虚無からの弾丸
アカツキが走り去ったのを確認したシリウスは、倒れるようにして地面に膝を付いた。
シリウスの脇腹がジワリと赤色に染まっていく。痛みで額に汗が滲み、背筋に悪寒が走る。
加速の為に自分に風の魔法を掛けていたせいで魔導壁の展開が遅れ、銃弾を身体に受けてしまった。そして、シリウスは吐血した。
「他人を守るために銃弾を受けるとは、伝説の資質持ちも老いには敵わないか?」
失望したようにあからさまに肩を落とし、嘆息するオウル。
そんなオウルに歯噛みしながらも、シリウスは不敵な笑みを浮かべ続ける。
「ふん、手負いを言い訳になどするものか。わしは、これでも数多の戦乱を駆け抜けた。今まで手負いでも何度も戦場で戦ってきた。これくらいの傷、掠り傷にすらならんわ」
しかし、これが強がりなのは一目瞭然だった。
シリウスが戦乱を駆け抜けていたのは若かった頃の話。
その後自らの国を離れ、戦争のない地で四人の資質持ちの子供たちに戦い方を教え、それも終わりを迎え、幾何かの時が経った頃、この村に来て息子から預かったアカツキを育てながら余生を過ごしていた。
正直なところ、銃弾を受けたシリウスは立っているのがやっとの状態だった。腹部からは先程の銃弾によって受けた傷から血が滴り落ち、地面を赤く染めている。
息も上がっており、呼吸が安定していないのはオウルも気が付いているだろう。
「願わくば、現役のあんたと殺り合ってみたかったが、老いは誰にも止めることはできない。面白くはないが、止めを刺させてもらいますよ」
オウルの手に手繰られるように巨大な岩塊が、地面に穴を空けてゆっくり宙に舞った。
直径三メートルはあろうかという巨大な岩塊だった。それがオウルの頭上で静止すると、オウルは無表情のままシリウスへと別れの言葉を告げた。
「では、お疲れ様でした」
そして、オウルが手を振り下ろしたのと同時にその巨大な岩塊シリウスめがけて落下した。
岩は地面に激突した衝撃で崩れ落ち、シリウスがいたその場所には巨大な岩の残骸が残っただけとなった。土埃が舞い上がり、瓦礫の中にシリウスの存在を確認することはできない。
無残にも砕け散った瓦礫の山を眺めながら、オウルは静かに呟いた。
「あっけなかったな。いくら昔帝国に手を掛けた資質持ちと言っても、老いには勝てなかったか……」
そして踵を返し、兵士たちに向けて一仕事終えたような気軽さで命令する。
「お前ら、後の処分よろしく。だるいから、俺は帰る」
羽織っていた外套を整えて故郷へ向けて脚を踏み出そうとしたその瞬間、岩の残骸から妙な違和感を感じ脚を止め振り返る。
だが、そこにあるのは先程変わらない、瓦礫の山だけ。なのに、心臓を直接舐められるような、この悪寒は一体……。
突如、岩の残骸を吹き飛ばすように、瓦礫の中心から巨大な竜巻が巻き起こった。
その竜巻の中心には、身なりだけはボロボロになったシリウスが立ち尽くしていた。ボロボロの服から見える生身の体は、腹部の弾痕を除けば、擦り傷すら見当たらなかった。
「若造、この程度でわしを殺せるとでも思ったか?えらく舐められたものだな」
そこに立っていたのは、まさに鬼といった形相をしたシリウスだ。竜巻の中心で髪を四方八方に波立たせながら、オウルを嘲笑し返すかのように口端を吊り上げシリウスの目はオウルを睨んでいた。
シリウスが右手をオウルに向けてかざすと、オウルを取り囲むように、周囲に何本もの竜巻が巻き起こる。その竜巻は、オウルを逃がさないように、ゆっくりとお互いの距離を詰めていく。
逃げ場などない、という恐怖を刻みこむようにゆっくりと襲い掛かる竜巻は、風の刃となりオウルの身体に何本もの斬傷を刻んでいく。羽織っていた外套は引き剥がされ、その先で細々に引き裂かれる。
「呑気に立ち止まっておる場合ではないぞ」
その風が消える前に、加速したシリウスはオウルに向かって突っ込んでいく。右手と左手を少し離れたところで構えると、そこに風が集約していき、鎌の形を模った。
「クソが……」
それを目にしたオウルは地面から何本もの岩石の刃を突き出したが、全てシリウスの風の鎌によって切り裂かれ、粉々に砕かれた。
いつの間にか、オウルを襲っていた竜巻は消えており、向かってくるシリウスがオウルに肉迫しそうになる寸前で、オウルは巨大な岩壁を繰り出した。
しかし、その岩壁すらもシリウスを一瞬止めることはできたとしても、シリウスの勢いを止めることは叶わなかった。
「脆いのお……」
砕かれた魔法の先で嘲笑を浮かべるシリウス。
