千の剣の覇を競え!

太陽ひかる

第一話 俺は鬼丸

  第一話 俺は鬼丸


 うらうらとした春の日のことである。

 鬼丸泰一おにまる・たいいちは夢遊病者の足取りで病院から出てくると西へ向かった。車道と歩道とが縁石で仕切られているその道を、道なりに西へずっと歩くと神社がある。泰一はそうと意識していたわけではなかったが、神社の方へと引き寄せられるようにして歩いていた。青空も、柔かな陽射しも、すれ違う人の顔もなにもかも、今の泰一には感じられない。ただ今しがたの医者とのやりとりが、頭のなかでずっと反響を繰り返していた。

 ――しかし先生、私はまだ三十四歳になったばかりですよ?

 ――年齢は関係ないですね。なる人はなります。

 そのときけたたましいクラクションの音がして、はっと我に返った泰一の目と鼻の先を、赤い自動車が勢いよく横切っていった。

「おう!」

 泰一は後ろへ跳び退って、車が次々とすれ違う交差点の道を茫然と見つめた。どうやらそれと気づかぬまま赤信号の横断歩道へ踏み出してしまったようだ。信号待ちをしていた老婆が目を丸くしている。

「ちょっと危ないよ、お兄さん」

「ああ、すみません」

 泰一は老婆に軽く頭を下げてから顔を前に戻した。自分は心の強い方だと思っていたが、どうやら自惚れだったようである。雲の上を歩いているような心持ちでここまで来てしまった。

 ――しっかりせねば!

 泰一は大きく分厚い両の手で頬を叩いた。肌を打つ小気味のよい音がし、気抜けしていた泰一の顔に張りと生気が蘇った。

 鬼丸泰一は身長一九〇センチと大柄で、筋骨隆々とした逞しい体つきをした男である。頭髪は横も後ろもよく刈り込まれていたが、上だけは少し伸ばして毛を立てている。顔立ちは男らしく精悍に彫刻されていた。それが今は灰色の背広姿である。

 いつも燦爛と輝いている瞳は、しかし今度ばかりはさすがに陰りを帯びていた。斯様に重い宣告を受けてきたばかりなのだ。

 こうなると結婚しておけばよかったかと人生を悔いたが、しかし後に残される妻子の気持ちを思えば、独り身でよかったような気もする。また父と母を相次いで亡くしたときには痛恨であったが、今はこれ以上ない親不孝をしないで済んだという安堵がある。悲しませる兄弟もいない。つまり鬼丸泰一とは天涯孤独の男であった。

 そうしたことを徒然に考えていると、いつのまにか信号が青に変わっていた。先ほどの老婆がもう横断歩道を渡り切ろうとしている。

「やれやれ」

 泰一は自分に苦笑をしながら、小走りで横断歩道を渡っていった。


 神社の前に差し掛かったところで、泰一は思いがけない人物と出くわした。

「正行!」

「あっ、先生! 鬼丸先生!」

 向こうでも泰一に気がついたのであろう、一人の子供が屈託のない笑顔になって駆け寄ってきた。名を松ノ木正行と云う。先月やっと十歳になったばかりの、小学五年生だ。

 泰一は正行の両肩を持って朗らかに微笑んだ。

「学校はどうした? まだ昼前だろう」

「今日は半日で終わり。で、ランドセル置いて昼飯食べてきたとこ。先生こそ非番なの?」

「まあ、そんなところだ」

 正しくは非番ではなく公休であったが、小学生にそれを説明しても仕方がない。一方、正行は無邪気に喜んで皓歯を見せた。

「やった! じゃあ道場行こう、稽古つけてよ!」

「そうだな」

 泰一は自分の胸臆で力強い獣が身を起こすのを感じてわらった。こういうとき、心が迷子になりかけているとき、竹刀を取ればいつだって道が拓けてきたものだ。

「俺も竹刀を握りたい気分だ」

「うん。じゃあ近道していこう、先生」

 正行はそう云って、車道を挟んだ向こう側にある神社を示した。


 泰一は幼いころから剣道をやっていた。神社の裏手には泰一の自宅と、それから子供の時分に通っていた剣道場がある。その道場との縁は今も続いていて、仕事の無い日にはよくそこで子供たちに稽古をつけてやっていた。正行はそうした生徒の一人であり、彼が泰一を先生と呼び慕うのもそのためである。

