怪奇喰らいと怪奇譚
浅田湊
第一章 神隠し編
第1話
目を覚ますとそこは暗闇の中だった。
辺りには灯はなく、まだ慣れきっていない目には何があるのか分からない。
「なんで、こんな所に……家への帰り道の途中で……」
そこから先の記憶がない。思い出そうとすればするほど、頭がズキズキと痛む。
何かを見た筈なのだが、それを思い出す事を拒んでいるかのようだ。
しかし、いつまでもこんな場所で倒れていても仕方がない。
私は手の感触だけを頼りに出口を捜し求め、辺りを探り始めた。
指先で慎重に周囲を確認しながら、地面を這うように進んでいく。
床には何故だろう。細かい砂のような物が撒かれている。その事が妙に気になり、その砂を払い除けてみるとそこに何やら溝のようなものが現れる。
それだけではない。砂の下から現れたソレは石の床に彫られているのだ。到底、自然に出来たような物とは思えない。明らかに人工の物だ。
その上、それはこの床一面に張り巡らされている。そして、それは部屋の中央に向かっているのだろうか。一点に収束しているようにも思える。
その瞬間、何かが身体を走り抜けた。そう、この先に不味いモノがいると。
それに気付いてしまえば、こんな場所に長居する余裕はない。
一刻も早く、この場所から逃げ出さなければ……命の保証がないのだ。急がなければ! あの暗闇の先にいる物に気付かれる前に!
時間は……あまりにも……ない。
そう思い、大急ぎでその気配とは反対。溝が拡散している方へと大急ぎで逃げ出そうとするのだが、どうやらその何かに気付かれてしまったらしい。
急に目が霞み始めたかと思えば、身体に踏ん張りが利かなくなってしまう。
私はそんな中で、無意識に後輩から渡されていたお守りを握りしめるのだが、そのまま地面へと倒れ伏してしまい、思うように動けなくなってしまった。
身体がまるで石になってしまったかのようだ。まるで、私の物ではないかのように動かす事が出来ない。汗がドクドクと流れ出す。心臓の鼓動が早まる。
カリ、カリ、カリ。
何かが石の床をひっかきながら、ゆっくりとこちらに近付いて来る。
私はその音が必死に通り過ぎてくれるように泣きながら、祈った。
パキンと何かが剥がれるような音が混じりながら、近付いて来るソレの間隔は次第に短くなり、突然止まった。それと同時に、辺りは一瞬で静まり返る。
すぐ近くに何かがいる。生暖かい気配でそれを感じ取ると小さく身を震わせる。
声を出したらこちらに気付かれる。動いても、気付かれる。
でも、急いで逃げなければ――ここから逃げ出す事だけで頭が一杯になるのだが、手足は凍り付いてしまったかのように床に張り付いて離れない。
どうしようもなくなってしまった私は、逃げる事を諦め、目を閉じて必死にこんな悪夢から覚めてくれと願い続ける。そんな希望に縋る事しか出来なかった。
けれども、その必死な願いは届かず、訪れたのは絶望。
音が止み、しばらくすると粘りけのある液体が付いた何かが頬を撫でるように触れた。
ベチョリとしたその生々しい感覚にそれが生肉と血である事を嫌でも理解してしまう。
震えが止まらない。目を開ければそこには何かが居ることが分かっているからだ。
だが、重く閉ざしている筈の瞼も自分の意に沿わず、ゆっくりと開かれてしまう。
「えっ……なんで……」
言葉も出なかった。何が起こっているのか理解出来ない。
いや、それ以上に目の前の光景が信じられなかった。信じられる筈がなかった。
何故なら、そこにいたのは紛れもない私自身だったのだ。
「憎い。妬ましい。怨めしい。私をこんな目に合わせたあいつらが――」
そいつは私の姿で、私の声で心の奥底から憎悪を洩らす。
壁を引っ掻き続けたのか、ボロボロになった指で私の頬を何度もなぞりながら、まるで壊れた機械のように何度も同じ言葉を繰り返していた。
まるで、骨に皮が貼り付いただけのガリガリの手。何度も私を撫でる手には力がない。
そして、次第に暗闇に慣れてきた私は見てしまった。視てしまった。
「貴女も本当は心のどこかで思っていた筈よ? 自分からちっぽけな願いすら奪っていく周りを憎たらしい。怨めしいと……。誰も私を愛してはくれないって」
「違う! 私はそんな事を思った事なんて――なんて……」
『一度もない』という簡単な言葉が続かない。
当たり前のように比べられ、奪われる側。
ずっと、一人だった。孤独だった。誰も私を――見てはくれなかった。
「に、く、い。うら、めしい。あいつらが……」
自然と私の口からそんな言葉が漏れ始める。
自分から全てを奪っていく姉。
お母様の愛情も、私の努力も当たり前のように私の前から持ち去っていく。
そんな姉が私は……私は……。
その時、何かが音を立てて私の前に転がってきた。
自然と私の視線は目の前の自分からそちらの方へと移動する。
そこには何かは分からないが、白い骨が落ちていた――。
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