尻着

 絆創膏三枚のこの魔法少女の正体は九条結愛であった。


 そして恭介の正体も彼女になぜかばれてしまったらしかった。


 こいつは、絶体絶命の大ピンチである。

 この局面を、結愛の柔らかな肌と温もりを感じつつ、どう乗り越えようかと考えていると、


「ち、違う……この人は瀬奈君じゃない……のに!」


「……ん、んんっ?」


 その結愛の言葉に恭介は眉を顰めた。

 どういうことだろう? ばれたわけではなかったのだろうか?


「は、離して! このままじゃわたし……」


 と、切羽詰まったように恭介の腕の中で暴れる結愛。


「そーいうわけにも……ステッキ拾われてきたら面倒だし、このまま降参してくれないか? ぶっちゃけキミを傷つけるのも嫌だしさ」


「わ、わかった……わ、わたしの負けでいいから離して!」


 激しく抵抗する結愛。


「こ、こら、暴れるなって……そう言ってステッキを回収しに行くつもりなんだろ?」


 恭介は結愛が逃げ出せないよう結愛の身体を引き寄せ、より強固に羽交い絞めを決める。


「えっ? あれっ? 何この感触? お尻になんか硬いのが当たって……な、何これ?」


「えっ? あ、ああ……ま……魔法のステッキだよ!」


 と、しどろもどろに恭介は答えた。


「だ……だったらそのステッキを、う……奪って……!」


 切羽詰まったように結愛は言うと、後ろ手に魔法のステッキをつかもうと身を捩じらせ動く。


「お、おい、他の魔法少女のステッキは使えないって聞いたぞ! ってか、あんま激しく暴れなさんな! お、俺の魔法のステッキが暴発すっ……こ、こりゃっ! 握んなし! 本当に暴発すっから! 危ないからっ!」


 結愛はがっつりと魔法のステッキをつかみつつ、


「えっ? あ、あなたのステッキどうしてこんなにぶにゃっとして……」


「ま、魔法のステッキは魔法少女の特性に合わせて変化するからだよ! っていうか、は、離してって!」


「あ、あなたが離して! わ、わたし……もう、げ、限界……なの!」


「いやいや! つ、強く引っ張んなし! 魔法のステッキが千切れる! 千切れちゃう! ほ、本当に魔法少女になっちゃう! 魔法少女になっちゃうからっ!」


「……も、もう……わたし……!」


「こりゃ! そ、そんな声出したって騙されは……って、あれっ?」


 脂汗を流しつつ、ぷるぷると小刻みに身体を震わす結愛。

 どうやらそれは演技ではない様子だった。


「あっ……」


 結愛は、魔法のステッキから手を離すと小さく呻き声を漏し、お尻を引かせて足を閉じた。


「ふぉいっ! お尻を突き出したら……んっ? えっ? あっ……も、もしかして……!」


 恭介はようやく理解した。

 なぜ結愛がプリティーキョーコと接触して恭介かもしれないかと思ったのかを。


 結愛は恭介に触れられると尿意を催す体質だったのだ。


 そして姿の違う恭介と接触することで、敏感にそれを察知し、一瞬、恭介の顔がよぎり、口に出たのだと思われた。


「も、もう……本当に……」


 額に脂汗を浮かべ、全身を小刻みに震わす彼女の限界を超えた切なげな声音。


 次の瞬間、勢いよく放たれた水圧で、彼女は股間の絆創膏を勢いよく剥したのだった。






 結愛は床に水溜りを残し、消失した。


 泣きながら絆創膏を貼り直そうとしていた結愛であったが、おしっこで絆創膏は既に粘着力を失っていた。


「ううっ……こんなじゃ……もう、戦えない……」


 彼女はそう言い残し、尿意喪失と同時に戦意も喪失したらしく、竜の苗と水溜りだけを残して消えてしまったのである。


 戦闘に敗れなくとも、心が萎えてしまえば魔法少女の資格が失うらしく、竜の苗は候補生の肉体から剥離されたのである。


「んっ?」


 人の気配に振り返ると、そこに櫻子が佇んでいた。


「ご……ごめんなさい。遅れてしまって」


 遅い到着である。


「共鳴リング……初めて使うから勝手がわからず手間取ってしまって……」


 櫻子は遅れてきた理由を述べつつ、恭介がゲットした竜の苗を見やると、


「瀬奈くんが倒したのよね?」


 と、少し驚いたような口調で言った。


「はい。まあ……倒したというか……相手が自滅しただけですけど……」


 竜の苗を拾い上げるため、しゃがみ込んでいた恭介は、櫻子に問う。


「それより種ちゃん先生? 彼女……消滅しちゃいましたけど、あっちの世界に帰ったってことですよね?」


 結愛が無事帰れたのか、それが少し気になっていた。


「え、ええ……」


 なぜか櫻子は気まずそうに恭介から顔を背けて、


「ぶ……無事に帰ったわよ」


 と、歯切れ悪く言った。


「えっ? な、なんすかその反応?」


 恭介は立ち上り、すたすたっと櫻子の前に歩み寄り、


「無事なんですよね?」


「え、ええ……無事よ」


 と、櫻子はやはり視線を反らしたまま、言った。


「こっち見て言ってください! 本当なんですよね?」


 結愛の安否が気になり、問い質す恭介。


「だ、だから無事だって……」


「だったら何でこっち見ないんですか! もしかして俺に隠してることがあるんじゃないんですか?」


 それでも櫻子はこちらを見ようとはしなかった。


 もしかしてだが、魔法少女候補生からら外れたら、魂が竜の苗に喰われ、肉体は消滅……もしくは廃人化なんてことになっていたら洒落にもならない。


 そして櫻子が、恭介にまだ何か隠していることは、その不自然な挙動から明白であった。


「種ちゃん先生! 何を隠しているんです! 答えてください」


 恭介は櫻子の両肩をつかみ、揺さぶりながら言った。


 すると櫻子は顔を赤くして、


「む、むしろあなたは隠しなさいよ! あなた……今どんな格好か忘れているんじゃないでしょうね?」


「えっ……あっ……」


 指摘されるまですっかり忘れていた。


 恭介は今、両乳首とおちんちんを怪我した人のコスプレをしていたのである。

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