第4話 半年間で世界は変わる

 初授業に、俺は戦慄した。

「どうなってんだよ……」

 一限目『メモリディヴァイダ・リーダ使用概論』。

 ……え? 何で誰も突っ込まないの? 突然のSFチックに違和感感じないの?

 周りの生徒は皆、素知らぬ顔で淡々と授業を受けている。俺も初日の授業を聞き逃す訳にはいかないのだが……。もう意味がわからない。内容がではなくて、この状況が。

 ここは決して工業高校などではない、普通科の学校のはずだ。

 俺らの下の代から教育カリキュラムが変わるとか聞いたような聞いてないような気はしたけど、これはおかしいよね?

 だって皆、さも当然のように腕に変な機械着けて「一応授業だから聞くけど、こんなの一般常識だよね」みたいな雰囲気醸し出してるし。

 俺は焦って周りを見回す。俺と同じ面持ちの奴はいねぇのか!

 と、くだんの苗加と目があった。あらロマンチック! と思ったけど違う。だって彼女ずっとこっち見てるもん! 睨んでる……? 睨んでる!

 俺は本能的に目を逸らす。

「しぶくん、どうかした? わからないところがあるなら教えようか」

 青ざめている俺に真澄が心配そうな様子で声をかけてくれた。超優しい。

「俺を許していないんじゃなかったか? ってことはさておき、お言葉に甘えて一つ教えていただきたいんだが……。この状況は普通なのか?」

 あっ、みたいな表情をしてあたふたする真澄。ああ、癒やされる。

「しぶくんが言ってること、よく分からない……っていう、ひとりごと」

 うわぁ、苦し紛れ且つベタな反応だ。そんなに俺と会話してるってことにしたくないのか。

「俺が学校休んでる半年間の間さ、何があったんだ」

”ひとりごと”なんていいながらも真澄は答えてくれるだろうと最大限の信頼を込めて質問を重ねる。

「わたしその時まだこの学校にいなかったから、どういう変化があったかとかはわからない……っていう、ひとりごと」

 マジで優しいなこの子。あとマジで素直じゃない。まあこれならいくら聞いても大丈夫そうだ。結局何でも答えてくれそうなただの天使だし。

「そうじゃなくてさ、もっと大きい規模の、広い世界での話だよ。社会的に何か変わったのか?」

「ああ、そういうことね。とある企業が開発した多目的記憶媒体リーダーが普及して、あらゆる記録メディアに保存された大きなサイズのデータを読み取ることができるようになったの。携帯端末とか、ディスクとか。授業の名前にもなっている《メモリディヴァイダ・リーダ》っていうんだけどね。みんなは単に《リーダー》と呼んでるわ。技術者たちの間では、他の読取り機器と混同しないように《ディリーダ》や《ディーダ》、《MDR》とか呼ばれてたりもするみたい。わたしもよくわからないんだけど、例えばディスクに入ってる猫の知能データやグラフィックを読み取って再生……出力ともいうのかな。それをすることで、事実上猫を召喚することができるの……っていう、ひとり……もういいや。つまりは、リーダーと呼ばれているけどプレイヤーも兼ねているの。手をかざした方向に出力できるよ」

「それって……もう魔法じゃねーか」

 饒舌かつ丁寧に解説してくれた真澄。俺はその映像を想像し思いついたままの単語を口にする。

「それは違うわ。ちょっと前まで画面をタッチするだけで操作できるスマートフォンだって考えられないものだったでしょ? これは紛れもなく科学。複雑なアルゴリズムから成り立っている人間の努力の結晶。魔法なんていう超常現象とは似て非なるもの。その本質は全く違うの。特にしぶくんには、魔法なんていう風に思ってほしくない」

「そ、そうか。悪かった」

「俺には」ってどういう意味だ……?

 とにかく、だ。魔法だろうとそれに似て非なるものであろうと、そんなとんでもないものが世界の常識になっていることすら、俺は知らなかったのか?

 もう何だか、現代にタイムスリップしてきた戦国武将の気分だ。

 いや、異世界に転生した平凡な高校生? しかしここは異世界なんかではなく、紛れも無く俺の知っているあの世界……のはずだ。しかも、たった半年後の。

 世界どころか、家を出てすらいないのだ。引きこもり続けていた記憶がしっかりあるのだから、俺の知っているフツーの世界を一度だって離れたりはしていないはずである。それなのにどうして、こんなことになっているんだ。

 思い返せばこの半年間は、母親が運んでくる料理を食べ、寝て……の繰り返しだった。もちろんトイレや風呂には行くし会話では受け答えもする。ただ、ただ、生気が抜けていた感じだ。外部からの情報を無意識のうちに遮断していたも同然なのかもしれない。

 もうひとつ引っかかることがある。

「さっきの言い方だと、まるで魔法があるみたいな感じだったが」

 まさか……。これと本質を別とする超現象まで、現実の産物となっているのか? 俺が知らない間、常識から隔離されてる間も世界は進行し、目まぐるしく変化する。それはとても恐ろしいことに感じられた。

 しかし真澄は、手を口に当てながら首を傾け、軽く笑いながら言った。

「何言ってるの。そんなものあるわけないじゃない。しぶくんってやっぱり面白いね」

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