第6話

仙人の山



 長老は、大ナマズに送らせると言ってくれたが、イクタラたちは、その申し出を丁重にお断りした。すると、物資運搬用の筏を貸してくれた。一行は、それに乗って川を下った。半日移動して、夜は岸辺で野宿。三日目の朝、再び筏で川を下ると、昼すぎには、川は湖になっていた。

「あれがエバカシ山です」

 湖を囲む森の向こうに、天を突き刺す険しい山が見えた。頂は黒ずんだ雲間に霞んでいる。

「ありがとう。あなた、もう帰っていいわ」

 筏を降りたところで、ピリカがオワツに言った。

「なに言ってるんですか? 皆さんのことが心配だから最後までついていきますよ」

 オワツが、あまりにしつこく言うので、少女たちは根負けして同行させることにした。だが、すぐに後悔することになった。河童は山登りに向いていないことが分かったのだ。

「すいません。ここらで、ちょっと一休みしませんか?」

 オワツのせいで、山登りは遅々として進まなかった。もっとも、少女たちにとっても、山登りは初めての体験だった。タアタアンワにも小山はあったものの、いま思えば、それは山と呼べるような代物ではなかった。だから、オワツのおかげで休憩がとれて、内心はホッとしていたのだ。

「なあ、人間の女っていいよなあ。特に、後ろから見る景色なんてゾクゾクするよな」

 ホモイの背中の上からオワツが囁いた。完全にへばってしまって、おぶってもらっているのだ。オワツは、目の前を行く少女たちの後姿を、特にお尻のあたりを、さっきからうっとりと眺めていた。

「やっぱ、ついてきてよかった~」

「おまえ、そのために来たのか?」

「当り前だよ。おまえだって、そうだろう? おまえは、どの女が目当てなんだ?」

「何を言ってる?」

「またまた、とぼけちゃって。誰にも言わないから教えろよ。どの女だ?」

 ホモイは、オワツを放り出したくなった。

「うわ~、いい眺め! 尻、さわりて~」

 そんな眺めに夢中になっているのはオワツだけだった。一行の眼下には、もっと素晴らしい眺めが広がっていた。足下にうずくまる湖と森、その外側の広大な平野、そして、地平線に連なる山々が一望できた。イクタラたちにとっては、生まれて初めて見る世界だった。

「なんか鳥さんになった気分」

 ノンノは、両腕を広げて、本当に飛び立ちそうに見えた。

 ピリカは、なんだか叫びたくなった。

「うおおおおおお~!」

 すると彼方から声が返ってきた。

「うおおおおおお~!」

「何、今の?」

 三人は、それが何か知らなかった。

「なんか獰猛な獣みたいだった」

 イクタラには、そう聞こえた。

「ピリカの遠吠えに応えたんじゃない?」

 ノンノは、そう思った。

「そうかな? 私には、人間ぽく聞こえたけど」

 ピリカは、そう言って、もう一度叫んでみた。

「誰なの~?」

「誰なの~?」

「やっぱ人間だよ。それも女」

「どこかで聞いたこと、あるような気がする」

 ノンノは、首をひねった。

「どこにいるんだ~?」

「どこにいるんだ~?」

「マネすんな~!」

「マネすんな~!」

「マネしてんのは、そっちだろ~!」

「マネしてんのは、そっちだろ~!」

「よしなよ。関わらない方がいいって。いたずら好きの魔物だよ、きっと」

 イクタラがピリカを引っ張った。

「だって、あったまくるじゃない」

「私たち、仙人様を探してるんでしょ?」

 その言葉に、ピリカは、ようやく従った。でも、腹の虫は、まだ治まっていなかった。

「バーカ!」

 最後に捨てゼリフを残して先を急いだ。イクタラとノンノに背中を押されながら。

「バーカ!」その背中に投げ返すように声がした。そして、その声は、もう一度繰り返した。「バーカ!」


 突然、霧が濃くなった。生き物のように寄り集まり、ホモイとオワツの行く手をふさいだ。少女たちの姿は見えなくなった。

「おーい!」

 ホモイは、見えなくなった女たちに呼びかけた。だが、返ってきたのは、間延びした自分の声だった。ウバシも不安そうに吠えだした。それは、何匹もの狼の鳴き声となって返ってきた。

