疑問
今日はいろんなことが起き、驚きが多くて気にも留めていなかったが、そういえば恭介は、櫻子が魔法少女候補生になった経緯をまったく聞いてすらいなかったのである。
櫻子から詳しく聞けば、彼女が魔法少女候補生になったのは、天狐神社を参拝したことに起因していたらしく、願いと引き換えに、魔法少女の件をお狐様に持ち掛けられたとの話であった。
確かに神社に手を合わせに来ている人が多ければ、その取引に応じる者も出てくるだろう。
「天狐神社でそんなことが……つーか、九条結愛もってことですよね?」
「九条さん……ええ、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわ」
別に魔法少女候補生になるルートは必ずしもそれだけではなく、恭介のように他の候補生から苗を託されたり、才能がある少女がいれば、その願いを見極めて付け込み、直接お狐様の方から出向き、交渉を持ち掛けることもあるとのことだった。
「やっぱり結愛は思い悩んでいて……」
結愛は、尿道が緩いのを悩み、治してもらうつもりであったのだろうか……?
「あれっ? ていうか……?」
恭介はあることに気付き眉を顰めた。
天狐神社で手を合わせた色葉のことを思い出したのだ。
色葉の願いは叶っていた。ということはつまり、色葉は魔法少女として魔法少女大戦に勝ち抜いたりしたのだろうか?
しかし天狐神社の神使は恭介が手を合わせても対価なしに普通に戻してくれて……
「うん? 違う……のか? もしかすっと、天狐神社の評判上げようしてたのって……」
天狐神社は必死で参拝客を増やそうとして、参拝客の願いをランダムで叶えていた。
実際、そうすることで参拝客が増え、現在、ちょっとずつであるが天狐神社は賑わっているらしかった。
そうして参拝客を増やし、願いを叶えたい人間を集めることで、参拝客から将来有望な魔法少女を選出するのが真の目的であったのではなかろうか?
そういう考えに恭介は至ったのである。
色葉はあれからも何度か天狐神社に足を運んでいるという話は聞いていた。
一度目は色葉の願いを対価なしで叶えてくれたとしても、二度目は違うかもしれない。
というか既に魔法少女候補生としてエントリーされ、竜座の苗を身に宿し、他の候補生たちと戦っている可能性だってあったのだ。
仮にそうだとしたら、色葉は何を願ったのか? それは恭介に関することかもしれなかった。以前はそのせいで大変な目にあった。もしそうなら、色葉の苗収集を何が何でも阻止ししなければならなかった。
「どうする? 本人に訊いて確かめるか?」
いや、ダメだ。仮に色葉が竜の苗を保有する魔法少女候補生であったとして、男の自分がどう訊けばいいのだ?
「だ、だったら……」
「瀬奈くん?」
「えっ? はいっ? な……何すか?」
唐突に櫻子に声を掛けられ、顔を上げる恭介。
「どうしたのさっきからぶつぶつと……?」
「ちょ、ちょっと考え事を……つーか種ちゃん先生? 今日はもうこれまででいいですか? 俺、やっぱ天狐神社に寄ってみようと思います」
「天狐神社に行ってどうする気? どうにもならないと思うわよ?」
「いえ、ちょっと神使のお姉さんに訊きたいことがありまして……」
恭介は色葉が竜の苗争奪戦にエントリーしていないかを神使のお姉さんに訊いてみることにしたのである。そして早川琥珀の件も、無理かもしれないけれど、せっかくなので対応してはくれないか、一緒に訊いてみようと考えていた。
「瀬奈くん? 神使のお姉さんって誰? どういう素性の方?」
櫻子が不思議そうに訊いてきた。
「ですから天狐神社で神使をしている……魔法少女候補生にエントリーする際、種ちゃん先生の前にも現れたってさっき言ってませんでした?」
「いいえ、わたしの前に現れたのは白いお狐様よ?」
「えっ? あれっ……?」
お狐様と言われ、恭介は何となくだがあの神使のお姉さんのことを想像して話を進めていたが、櫻子の前に現れたのは、人語を理解する白いもふもふの子狐であるらしかった。
そんなわけで恭介は、天狐神社の神使について櫻子に軽く説明した。
「それって天狐神社の巫女さんとかじゃなくて?」
どうやら櫻子は恭介の話を疑っているらしく、訝し気にそう訊いてきた。
「違いますよ。あれは……人外だと思います……よ?」
天狐神社にいたあの女性は自身のことを神使と言っていた。
神使とはそのまんま神の使いの意。
天狐神社には二体一対のお狐様の神使像が祀られており、天狐神社の神使はお狐様であるということになる。
だから恭介は櫻子にお狐様と言われ、神使のお姉さんが狐の化身であると考え、話を進めてしまったのである。
あの時は自身と色葉の身に起きた不可思議な出来事に彼女は人ならざる者なのだと思い込んでしまったが、コスプレさえしていなければ、人にしか見えなかったかもしれなかった。
「そっか……神通力とやらを持ったただの人って可能性もあるんだよな」
むしろそちらの方が正しい気が恭介はそこはかとなくしてきていた。
それでもあのお姉さんが不思議な力を持っているのは確かであり、今回の件にかかわっているであろうと思われたので、訪ねることを止めるつもりはなかった。
「まあ、どっちにしろ訊きたいことあるんで行くだけ行ってみますんで、今日はこれで」
と、櫻子に断りを入れる恭介。
しかしあの神使のお姉さんは行けば普通に姿を現してくれるのだろうか……?
