第12話 トモダチだから



 あっという間にお正月がきた。

「お正月といえば」

「終夜運転!」

「初詣号!」

「というわけで、鉄研も初詣旅行なのだな」

 鉄研のみなは、朝早くの電車で東京を目指していた。

「あ、なんか、もう空が明るくなってきた」

「おー、ご来光だー!」

「電車から見る初日って、ほんと、素敵ですわねえ」

 一行が向かうは明治神宮である。

「おだやかな1年になるといいわね」

「そうね。あけましておめでとう」

「おめでとう!」

「うむ、個人的には東郷元帥の東郷神社にも行きたいのであるが」

「キラ総裁、そこらへんズレてますよ」

「勝負の神様に、我が鉄研の最終勝利を祈願したいのである」

「最終勝利?」

「テツ道の成就であるな」

「いまいち意味分かんない」

「そんな簡単に理解できる概念ではないのだな。というか、そうであってもこまるのである」


 電車の中で、話が進んでいく。

「御波ちゃん、進路で、お父さんお母さんと揉めてたって?」

「うん」

「進路のこと?」

「そう」

 皆、ちょっと考え込んだ。

「笑わないで聞いてくれる?」

「もちろん!」

 御波は、切り出した。

「私、鉄道の物語を書く仕事がしたい。

 来島さんとか、いろんな、鉄道を利用する人と、そこで働く人の話を書きたい」

「そうなんだ。素敵じゃない!」

「いいわね!」

 みんなはそう誉めた。

「でも、うちの親はそれは駄目だ、って」

「そりゃそうだよねえ。だって、今どき、プロの作家でも専業で小説書いてる人、ごくわずからしいし」

「でも、書きたいの」

 みんな、押し黙った。

「うむ、ならば、今その是非を考えるより、早速実際に書いてみるのが良いのだな。

 ゼンハイソゲー、なのだな」

 キラがまたそう言い切る。

「ええっ!」

「書きたいのなら書くべきだな。

 もともと、書くことに、親の許可など、全くいらないのだ。

 書きたいのか、書いて作品を仕上げたいのか、そこには大きな開きがある。

 書いて仕上げられれば、それはそれで経験になるが、いつまでも『書きたい』だけでは、結果書けずに終わる」

「そうよね」

「ヘタでも良い。書き上げること、仕上げることが大事なのだな。

 したい、という段階では、したいままに終わるのだ。

 書きたいと言いつつ、書かないままでいるもののなんと多いことよ」

「うん」

 御波は、少し気持ちをためた。

「うん、書き始めるわ!」

「うむ、それに必要なら、ともに取材にも行く。協力を惜しまないのであるな」


蒲田要塞

 そして、早速、みなは年明けしてから、小旅行に出かけたのである。

「題材はこの京急蒲田駅であるのか。

 またの名を『蒲田要塞』。

 たしかにホームふくめて3階建て、コンコースを含めて4階建ての複雑な立体交差の駅に、列車の発着がめまぐるしくて、コンクリートの大要塞である以上に、面白い」

「羽田行きが東京方と横浜方から次々とやってくるわね」

「ほんと、ぎりぎりまで先行列車に詰めるのは、路面電車の続行運転みたい」

「分岐器もこんなに線路が磨かれてて。トングレールが刀剣の切っ先みたいに輝いてる」

「なんか、自動運転のネタにもなりそう」

「スリリングよね」

 そのとき、カオルがホームの端にカメラを置いていた。

「ムービー撮ろうと思って」

「ホームには三脚持ち込んだり置いたりできないからねえ」

「でも、あれ……」

 やっぱりだった。

「あっ!」

「カメラ、線路に落ちちゃった!」

「駅員さん呼びに行ってくる!」

 しばらくして、カオルとともに、駅員さんと、蛍光反射材付きの作業ジャケットを着た職員さんがやってきた。

「お仕事中すみません!」

 みんなで謝る。

「このあとすぐに配給列車のデトが来るから、そのあとで拾おう」