「なんか、やばい雰囲気じゃないか?」

 オワツが、ホモイの肩に回した手に力がこもった。

「ここにいろ。あいつらを捜してくる」

 乱暴にオワツを放り出すとホモイは霧の中に走っていった。ウバシも、あとを追った。

「ひとりにするなよ~。寂しいじゃないか」

 取り残されたオワツは、肩をすくめて、あたりをびくびくと見回した。


「イクタラ? ノンノ?」

 ピリカも仲間を見失っていた。どっちを向いても、底知れない霧の壁で、方角も見失っていた。いくら耳を澄ましても、遠くでウバシが吠える声以外、何も聞こえない。ピリカは、込み上げる不安を奥歯で噛み殺して、胸の中に押し戻した。

 突然、背後に何者かの気配を感じて、ピリカは、ぎくりと振り返った。霧同様に無表情な顔をしたホモイが立っていた。

「なんだ、あんたか? イクタラたち、見た?」

 ホモイは何も言わなかった。ピリカには、もう慣れていることだった。

「あいつら迷ってなければいいんだけど」

 ホモイの姿を見たことで、ピリカは、思った以上に安心していた。霧の壁をグルッと見回して、彼女の視線は、再びホモイに返ってきた。そこで、ピリカは、妙な違和感を覚えた。何かが違っている。いつものホモイじゃない。目だ。こんなに彼の目を真正面から見たのは初めてだった。いつもは、ひとの目を合わせない男なのに。今は、そらそうともしない。なんで? ピリカは、そわそわと落ち着かない気分になった。

「何よ? 何か言いたいことあるの?」

 返事の代わりに、ホモイがピリカの手を握った。

「ちょっと!」

 ピリカが振り放そうとしても、ホモイは握った手を放さなかった。

「何のつもり?」

「尻、さわりて~」

 反射的にピリカはホモイの頬にビンタをしていた。一瞬、ひるんだホモイだったが、すぐにビンタを返してきた。ピリカも張り返した。ホモイも返した。それから先は延々と続くビンタの打ち合いになった。


