悪ノススメ!!!

世間亭しらず

第一話

1-1 眠れる時に寝て体力温存を計るべし


 「人は皆人生という舞台の主役」なんて言葉、聞いたことあるか?


 こう言っちゃあなんだが、少なくともオレは間違いなくど真ん中一直線に主役人生を歩んできた。

 父親譲りの切れ長で涼やかな目、母親譲りの通った鼻筋にバランスの良い輪郭、すらりとした長身を生まれ持っている。

 成績優秀、スポーツ万能、顔良し、才有り、友人多し。

 欠点? そんなものは無い。

 家は一般家庭と比べ大層裕福だし、身元も大いに保証されている。

 何故ならオレの父親は現役の人気俳優。母親は名門家出身の有名女優。

 そのオレが学校の人気者となるのは当然だろ? 注目されるのは当然だろ? 優秀なのは当然だろ?

 そう。それが当然の事なんだ。


 だからオレは、


 人気者でなければならない。


 注目されなければならない。


 優秀でなければならない。


 欠点なんてあっちゃいけない。


 華々しいまでの主役人生を当然の如く歩まなければならない。




 でも。


 それじゃあ。


 この人生は。


 ―――― 一体、誰の為のものなんだ……?



◇◇◇



「やっぱし坂本悠馬はちゃうなぁ~」


 最早口癖となっているそれを、目の前の男早川秀秋は今日もしみじみと語ってみせた。


「ぶっちゃけ僕ぁ生徒会長になるんは坂本以外いない思っとったからな!」


 そう言って笑う友人に、オレは彼が書いた記事、大きく『当選! 二年三組 坂本悠馬』という文字が躍る校内新聞から顔を上げて答える。


「調子がいいな。今回は元生徒会役員が二人も会長に立候補してたんだぞ? 誰が選ばれてもおかしくなかっただろ」


「いんや! そないな奴等、坂本悠馬に掛かれば十人まとめてへし折れるってもんや! なんとゆーても素質が違うんやで素質が!」


 盛り上げ好きな早川が一層熱心に力説を始める。判った。判ったからそれ以上人のフルネームを連呼するな。

 騒がしい早川の声を聞きつけ、他のクラスメイト達も会話に入ってきた。


「私も坂本君に入れたよー。ていうか、他にいないでしょ」


「そうそう、坂本君に入れとけば安心できるよねー」


「頑張れよ坂本。ヨッ新生徒会長!」


「ちゃかすなよ、なんか恥ずかしいな……」


 生徒会長なんて面倒ごと、出来る事なら他の二人の候補者が選ばれてほしかった。それでも、ここに居る友人達は皆自分に期待している。坂本悠馬ならばやってくれるだろうと。

 だからこそオレは笑顔を返す。彼等の期待に応える為に。


「お前等、オレの前で違反したら容赦しないからな? 特に早川」


「何やねん怖いわぁ~。真実を知る為には多少の無理も必要不可欠なんや! ゲーム貸すから見逃しや!」


「賄賂かよ!」


「やだ早川君ー」


 尊敬でき信頼でき、それでいてこうした他愛ない話で嫌味なく打ち解けられる。周りの人間にとってオレはそういった人物だ。

 こいつ等を騙している訳じゃない。オレは理想的な人間で在るよう努力しているだけだ。坂本悠馬としての自然な流れで、坂本悠馬としての当然の行動をしているだけだ。


「そういえば進路希望出した?」


 一人がそんな事を言い出した。


「まだ全然」


「僕ぁ勿論未来の敏腕記者となるべく進学や。坂本は? やっぱ芸能界入りやろ?」


 早川がここぞとばかりに身を乗り出してくる。こいつの将来は多分パパラッチだろう。


「イヤイヤ、普通に高校行くよ。オレ、タレントとか俳優向いてないし」


「ハァッ!? 何アホ言うとんのやもったいない! 僕には見える、坂本悠馬の未来が! テレビ業界に現れるや否や類稀なる才能によりドラマにCM休む暇無し! 大型新人としてメキメキ才覚を現し星の数程のファンに見守られる中とうとうハリウッドで父親坂本出雲と夢の共演……!!」