 二人は今、神社の境内を通り抜け、神社裏の公園にまでやってきたところだった。この公園を斜めに通り抜けるのが剣道場への近道だ。だが正行が意気盛んにそこへ踏み込んでいこうとしたところを、泰一は引き止めるようにして声をかけていた。

「なあ、正行」

「なに?」

 正行は公園の入り口から、足踏みするのももどかしいという顔で泰一を振り仰いだ。

「俺は近々、仕事を休むことになりそうだ」

「そうなの?」

「そうなのだ。だからしばらくは思う存分、稽古をつけてやれるぞ」

「イエーイ!」

 正行は全身で喜びをあらわして飛び跳ねるや、風車のように公園へと駆け込んでいった。

「待て待て、走るな」

 泰一はそう注意しながら、しかし微笑みながら、正行のあとを追った。

 公園には都市開発で失われた鎮守の森の名残があり、春の陽射しが、半ばは木々に遮られ、半ばは地上に降り注いで、芝生や遊歩道に光りと影の斑模様を作っている。平日の昼間であるせいかほかに人気はなく、ただ潺々とした噴水の水音が遠くから聞こえてくるのみである。

 泰一がそれらの風光に心を奪われていると、遊歩道の先を行っている正行が叫んだ。

「先生、早く」

「おう、すまんすまん」

 泰一はわらって正行のところまで駆けつけようとした。ところが運命が動いたのはこのときか、その矢先、遊歩道の傍らにある樹の陰から、突然出てくる者があった。

「――もし」

 泰一は驚いて息を呑んだ。現れたのはそれほどの、まさに瞠目にあたいする美少女であった。

 年齢は十五歳くらいであろうか。背丈は目測で一五五センチ、まっすぐな黒髪を腰まで伸ばしているが、前髪だけは眉に合わせて一文字に切り揃えられている。瞳の色も黒だが、東洋人ではない。白人だ。いずれにせよ、その白皙の顔は清楚可憐の一語に尽きた。乳房の張りや腰の稔りはごくささやかだ。それが深い青色のワンピース姿である。ワンピースには袖がなく、丈は膝下までだ。したがってあらわになっている腕や脛は、雪花石膏であることは元より鶴のように細かった。足には黒いミュールをあてている。

 そんな一見して儚い、ともすると病身のようにも見える神秘的な美少女が樹に寄り添うて立っていた。右手だけは樹の陰に隠れている。いや、あるいは隠しているのか。ともあれ美少女の黒い瞳は泰一の顔のうえに注がれていた。

卒爾そつじながら、鬼丸泰一様ではありませんか?」

 名前をずばりと尋ねられて泰一はいささか面食らったが、気を取り直して威儀を正した。

「いかにも俺は鬼丸だが、君は?」

「私はルナと申します。突然ですが、死んでください」

 まるでごく自然に云われたものだから泰一はただただ呆気にとられてしまった。およそこの日本で尋常な社会生活を送っている者が、突然命を狙われる立場に落とされたとして、いったい誰が即座に対応できるだろう。

 だがルナと名乗る少女は、まだ平和のなかにいるつもりの泰一をまるで無視して樹から身を離した。すると隠れていた右手があらわになる。その手には一口ひとふりの剣が抜き身で握られていた。その剣の刃が陽光を反射し、泰一の目を一瞬眩ませたとき、初めて生存本能が愕然と目覚めた。

「正行、逃げろ!」

 泰一は茫然とこちらを振り返っている正行の身を案じてそう声をかけた。だがルナは元より泰一しか眼中にないといった様子で、右手の剣を振りかざしてまっすぐ切り込んでくる。