「ねえ? 何か変な音しない? 誰かが手を叩いてるみたいな音」

 ノンノは、そばにいるはずの二人に話しかけた。でも、あたりを見回しても誰もいない。ノンノも、ひとりぼっちだった。

「あれ? イクタラ? ピリカ? どこ?」

 ノンノは必死にあたりを捜した。ようやく横にひとの気配を感じた。ホモイだった。

「ホモイか。私、迷子になっちゃったみたい」

 ホモイは何も言わない。いつものことだ。でも、何かが違う。

「どうしたの、頬っぺた赤いけど?」

 ホモイの頬は、何度も殴られたように赤く腫れ上がっていた。

「誰かに殴られたの?」

 返事はなかった。ただ、じっと見つめている目があった。

「私の顔に何かついてる?」

 ノンノは、自分の顔を撫で回した。

 その手を下ろしたとたんに、ホモイが握ってきた。

「こう見えてもホモイって親切だよね」

ノンノは、自分がはぐれないためにしてくれている、と思った。

「尻、さわりて~」

 いつものホモイの声と違っていた。

「かゆいの? 木とかに擦りつけるといいんだよ。あっ、それは背中か。お尻なら自分で掻けるじゃん」

 ノンノの手からホモイの手の感触が消えた。気がつくと、また、ひとりぼっちになっていた。


「ピリカ! ノンノ! どこにいるの?」

 イクタラもまた、ひとりぼっちだった。不意に、なんの前ぶれもなく、うなじにひとの吐息を感じて、振り返った。ホモイが立っていた。

「びっくりしたあ。ピリカたち、見た?」

 ホモイは何も言わない。ただジッと顔を見つめている。イクタラは、あわてて目をそらした。

「何なんだろうね、この霧?」

 イクタラの手をホモイの手が握った。

「何?」

 イクタラの声が上ずった。

「あの、何か言いたいことがあるなら、口で言ってくれないと」

「バーカ」

「何? どういうこと?」

 霧の中を歩くようにイクタラの頭は混乱していた。実際、霧の中だったが。


 ピリカとノンノは、霧の中で突然ぶつかった。

「ピリカ?」

「なんだ、ノンノか」

「ピリカも、頬っぺた赤いけど、どうしたの?」

「うるさい! あいつ、ぶっ殺す!」

「ホモイも赤かったよ」

「あいつ、どこ行った?」

「知らない。また消えちゃった」

「あいつと私と、どっちが赤かった?」

「分からないよ~」

 もしも、自分の方が赤かったら許さない、とピリカは思った。

「あっ、ホモイ、いた!」

 見つけたのは、ノンノだった。

「どこ?」

 霧のわずかな切れ目を通してホモイが見えた。イクタラの手を握っていた。


「あの、こういうことはやめてくれない?」

 イクタラは、ようやく手を振り払った。

「巫女は、男のひとと結ばれてはいけないっていう掟があって……」

 ホモイは、やはり何も言わなかった。ただ、うしろから抱き締めた。

「あの、だから、こういうことはしちゃいけなくて、だから」

 イクタラは、モジモジと体をくねらせるのが精一杯だった。


「イクタラ、嫌がってるよ。助けにいった方がいいんじゃない?」

 ノンノがピリカに囁いた。

「嫌がってるもんか」

「そうなの?」

 ピリカは、何だかムカムカしてきた。

「いいじゃん、好きにさせておけば。けっこうお似合いだよ、あの二人。その方が、イクタラにとって幸せかもしれないし」

 そう言っている間に、霧が、また、イクタラとホモイの姿を隠してしまった。


「別にアナタのこと嫌いなわけじゃなくて、ただ、私には、巫女になるために修行しなくちゃいけない使命があって。私が、もしかして巫女になれなかったりしたら、話は別なんだけど、そんなこと今から考えちゃいけないんだし」

 イクタラは、あらぬ方角を見ながら喋り続けていた。ホモイは相変わらず何も言わなかった。そして、彼女は、突然、気がついた。自分が独り言をずっと喋っていたことに。ホモイの姿は、すでに消えていた。


 ホモイは、視界を霧に閉ざされたまま、慎重に歩いていた。ときどき三人の声が聞こえたように思えたが、居場所を特定するところまではいかなかった。

 そのとき、霧のカーテンの向こうから近づいてくる影が見えた。ピリカだった。

「バーカ」

 ピリカは、いきなりそう言うとホモイの頬を張った。

「どうした?」

 俺は、この娘を怒らせるようなことを何かしたのか? ホモイには分からなかった。

「ひとりにするなよ~。寂しいじゃないか」

 なんだ、ひとりで不安だったのか? この娘らしくない、とホモイは思った。でも、なぜ、俺がぶたれなきゃいけないんだ? 疑問が解けないうちに、彼女は、また頬を張ってきた。

「よせ」

 ピリカは、それでもやめようとしない。仕方なくホモイは、彼女の右手を左手で捕まえた。すると今度は左で張ってきた。槍を持つ手で防ぎながら脇の下で挟み込んだ。それでも暴れる彼女を両腕で抱き締めるかたちになった。