 いつものように大げさに囃したてる早川を置いて別の一人が聞いてくる。


「芸能人にならないなら将来何するの?」


「とりあえず高校行って大学行って、その後はまだ考えてないかな。まだ中学生だしな」


「そうだよねー、まだ将来の事とか全然判んないよね。でも坂本君ならなんにでもなれそう」


「なんやねん……、坂本が芸能人になれば友達特権で独占取材とかコネ作りとか出来る思ったんに……」


「お前はそーゆー奴だよ、早川」


 再び周囲に笑いが起こった所で予鈴が鳴った。

 この次の時間は2クラス合同の数学で、3つのグループに教室を分けて授業が行われている。隣のクラスで授業を受けるオレと早川はチャイムを聞いて席を立った。


「なぁなぁ坂本、ヒーローとかどーや?」


「何がだよ?」


「何って坂本の将来やん。お前ならヒーローとか似合うんちゃう? イケメンやし」


「イケメンはヒーローの必須条件じゃないだろ」


「運動も出来るしそのくせ頭も良いもんな」


「持ち上げても宿題は見せないぞ」


「僕を馬鹿にするなや! 今日当たりそうな問題だけ教えて下さいませ坂本先生ッッ!」


 顔の前で手を合わせて懇願する早川。調子がいいくせに何故か憎めない奴だ。


 ヒーローってのは知っての通り、悪者をやっつける正義の味方だ。

 汎用物質 《アルゴナイト》を扱う知識と技術を持ち、反社会的活動をする者達を取り締まる独立機関。中でも同じくアルゴナイトを使い破壊活動を行う者達の事は、“秩序を正す者ヒーロー”に対して“道を外れた者ギルティ”と呼ばれている。

 ヒーロー志願者は年々増えていて、今ではよっぽどの素質を持っていないとヒーローにはなれないらしい。

 悪いが、正直興味は無いな。ギルティだのなんだの言っても奴等がする事といえばアルゴナイトの鉱区の襲撃や資源の奪取。こんな何も無い町にギルティがやってくることはまず無い。オレからしたらアニメや小説の中の出来事くらい現実味のない職業だ。


 そんな事を考えながら隣の教室に入ると、オレが座るはずの席に既に誰かがいた。そいつは授業なんて知ったこっちゃないとばかりに大口を開けて大いびきをかいている。

 出たな……学校一の変人銭形。

 教師の話はまともに聞かないし、意味不明な言動はするし、授業態度も良いとは言えない。授業の邪魔をすることは殆ど無いが、いつもこんな調子で寝ているらしい。喧嘩では負け知らずとの噂だが、不良なのかなんなのか、学校には毎日登校してくる。

 とにかくやる事なす事自由奔放すぎて何を考えているのかが全く読めない男で、それだけにこれまで極力関わらないできた相手だ。


「あっれ~? 銭形君やん!」


 横にいた早川が銭形を見て声を上げた。その声に目を覚ました銭形は眠たい目で口元のよだれを拭っている。


「む……なんだヒデアキか」


「ど~したんもう昼休み終わってんで?」


 早川が銭形と交流があったとは知らなかった。新聞部の早川はこう見えて意外と顔が広い。どのクラスの人間ともそれなりに交友関係を持っているみたいだしな。


「てゆ~か移動教室なんに誰も起こしてくれんかったん? ププッ、銭形君~もしかしておたくはぶられてるんやないの~?」


 ニヤニヤ顔で指摘する早川に銭形も思案顔になる。


「うむぅ……そういえば寝る前に周りの奴等に言った気がするな」


「え、なんて?」


「起こしたら問答無用で飲ます!」


「何を!?」


「1000個!」


「だから何を!?」


 改めて認識した。やっぱこいつは変人だ。

 まあでも、触らぬ神に祟りなし、だ。変に関わらず適当にやり過ごせば害は無いだろ。そう思いつつオレは好意的な笑顔を銭形に向けた。


「悪いな、銭形。次そこの席使うんだ。空けてもらえるか?」


 こちらをジロリと一瞥してくる銭形。


「何だ気味の悪い顔だな」


 ……は?


