第40話 逆流

「……これが、幽閉施設?」

 そこにあったのは、フィクションドラマに出てくるような檻だった。

 人を閉じ込めるための本物の鉄格子なんて、実際に見るのは初めてだ。

 俺たちはそこに辿り着いた。

 しかし、そこは不信感を覚えるほどに静かすぎた。人の気配が全く感じられない。

「おい! 羽込! いるのか!?」

 発見されること覚悟で叫ぶが、返事はない。まさか、見当を外しただろうか?

 そのとき、檻の手前に唯一設けられたドアが静かに開いた。

「……っ!!」

 だが、そこから出てきたのは全く予想もしていない人物だった。

 俺は、思わず震えた。

「お前は……!」

 その白髪。対面したときに湧き上がる奇妙な感覚を、身体はしっかりと覚えていた。

「こうも予想通り釣られてきてくれるとは、愉快を通り越して痛快でさえあるぞ」

 俺は、こいつを知っている。

 自分は一度会った奴の顔を覚えていられるような人間ではない。だがこいつだけは忘れられない。

 頭から離れないのだ。その常軌を逸した不気味さ、見たこともないような瘴気を感じる目。


 家電量販店で俺の前に現れた、スーツの男だった。


「どうして……お前がこの世界にいる!」

「どうしても何も、私はもとよりこの世界の住民だ。ジオイル社長、粟木玄樹あわきげんじゅ。以後、お見知り置きを」

「そんな……」

 真澄は戦慄する。俺も多分、同じような顔をしているだろう。

 アワキ……、その文字列に覚えがある。

 ジオイルのビル最深部で見た『AWAKI INC.』の文字。こいつが取り仕切る企業であると考えるのが妥当だろう。

 いや、ここはジオイルの本部……。敵の頭がいるのは当然ではある。

 だが、羽込がいないのはどうしてだ。

「まんまとハメられたってことなのかよっ……クソッ」

 悔しさがにじみ出て悪態をついてしまう。この状況、呑まれてはいけないと判っていてもそれを打破する策が降ってこない。

 甘く見すぎていた。この世界を。現実を。

「でも、どうしてわたしたちを騙す必要があったの!? あなたがわたしたちと接触したところで、得るものはなにもないはずなのに」

 こんな時でも、真澄は冷静だ。臆さない、ということではない。いつでも頭を自分で冷やす力を持っている。

「そうでもないさ。得るものがなければ、こんな面倒なことなどしない」

 粟木と名乗った男は微笑を崩さない。姿は見えていないはずなのに、全てを知るような顔をしてこちらへ返答をする。

「あいつは……羽込はどこにいる!」

 俺たちは羽込を助けるためにここにやってきた。現状はどうであれ、彼女の安否が俺は心配だった。

「なあに、ここではないところでちゃんと保護しているさ! あんな女など、元よりどうでも良かったのでな」

「何を……言っている?」

 どうでもよかった、だと……? 羽込が目的じゃない? じゃあこいつは一体何をしようとしている? 狙いは一体……。

 羽込の運ぶ荷物? それとも父親が残した財産か?

「意味を分かりかねているようだね。ならば教えよう」

 分からない。分からない。分からない。可能性を上げれば上げるほどそれを脳が否定していき、さらなる疑問の渦が俺を呑む。

 粟木がニヤリと微笑を浮かべる。


「私が欲しいモノはあの世界、もとい君だよ。清水飛沫君」


「……は?」

 き、気持ちワリィ……。人生で初めて求められた相手がこんな奴なんて、絶対嫌だ。やめてくれ。

 粟木は続ける。

「君は前に会った時、自分の力をある程度把握しているようだったな。だがその力、いいや、君の本質はそんなものではない」

 さっきから、一体何を言っているんだ? 俺の力、おそらくセルフリードのことだろう。これがとんでもないものだっていうのは、俺でも何となく分かる。

 だがそれほどまでにこいつが俺に固執する理由は何だ?

「全然分かっていないようだね。君は、だというのに」

 ……なんだって??

 俺が世界? 本格的に意味が分からない。一体何の比喩だ。

 俺は一人の人間であって、世界などという大規模すぎる単語とは、とてもじゃないが結びついたりすることはない。

「例えばの話をしよう。君が、君一人が、日本全国の学校の入学は秋からだと思い込んだとする」

「な……まさかっ!?」

 いや、あるわけがない。そんなこと、

「そう。その通りだ。アオの世界、日本の教育機関の新学期は本来、秋などではない! 君が数年前からそうなったとことで、過去から現在、未来までもが書き換わった! 君はそういう存在なのだ!」

 確かに俺の記憶では数年前から新学期は秋からということになっている。それに違和感を感じたこともあった。

 だが、そんなことがありえるのだろうか……?

「しぶくん、どういうこと? 本当なの?」

「分からない……、本当に。ただ俺が知っているのは、昔は入学式は春で、数年前から全国的に秋になった。それだけだ」

「うん、わたしの記憶でもそう。でもそれが、本当とは違うってことなの?」

 困惑する俺たちを楽しむように、男は前髪をかきあげる。

「それを確かめる術など無いだろう。何せ本当にそうなってしまっているのだから! だがな、これを見るといい」

 男が取り出したのは一枚の写真。

 校門の傍らに立つ縦長の看板には、船渡海ふなとかい高校第五六回入学式の文字が鮮やかに写っている。

 それは正真正銘、高校一年目の高校一年生だった俺が入学した日、つまり一年前のものだ。

 そしてそこには、

 ――桜の花びらが舞っていた。

「嘘……だろ」

 俺の頭には、朧げだが秋に入学した記憶が残っている。記憶に妙な齟齬を感じたりしたことは確かにあったが、それはあの倦怠期が原因だと勝手に決め込んでいた。

「残念だが、これは合成でもなんでもない。世界が変わる前のものだ。この写真だけは、ちょっとした工夫であの世界の変化の影響を受けないようにしてね。紛れも無い、事実を収めたものだ」

 やめろ。

「君には、読み込んだものを現実として出力する力がある! そして同じように」

 やめてくれ。俺はそんなこと……、

「読み込んだ記憶を、あの世界に反映させることができるのだ!」

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