第三章 抗える者たち

長い長い道のり

 アカツキとヨイヤミはアルバーンを発った後、ただひたすら歩いていた。アルバーンからバランチアへ向かう道は見渡す限りの草原で、のどかな景色が広がっている。


 羊飼いに連れられた羊たちの群れ、海を渡ろうとする群れの中で、一匹だけ遅れて後を追う渡り鳥、野生の馬は野草をむしりながら、走ることなど忘れて味わうように咀嚼している。


 こんな景色を眺めていると、つい自分たちの目的を忘れてのんびりと過ごしたくなる。


 それにしても、辺りに何もないおかげで、遠くにある街がアルバーンからでもいくつか見えるのだが、どれだけ歩いても近づいてこない。誰もが経験したことはあると思うが、目標が見えているのに、なかなかそれが近づいてこない時の疲労感は凄まじいものだ。


 二人が腰掛けるのにちょうどいい大きさの岩を近くに見つけて、二人は溜め息と共に腰を下ろした。


「ホント、何なんだよ。あれ、ずっと見えてるよな……。なんで、一向に近づいてこないんだよ。大きさが一向に変わらない……」


 項垂れたアカツキが「はぁ……」と再度深い溜め息を吐く。


 アルバーンとルブールを行き来したことしかないアカツキは、知らない風景に囲まれた土地で不安に駆られているにも関わらず、更に疲労が増すとなれば、何度も溜め息を吐きたくもなる。


「しゃーないやろ。ここは障害物がないから、遠くからでも見えるんや。逆に、最初から見ん方が楽やで……」


 今更ながらにヨイヤミがそんなことを言う。


「そういうのは、最初に言っとけよ……。もう、見ちゃったから後戻りできねえよ」


 「あぁ」とうなだれるように頭を抱えながらアカツキは言う。しかし、そうは言ったものの、前を浮けば自然に視界に入ってくるのだからどうしようもない。実際、ヨイヤミだって既にその光景を視界に捕えてしまっている。


 二人は岩場に腰を下ろして、布袋の中からいくつかの食料と水を出し、昼食を取ることにした。


 アルバーンを出たのは明朝であったが、今はもう正午を過ぎた頃だろう。太陽がもうすぐ頂辺に差し掛かろうとしていた。おかげで、暑さもどんどん増している。それでも、二人はいつも通り食事の時は談笑する。


「なあ、そういえばなんであの時、魔法が来るってわかったんだよ。ほらっ、宿屋で二人で話してたとき。お前もしかして、魔力感知能力とかあるのか」


 四日前のことについて、尋ねるアカツキに多少記憶が薄れていたヨイヤミが唸りながら考えていると、ようやく引き出しの中から探り当てたように不意に口を開く。


「あぁ、あの時の話か。えぇ、どうしよっかな……。教えよっかなぁ……」


 ようやく口を開いたと思えば、焦らすように意地の悪い笑みを浮かべながらこちらを向いてくるので、アカツキは呆れた顔をして突き放すように告げる。


「なら、別にいいよ。そこまで気になってる訳じゃないし」


 そう言いながら、アカツキは自らの視線をヨイヤミの視線から外す。そんなアカツキの行動に、ヨイヤミは態度を一変して、今度はすがりつくように話しかけてくる。


「わかった、わかった。教えるから、聞いてえや」


 そんな風に寂しそうな顔を見せたのでアカツキは「しょうがないなぁ……」ともう一度、ヨイヤミに向き直った。


 実は、このときアカツキはいつも通りの顔を保つのに精一杯だった。もちろん、ヨイヤミが何故かまいたちに気が付いたのかはとても興味があったのだが、ああいう言い方をする奴は、大抵しゃべりたがっている。だから、気がない振りをしてやれば必ず下手に出てくれる。


 このとき「えぇ……、教えてくれよ」などとこちらが下手に出れば、完全に相手に優位を取られてしまう。これまで、リルに何度やられてきたことか……。そして、俺は同じ轍は踏まない。


 『今回は俺の勝ちだな』などと、心の中でガッツポーズをしながら、アカツキはヨイヤミの話に耳を傾けていた。


「あれはな、宿の外に魔導壁を張ってたんや。何せ、同じ街に他の資質持ちがおるってわかってたからな。やから、それが割られた瞬間、相手から攻撃が来たってわかったんや。まあ、魔法の使い方も色々あるってことやな」


