第5話 苗加羽込はおもちゃ好き
というわけで、突然SFチックになって申し訳ないが、《リーダー》と呼ばれるそのデバイスを用いた授業が進んでいく。「申し訳ない」って言って欲しいのはこっちだけど。
「そういう世界になってしまったのだから仕方がない」と割りきっているつもりでも、妙な違和感が拭い切れない。それでも俺は、真剣に授業を受けた。
だが、どうしてだろう。
結果から言うと、ダメだった。
いくらセオリー通りにやっても、周りの真似をしても。その《リーダー》とかいうデバイスが通常通りの効果を発揮しないのである。
説明によると、このデバイスは多少人間の体の構造を利用してはいるものの、神経接続されていたり、脳波を読み取ったりして動いているわけではないらしい。しかし、いくらやっても俺の手がかざされたところに正しい結果――今回はアサガオの花が出力されないのである。
先生も「変ねぇ」と頭を抱えるばかりで、どうやらお手上げのようだ。
周りから聞こえる「やっぱ留年生は何やってもダメなんだな」「当然だよ。私たちが必死に勉強したりしていた一年間、家から出ていないんだもの」「そのくらいの報いがないと」といった声。
試しに別の端末を使ってみましょうか、と先生はリーダーを取り替えてくれたりしたが、それでも上手くいかなかった。アサガオのデータが入ったメモリーを差し込んでも、読み込みが開始されないのである。エラーすら出ない。
「くそっ! どうしてだ」
俺の問いかけに機械が答えてくれるわけもなく、原因不明のまま俺は落ちこぼれのレッテルを貼られる事になった。いや、恐らくみんなわかっているのだろう。リーダーが上手く機能しない所以が俺の技量ではないことに。だけど留年生という肩書とこの失敗が、教室にそういう雰囲気をつくり出した。
ちなみに同じ留年生の苗加は、操作を完璧にこなしていた。
いや、データの入ったメモリー差し込んで手をかざすだけなんだけどね。
とにかくこの日、俺は何も学ぶことが出来なかった。リーダーの使用は基本中の基本、初歩中の初歩。理科の実験のガスバーナーみたいな感じ。ガイダンスの意味もあって一番最初だったのだ。それが使えないとなると、俺にできるのはそれを使用している周りの生徒たちを眺めることだけだった。
為す術もなく、そして為されるがままに数日が過ぎ、俺のダメキャラもすっかり教室に定着していた。
ああ、俺の輝かしい高校生活(リベンジ)がぁ……!
無茶苦茶になった世の中を魅せつけられ、己の惨めさを知らされ、泣きそうになるどころか変な笑いがこみ上げてくる。そんな状態でとぼとぼと校門を出ようとする俺の肩を叩く者がいた。
「仕事、やらない?」
「やらない」
入学初日以来、実はこのやりとりが日課になっていたりする。どんな挨拶だよ。
そんなわけで今日も元気にお仕事勧誘の苗加羽込だった。
「うーん、頑なね。そうだ」
「ん?」
「今日、うちに遊びにこない?」
「はぁ?」
突然何を言い出すんだ。女子の家なんて、小さい頃に真澄の家に行ったくらいだぞ。女子の家どころか男子の家にも暫く……あれ、なんか悲しくなってきたよ?
「だって、見てるのがツラいくらい落ち込んでるんだもの。なにか元気付けることをしないと、こっちの良心が痛みっぱなしだわ」
そんなに痛々しい落ち込み方してたのか俺……。落ち込むわぁ……。落ち込みの底値更新だわぁ……。
とりあえず、苗加のこの飾らない誘い方は、俺の心のワクチンとなり得るものだった。だから今日の俺は、何となくそれに
「暇だし、行ってみようかな」
「あら、乗ってくるとは思わなかったわ。相当キテるみたいね。いいわ。”うわーん帰りたくないよー”って言うようになるくらい、楽しませまくってあげるわ」
「その口調、もう俺の何か崩壊してるじゃねーか。ってかそんな勘違いされそうなセリフ、あんまり使うなよ?」
「そうね、世の中物騒だものね」
午前中に一男子高校生が怯えるレベルの睨みを効かせてた物騒な人が何か言ってますよ。
その後、苗加の指示に従って自転車を押しながら付いて行くと、何の意外性もない普通の家に辿り着いた。
なんだ、結構近所じゃないか。
「何よその顔は」
「普通こういう展開だと、たどり着いたら大豪邸かボロアパートでビックリ! が王道だよな~なんて、励ましてくれようとしてる奴には絶対言えないなーって顔」
「全部言ってるじゃない……」
苗加は俺を玄関や部屋の前で待たせることもなく、あっさり自分の部屋まで通した。いいのかよJK。
苗加の部屋は、綺麗に整頓されている。
あれ、その中で何か異彩を放っている家具があるような気がしますね。
これだ。入って右側に置かれた鏡。立派な姿見……なのだが、これだけがどうも目障りだ。何かイライラさせられる。
センスが無い。生気を喪失した、疲れきったような奴が映っていて不愉快だ。ほら、またこっち見て不愉快そうな顔をする。あ、コイツ俺か♪
とにかく、整ったレイアウトかつ可愛く模様替えされた実に女の子らしい部屋だ……あれ?