 駅員さんたちが話し合っている。

「え、配給列車来るんですか!」

「カメラカメラ! あ、でも落としちゃってるし! 配給電車くるし!」

「カオル、慌てちゃダメ。みんなでその分、代わりに撮るから、ちゃんと離れて」

 みんなは離れる。

 すると、すぐに、京急の普通の赤と白の電車ではなく、黄色に塗られたユーモラスなスタイルの配給電車・デト1が来て、通過していった。

「すみません!」

 職員さんが線路わきに落ちたカメラを、確認して取った。

「ありがとうございます! すみませんでした!」

 みんなの声が揃った。

「カメラ、壊れてない?」

「でも、駅に迷惑かけちゃったなあ。良くないなあ」

「ギフテッドでもこんなことがあるんだねえ。普通、あんなところにカメラ置いたら、落ちそうだと思わない?」

「なんか夢中になっちゃって。ほんと、駅の人たちに迷惑かけちゃったなあ。

 あ、カメラ、まだ動く。というか、落ちて着地する瞬間までムービーで撮れてる」

「ほんとだ」

「カメラに傷ついちゃったけど、これは戒めということで」

「そうだねえ」

「……御波ちゃん?」

「これ、小説に使えそうなシーンだよね!」



 そのあと、部室で御波は頭を抱えていた。

「せっかく取材でいっぱい話の材料があるのに、ぜんぜんストーリーにならないよー」

「もはやキラ総裁が御波ちゃんの小説の先生になってる」

「ボク、キラえもんー」

「調子に乗らないの!」

「うむ、ではここはまじめに。

 まず、仕上がりの長さとか気にせずに、まず箇条書きのプロットを書くのだな。

 物語で最も大事なのはモチーフ。これがブレると、いつまでたってもストーリーは着地せず、完成しない。

 そのあとに物語のシステム。

 それは、話を貫く対立関係なのであるな。

 その対立のどちらを選ぶか。

 物語は、その登場人物の選択で出来ている。

 極端に言えば、勝つか負けるかの選択もある。

 その二項対立を、どのように着地させるかが腕の見せどころなのだな。

 どちらかを選ぶだけならなんの工夫もない。かといって、選ばないまま宙ぶらりんというのも話に締まりがなくなるのだな」


「いろいろ小説の書き方本読んできたけど、どうにもうまくいかなくて。

 はじめての小説だから、がんばりたいのに」

「そこは、むずかしいが、肩の力を抜くのが大事であるな。

 実力以上を出そうとしても、出るわけがない。

 拙くとも、自分の言葉を大事にする。

 そこで、簡単な方法がある」

 キラは、御波の頭に触れた。

「まず、初心のうちは、思っていることを、思っているとおりに、思いのままに、どんどん駄々漏れに書いてしまうのだ。

 書くのに困ったときは困った、書くのに辛い時は辛い、と、そのまま書いてしまう。

 書いてしまえば、それはあとは技法を云々できる。

 まず、頭のなかだけで、形にせずいじっているうちは、その検討も料理もできないのだな」


「これって、面白いのかな、自分だけで喜んでるんじゃないかな、って思えてきた」

「それはもちろん、自分が面白いから書くのであるな。

 自分も面白くないものを、他人に面白がってもらえると思うか?」

「たしかに、そりゃそうね」


「エンディングに困っちゃって」

「エンディングは、実は読んで読む人が楽しい、まともなものは、じつは限られている。

 ジャンプでよくある、『行こう』エンド。

 えばんげりおんのTV版みたいな、『おめでとう』エンド、

 ほかに、映画なんかである、『乾杯』エンド。

 昔は『みんな死んじゃったエンド』とか、最悪の『夢オチエンド』とか、『記憶喪失エンド』とか、そういうのがあったのだが、それを今やったところで誰も楽しくないのであるな。

 楽しんでもらうために、楽しく書いているのであろう?