 最後は得意げに鼻を鳴らしながら、ヨイヤミはアカツキへの説明を終える。


 本当にヨイヤミの知識の豊富さには感心する。魔法を戦い以外で使おうなどという考えは、資質を手に入れたばかりのアカツキには到底なかった。


 なんだかんだで、いつも調子に乗っていて腹が立つ奴なのだが、こういうところは抜け目がないとアカツキは感心している。


 もちろん、そんなことを本人に言えば、鼻を高くして、余計調子に乗ることは想像に難くないので、絶対に言わないのだが……。


「それにしても、僕たち何で勝てたんやろな?」


 ヨイヤミが果物をかじりながら、少し懐かしむようにアカツキに話しかける。


「何でってのはどういう意味だ?」


 ヨイヤミが何を言いたいのかがいまいち判然としない。勝てた理由など考え出したらきりがないと思うのだが。


「どう考えても、僕らよりも相手の方が格上やった。なのに、あんな簡単に僕の攻撃が入ったのは何でやろって思って」


 確かに一度目の不意打ちは完全に失敗に終わった。ならばと、無言の接近を試みたはいいものの、バレている可能性をある程度は考慮していた。だというのに、相手はまるで別人のように、二度目の攻撃に一切意識がなかった。


「相手が何を考えているかなんてわからないし、そんなの考えるだけ無駄だろ?」


 しかし、ヨイヤミはそうは思わない。彼女が二度目の攻撃を避けなかったのには、何か理由があったとしか思えない。だって、あの作戦は……。


『二手に別れたら、アカツキは僕のことが気になって攻撃に集中できんやろ。だったら、僕はアカツキの背中に隠れとるから、アカツキは何も気にせずに、相手の魔法ごとあの女を斬れ』


 あの時、アカツキに耳打ちした作戦はそんな陳腐な作戦だった。焦りで思考が不安定だったせいもあり、今考えれば、あれは作戦などではなくただの特攻だ。


 あそこで、アカツキの前に出ることができたのは、アカツキが女を斬れないと高をくくっていたから。案の定、アカツキは女の目の前で刀を止めた。


 そんなアカツキの鬼気迫った攻撃に意識を奪われていた、と一言で片づければ確かに説明はつく。だが本当にそれだけなのだろうか。


「アカツキくらい、気楽に考えられたらなあ……」


「どういう意味だよ」


 アカツキは馬鹿にされたように聞こえて、思わずヨイヤミに噛み付く。だが、ヨイヤミは案外本当に羨ましがっていたりするのだ。自分は少し考え過ぎてしまう所がある。


 そんなことを考えていると不意にあることを思い出す。先の戦いの中で、相手に勝てたことよりも、更に謎に思っていたことを……。


「そういえば、アカツキのその刀ってすごいよな。魔法をあんなに簡単に切り裂くなんて。あれ、どういう仕組みなん?」


 そんなことを聞かれても、そもそも資質の力を手に入れたばかりのアカツキには、この刀の何がそんなにすごいのかがわからない。


「これってそんなすごいのか?」


 その問い掛けに、ヨイヤミが興味津々な表情で何度も首を縦に振る。しかし、この刀の構造など知るはずもないアカツキは、どう答えたものかと頭を掻きながら口を開く。


「いやあ。あんまり何も考えてなかったんだけど、あの刀を出した瞬間、これで魔法が斬れるってなんとなく感じたんだよ」


 あの時のことを思い出しながら、かなり抽象的な説明をしたアカツキに、ヨイヤミは「はあ?」と何の納得もしてない様子で質問を重ねる。


「なんや、じゃあ思いついたままに刀振ったら、たまたま、魔法が斬れたって言うんか?」


 そう尋ねるヨイヤミに、実際そうだったので「うん」とアカツキが頷くと、ヨイヤミは呆れたように溜め息を吐きながら、少しだけ注意するような口調で告げる。


「あんな生きるか死ぬかって戦いの時に、そんな思いつきで動けるなあ。もうちょっと頭を使って戦わんかい」


 生きることに貪欲なヨイヤミからすると、思いつきで行動するアカツキは、危なっかしくて放っておけないのだ。それは結果的に上手くいっただけであり、不確定要素は信じることなどできない。もし上手くいかないことがあれば、それは命に関わることなのだ。


 アカツキもこれに関しては「悪かった」と素直に謝らざるを得なかった。ヨイヤミの言う通り、もしそれが失敗していれば、アカツキは今ここにはいなかったかもしれないのだ。


 そんなこんなで昼食を終えた二人は、大きな布袋を背負い直してもう一度気合を入れ直す。


 「「よし、行くか」」

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