「くっ!」

 泰一はまなじりを決し、腹を括ってそれに備えた。奔馳して距離を詰めたルナが斜めに斬りつけてくる。それが意外に鋭い。

「先生!」

 正行が甲走った声をあげる。だが泰一は落ち着いたものだった。よく見切って、最小の動きで躱す。返す刃を、今度は大きく跳び退って躱す。そうした攻防を二度三度と重ねていくうちに、泰一の心には余裕が生まれてきた。剣道をやっているせいか、閃く相手の剣がよく見える。すると口を利く余裕も出て来た。

「おい、なんのつもりだ! どんな因果で俺を斬る?」

 ルナは答えない。ただ鋭い呼気を放ちながら繰り返し斬りつけてくる。それが突然、物凄い大振りに打って出た。躱されることを承知で、相手をどこかへ追い込もうとしているような一撃だ。泰一はそれと見抜いて、敢えて企みに乗ってやろうと、大きく後ろへ跳躍した。

 果たして着地を決めたそのとき、視界の隅に驚くべきものが映った。

「あっ! 先生、それ!」

 逃げよと云ったのに逃げなかった正行もまたそれに気づいて、泰一の傍らを必死に指差している。それを取って戦えということなのだろう。今まで死角で気づかなかったが、地面に一口の日本刀が突き立てられているのだった。

「真剣か……」

 泰一は刃の輝きに目を瞠りながらそう独りごちた。それにしてもなんと素晴らしい刀であろうか。刀身は優美で力強く、一目で大業物だと確信できる。

「抜いたらいかが?」

 ルナが攻撃の手を止めてそう促してきた。

「なかなかお見事な体捌きでしたけど、武器がなければ攻撃に転じられないでしょう?」

 むう、と泰一は眉をひそめた。

「こんなところに都合良く刀が落ちているわけはない。誰かが用意したに決まっている」

 泰一はルナに視線を据えた。

「君か?」

「さあ……」

 ルナは空とぼけるように云って右手の剣を構え直した。それは両刃の西洋剣である。刃渡りはおよそ九〇センチもあり、しかも肉厚だから、普通であれば、女の細腕では振り回すだけでやっとであろう。まさか金無垢ではあるまいが、刀身全体はまばゆい黄金色を帯びていた。鍔は刀身に沿って、牡牛の角のように攻撃的に湾曲している。柄の握りは非常に短い。西洋によくある完全な片手剣だ。柄頭のところには紅玉が象嵌されている。

 泰一はそうした剣の拵えを丹念に見極めながら、頭ではいくつかの推論を走らせていた。

「俺を本気で殺したいならわざわざ姿を見せたり名乗ったりせず、不意打ちで一刺しすればよい。あるいは、そこの正行を人質に取ればよい」

 正行はその指摘に全身を竦ませたようだった。ルナはまるきり無表情である。泰一はそんなルナの顔に目を注いだ。納得のゆく答えは、もう一つしかなかった。

「俺を殺すと云っておきながら、逆に武器を与えて利するとは……これはつまり俺の腕を見たい、あるいは試したい、ということではないのか?」

 するとルナの冷たい美貌に花の微笑が咲き綻んだ。

「頭もよい。素晴らしいです」

 泰一を見るその黒い瞳には、敬意の星が光っている。してみると当たりなのだ。だが、いったいなんのために?

「ちょっと待った!」

 そのときあどけない子供の声がしたかと思うと、正行が走ってきて、泰一とルナのあいだに割って入った。正行はルナを見上げて、一瞬その美しさに息を呑んだようだったが、子供が子供の論理で大人を諫めるときの、あの可愛いふくれ面をした。

「お姉ちゃん、この人が誰だかわかってるの? 先生はすげえ強えんだぜ?」

「ええ、存じております。鬼丸泰一、三十四歳。愛知県警所属の警察官。全日本剣道選手権大会においては非常に珍しい二刀流の剣士として優勝、注目を浴びる……でしたね?」

 泰一はにんがりと片笑窪を彫った。

「優勝したといっても一度きりのことで、負けることの方が多いのだがな」

「それでも何年も連続して出場しているのですから、大したものです」

「これは痛み入る」

 慇懃に一礼した泰一は、不満顔の正行をそっと横に押しやってルナに尋ねた。

「で、そうした経歴だけでは納得いかんのか? そんな物騒なものまで持ち出して俺を試す必要がなぜあるのか」

「大切なことですから」

「なぜ俺なのだ?」

 泰一は苦い砂を噛むような思いであった。この日、もはや自分の運命が死へ向かって不退転の転回を見せたこの日に、こんなわけのわからぬ出会いがあろうとは!

