第35話 小さな希望はこの中に
俺たちは過去に羽込と会っていた。居鶴が言いたいのはつまりそういうことだろう。その証拠が、目の前にあるのだ。
だが待ってほしい。記憶の中の女の子は、父親を見失ってしまったと言っていた。それは恐らく異世界に行っていた、ということだろう。
ということは、だ。
あの頃羽込は、まだ父の仕事を知らなかったということになる。
そうなると羽込は、いつから父の仕事を知っていたのだろう。
俺たちは改めてそのキーホルダーを手に取り、真澄の顔の横に並べて比べてみる。
「しぶくん、わたしが見れないよ」
ふむ、たしかに同じ素材だ。しかしこんな全国どこでも売っていそうなものに謎の波長を感じるのはどうしてだろう。
その答えはすぐに出た。
「私たちの名前があるわね。ほら、ここに」
美滝が指差したのは髪留めより少し大きなキーホルダー、その裏面に書かれた文字列だった。
「そういえば書いたね、別れ際に! 結局僕たちは女の子の名前を知ることはなかったけど」
「ああ、まさかこんなところで知るとはな」
「十年越しだね」
楽しかった記憶が蘇り、皆穏やかな気持になったのか微笑が滲む。
その中で俺だけが、腑に落ちない顔をしていた。疑問が
「羽込は俺たちのことを知っていたのに黙ってたのかよ。……水くさいな」
「言われてみればそうだね。教えてくれれば相談に乗ってあげることもできたのに」
居鶴が頷く。だけど美滝だけは、独自の意見を持っているようで
「相談に乗ってあげることもできた……のかな」
と、険しい顔をしながらうーんと唸る。
「どういうことだよ」
「私たちはその世界、苗加さんが生きている世界について何も知らないから相談しても仕方がなかった。というのが第一だけど、苗加さん自身がいろいろなものに追われる存在だったことを考えると、やっぱり他言するのは難しかったんじゃないかな」
俺の疑問に対して、美滝は綺麗に整えた情報を極めてシンプルに分かりやすく伝えてくる。
真澄も冷静に物事を見ることが出来る人間だが、それでも美滝はやはり周りの人間と一線を画して頭の回りが早い。さすがですわお姉さま。さす姉。
「不用意に漏らした情報で、俺たちも同じように狙われることを嫌がった……ってことか」
「わたしもそう思う……。今回の行動からも、苗加さんは自分を大切にしていない節があると思うの」
それは諌紀も言っていたことだ。「女の子であることを忘れるな」だっただろうか。まあそれはアイツの性格とか、もっと本質に関わることでもあるとは思うが。
「……って、そんなことはあとだ! 俺たちと羽込が過去に会っていたとして、そこから得られること……」
「飛沫、まだそのチップ持ってたりしないわけ?」
美滝に問われる。
チップというのはあの日の帰り際に羽込に渡された、「おまもり」のことだろう。
「さすがにねぇよ……。そもそも引っ越してるし、多分家にも無いぞ」
万策尽きたぁ。何で取っておかなかったんだ、普通に最低だな俺。
「って違ぇや。あのときの探検から帰ってきたとき、ポケットから消えてたんだよ。だから多分、もらった当日の帰り際に落とした」
自分に絶望する。失くした当日は結構落ち込んだ気もするけど、あまり覚えていない。
「……まあ、その辺は飛沫らしいな。くっそー、なにかヒントになると思ったのに」
再び絶望の底へ突き落とされそうになったそのとき、天使の声が響く。
「それ、わたし持ってるかも」
「……は?」
「チップって、あの小さなSDカードみたいなやつでしょ?」
「そうだけど……なんでお前がそれを持ってるなんて話になるんだ」
「だってあの日わたし、それ拾ったもん」
「いや、じゃあそのとき返せよ!」
「だってしぶくんのだなんて知らなかった。そんなの貰ってたなんて、今日はじめて聞いたもん」
それぞれに顔を向けると
「私も」「僕も」
言われてみればそうかもしれない。あの日チップを受け取ったとき、なぜか三人は他のコーナーにいて、俺と羽込と二人きりだった……気がする。
「あっはははー……すまん」
みんなすごい目をしている。尖った視線刺さってるよイタタタタ。
「で、で、それは何処にございますのでしょうか」
俺は大天使真澄様へ至極丁寧にお尋ねいたしました。
「えとね」
人指し指を立て、自分のこめかみ辺りに持っていく。
「ここ」
「……え?」
「このなか」
ちょっと何言ってるんだろうこの子。
「ええと、もしかして記憶とか、みんなの心の中! とか言うんじゃ」
「ちがうよ。この髪留めに入ってる」
「「「収納機能付き!?」」」
三人の声が驚きのあまり純正律でハモって倍音発生だよ。
「いや、でもこれしぶくんが買ったんだよ……」
「そうだけれども!」
気付かなかった……。よくそんなもん律儀にずっとつけてますね! 収納機能付きの髪留めとか、クラスの子にいじめられたりしなかった?
