかったな」
稲妻がようやく俺から手を離し真顔で同意を示す。小鳥はきょとんと首を傾げ「そうなの」と分かっていない様子。やっぱり見た目より精神年齢低そうだなこいつ。
何となくおさまりが悪いので、俺は小鳥の膝に腕を回し、しっかりと抱きあげてみる。小鳥は嬉しそうに顔をほころばせると、俺の肩に顔を埋めてケラケラと笑った。
「すごーい、僕抱えられてる! あははははは、止まり木かっこいー」
耳元で笑われると煩い。
「小鳥が止まり木を気に入ってくれて何よりだよ」
目を細め嬉しそうにユメトがそう呟く。自分の主人のこと本当に好きなんだな。
ユメトの視線が俺に向く。
「止まり木、改めてお願いしたい。この子のために協力してくれないかな? 止まり木は、ただいてくれるだけでいい。相性の良い者同士、ただそこにいるだけで力になるんだ」
ユメトの声はまじめだ。そういえば最初そう言っていたもんな。
「まだ全部の説明は聞いていいない気がするんだけど? まあ、今の段階では嫌とは言わねえ。でも、他に何か話を聞いた後はどう考えるか分かんねえ。それでもいいなら」
「馬鹿正直ね」
宿り木が苦笑する。嘘は苦手なんでね。
「それでいい。君の心からの信頼を得られるよう、僕達も誠心誠意話をさせてもらうよ。君に失望されないように頑張るから、これからよろしく、止まり木」
ユメトが手を差し出す。小鳥の膝を支えるのとは反対の手を伸ばし、しっかりと握り返す。骨ばっていて、俺よりも大きくて、案外とガサついた手だった。
くらりと、視界が歪んだ気がした。
「まあ初日だし、こんな物か……」
「は?」
「うそ! 初日だったの? 夢の世界に来て初日でここまで動けるって滅多にないわよ! 何でその事先に言わないのよユメト!」
何故か宿り木がユメトに向かって怒りをぶつける。初日って、確かに俺はこの夢を見るのは今日が初めてではあるけど。
「はあ、俺初めてここ来た時歩くのもやっとだったのに、止まり木すげえな」
「そうなのか?」
「うん、すごい」
どう凄いのか具体的には分からないが、稲妻が言うには凄いらしい。
「でももう止まり木は寝ちゃった方がいいよ?」
小鳥が心配そうに、そりゃあもう何だか泣き出しそうなほどに眉尻下げて俺の顔を覗き込んでそう言う。夢なのに寝るとはどういうことか?
「そうだね、まだ慣れないうちは長く夢を見ている状態ではいられないしね。ほら、レム睡眠とかノンレム睡眠って聞いたことあるでしょ? 夢の世界になじんでないと、眠りが深い時には行動できないんだよ。小鳥や稲妻はここでの生活長いし、宿り木も夢の世界自体は長く関係しているから、もうほぼ一晩ここに居るくらいだけどね」
「へえ……」
なるほど、よく分からん。というか、ものを考えるのが億劫なほど頭が重く感じるようになってきた。もしかしてこれが眠りが深い状態になるって事か。
小鳥を地面に降ろし、俺は膝を付く。
「うん、本当そろそろ限界みたいだね……お疲れさま止まり木、また明日」
ああ、そうか、うん、また明日。
「今日はありがとう止まり木」
「明日はもう少しちゃんと説明できるようにしておくわね」
「じゃあな、止まり木」
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