第2話 休息の中の戦争
その1
探偵社Worstには、滅多に姿を見せない所長がいる。正確には特殊な症例により表立って姿を見せることが出来ないのである。
「……そういうことで、
所長の住まう館の一室。薄暗い中で、怜とWorst所長の
弐沙は顔に白い布を被っているので、表情などは読み取れない。
「いつもすまないな。私がこんな身体でなければ、お前一人に重荷を負わせることは無いのに」
少年のようなボーイソプラノの若々しい声が部屋に木霊した。
「いやいや、これでも楽しくやっているので心配に及びませんよ。それに、拾われた恩は返していかないとバチがあたりそうですし?」
怜は冗談めかして言ってはみるものの、相手の笑い声など一切聞こえなかった。
「たまには、ニコッと笑ってみてはどうですか? そんなんだから、気分までダウナーになってしまうのですよ」
怜は自分の口角を上げて、笑う仕草をしてみせたが、弐沙は微動だにしない。
「それが出来たら苦労しない。お前みたいに、転換の早い人間じゃないのでな」
「長いこと生きていると、そういう自分を守る知恵が生まれると思うんですけどねー。貴方にはそれがまるでない。まるで、子供のまんまだ」
怜の一言に、周りの空気がピンと張り詰めたような気がした。どうやら弐沙の癪に触れたようだ。
「あれ? 怒っちゃいました?」
「別に怒ってなどいない。こんな子供な私を元に戻すのがお前の仕事だっていうことを忘れてはないだろうな?」
「えぇ。覚えていますとも。それが俺の存在意義ですから?」
「それなら、いいのだが。頼んだぞ、怜」
「はいはい、貴方様の仰せのままに」
そう言って怜は、所長の部屋から退室した。
***
「ただいまー。って……ん?」
怜が事務所に戻ると、怜のデスク上にうつ伏せの状態で伸びている白い物体を発見した。
白衣姿で床に着きそうな程にボサボサの茶髪をだらーんと垂らしている。まるで毛虫みたいな物体に向けて怜が目を凝らしてみると、探偵社の薬物担当であるイリサ・ティッタだった。
「イリサ、俺のデスクで何しているのさ」
怜は容赦なくイリサをデスクから落した。どすんと凄い音を立ててイリサが落下する。
「あひゃひゃー。れう君じゃないですかー。ひっどいなー、気持ちよく寝ていたというのに起こすなんてー。ありゃ? れうくんがたくさんいるぞー。これは愉快愉快」
イリサが起き上がって怜を見ようとするが、イリサの目の焦点が合ってないのを怜が気づく。
「……また変な薬の飲み合わせでも試したのか? 完全にアウトな感じになっているけど、大丈夫か?」
イリサは探偵社の薬物担当であり、薬物中毒である。用法用量を守らないのを始め、酷いときには禁忌の飲み合わせにも挑戦する、決して真似してはいけない奴探偵社の中でナンバー1である。
「ちがうのらー。開発中の新薬を試させてあげるって言われたから、試しに行っただけにゃのだー。開発に貢献してあげるイリサ君はいい子だから、れうたんは喜んでイリサくんの実験台になるべきなのー」
「さりげなく本音を漏らすな。毎回言っているけど、俺と弐沙は実験台になる気は全く無いぞ」
怜が断ると、イリサは上目遣いで涙目になって怜を見つめる。
「だめなの?」
「男にそんな目で見られても嫌なだけだから、却下」
「チッ」
イリサは舌打ちをして、すくっと立ち上がり怜を睨む。
「絶対にお前らを実験台にしてやるからな」
「そんなくだらない野望なんて捨てて、仕事してくれないかな?」
両者睨みあい、火花が舞う。
「フン。私は私のやり方でやるのが美学なのだよ。命令されるだけの人形風情のお前に到底理解出来ないだろうがな」
「なんだと……」
両者一歩も譲らない状況を纏が目撃し、止めに入る。
「はいはい、ストーップ! いい大人が喧嘩しないで下さい」
「チッ。あーあ、気分が冷めたから、実験室へ篭もる。邪魔すんなよ?」
イリサはそう言って探偵所の最も奥にある、実験室へと向って歩き始める。
「誰も邪魔しないよ、バーカ」
「先生! 挑発しないでください」
纏はピシャリと怜を叱ると、怜はしゅんと肩を落とした。
「ご、ごめんなしゃい」
「分かればいいのです。さて、今日は一日暇そうですし、僕は趣味に没頭しますよー」
そう言って、纏は自分の机に意気揚々と座る。デスクは書類と資料、あと塔のように連なっているCDの山があった。
「助手よ。また随分CDの数が増えてきているような気がするのですが」
「僕のライフワークですから。じゃんじゃんCDの塔を建設しちゃいますよー」
纏は音楽中毒者で、音楽が無いと生きていけないような人間である。なので、資料整理やレポート作成をする時などは、音楽を延々と垂れ流して作業に没頭している。
「程々にしないと、塔が崩落するぞーって、もう自分の世界に入っちゃったみたいだ」
纏はヘッドファンを装着し、ノリノリで資料整理を始めていた。しばらくは何を言っても聞こえない。
「今日は誰も来そうにないし、俺は甘味三昧に舌鼓しようじゃないか」
怜は再び自分のデスクに戻り、引き出しに入れてあったマシュマロを取り出した。
「ん~!おいひい」
マシュマロを幸せそうに食べている怜に、芽衣が特攻してきた。
「れーいーさーん。向こうで一緒にゲームしない?」
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