「二刀流というのが、私たちにとっては肝要なのですよ」

「私たち……?」

 その隻句を捉えて泰一は眉をひそめたが、ルナはもう話は終わりとばかりに口を引き結んで一歩進み出た。

「今度は手加減しません。抜かれないなら殺します」

 泰一はルナと、まだ地面に突き立てられたままの刀を交互に見た。

「俺はたしかに二刀流だが、普段の訓練は一刀でしている。刀一本でも充分に戦う自信はある。が、これは真剣ではないか。ルナとやら、冗談ではすまんぞ」

「覚悟の上」

 その言葉を最後に、ルナは本当に切り込んできた。今度はその美しい顔に殺意が漲っている。このまま案山子かかしと突っ立っていれば、心臓を串刺しにされてしまう。

「この馬鹿者め!」

 すんでのところで泰一は刀を抜き、銀の光りを閃かせた。二つの獲物が真っ向から打ち合って剣戟の鏘然しょうぜんたる音がする。

 ――重い!

 泰一はその手応えに愕然とした。手加減していたというのは本当のようだ。だがこの細腕のいったいどこにこんな力が眠っていたのか。

「ぬん!」

 泰一は満身の力を傾けて刀で相手の剣を押した。ルナがその勢いを利用してふわりと後ろへ跳ぶのを見て、瞬きも許さずにそれを追う。

「はっ!」

 ルナが息を呑んだその一瞬、泰一は刀を電光石火に操って彼女の右手の剣を巻き上げた。ルナの五指が嘘のように開いて、彼女の右手に握られていた剣は高々と宙を舞った末に、くるくると回りながら少し離れた地面に突き立った。

 剣道の技の一つ、巻き上げである。

 無論、残心にも抜かりはなく、泰一は刀の切っ先をルナの細い喉元に擬していた。

「さあ、話せ。いったいなにを血迷って、こんな馬鹿げたことをしでかした?」

 ルナは返事の代わりに唇で優しい微笑みを描いた。

「答えろ」

 泰一が凄みを利かせてなおも迫った、そのときである。

「――おまえの負けだ、ルナ」

 全然知らない声がした。少女の声のようだが、鈴を転がしたようなルナの声とは違う。もっと低いハスキーな声だ。

「ええ、そうね」

 ルナが泰一を見据えたままそうがえんじた。泰一は声の出所を探ろうとして、しかしそれらしい人の姿を見つけられない。だのにまた声がする。

「私に代われ」

 泰一は声がどこからしているのかを悟ってぎょっとした。そんなことは到底、信じられるものではない。しかし子供らしい素直さの賜物か、正行がその事実に飛びついた。

「剣が喋ってる」

 そう、そうなのだ! 今しがた泰一によってルナの手から弾き飛ばされ、地面に突き立った黄金色の剣。この剣が、喋っている!

「馬鹿な……」

 驚愕のあまり、さすがの泰一もルナから意識を逸らしてしまった。その隙をついてルナが一歩後ろへ下がり、踵を返して歩いていく。だが泰一はそれになんの反応もできなかった。ルナが退いたのと時を同じくして、さらなる大異変が起こったからだ。

 すなわち地面に突き立てられた黄金の剣が真っ赤な光りを放ったかと思うと、剣は掻き消え、代わりに第二の美少女が現れた!

