第39話 その手が想うものは

「君たち運が良かったねー! ここから扉まではそう遠くないし、いいところに着地したよー」

 諌紀はフワフワと浮かびらがら、楽しそうに手を広げくるくる回る。

「でもどうするのー? 証明書も無しにあそこに入るのはなかなか至難の業だと思うよー」

「え?」

 証明書……? 何それ初耳。

「前来た時は、検問があったり鍵が必要だったりとかいうことはなかったと思うんだけど」

 酔った羽込とドアの前でのんびりしたくらいだ。

「それははこみんがうまいことやっていたからだよー。普通は、ドアの半径十メートルくらいのところでセンサーの探知に引っかかるから。まあ、その辺は完全に機械の仕事で、目視で確認したりとかはないんだけどねー。多分はこみんは、センサーに引っかからないようにジャミングでもしていたんでしょー」

「俺の知らないところでそんなことをしていたのか……」

「だから言ったじゃーん。はこみんはああ見えてすごいんだよー。ステルス能力なんて、本当に魔女さんみたい。派遣会社の方もその信頼性の高さから、はこみんには相当媚びてるみたいだしねー」

 それは何か少し違わないか? ステルスは魔女とかより、もっと科学的というか、軍事的なイメージというか……。これも世界間による世界観の差なんだろうか。ジェネレーションギャップならぬワールドギャップ? そんなことを思いながらも、あいつはやっぱりプロフェッショナルなんだなと思う。

 というか雇ってる側まで尻に敷くほどなのか。まあその図はあいつらしいといえばあいつらしいが。

「とにかく、普通に近づくと警備の人が来るのだよー。ドアを開けて、その世界に入ったあとにねー。まあ、各世界でその警備システムは違ってたりするらしいんだけど。君たちのアオの世界は相当おざなりだって聞いたよ~」

 わけの分からん世界の人間とか簡単に入ってこれちゃうってことかよ。大丈夫なんだろうか。

 まあ、よくよく考えればそれがジオイルの連中だったってわけだが。

「その辺のかいくぐりは、私たちが上手くやってみせるわ」

「……美滝?」

「苗加さんが待っているのは多分、私たちじゃない。最悪、飛沫だけ行って。戦力を考えても、それが最善のはず。私たちは足を引っ張りかねないし。他に苗加さんのところに行きたいって人はいないわよね?」

「あの……」

 真澄がぼそっと呟く。

 居鶴は何か気づいたようだったが、その時は困ったような顔をして、何も言葉を発することはなかった。

「ううん、なんでもない」

 真澄は言葉を切り、自分を説得するようにそう言った。

 しばらく歩くと、ドアが見えてきた。見覚えのある景色だ。

 近づくと案の定、付近から警戒音が鳴り響いた。

「じゃ、あけるよー」

 それでも気にしないように進み、諌紀は大きく宣言すると、それを開け放った。

「……何だね君たちは。ちょっと、こっちで話を聞かせてくれるかな」

 案の定、三人の屈強そうな男がそこに立っていた。すごい綜合警備保障感。

「いやーすいません。ちょっと迷っちゃいまして、『エアロン』という世界に行くにはどこへ向かえばいいですか?」

 美滝が口にしたのは、来る途中に聞いた諌紀の住む世界の名前だ。

 というか、どっかで見たやり口だなこれ。

「それはこのゲートじゃない。ここを出て、あっちに……って、あっ、ちょっと君!」

 警備員がドアから顔を指し草原を眺めている隙に、美滝の合図に合わせて俺は走りだす。

「何のつもりだ! って、ゴホッ」

 警備員が咳き込んだのはこいつらを巻くために居鶴がこっそり出力した煙幕をもろに吸ったためだ。

 その中で真澄だけが、俺の方を見てオロオロしている。

 自分の深層心理と意思がすくみを起こしているようだ。

「あの……わたしも……イタッ!」

「バカ、まだ迷ってんのか。行きなよ、真澄。今のお前なら、きっと飛沫の役に立てるぜ」

 居鶴は真澄を小さく小突いたあとの握った拳をそのまま突き出すと、親指を立てる。

「ちょっと居鶴くん、本気?」

「ああ、こう見えて真澄も変わったんだぜ。美滝姉ちゃん」

「いずくん……」

 こういうところで背中を押すことができる居鶴は、本当にかっこいいと思う。

 正直俺も、知らない世界に一人で行くことを不安に感じていたのだ。この配慮は素直にありがたかった。

「そう……。そうね、脳筋の飛沫一人で行かせるのは正直私も不安だったし、それがいいかしらね」

「ありがとう、美滝お姉ちゃん」

「いいえ、思えば私も真澄ちゃんに相当助けられたものね。あ、飛沫は引きこもって体力衰えまくってるから、脳筋ですらないか。考えてみれば確かに、これは一人で行かせるのは不安だったわ」