 ならば、楽しく終わらせることに何の躊躇があろうか?」

「そうね。考えてみる」


「書き終わった」

「本当?」

「うん。でも、なんか、見てもらうのがすごく恥ずかしい。

 こんなの描いて、ヘッタクソだなあ、って」

「そりゃそうよ、私達だって」

 と言いかけた時、詩音とツバメの視線が合い、直後、ふたりとも真っ赤になった。

「相互確証破壊なのであるな」

「そりゃ、私達の描くものって」

「そう凹むでない」

 キラは慰めた。

「もともと表現とは恥ずかしいものであるな。

 それでも表現したくなる、やらずにおられぬから、表現という。

 プロになるのはムズカシイし、なったところで生活できるものではない。

 でも、プロでなければ物語が書けないなんてことも、今はないのだな」

「なんか、書き終わったのに、どうにもアンニュイ。完成した気がしない」

「御波くん、そこで、ここは一つ、ワタクシに読ませてくれないか」

「うわっ、本当? 怖いなあ!」

「まあ、一刀両断とか酷評とかは、する意味が無いので、まずは読ませてもらいたいのである」

「本当?」

「うむ、同じものを志すトモダチとして、そのような酷なことはしないと誓うのである」

「じゃあ」

 御波は、プリントアウトを見せた。

「おねがいします」

 キラがうなずき、受け取ったその文面を見ていく。

「うむ、読んだ。流石の出来である」

「読むの早っ! それに、本当?!」

「ワタクシに嘘はないのである」

「……そうだったっけ?」

「しかし、いくつか欲を言えば、ここについて」

「どこ?」

「ここなのである。あっさりと『彼はそう言った。』としているが、ここは全体の中で大事なセリフのシーンであろう?

 どのように言ったのか、御波くんには、書きながら、その場面の図が見えているのであろう?」

「……そうです」

「そこを書くのだな。

 読む人間は、説明を読みたいのではない。描写を読みたいのである。

 有名な俳優で、演技における息遣いのことを言っていた人がいる。

 吐く息、吸う息、止める息。

 息遣いだけでも、非常に多くの感情が表現できるのだ。

『怒って言う』とするのは確かに簡便ではあるが、そこは精密に表現し、オーバーに強調するのも、ときには有効な手であるのだな。

 どのように怒っているのか。怒っているのでも、どのような口調で言うのか。

 すなわちそれが表現力である。言ってしまえばイージーなようで、これを適切に行うのは難しい」

「なるほど」

「御波くんの文章は、すぐにその場の情景が目に浮かぶ。それは大きな利点であり、オリジナルで大きな魅力なのだな。これは後から身につけるのは難しいものでもある。

 だからこそ、その情景をさらにハッキリさせることで、その魅力がさらに大きな力になる。

 あと、全般的に、漢字の使い過ぎは素人っぽく見えやすいので、そこは留意点であるな。

 PCの漢字変換で出るからといって、それをそのまま使うように見えたら、それはよろしくない。

 それに、ほかにも何気なくさらりと書いているここの『食事』であるが」

「そこはさらりと書いちゃった」

「でも、ここにも、実は想定しているものがあるのではないのか?

 温かいものなのか、冷たいものなのか、美味しかったのか、そんなことはどうでも良かったのか。

 そこをふくらませることによって、キャラクターがどういう心理で次のシーンに向かったのかが鮮やかになる。

 それと、『模型を買って』であるが」

「なんか、ちょっと恥ずかしくて」

「ここも想定していたものがあるはず。作者である御波くんがせっかく模型ファンであるのだから、ここは熱く語ったほうが、作者の熱がこもって読者にとっての見どころになるのではないか?」

