第14話 音聞かざるべく

 チュンチュン。ヴーヴー。俺は二つの音で目を覚ます。朝だ。朝チュンだぁ!(違)

 うん。まあでもこれも事後っちゃあ事後かな。

 まったく、昨日夜までハッスルしたせいで身が保ってませんよ。

 もちろん、トランプ(など)で。

「(など)」って何だよ、と思った君。察してくれ、思い出したくないんだ。

 というか覚えてないんだ。種類多すぎて。

 マジでどっから出てきたのそれ四次元バッグなの、と思うくらいジャンジャカおもちゃを取り出してくる苗加に、俺たちはただただ翻弄され続けた。

 そんな昨晩の災厄を思い出しながら、傍らに置かれたそれに目をやる。

 さてさて、こちらはもうひとつの音源であるスマートフォンであるが、見えない手紙を体内に取り込み、その身を強く振動させている。まるで拒絶反応を起こし悶ているようだった。

 それがあまりに痛々しくて、渋々そいつを拾い上げる。

 そんなふうに見えてしまったのはなぜか、俺はその内容を確認して理解した。

美滝みたき……」

 送り主の名前を朗読したわけではない。自然とこぼれてしまった。意識の外にある自分の声は、不快だった。

 スマホに自身を投影していたことに気づいた俺は本文に目を通さずそれを閉じると、手早く身支度を済ませて階段を降りた。

 階段下には見慣れた人影。

「ウェイ」

「うっす」

 既にダイニングにいた居鶴とウェイ系高校生風に挨拶を交わす。脳の処理を極限まで抑えた動物的挨拶はエネルギー効率がいいのだ。

 リビングに目をやると、真澄、苗加の二人の姿もあった。どうやら俺が一番最後に起きたみたいだ。彼女らにも「おはよ」と声をかけると、「おはよ」、「ぐっもにー」とそれぞれ返事を返した。いや、後者は何だよ。

 こんな英語圏国民かぶれの返事をしたのはどっちかは言わなくても分かるだろうから置いておくとして、俺はその前に語り部として述べなくてはいけないことがある。

 真澄が眼鏡をかけている。眼鏡っ娘だ。そそる。

 世の中には眼鏡っ娘萌えという奇特な属性を持つ方々がいるらしいが、俺は本来それではない。

 でも、真澄のメガネ姿は素直に可愛らしいと思った。主にその大きなフレームがこぢんまりとした顔と不釣り合いというか、すっぽり納めてしまっているところが。やるじゃん幼なじみ。

 ますみんポイントが急上昇したところで、居鶴が「なあ飛沫」と声をかけてくる。なんだよ邪魔すんなよ今愛でてんだよ疲れた体を癒してんだよ。

「今日森にアタックかけるってことでいいんだよな」

 俺はそれにしぶしぶ耳を傾ける。飛沫だけに。はい、ごめんなさい。

 ってかアタックて。山じゃねぇんだからよ……。

「まあ日数ないしそうなるわな」

 俺は居鶴が期待しているだろう返答を捻りなく返す。こいつの場合、たとえ捻ってもそれに気づかないことが多々あるから、少しショックだったりするのだけれど。

「いやー、楽しみだなー! まさかマジでまた探検隊のメンバーであの森に行くことになるなんて! またあの泉が見れるかもしれない……。正直中学生時点でもう捨ててた夢だよ、これ」

 正式にはこれでは当時の探検隊そのままではないのだが、それは居鶴も承知していることだと思ったので俺はあえて指摘をしない。

「俺はそもそもそんな夢、持ったことないけどな」

 もう一度あの泉に行くこと? なんとちっぽけな。そう思おうとして、思えないことに気づく。

 それは俺の中で夢と呼ぶレベルに値する行いであるということだろうか。それとも……。

「それは飛沫が、いつかもう一度それができるという明確な根拠と自信を、自覚のないうちに自分の中にを持っているからじゃないのかな。多分その気になれば簡単にそれが出来ると思ってるから、飛沫にとっては夢じゃないんだよ」

「ふん」

 こいつはいつも、俺が考えたくない可能性を前にして思考をストップしたところで、その解答を口にする。マジやめてほしい。ネタバレ禁止令発令。

「十時には出発するから、早く飯食えよ。真澄のお母さんが、鮭定食準備してくれたから」

 それに従って、俺はキッチンに準備されているラップがかかったトレイを机に運ぶ。

 料理をつくる母から連想して、ひとつ思うところがある。

「お前の家族は今どうしてんだ?」

 俺は目の前のふわツン頭にかねてから引っかかり続けていたことを聞く。

「親父が離婚してから二人で暮らしてるけど、それがどうかしたか?」

「は? 離婚? 初めて聞いたぞそんなの。妹はどうした」

「妹ぉ? 僕は生まれながらの一人っ子だぞ」

 あれ、いなかったっけ。その表現だと生まれた時に弟妹が出来ないこと確定してるみたいで何か可哀想なんだけど。

「すまん、数年会わないうちに脳内で勝手にシスコン属性付加してた」

「おいおい……。一瞬もしかしていたのかもとか思っちゃったじゃないか」

 思っちゃったのかよ。お前の脳どんだけ暗示かかりやすいんだよ。

 というかそっちも両親離婚かよ……。お互い苦労しますな。

 一悶着あって、俺は真澄母の作った定食に箸を埋め込む。

「……うめぇ」

 あんな性格でも、何気に料理スキル高いんだよな。

 真澄の母には、何度か食事を振る舞ってもらったことがある。

 そのどれもが美味なものであったことは記憶にあるが、実際それを口へ運んだ時にやってきた異様な懐かしさについ、そう漏らしてしまった。

 なんとも表現しがたいその心地よさのあまり、俺はそれをすぐに完食した。それをキッチンに戻そうとしたが、そこである違和感を覚える。なんか書いてある。皿の底に。

『完食ありがとう! 裏を見てね! 完食したからには! 裏を!!! 見てね!!!!』

 文字でもうるせえ。このうるささに書いた主は真澄の母だという確信を得る。確信を与えるうるささ。

 トレイの裏に手を回すと、何かある。

「紙……?」

 それを剥がし正体を確かめると、それには『ちょっと早いけど』と書かれた付箋が貼られていた。

 祝儀袋。

 うぬぼれかもしれないが、俺の勘違いじゃなければこうツッコむべきだろう。

「気が早すぎる!!」

 いや、というか親族だろアンタ。

 そして中身を取り出してみるとそれにもう一枚付箋が貼ってある。

『P.S. 美滝ちゃんとも仲良くやれていますか?』

「……」

 脳内で再生された声は、たまに見せる優しさを孕んだものだった。俺たちが危ないことをしでかすと、よくいつものテンションで叱りつけられたものだが、最後に付け足される一言の声色がそれだった。

 ――みんなが元気なら、いいんだけどね。

 俺はそれの置き場に困ったのでとりあえずありがたく受け取っておくと、出発の準備に取り掛かった。

 置き場に困っただけだからね? お金が欲しかったわけじゃないから。本当だよ?

 準備を終え、玄関でスニーカーを履きながら俺はもう一度その名前を思い出す。

 清水美滝。


 俺こと、清水飛沫の実姉である。

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