「あっ、ノンノ、こんなところにいたんだ」

 イクタラは、ようやくノンノを発見した。

「あれ、ホモイは?」

 その名前を出されてイクタラは動揺した。

「知らないよ」

「さっき、一緒にいたじゃない?」

「見てたの?」

「うん。どうなの、ホモイのこと、好き?」

「好きじゃないわよ、あんなの」

「でも、お似合いだ、って言ってたよ。ピリカが」

「ピリカも見てたの?」

 イクタラは、ますます動揺した。

「そういえば、ピリカ、どこ行ったんだろう?」

 ノンノの視線が、ピリカを求めて霧の中をさまよった。

「いた。なんだ。ピリカ、ホモイと一緒だ」

 イクタラも、ノンノの視線を追いかけた。ちょうどホモイがピリカの両腕を押さえつけたところだった。

 ピリカは、尚もホモイの力にあらがい続けていた。ホモイは、なんとかおとなしくさせようと腕に力を込めた。

「何してるんだろう、あの二人? ねえ」

 ノンノがイクタラの方を振り向くと、彼女は背中を向けていた。そのまま足早に霧の中に歩いていった。

「どうしたの、イクタラ?」

 ノンノが声をかけても、霧の向こうからは何の返事もない。

「イクタラと話したの?」

 振り返るとピリカが立っていた。

「うん。でも、いま急いでいっちゃった」

「なんだ、それ?」

 そこへ霧を割ってイクタラが戻ってきた。何事もないような顔で。

「ひどいね、この霧」

「うん。本当に嫌な霧」

 当たりさわりのない会話が続いた。

「あの男、どこに行ったの?」

 ピリカの言葉は、イクタラに向かっていた。

「ピリカの方が、よく知ってるんじゃない?」

 イクタラの声には、珍しく皮肉の響きがあった。

「私は知らないよ。そっちこそ一緒にいたくせに」

「そっちだって、けっこう仲良くしてたじゃない」

「仲良くなんかしてないよ。それに、私は、あんな奴、全然興味ないし」

「私だってないわよ」

「そう? でも、あいつは、イクタラのこと、好きみたいだけどな」

 イクタラは、ピリカの言葉を噛みしめた。そして、言った。

「ね、何、たくらんでるの?」

「えっ?」

「私にあの男を押しつけたら自分が巫女になれる、なんて思ってる?」

「なに言ってんだ?」

 ピリカが声を荒らげた。

 ノンノは、さっきから二人の間に高まる緊迫感に、はさむ言葉を失っていた。二人の間を飛びかう言葉を、右に左に追いかけているだけ。そんななか、ホモイが霧の中から現れた。気づいたのは、ノンノだけだった。

「私は、イクタラのことを思って」

「そんなこと、大きなお世話です。それより、あの男、私なんかより、ピリカとの方がよっぽどお似合いだと思うけど」

「いらないよ。あんな暗い奴」

 無言でたたずんでいるホモイの表情を、ノンノはうかがった。このひとは、自分のことで女の子が揉めていることに気づいているのだろうか?

「こっちだっていらないわよ。あんな浮気者。あんたにあげるわ」

「お返しします。あんな……あんな……女を殴るような奴」

 ノンノはハッとした。

「ピリカのこと、殴ったの?」

 その声で、イクタラもピリカも、ホモイがいることに気がついた。

「だからピリカの頬っぺた赤くなってたんだ」

「なに、それ?」

 イクタラには、聞き捨てならない言葉だった。

「ピリカ、殴られたの?」

「いや、殴られたっていうか、殴り合ったっていうか」

 殴られたか殴り合ったかは、ピリカにとって自尊心の問題だった。

「本当にピリカを殴ったの?」

 イクタラの言葉は、ホモイ向かっていた。

「いや……殴ったのは彼女で……俺は殴ってない」

「殴ったじゃん!」ピリカは、思わずホモイに詰め寄った。「最初に手を出したのは、私だけど……」

 ホモイは、わけが分からないという顔をしていた。イクタラはショックだった。嘘をつくようなひとではないと思っていたのに。でも、さっきからの出来事で信頼の足場は崩れていた。これがダメ押しだった。

「なんて男なの?」

「最低~」

 ノンノも続いた。

「何の話だ?」

 ホモイは、混乱した表情でつぶやくだけだった。

「嘘つかないでよ。認めなさいよ。卑怯者!」

「そうよ。卑怯者!」

「卑怯者!」

「そんなひとだと思わなかった」

「そんなひとだと思わなかった」

「最低!」

「最低!」

「根暗の変態!」

「根暗の変態!」

「バーカ!」

「バーカ!」

「嘘つき!」

「嘘つき!」

「浮気者!」

「浮気者!」

 ホモイは、罵声の集中砲火を浴びた。最初こそ「いや」とか「そんな」とか短い言葉で抵抗していたが、とうとう唇を結んでしまった。四人は、尚も非難を続けた。

 四人?