出てこなかったら、天狐神社の宮司の娘で、色葉を参拝させた張本人である隣のクラスの神田清音にでも訊いてみればよいだろうか?
「瀬奈くん? その……わたしも行くわ。変身がバレた件も問い質したいし、他にも何か有益な情報が得られるかもしれないから」
「べ、別にいいっすけど……会えるかどうかは保証できませんよ?」
「そうなの? まあ、いいわ、行きましょう?」
「は、はい。わかりました」
そんなわけで二人は変身を解除し、天狐神社に向かうことにしたのだった。
「種ちゃん先生、神社の参拝の仕方って知ってますよね?」
天狐神社に続く階段を目の前に、恭介は櫻子に訊いた。
「ええ、参道の真ん中を通っちゃダメとかそういうのよね?」
「はい。何か神様の通り道だとかで……順序とかしくじって神使のお姉さんのご機嫌損ねたら出てきてくれなくなっちゃうかもなのでしっかりとやりましょう?」
参拝方法をしっかり把握していても、人の目があると恥ずかしがってその辺がおざなりになってしまう可能性があり、そう言った。
「そうね。わかったわ、瀬奈くん……」
そんなわけで恭介たちはきっちりと作法を守って参拝することにした。
「それで……その神使っていうのはどこにいらっしゃるの? 呼び掛ければ出てくれるの?」
手と口を清める手水舎にて、柄杓を片手に櫻子が訊いてきた。
「それなんすよね……」
叫べば声が届いて出てきてくれるのか? お賽銭を放り込んで手を合わせれば出てきてくれるのか? あの時は気まぐれに出てきてくれただけで、二度と恭介の前に姿を現してくれはしないのか? それとも神使とはいえただの人間であり、時間さえ合わせれば普通に会える存在なのか? それなら天狐神社の宮司か、その娘である神田清音に訊けばいいだけのことなのだが……
「何じゃ、少年? わらわらを探しておるのかえ?」
「えっ!」
その透き通った声音にハッとして振り返ると、艶っぽい和装のお姉さんの姿があった。
「ふ、普通に会えた!」
彼女こそ、天狐神社で神使だった。
「わらわの庭じゃからな。して、わらわに用なのかえ?」
「は、はい……ちょっと聞きたいことがありまして……その前に……紹介しときます」
恭介は返した手を櫻子に向けて、
「知ってるかもしれませんが、魔法少女候補生の――」
「せ……瀬奈くん?」
櫻子は少し不思議そうな表情をしながら、恭介の言葉を遮ってきた。
「えっ? 何すか? 自分で紹介しますか?」
「そ、そうじゃないわよ? というかキミはいったい誰と話しているの?」
「はっ? ですから神使の……」
恭介は神使のお姉さんに振り返って、
「神使って名前じゃないですよね? 何て呼べばいいんすか……?」
「好きに呼んでくれて構わんぞ? 神使さまでもお天狐様でも……何なら天狐ちゃんでもな」
「て、天狐ちゃんはさすがに……」
まあ、お天狐様が無難だろう。
「それより少年よ、わらわを紹介しようとも、その者にわらわの姿は見えておりゃせんぞ」
「はっ? 何を言って……」
恭介は怪訝に眉を顰めつつ、お天狐様の顔を指さして、
「た、種ちゃん先生……見えてますよね?」
すると櫻子は、不審そうに辺りを見回して、
「だから何がよ? 何もないじゃない?」
彼女に嘘を吐いている様子がなく、本当にお天狐様の存在が視界に入っていないようだった。
「理解したかえ? 今は存在を稀薄にしておるからの。わらわの姿はそなたにしか見えておらんのじゃよ」
「ま、マジでか? つーか、どういうことです? 何で俺にだけ見せてくれてるんです……?」
恭介は振り返り、お天狐様に訊いた。
もしかして、恭介だけが見える幻覚ということはないと思うが……