「剣が人間になった」

 正行はそう素直にありのままを口にしたが、泰一はそんな非常識が信じられずに、新しい二人目の美少女に凝然と目を注いだ。

 それは燃え盛る赤毛を短髪にした、美少年のような美少女である。その背丈はルナより高く一六〇センチほどもあり、瞳は南国の空のように青く、肌は健やかな小麦色をしていた。黄色いシャツの上に赤いジャケットを羽織り、子供の穿くような白い半ズボンを着用している。よく鍛えられた二本の脚が付け根からあらわになっており、足には赤いスニーカーをあてている。一見して活発な少年の装いだが、淑女のようなルナより乳房がずっと大きいのが、実っていくのを止められない青い果実のようであった。

 その少女が真っ青な瞳で泰一を見据え、胸元に右拳をあてて高らかに云う。

「我が名はソル。次は私がお相手しよう」

 紛れもなく、今しがた剣より聞こえてきたのと同じ、ハスキーな少女の声だ。泰一は剣が少女になったというこの事実を、いくら据わりが悪くとも受け容れざるをえなくなった。それにしても二人の名前は不思議な対称をなしている。

ルナ太陽ソル、か」

 泰一はそう独りごちたが、一瞬の瞑目のあと、刀を下ろしてソルを見下ろした。

「お相手しようと云うが、武器がなかろう?」

「武器なら、あなたの目の前に」

「なに?」

 泰一が瞠目したとき、ルナがちょうどソルの前に立った。

「強いわよ?」

「わかっている」

 そんな短い言葉を交わしたあとで、二人の少女は互いの目のなかを覗き込みながら右手と左手を絡ませ合った。そしてルナの体が青い光りに包まれたかと思うと、次の瞬間、ルナの姿は掻き消え、ソルの右手に一口の剣が握り締められていた。

 それは白銀の剣である。両刃で鍔は水平、先刻ルナが使っていた黄金色の剣に較べると厚みにけるが、切れ味の鋭さは増した感じのする片手剣だ。柄頭には碧玉が象嵌されている。

 ソルはその剣を、切れ味を試すように真横へ一閃して大見得を切った。

「ご覧の通り」

 白銀の剣の先に、陽光を跳ね返して小さな日輪が生じている。泰一はその光りに目の眩むような思いだった。

「先生、これって……」

「うむ。剣が娘になったかと思えば、今度は娘が剣になりよった」

 これはもう笑うしかない。

「正行。信じがたいが、どうやらこいつら人間ではないらしい」

 泰一は苦笑いをしながら剣を構えて、しかしソルの真剣な眼差しに口元の笑みを消した。二人のあいだの空間がにわかに白熱していく。その熱を感じたように正行が一歩後退った。

 二人はそのまま睨み合いに入った。だが苦境に立たされているのがどちらなのかはあきらかだ。泰一が悠然とおおらかに構えている一方、ソルは巨大すぎる壁のどこに隙があるのか、探しようがないといった様子である。やがてソルの頬に一筋の汗が流れたのを見て、泰一が一喝した。

「来い!」

 それを合図と、ソルが弾かれたように斬り込んできた。だが戦いの流れを自分で作るのではなく、泰一に作られた時点で勝敗は決していた。

 ソルはよく戦ったが、脇腹に峰打ちを喰らって剣を落とすと潔く負けを認めた。


 戦いが終わるや、ルナは人の姿に戻ってソルとともに泰一の前に居並び、跪いて頭を垂れた。二人の少女を胡乱に睥睨する泰一に対し、まずソルが口を切った。

「お見それしました」

「このような形でその腕前を試した我らの非礼、どうぞお許しください。ですがどうかお願いです。その力、我らにお貸し願えませんでしょうか?」

「力を貸せだと?」

「はい」

 ソルはそう返事をして、顔をあげるや矢のような声を放った。

「覇剣戦争に勝つために!」

 むう、と泰一は口をへの字に曲げた。片手に引っ提げた一刀の重みが、この娘たちの勝手な言い分に対して怒りを感じさせる。真剣を用いての斬り合いを軽はずみに挑んでくるとは信じられない。だが、この娘たちは人間ではないのだ。してみると、その覇剣戦争というのも尋常な話ではないのだろう。

「先生、どうするの?」

 正行があどけない顔でそう尋ねてきた。いつの間にかソルだけでなくルナも顔をあげ、双眸の光りでもって決死の覚悟を訴えてきている。そう、真剣をもって挑んできた以上、それは文字通りに真剣なのだ。

「……聞こう」

 泰一が襟を少しだけ開くと、二人の美少女はその顔に安堵の微笑みを咲かせた。

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