「なるほど!」

「作品に自分が出るのを恥ずかしがってしまうのはよくある話だが、それは乗り越えるべき壁なのだ」

「キラ総裁、なんかホントの編集者みたいになってる」

「というか、ゼッタイ、キラは中の人がいる!」

「中の人などいないのであるな。むしろ逆に、人は皆、中の人がいて、意味もわからぬのに仮面をかぶり、服を着ている存在なのだな」

「……キラ、あなた、やっぱり……!」

「否定しておくのであるな」

「なんか、こうやって書いてると、楽しい!」

「うむ、醍醐味であるな」

「終わってしまうのが、惜しい。これをいつまでもやっていたい!」

「それが大事。それこそ文筆を志すものの真髄なのだよ」

 その脇で。

「なんか、キラ総裁と御波ちゃん、仲良さそうだなー」

「ヤキモチやくんじゃありません!」

「そういう詩音ちゃん、何やってるの?」

「3Dモデリングですわ。これで3Dプリンタでなにか作れないかしらと思って」

「詩音ちゃんちにあるの?」

「ありますわ。でもいまいち私用のは使い道がなくて」

「架線柱とかは?」

「メーカー製のものが安いし、凝った形のものはキットのエッチングのものがあって、値段ではメーカーに、精度ではエッチングに負けてしまうのです」

「そうなんだー」

「3Dプリンタはとてもニッチな存在ですわ。でも、だからこそ、その使い道を見つけるのが面白いと思うんです」

「なるほどー。詩音ちゃんは機械に対しても癒し系だねー」

「そうそう、ぼくは新車の甲種回送も撮りに行かなきゃ。新しいカメラ買ったから、何か撮らないともったいない」

「カオルちゃんも。みんな、忙しそうで、いいなー」

「華子はのんびりしすぎなのです」


 そして、とある日。

「書いたの、お父さんとお母さんに、見せた」

 御波が打ち明けた。

「どうだった?」

 皆が注目する。

「結局、何も言ってくれなかった。黙ったままだった」

「ありゃ、まさか、玉砕?」

「ちょっとそれ、精神的にダメージ来るよねー」

「でも、お父さん、そのあと、今度の日曜日、私たちみんなにいいもの見せてくれるって」

「え? なんだろう?」

「いいもの?」


工場

 みんなは、教えられた工場街のバス停に集まっていた。

「お父さんの工場、ここからすぐだから」

 すると、その工場の表札にみな、仰天した。

「帝京電機横浜工場じゃない! この工場!」

「ええ。昔は電気機関車も作っていたらしいわ。だから今でも裏に引き込み線の跡があるし。

 今は鉄道部品メーカー。

 お父さん、ここの工場長なの」

「すごーい!」

「知ってたらびっくりだったわよ」

「私もよく訊かなかったから知らなかったんだけど」

 お父さんが迎え入れてくれた。

「今日は工場は休みだから、作業はないんだ。自由に見てっていいよ。怪我だけには注意してね」

「ありがとうございます!」

 ヘルメットを借りて、早速作業場に入る。

「さすが、プロの作業場は整理整頓されてるね」

「あ、これ京阪のマスコン!」

「新幹線のSIV装置もある!」

 お父さんは『ほほう』と頷いている。

「みんな、さすが詳しいねえ」

「だって、こういうの大好きですから」

「昔みたいに電気機関車作ってないから、つまんないかと思ったけど」

「そんなことないですよ!」

 案内されながら、工場内を歩く。

「あ、下枠交差パンタグラフだ!」

「これ、触っていいの?」

「特別に、いいって」

「なるほどー、こんな弱い押上げ力で押し上げてるのかー」

 最後に、就職活動向けの帝京電機の案内ビデオを見せてもらった。

 会社の創立から、鉄道の発展とともに成長、国際化して鉄道技術の輸出、そして今に至るまでの歩み。

 最後はリニア新幹線プロジェクトへの参加で〆る内容だった。

 みんな、終わった後、拍手した。

「このビデオ見せて、拍手もらったのは初めてだよ」

 御波のお父さん、工場長は、明らかに照れていた。


 帰り道、御波は口にした。

「結局、まだまだ勉強しなきゃ、と思った。

 テツ道は、奥が深い。

 そのことをまた、学んだ。

 でも、だから、もっと、もっと、勉強したい」

「うむ、それでよいのだな。

 我々はまだ高校1年であるからな。

 まだまだ迷うことができる。

 迷うことのできるところ、それが学校であるのだ」

「でも、なんでキラ総裁、こんなことに詳しいんですか?」

「うむ、かつてワタクシも、この道を志したことがあるのだな」

「中の人が?」

「中の人などいないのであるな」


 そして、電車に皆乗っていた。

「で、どうする? 御波くん」

「進路はまだ狭めません。

 最低限、どこか就職か進学のルートを残しておきます。

 その分、詩音ちゃんのお父さんたちに、またお世話になっちゃうけど」

「いいわよ。気になさらないで」

「ありがとう。

 ほんと、テツ道って、奥が深い。

 だから、私は、その深みを、書きたい」

「さふであるな。ワタクシも、それと、その成果を期待するものであるな。

 それはテツ道の充実の一翼を成すと思うのである」


 キラはその時、カレンダーを見た。

 そして、少し、動きが止まった。

「どうしたの?」

「いや、なんでもないのであるな」




「そして次回!」

「第13話、『わたしたちのレール』」

「いよいよ最終回。おたのしみに!」


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