 あっけに取られた瞬間、早川の奴が景気良く噴き出した。


「ぶっは……ッ! 相変わらずキッツイなー銭形君! 学校一の……イケメン相手に……! 気味悪いて! 気味悪い顔て……!」


「面白くも無いのにヘラヘラ笑っているのだから気味が悪いだろう」


 なっ……何だこいつ、喧嘩売ってるのか!? でも早川に滅茶苦茶ウケてるぞ。てか笑いすぎだこいつは。


「ええと……、オレは元々こんな感じなんだ。そんなふざけてるような顔に見えたなら悪かったな」


 すかさず弁解したものの、どう考えてもオレはヘラヘラしていない。ヘラヘラ笑ってるのはむしろ早川の方だ。


「そ~やで嫉妬はダメやで銭形君! 顔じゃ勝てんて顔じゃ」


「ヒデアキも何を意味の判らん事でケタケタ笑っている! 全くおかしな奴だな」


 早川の事もジロリと睨み付ける銭形。というか、この男は元々すこぶる目付きが悪いらしい。


「こらお前達! 早く席に着け!」


 いつの間にか来ていた教師に睨まれ、銭形は席を立つと早川に「ではな」と声を掛け教室を出て行った。

 やっと一息ついて、オレは思った事を素直に口にした。


「まいったな」


「ああ、ホンマやで! 銭形君の所為で先生に怒られたやんか、全く!」


「いや、お前に問題教える時間がなくなった」


「ふおおおおおっ!! しまったぁぁ――――っ!!」


「うるさいぞ早川ぁ!!」


 その後宿題を忘れた早川は、三度教師から怒られる事となったのだった。残念な奴。



◇◇◇



「なぁ、早川って銭形と仲良いのか?」


 放課後、部活に駆け出そうとしている早川に声を掛けた。


「おっなになに銭形君の事が気になるん? バトル勃発しちゃう? 見出しはそうやなぁ……『新生徒会長VS超問題児! 泰平中学を去るのは果たしてどっちだ!?』」


「やるわけないだろ! ……どんな奴なのか、ちょっと気になっただけだよ」


 実際間近で会ってみて、尚更奴には関わらない方が良いという思いが強くなっている。だけど――


 ――面白くもないのにヘラヘラ笑っているのだから気味が悪いだろう――


 初見の相手に対して掛ける第一声としてあまりに非常識極まりない発言だったが……どうしてか、自分の内面を見透かされたような気がした。

 坂本悠馬という人間の一挙手一投足をどこか別の場所から冷静に見つめているオレがいる。そんな風に感じる時がある。だからその時はきっと坂本悠馬の中身は空っぽで、言葉に重みなんてないんだろう。



 『笑いたいなんて思っていないのにどうしておまえは笑っている?』



 あの言葉が、そう言っているように聞こえてしまった。

 まあ、実際あいつの発言には深い意味なんて無いんだろうけど。


「ん~、銭形君とは一年の時クラスが一緒やったんやけど、なんか変わってて面白い奴でな? 最初の自己紹介ん時も「銭形だ」としか名乗らんくて。みんなフルネームなのにおかしくね?! っていう」


「銭形って下の名前なんていうんだ?」


「えーと確かセージやかセーイチやったな。下の方で呼んでみた奴もいたんやけどものすんごい形相で俺を下の名前で呼ぶな~っ! って怒り出してな」


 危ない奴じゃねーか。


「部活とかは?」


「ないない。家が遠くてやらないって話やけど、実際はあんまりどの部活にも興味持ってないみたいやねん。でもなんかしら格闘技をやってそうな匂いはするんやけどな~、銭形君。走るのとかムッチャ早いし、ムッキムキやしな!」


 確かに、決して大柄な方ではないものの、ただの帰宅部にしちゃ体つきがしっかりしている。喧嘩関連の噂もあるしな。


「あとは、常に鈍器持ち歩いてんな」


「はっ? 鈍器?」


「あれ、さっき気付かんかった? いっつも腰に金属の短い棒みたいなの差して歩いてんねん。何度注意されても絶対やめんのや」


 滅茶苦茶危ない奴じゃねーか。

 むしろそんな事を明るく話せる早川の頭はどうなってんだ一体。


「坂本はこれから生徒会やろ? 引き継ぎ終わったらまた取材しに来るんで、日程考えといてくれや!」


「ああ判った。引き止めて悪かったな」


「かの坂本悠馬が御呼びとあらばぁ~僕ぁ火の中水の中ぁ~」


 こっ恥ずかしい口上を叫びながら新聞部へと駆け出していく早川。遅れて教室を出て生徒会室に向かう途中で、噂の銭形と四組の担任が言い争いをしている所に出くわした。


「銭形君! 学校にそういうものは持ってこないようにと言ったでしょう!」


「これが無いと腰の辺りがどうも寂しくてな」


 物騒な発言をするな。

 そっと銭形の方を窺ってみると、確かに左腰に何かぶら下がっている。

 青い柄の房飾りがついた棒で、つけ根からは鍵型の取っ手のような物が生えている。時代劇とかでよく見る《十手》という奴だ。


 ……待て。なんで学校に十手持ってきてるんだアイツは。

 ギャグなのか正気なのか真剣に疑うレベルだぞ!?

 事実担任もどうしたものかと対応に困っている。それをいい事に銭形は更に強気にまくし立てた。


「いいか担任、もしお前が俺からこれを取り上げて、挙句道端で悪の手先にでも襲われたらどうしてくれる? いたいけな中学生の俺に為す術もなく第一の犠牲者になれと言うのか?」


「悪人は警察とヒーローに任せておけばいいんです!」


「警察もヒーローも動くのは事が起きてからだ! つまりそれでは手遅れだ! それとも何か担任、俺には助けが来るまでのささやかな抵抗すらも許されないというのか? 無力な市民は黙って殺されろとそ~言いたいのかっ!?」


「な、なにもそこまで……」


「俺には死活問題なのだぞ! これが無いと夜も眠れず町も歩けず安心して勉学に励めないとゆーのに、お前はそれを取り上げると、取り上げると言うのか!?」


「わ、わかりました、もういいから持ってていいから! 但しカバンに入れて外には出さないように! それに万が一それで暴力沙汰を起こした時には何と言おうと没収しますからね!」


 そそくさと立ち去る担任を尻目に、銭形が勝ち誇ったようにふふんと鼻を鳴らす。


「――他愛もない」


 ……へ、屁理屈と妙な迫力で納得させやがった……とんでもねぇ奴……。

 今まではこいつのことを良く知らないで済んでいたが、今後は生徒会としてむしろ目を光らせていなきゃならないんじゃないか?


 ……ああ、活動初日から足が重い……。



===


次回、躊躇いは生死を分かつと心得よ

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