満天の星空

 キャンプ場の宿を出た時点で既にきれいな星空であったが、更に奥まった場所まで足を延ばすと人工的な灯りがないせいで星がより多く、そして輝いて見えた。

 満天の星空とはこういうことを言うのだろうと恭介は思った。


「すごい近く感じる……本当に星に手が届きそう……来てよかったけど……色葉ちゃんにはちょっと意地悪だったかな?」


 後悔の念を口にする結愛。


「いやまあ……うん。とりあえずここに来たことは言わない方がいいかも」


 色葉の真の目的がどうあれ、である。せっかくなので皆で来た方がよかったかもしれない。


「……だよね? なんていうか、その……今日、びっくりしちゃって……いつまでも遠慮してる場合じゃないのかなって」


「びっくり?」


「うん。その……車乗る時に……見えちゃって……」


 恭介は結愛の言葉にハッとする。

 やはり見られていたのである。


「い、いや、あれは……寝相悪いっていうか……俺も知らなかったんだけど座りながら眠ると脱ぐ癖があるみたいで……その……ご、ごめん」


「脱ぎ癖? そ、そう……なの? わたしはてっきり色葉ちゃんと何かしてて……二人はいろいろ大人なことしてるのかなって?」


「いやいや、リオ姉の車でんなわけ。っていうか外から見られたらヤバいし。リオ姉とか関係なくさすがにそんな馬鹿な真似はしないから」


「そっか……勘違いだったのかな? じゃあ色葉ちゃんのデート潰しちゃってやっぱり悪かったかな? でも……今はわたしが彼女だし、ここまで来たから当初の目的通りその……思い出づくりを最後まで付き合ってほしいなって」


「んっ? 当初の目的って……星空デートに付き合って欲しいって話じゃなくて?」


「あ、うん。えっと瀬奈君ってエクストリーム・アイロニングって知ってる? 変な競技で……自転車とかカヌーとか……スカイダイビングしながらアイロンがけする……一応、スポーツ……なのかな?」


「あー、なんかどっかでみたことあるような……テレビかな?」


 もしかしたらおもしろ動画サイトのまとめみたいなところで見たのかもしれないが、どこかで見たことがあるのだけは確かだった。


「そうかも……あれを見てね、ああいうのいいなって。わたしも瀬奈君といろんなところに遊びに行ってその……したいかなって? そうすれば一つ一つ思い出に残るし」


「えっ? したいってアイロンがけを?」


「あ、ううん。そうじゃなくって……その……一緒に……おしっこを」


「を、をう」


「ど、どう……かな?」


「どうかと申されましても今日はオムツもしてませんし」


「暗くて何も見えないから普通にしてもらっても大丈夫だと思う。ここならわたしもいっしょにできるし」


 どうやら結愛も今日はオムツでないらしかった。つまり二人で星を見ながらおしっこしたいと提案してきてるわけだ。


「それは……危なくないか? 遅い時間とはいえ星空のスポットなんでしょ? 誰か来るかもしれないし?」


「それは安心していいと思う。本来のスポットよりだいぶ奥まで来たし」


「えっ? そうなん? そう言われるとずいぶん歩くなとは思ってたけど」


 ここまでの道のりは結愛が案内してくれたのである。


「あのね、それと、なんだけどね……」


 真っ暗で何も見えない。しかし結愛は顔を紅潮させているのではというような雰囲気を漂わせつつ、恭介の耳元に囁くように続けて言う。


「もし一緒にしてくれたら、わたし、瀬奈君にキスしたくなっちゃうかも」


「えと……結愛ちゃんは俺のこと、キスをチラつかせればなんでもすると思ってたりする?」


「あ、ゴメンなさい。そんなつもりじゃ……ダメ……だったかな?」


「いや、ダメとは言ってない」


 一度やってしまったら何度やっても同じなのである。

 無論、キスにつられた部分もあるわけであるが、ここまできたらとことん付き合ってやれというのが恭介の本音であった。

 それに、こうなることは宿を出る前に薄々感じていた。

 寝る前に一度すっきりさせてトイレを出た後、0時回って色葉たちが完全に寝入ったら星空デートに行こうと誘われた。結愛が起こすからと恭介はそのまま眠った。

 そして結愛に起こされたのが午前一時前。

 恭介は宿を出る前に用を足しておこうと思ったら色葉たちが起きてしまうかもしれないからとトイレを禁止されたので、もしやこんな流れになるのではと思ったのである。


「とはいえ、本当に周り人いないだろうな?」


 一人で立ちションしてるならまあ男ならそんなもんだろうという感じだが、結愛が一緒だと見られるのはまずい。


「いないはずだけど……」


 結愛は言いながら懐中電灯をつけてぐるっとゆっくり周囲を見渡して見せた。


「ね、誰もいないでしょ?」


「そうか……まあ、こんなとこにいるわけないか」


「21秒……」


「んっ?」


「体重が3キロ以上の哺乳類の排尿時間の平均がそのくらいなんだって。だから誰か来るとかはそんな心配しないでいいと思うよ?」


 周囲には誰もいない。たった21秒間。誰もこないうちに今のうちに膀胱にため込んだものを排出しようということらしい。


「だからその……準備を……ね?」


 結愛が懐中電灯の明かりを消す。再び闇に包まれる。衣擦れの音。何も見えないがおそらく下半身を露出させているのだろう。

 恭介もジャージに手をかけたがその手を止めて、


「そっちも何も見えてないよね?」


 と、念のため訊いてみる。


「うん。何も」


「そうか……そうだよな」


 恭介は意を決し、ジャージをパンツごと下げる。


「あ、瀬奈君」


 暗闇てせ見えないが、結愛が手を伸ばしてきたようで、恭介のその手が恭介の腕に触れる。


「んっ? 何? どうかしたの?」


「あ、ゴメン。この辺かなって思って」


「えっ? この辺って……」


 もしや露出した股間に手を伸ばしてきたというのだろうか?


「えっと……手、繋いでもらっていい?」


「あ、そっちか」


 どうやらおしっこする時に手だけでも握って繋がりを感じたいということらしかったので恭介は結愛の手を取り指を絡める。


「あれっ? ってことは結愛ちゃんも立ったままするの?」


「うん。多分それで行けると思う」


 別に便器内に収める必要はないからどれだけ飛び散ろうと問題ないというわけだ。


「……星……きれいだよ?」


 結愛が手を強く握ってきた。それに握り返したらしようというのがいつの間に二人の中で暗黙のルールと化していた。


「あ、ああ、とっても……」


 恭介の膀胱もすでに準備できていたので結愛の手を優しく握り返す。

 瞬く星空。

 川のせせらぎと虫の声。

 そこに、ジョボジョボジョボ二人の放尿音が追加される。

 満天の星空の下、21秒間のそのロマンティックな放尿は二人の思い出に刻まれるはずであった。

 その闖入者が現れなければ。

 星空から視線を下げた恭介は気づいてしまったのだ。


 一対の光る目がこちらを捉えていることに。

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