「それで、チップは拾って入れっぱなし。なんか不思議と捨てちゃいけない気がして……。開けることとかそうそうないけど、多分まだ入ってるの」
なんか、もういいかツッコミ。
「ささ、飛沫! 早く扉を出力してくれよ!」
居鶴は異世界へ行きたくて仕方がないといった様子だ。
「この中に扉のデータが入ってる根拠なんて何処にもないだろ……」
そう言いながらも、俺は期待するしかなかった。
「あ、そうそう飛沫のその力」
思い出したように口を開いたのは美滝だった。真剣な眼差しだ。
「飛沫、創造の反対って何だど思う? 正義とされる創造に対してそれに対抗しうる悪の力」
「破壊……か?」
「思った通りの回答をしてくれるわね。でも違うわ。創造とはなにか新しいモノを生み出すこと」
なにか新しいモノを生み出すことと対になるということは、なにか新しいモノを壊すことではない。そのモノ自体をどうするのかが問題ではないとすると
「既存のモノを……まさか俺の力って」
「そう、新しいモノを作るのではなく既存のモノを量産する。もとい真似る。つまりは模倣よ。ねえ、似ていると思わない?」
「そ、そんな……」
「創造神の反対は破壊神ではないってこと。飛沫のその能力は、神のそれに近いんじゃない?」
「この力が……神の力?」
右手に秘められし邪神の力……、我とて制御が難しい最強の能力……。
「…………って考えるとカッコイイよね!」
うん、そうだね! 真剣に聞いて損した!
危うく知らないうちに神になってた件。なんか微妙に偏差値高そうな冗談を言ってくる我が姉である。
緊張を解くための美滝なりの配慮なのかもしれないが、どうもこういうところは少しずれている。あと長い。それでも俺は、ここで力を抜くことが出来た。
真澄が髪留めを真ん中から捻るようにすると、上下が逆方向にスライドして中から小さな制御装置のようなものが現れた。改めて見ると、日常目にする用などの記憶媒体とも違う。
その小さな希望を万一にでもうっかり壊すことがないように、丁寧に手のひらで包み直す。そして、ゆっくりと意識を集中させる。
さあ、今回はどんなオブジェクトが俺を待つ?
しかし、俺の中にやってきたのは予想に反したものだった。
「……ん?」
思わず疑問符を伴った唸りが喉で音を立てる。
「どうかしたの? 扉は出せそう?」
「いや……ちょっと待ってくれ……。なんか……今は無理みたいだ」
「んん? ”今は”って、どういうことだよ?」
居鶴が質問を重ねる。
集中を切らさないようにするが、それ以上の情報は出てこなかったので俺はセルフリードを止める。
「いや、なんというか」
自分でもよくわからないのだが、確かにそうあった。……よな?
俺は脳裏に残るそれをそのまま口にする。
「泉に飛び込む……らしい」
それは、短い文字列。頭に送られてきたたった少し行数多めのテキスト、その冒頭部の要約だ。
「え?」
真澄が小さく首を傾げる。俺は足りなかった情報を補足して繰り返した。
「隠された泉が、異世界へのゲートになる……って」
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