第34話 2
ボスキャラクターは魔道ゴブリン。
遭遇するとムービーが始まり、杖で自分に魔法をかけて黒の鎧に身を包んでしまう。一定以上のダメージで鎧が外れる仕組みだ。
この戦闘では、大砲を使って攻撃ができるというギミックが付いている。二人プレイだと一人が大砲を、一人が敵の引きつけと戦闘をこなす、というのがパターンだろうか。
紫苑が大砲役を務めたのだが、その操作は彼自身弁明できないほど悲惨なものだった。
大砲による照準合わせはスティック操作が逆になるため、そのややこしさから幾度となく舞夜の操作するミントまでもが吹っ飛ばされた。
一応交代もしてみたが、そちらはとてもじゃないが不可能に近い。紫苑がすぐ死ぬ。大砲不使用の案も出たが、使った方が圧倒的にボスの鎧パージが早い。
「――とどのつまり、強すぎて勝てない。どうなってんだよコレ。設定間違えてんじゃない? 僕が下手ってだけでこんな、」
「シオンくんが下手ってだけです」
「くそっ……」
「もーすぐクソゲー認定するー。別になんでもいいけど限度ってものがゴメンナサイ!」
閑話休題。
「あれから既に五回終わってるんだけど」
「あっ、死んだ。これで六回目やね。七回目はじめるよー」
「……さっきからずーっとこの調子だけど、こんなんでいいわけ? 君のいい考えって、この、ただの苦行を延々こなす作業のことじゃないよね?」
「まだまだ終われないぜー」
「聞けよ!!」
ヘルメット越しにはたかれて、さすがの舞夜も手を止めた。痛くはないが一応衝撃はある。
「ホントにいったい何を――」
「……たぶん、もうちょっとやと思うんやけど。だからもうちょっと一緒に頑張ろ? な?」
舞夜がお願いをしながらコントローラーを手渡すと、紫苑は心底嫌そうな顔をしながら、渋々といった様子でそれを受け取った。
七回目。
「えーっと大砲を右に向けて敵に……」
「やめてシオンくんそれ私」
「ごめん遅い」
吹き飛び、地面に倒れ伏すミント。ゴブリン・ママ達がパンこね棒を振り回し、倒れた彼女を叩きのめしに向かう。
そのまま態勢が崩れ、反撃のしようもなく全滅した。
八回目。
「大砲を撃つ……ゲッ」
「また? なんもかも違うやろ!? なんで見間違えんの!?」
「あ。前みて」
よそ見をした隙に死亡。
さらに九、十回目……。
「ちくしょうぶっ壊してやる」
「やめろや!」
悲鳴を上げて舞夜は拳を握る紫苑の前に立ちはだかった。大切なゲーム機を後ろに、一歩も譲らぬ姿勢である。
こうなった彼女が、驚くほど頑迷であることは
ただし苛立ちまで抑えるとは言っていない。
「やってられるかよこんなもん! キリがない。あとこの部屋なんでエアコンもないんだよ!! 暑いに決まってんだろ! こっちはこれ被ってんだぞ叩き割りたい。飽きた。というかずっと飽きてた。僕はここまでよくやった、もういいだろ無理だやめよう」
「でもシオンくんうまくなっとるよ。ホント。戦う時間も延びてきたしさ、もうちょっとやったら勝てるかも。あと扇風機はある」
「そもそも」
自分へ矛先を向けられて、舞夜は「はい」と相槌を打った。やはりきたな、といった感じである。怒られることを把握している学生の気分だ。
「この苦行の発端は君だよね。なんて言ったか覚えてる? 数時間僕を付き合わせたんだもんな、分かってるよな? ――いい考えって、駄目なときは致し方ないって言ったよねぇ?」
「はい言いました」
「で、それ何。今すぐ答え、……」
隙なく怒涛の勢いで回っていた紫苑の口が、まるで一時停止でもしたみたいにぴたりと止まった。
「…………消え、た?」
呆気に取られたような呟き。そのまま勢いよく舞夜の方を振り向く。
舞夜はのん気な様子で「どやー」とピースをしてみせた。
気をよそにやっていても紫苑の動きは、というより手は早い。彼はすぐさまそのヘルメットを引っぱいて、舞夜の間延びした声は、間抜けな悲鳴に変わったのだった。
「下手くそな人のゲームって、ただ見とるだけやとイライラするからな、たぶんそれで嫌になったんやな」
「納得いかねぇ……」
プレイヤーである舞夜は、紫苑とのゲームを楽しんでいた。
確かにいつもより疲弊感もあるが、それでも友人と遊ぶのは楽しいものだ。協力プレイには、一人で進めていくのとは異なった喜びや楽しみがある。延々同じことの繰り返しになろうとも、試行錯誤したり雑談したり、別の何かを見出せばよい。
しかし、もしもこれが。
全くの他人のもので、しかも眺めているだけなら。
――それこそ、『ただの苦行』に違いない。
幽霊であるため、自分からの接触は一切不可能だ。見えているのは同じ画面だけ、プレイヤーの反応もうかがえない。画面を切り替えることも音量をいじることも、つまらないからといって場面を飛ばしてしまうこともできない。
念願の一作が、惨たらしく消費されるだけ――ただひたすら同じ場面・同じ戦闘が、残念な操作で淡々と繰り返されているだけなのだから、さすがの幽霊もウンザリだろう。
舞夜のそんな予想通り、見事『聖石物語』からその幽霊は消え去った。
作戦成功だ。
……しかし、まさかこれでやりきったという昂揚感があるはずもなく。不気味なほど大人しい紫苑の様子を、舞夜はそっと伺う。ようやくフルフェイスのヘルメットから解放されたというのに、彼の無表情からはなんの喜びも見いだせない。
紫苑は胡坐をかいてコントローラーを握り締めたまま巌のように黙していたが、やがてその口を開いた。
「……つまり、新しい、お手軽な除霊技を大発見したとも考えられる」
「うん、えーっと二時間で目標達成や! すごい! めっちゃ早いやん! 裏技つかったみたいな。うん。シオンくんさすがやねー。ほんとすごい」
無駄に一人ではしゃいでみせる舞夜をよそに、紫苑は吼えた。
「……いつ使うんだよ、こんな技!」
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