Worst
黒幕横丁
第1話 始まりの鐘が鳴る
その1
探偵社【Worst】。こぢんまりとしたこの探偵社に、ドアノッカーの音が響き渡る。
「はーい」
探偵助手である
「あの……、この間連絡した
女性は何処か落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと周りを見ている。
「花里様ですね。お待ちしておりました。さぁ、こちらへ」
纏は女性を探偵社へと招き入れた。
探偵社の中では四人ほどの人がおり、奥の方では見た目学生と思しき男女がボードゲームに興じていた。
「学生さん、といいますか、若い方もいらっしゃるのですね。こういうところって、渋い方ばかりかと思っていました」
「ここに居る職員全員、所長のスカウトなんですよ。能力に老いも若いも関係ないと所長は言っているんですけどねぇ。所内の平均年齢は下がる一方です」
纏はそう苦笑しながら、女性を応接間のソファへと案内する。
「こちらへどうぞ。先生を呼んできますので、少々お待ちください」
纏はそう言って応接間から出て行くのと入れ替わりのような形で、メイド姿の女性がウェーブがかった髪をなびかせながら入ってくる。
「ようこそいらっしゃいました」
メイドの
「あ、ありがとうございます」
女性は、紅茶に口を付けながら、まじまじと鈴花を見つめる。
「いかがされましたでしょうか?」
「いっ、いえ。なんでもないんです。ただ、探偵社にメイドが居るなんて珍しいなぁと思ってしまったので」
女性のテンパり具合に鈴花はプッと吹き出す。
「フフッ。あ、失礼しました。確かに珍しいと思います。私、実はこの探偵社に助けられた経験があって、せめてもの恩返しにと、ここでメイドとして働いているのです」
「そうだったんですねー。助けてもらった恩返しに尽くすって素敵な話ですね」
「ありがとうございます。所長代理がお見えになりましたので、私はこれで」
鈴花が深々と一礼応接間から離れる。入れ替わりとしてやってきたのは、20代後半くらいの金色の目をした青年だった。
「花里様。どうも、お待たせしました。探偵社Worst所長代理の
怜は名刺を女性に差し出す。名刺を受け取った女性は自分のハンドバックに名刺を入れた。
「依頼はお電話時に旦那さんの浮気調査と伺っていますが、お間違いないでしょうか?」
「はい、電話で話したとおりです。最近、あの人の帰りが遅いことが多くなりまして、ある日、隣の奥さんから女性と仲良く歩いているところを見たよと言われ、居てもたっても居られず、お電話したんです」
女性の手は自らの膝の上で震えているのを、纏は見逃さなかった。
「さぞかし、お辛かったんですね……」
微かに震えている女性を見て、纏もつられて悲しそうな顔を見せる。
「あの人に問い詰めてもはぐらかすばかりで、私は一体どうすればいいかと不安で不安で……」
女性は鞄からハンカチを取り出し、目元を押さえた。
「分かりました。我々が誠心誠意お調べ致しますので、ご安心ください。旦那さんの顔写真と大体のスケジュールはお持ち頂いたでしょうか?」
「電話で言われたとおりのモノは用意してきました。写真は携帯の画像をプリントアウトしたので少しぼやけているのですが、大丈夫でしょうか?」
女性は鞄から旦那とのツーショット写真と、今週1週間のスケジュールが書かれたメモ書きを取り出した。
「お預かりいたします。コレぐらいの鮮明さだったら大丈夫と思いますよ」
「では、調査を開始させて頂きます。調査結果がまとまり次第お電話いたします。本日はありがとうございました」
「さぁて、仕事も入ったし、皆、会議するぞー」
怜を始め、Worstの面々が怜のデスクの周りを囲む。デスクには、さっきの依頼主の女性が提出した書類が並べられていた。怜が今いる人数を数えるが、自分も含めて6人。多忙でほぼ居ない所長を除くと探偵社には7人の職員が常駐しているのだが、1人居ないことに気づく。
「あれ? イリサは?」
探偵社の薬物関連担当のイリサ・ティッタの姿が見えない。怜が尋ねると、黒髪で三つ編みおさげをしたメガネ少女で攻撃担当の
「イリサさんなら、大事な用事があるって出勤して早々に帰りましたー」
「またか……。まぁ、いいや。残りのメンバーで何とかしよう。はーい、旦那さんのストーキングがしたい人~」
「怜さん、その言い方は誤解を招く……、僕ならその言い方では挙手をしない。挙げるのは馬鹿くらいだよ」
頭脳派担当の
「あ、こんなところに馬鹿がいた」
空音が冷ややかな目で新三郎を見る。
「馬鹿とは失礼な。我の千里眼と影を使役する能力を使う絶好の機会だ。存分に大暴れさせてもらおうぞ」
「中二乙」
芽衣が新三郎を指差し、笑った。
「我の破滅魔法をそんなに喰らいたいのか?」
「三人ともストーップ! 喧嘩はやめようね? ね?」
学生トリオが一触即発しそうな中に纏が割り込んで止める。
「新三郎君、立候補ありがとう。さすがに彼一人じゃ(色んな意味で)心配だから、纏も付いていってくれないか?」
「(色んな意味で)心配ですもんね。わかりました」
「世界のマスターである我に向かって、色んな意味で心配とは何事か愚民めが」
怜と纏の会話の(いろんな意味で)が気になる新三郎だったが、それは二人によって華麗にスルーされた。
「芽衣と鈴花は旦那さんの会社周辺で身辺調査。空音は旦那さんの携帯をハッキングして情報を収集しておいて」
怜は空音に依頼主の旦那さんの持つ携帯の電話番号を書いた紙を手渡した。
「他人の情報を盗み見るなんて乗り気がしないけど、仕事だもんね。いいよ、分かった。外に出るよりマシだし」
彼はそういって、髪で隠れた右目を触る。
「先生はどうするんですか?」
纏の質問を聞いた怜は、椅子に腰掛け、引き出しから大量のチョコレートを取り出し、デスクにドッサリと置き、食べ始めた。
「俺はここでチョコを食べながら高みの見物ー」
怜の行動に、皆が冷ややかな視線を送る。
「そんな目で見ないであげてっ! 体質なんだから仕方ないじゃないか」
怜は甘味中毒で、常に甘いものを口に入れてないと発作で暴れてしまうという特殊体質である。暴れた彼を誰も止められる自信はないので、皆、仕方ないなぁという顔をする。
「はいはい、分かっていますよ先生。で、先生は何かお考えがあるんですね」
怜がその言葉に甘味を食べる口を止めた。そして、ニヤリと笑う。
「さすが、俺の助手。その通りだよ。ちょっと引っかかるところがあってねぇー。俺の勘が当たればの話だけど。だから、俺は単独で調べさせてもらうよ。さぁ、早速仕事を始めようじゃないかー。皆、持ち場へレッツゴー!」
再び、チョコレートをもぐもぐと食べ始める怜。その姿を横目に見ながら任務に向かうWorst職員達なのであった。
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