「わらわの姿は神通力が強い者にしか見えん。ただそれだけの話じゃよ」
「えっ? 俺、神通力なんて……じ、神通力?」
恭介には櫻子と同様に竜の苗を保有していることを除けば、不思議な力もありはしないし、霊的なものを視る目もありもしない、ごく一般的な少年であったのである。
「そなたの力は眠っておる。普通に生活していれば開眼することもなかろうが、わらわを視る程度の能力は保有しておる……そういうことじゃよ」
「そんな……バカな……」
お天狐様が言うような事柄は、今までの生活の中で全く持って感じたことはなかったのだが……
「ちょっと、瀬奈くん?」
櫻子に肩をガッとつかまれ、無理やり振り返らされ、
「いい加減、どういうことか説明なさいな。一体、何と話しているのよ?」
と、訊いてきた。
「え~っと、どうやら俺にはそーいうのが視える体質ということで種ちゃん先生には見えてないかもですが、ここにいるんですよ。天狐神社の神使、お天狐様がおられるわけですよ、はい……」
信じてくれないだろうなと思いつつ説明した恭介だったが、櫻子は、
「なるほど……そういうことだったのね?」
と、納得するように頷いた。
「あ、あれっ? し、信じてくれるんすか?」
「魔法少女の件がなければ全否定していたかもね、ただ、できればそこに神使が存在するというのをこの目でしっかりと見せてもらいたいんだけど……できたりするのかしら?」
櫻子は、恭介が指し示したお天狐様がいるとされる空間に辺りをつけ、真っ直ぐに見据えたまま言った。
どうやら櫻子は、お天狐様の存在を証明して欲しいとのことであった。
「……だそうですが、お天狐様?」
恭介はお天狐様の顔色を窺いつつ問うてみる。
「わらわが存在証明を? なぜその者のために神通力を消費させねばならんのかえ?」
「……だ、ダメってことですか?」
「本来であらばそうなるな。しかしその者は竜座の苗の保有者の一人……じゃったな?」
「はい」
「よかろう。今からわらわの神通力を披露してやるからその者にそう伝えるがよい」
「あっ……はい。種ちゃん先生……つーことで何かお天狐様が何かしら見せてくれるらしいっすよ?」
「……何かしらって……? 何が動かしてくれるとこそういうこと? わかったわ」
「ということでお願いします。お天狐様」
と、恭介はお天狐様を促す。
「ふむ……」
そうしてお天狐様が小さくそう頷いた瞬間である。
「えっ?」
何か気配を察知したかのように櫻子が後ろを振り返った。
「……種ちゃん先生?」
「あっ……ご、ごめんなさい」
櫻子は少しだけ顔を赤くして、スカートのお尻を押えつつ、
「き、気のせいだったみたい。続けてもらって」
「……はい。お願いしますね、お天狐様?」
するとお天狐様はフフッと笑って、
「少年、ポケットの中を探ってみるがよい」
「えっ? 俺の……っすか?」
恭介は言われるがままに制服ズボンの両ポケットに手を突っ込み、
「んだっ? これ……?」
取り出したるは恭介の肌で温まったのか、ほかほかと温もりが残るくしゃっと丸まった布きれ。
「はてっ?」
恭介は何じゃとてとそれを両の手で持ち広げ、ハッとなって表情を引き攣らせる。
「こ、これって……」
その布きれは間違いなく――
パシンッ!
広げていた布切れに、すごい勢いで櫻子の腕が振り下ろされ奪い取られ、彼女がそれをさっと後ろに隠した。
「あー、も、もしかして……」
恭介はその顔を真っ赤に恥じらった櫻子の姿を見てすべてを察した。
さっきの布きれは、間違いなく櫻子のパンティーであったのである、と。
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