「これは?」
「ふふふ、懐かしいでしょう。ベイスラッシュのドラグムーンよ」
ベイスラッシュとは、一昔前に一世を風靡した、ベイゴマ形式の少年玩具だ。
「じゃあこっちは……」
「ビーダマグナムの、チャリオットZよ」
ビーダマグナムとは、一昔前に一世を風靡した、ビーダマを発射して対決する少年玩具だ。
「えっと……」
「それはデュアルモンスターのデッキね。一軍は草属性よ」
デュアルモンスターとは、トレーディングカードゲーム。少年玩具だ。
「なんでアナログモノの少年玩具ばっかり置いてあるんだよ!」
見渡すと結構な数がある。というかめっちゃある。
さっきの情景描写なし! 取り消し! 全然女の子らしい部屋じゃなかった。改造研究ノートとか置いてあるし。ガチ勢過ぎるだろう。
「うるさいわねぇ……。す、好きだからよ……。おかしい?」
「いや、そんなことはないけど……。なんでまた」
「だって面白いじゃない! コレクションして改造して、自分オリジナルのものを作って実際に手にとって勝負をする。これって探してみても案外少年玩具以外にない要素なのよ? ぐすん」
「あああ分かった! 泣くなって! 俺ルールわかるから! 遊んであげるから!」
「……ほんと?」
「うっ……」
突然幼さを取り戻した顔で問いかけてくる。キャラ崩壊もいいとこだ。それにしても、上目遣いだとなおわかるけど、やっぱコイツ美人だな……。気を抜くと手を出してしまいそうだ……。そんなことしたら、今度こそ人生詰むぞ。
それより何で気づいたら俺が励ます側に回ってるのかな。
「じゃあまずはベイスラッシュからね! あなたはこの中から好きなモノを選んでいいわ。特別にパーツの組み換えも許可します」
「はいはい」
ガシャッいうと音を立てながら置かれたのは大量のベイスラッシュが入ったクリアケース。
すげーなおい。これ当時持ってたら、クラスでちょっとしたヒーローになれたよ。
俺はしぶしぶその中から強そうなのを選び、ちょっとパーツを変えて勝負に臨んだ。
そこからの苗加は凄かった。連戦連勝。
途中から俺も躍起になり、プライドを捨てて本気で挑んでみたが全く歯がたたない。コマを発射するときの力は確実に男の俺のほうが強いはずなのだが……。
苗加曰く、「各部位の最強パーツを集めてもダメなの。癖が強すぎてはケンカする。歯車は咬み合わないと意味がないの。ハイスペックなものを用いてバランスを構築することが大切なのよ」。鬼かよ。
ビーダマグナムにしても、デュアルモンスターにしても、俺は一瞬の勝利の光を垣間見ることすらできなかった。デュアルモンスターに至っては、ワンターンキルとかやられて即死だ。
「何でそんなに強えんだよ! 禁止カード使ってんだろ!」
「使ってないわ。ルールの穴を探せばこのくらい容易に考えつくのよ」
大会に出たら幼児泣かせるタイプだな、コイツ。
「さあ次は、ガンガードファイトしようぜ!」
「いや、さすがにそれは世代じゃないからわかんねーわ」
そんなこんなで俺は苗加に挑戦し続けたが、とうとう一勝もできなかった。
励ますとか言いながら、俺の精神ズタボロにしにかかってるじゃねーか。何がしたかったんだコイツ……。
それでも苗加の満足気な顔が、俺は嫌いじゃなかった。
部屋に飾られた掛け時計を見ると、現在時刻は午後六時半。そろそろ帰ろうかな。
そのまま目線を下げ部屋の隅に置かれた姿見に目をやる。
そこには、柔らかい表情になっている俺がいた。
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