 ほぼ同時に、全員が、そのことに気づいた。

「私たち、四人いない?」

 イクタラが自信なげに口に出した。全員が、うなずいた。ノンノが、一人ずつ指差し確認を始めた。

「イクタラでしょ。ピリカでしょ。ノンノでしょ。じゃ、私は、誰?」

 ノンノが二人いた。

「どっちかが偽者なんだわ」

 イクタラの一言で、みんなが、二人のノンノから後ずさった。

「私が本物だよ」

「私が本物だよ」

「うう~。マネするな」

「そっちこそ。マネするな」

「私って、こんななの?」

「それはこっちの台詞!」

 二人のノンノは、上から下までなめまわすように観察し合った。

「どっちが本物だろう?」

「そっくりで分からない」

 どっちがどっちか分からなかった。だが、ピリカがあることを閃いた。

「あっ、髪の毛に虫!」

「いやあ! とってとって!」

 片方のノンノがパニックになった。

「いやあ! とってとって!」

 もう一人も続いたが、わずかに遅かった。

「おまえが偽者だ!」

 ピリカの一言で偽者は煙となって目の前から消えた。同時に、あれほど分厚く垂れ込めていた霧の幕も、するすると空に巻き上がっていった。あとには、三人の少女とホモイ、ちょっと離れてオワツとウバシが残されていた。こんなに近くにいたなんて、今の今まで気がつかなかった。

「いやあ、面白かった」

 その時、拍手の音とともに聞き覚えのない声が聞こえた。一人の老人が、忽然と姿を現したのだ。長すぎる白い髭は、自分でそれを踏んでしまいそうに見える。

「ひょっとして仙人様?」

 おずおずとイクタラが尋ねた。

「そう。そんなふうに呼ばれておる」

 ニヤニヤ笑いながら仙人は答えた。

「今のは、仙人様のいたずら?」

 ピリカが、怒りをこめかみのあたりで抑えながら質問した。

「いや。あれはヤマビコの仕業じゃ。イタズラ好きでモノマネ好きの奴でな」

「でも、楽しんで見てたんでしょ? 仙人様も」とノンノ。

「許せ許せ。長いこと生きてると、いろいろ退屈なんじゃよ」

「お願いします、仙人様」

 突然、イクタラが、仙人の足下にひざまずいた。ピリカもノンノも、すぐに後に続いた。

「巫女になるため修行をしている者です。どうか私たちに仙人様の術をお教え下さい」

「ま、そのへんの事情は、よく分かっとる。何しろ、わしは仙人だしな」

「教えていただけるんですね」

 三人の顔に陽の光が射した。

「いいよ」

 なんとも軽い響きの言葉だったが、三人は喜んだ。

「まあ、そうあわてるな。仙術を覚えるのは、もっと年をとってからでも遅くはない。そこで一つ提案があるんじゃが。おまえさんたちは、ルペシュという村を知っておるか?」

「ルペシュですか?」

 三人とも聞き覚えのない村の名前だった。

「そこにイクシベという巫女がおってな。巫女のくせに、まだ若くていい女なんじゃよ」

「それが何か?」

 このジジイ、本当に大丈夫か? ピリカは、内心、思った。

「その彼女にまずは巫女の初歩を教えてもらうというのは、どうかな?」

 たらい回しにされている気もしないではなかったが、初歩から学ぶという考えには、三人とも異存はなかった。

「そのルペシュって遠いのか?」

 オワツが訊いた。この山に登るのさえ大変だったのに。

「なに、たいしたことはない。わしが一緒に行って紹介してやろう」

「いいんですか、そんなこと?」

 イクタラにとって、いや、他の二人にとっても、畏れ多いことだった。

「かまわん、かまわん。わしとしても、イクシベちゃんに会う口実ができるし」

 イクタラたちには、一瞬、仙人の鼻の下が、髭に負けないくらい長く伸びたように見えた。目の錯覚だろうか?

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