 あんた自分の弟になんてこと言うんだ。当たってるけどさ。

「ゲホゲホ……何を話している!?」

 やべ、そろそろ視界が晴れる。

「っしゃ、じゃあ一緒に行くか。真澄!」

「うん!」

 俺は真澄と一緒に駈け出した。

 今度は目的地は決まっている。場所はひときわ目立つ大きなビル『トレードタワー』。あらゆる物資が行き交うこの世界の、最高意思決定機関をも内包する施設らしい。

 羽込はあそこにいる。

 諫紀曰く、ついこの前あのビルに妙な動きがあったらしいのだ。突然駐車場を増築して、勤務する人が一気に増えただとか。

 おそらくジオイルの連中が帰ってきたためだろう。

 人数の減った俺たちにはもう、正面突破という手段しか残されていない。

 だがもう居場所は分かるのだ。物知りな諌紀は教えてくれた。地下に幽閉施設があると聞いたことがある、と。また地下かよ。

 そして今回の切り札は美滝がくれたこれだ。

 《アルファゼロ・テクスチャ》。

 アルファというのは不透明度のことだ。それをゼロにした画像データみたいなのを体表面中に貼り付ける。

 要するに、透明マントみたいなものだ。

 今まで日用品とかの応用ばかりだったが、そろそろ限界である。ここは俺たちの世界とは違う。未知の技術が渦巻く世界で生きていくために俺たちが持つ、唯一と言っていい対抗技術。

 ジオイル開発部に所属していた頃、上層部から命じられて作らされたとか。なんで作れるんだよそんなの。

 ただ実際は実験段階の未完成品で、本来は貼り付けた一部が透明化するだけらしい。

 連続的に読み込むことが出来る俺が使うからこそ本格的な全身透過が可能になった。

 いろいろなリスクを伴ったりするシロモノだが、今に限っては絶対的なカード、切り札だ。

 たくさんあるリスクのうち代表的なものを上げるとすればたとえば、自分の姿を自分でも見ることができなくなってしまうことだ。

 スマートフォンで時刻や方角を確認したくなっても、それが自分と一緒に姿を消していれば確認することはできないし、確認するために透明化を解除すれば、他人からも目視が可能になってしまう。

 他にも、自分の足が見えないから階段が異様に歩きにくかったりとか、サーモグラフィー使われたらサラッとバレたりとか、そんな感じだ。まさにジョーカーである。

 これを検問で使わなかったのには理由がある。

 ひとつは、前述したように透明になったところでセンサーは欺けないこと。諌紀の情報だと、センサーは侵入者が何人いるかまで正確に探知するらしい。もちろん探知の領域から出たものはそこから差し引かれる。

 つまり人数はごまかせない。警備員はセンサーが探知した人数と実際に見えている人数とのギャップに違和感を感じるだろう。全員が透明になったところで探知に引っかかって存在が知られているのにひとりでに扉が開いたりしたらさすがに不自然に思われるし……。

 そしてもうひとつは何より、この絶対的な切り札をできるだけ隠し通したかったからだ。

 なので警備員には探知で引っかかった五人の存在を目で確認させ、その後潜入する二人だけ距離をおいてからテクスチャを使おうという根端だ。この技術を察知されるわけにはいかなかった。

 思惑は見事に成功した。

 テクスチャを使用後、誰にも気付かれずにビルに到着、侵入に成功した俺と真澄は、一目散に地下へと向かった。

「真澄、大丈夫か」

「うん、いるよ!」

 極力足音を殺しながら階段を駆け下りる。

 たまにこうやって小声で声を掛け合って確認しないと、お互いを見失ってしまう。

 だが敵陣であるこのビルの中では、迂闊に何度もそんなことはやっていられない。声でバレるなんてバカなことは絶対にしてはならない。

「手、掴まれよ」

「えっ、でも」

「恥ずかしがってる場合じゃねぇだろ」

「あ、うん」

 とか言いながらも、めっちゃ恥ずかしい。たぶん今俺すごい顔してる。進入するためなんかより、この顔が見られないことに透明化のありがたみを感じてしまう。

 真澄は、どんな顔をしているのだろうか。

 お互いが見えないこの状況で知ることができたのは、手から伝わる感覚だけだった。

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