自分でも気付かない内に、オウルは言葉を失っていた。
これまでどんなときでも、減らず口を叩いていたオウルがシリウスの覚醒により、命の危機を感じた。
精神的にも肉体的にも追い込まれたオウルは、言葉など捨て先頭に集中していた。
だが、そんな命の危機に追い詰められている彼は、無意識の内に笑みを浮かべていた。
命を削りあうような戦闘は、キラと戦って以来だった。久しぶりに対等に戦うことができる相手に、オウルは恍惚の笑みを浮かべる。
「ハハッ……」
命の削り合いをしているとは思いない程の不気味な笑み。
シリウスから繰り出された鎌の一振りを交わしたオウルは、一度距離をとって体勢を建て直す。
自分を満たしていく高揚感で刻み込まれた恐怖を覆い被せ、自らを狂気の海に沈めていく。呼吸を忘れてしまう程に、どす黒く生暖かい狂気の底へと……。
「そうだよ、そうこなくっちゃ面白くねえ。さあ、もっと戦争を楽しもうじゃねええええええか」
そう叫ぶと先程と同じように巨大な岩塊をもう一度シリウスに向けて放つ。
しかし、先程と同じ攻撃にも関わらず、シリウスの風の鎌の前にあっさりと一刀両断される。あまりにも違うシリウスの行動に、肝を冷やすと共に、湧き上がる高揚感を止められない。
そんな心境のオウルに向かって、シリウスは相変わらず余裕の顔つきでこちらを睨みつける。
攻撃の手を緩めれば、こちらが護りに入らなければならなくなる。護りの体勢は正直あまり好まない。
そう感じたオウルは地面からいくつもの岩塊を生み出し、距離を取ながらシリウスに投げつけていく。
それらは一つ残らずシリウスの風の鎌によって切り刻まれ、礫となって地面に転がる。
巨大な鎌の姿を模した風を携えながら、シリウスはオウルに迫る。鎌を構えるその姿は、人の形を模した死神とでも言うような相貌だった。
数十年前、シリウスは戦乱の中で最強と謳われた。帝国をも落とすと言われた最強の資質持ちは世界中に名を轟かせ、知らない者はいないほどの資質持ちとなった。
しかし、ある時を忽然と戦場から姿を消した。その後、彼の名は時と共に消えゆき、彼のことを知る者は少なくなり、いつしか知る人ぞ知る伝説となっていた。
彼は数十年の時を経てなお、魔力を衰えさせること無く、オウルの前に立ちはだかっていた。いや、そうではない……。衰えてなお、これだけの魔力を保持しているのだ。
魔力の桁が違いすぎる、とオウルは感じた。こちらの攻撃は全てあの風の鎌の前に切り刻まれてしまう。最早、こちらのどの攻撃も、シリウスには届かないのではないかと感じ始めていた。
あれで、本当に手負いの老人か……。
狂気で覆い被せたはずの恐怖が、その蓋を突き破って再び顔を覗かせる。
戦いの中で恐怖を感じたのは、これで二度目だ。
キラと殺り合ったときの記憶がオウルに蘇る。どれだけ尽くしても、手が届かない強者への恐怖。
『あの時と同じように、自分より強いものに手も足も出ずに終わるのか……』
そんな訳がない。俺は変わった。今では軍事国家の第一部隊隊長だ。あの時と、同じであっていいはずがない。
突き出した恐怖を無理矢理蓋の中に押し込め、自分を奮い立たせるようにオウルは叫んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおお」
絶叫と共に自分の周囲に岩を巡らせ岩石の鎧を創りあげた。そして、迫りくるシリウスに向かい岩石で創りあげた大剣を携え肉迫した。
岩石の大剣と風の鎌がぶつかり合い周囲に凄まじい衝撃が走った。
お互いが額をぶつけ合い、魔力の限りぶつかり合う。純粋な魔力のぶつかり合いでは、その者が持つ魔力だけが勝負を決する要因だ。
技術など必要としない、純粋な力量の差。それこそ、自分の得意分野だ。
だが、お互いの武器を打ち合わせ続ける中、遂にシリウスの風の鎌によりオウルの岩石の大剣が少しずつひび割れ始めた。
オウルの大剣は岩肌を少しずつ削り取られ、徐々に痩せ細っていく。それに対して、シリウスの鎌は一切大きさが変わる様子がない。
オウルの額を一筋に滴が流れ落ちる。最早、決着がつくのも時間の問題だと自分でも理解していた。
そして、雌雄は決した。
最早、諦め始めていたオウルの鼓膜を震わせたのは、一発の銃声だった。
周囲の兵士の内の一人がシリウスに向け銃弾を放ったのだ。普段なら、銃弾などシリウスにとって何とも無い攻撃である。
だが、今は銃弾を数発受けた体で、強力な資質持ちを相手に肉迫している状況だった。
シリウスにその銃弾に割く魔力は残っていなかった。その銃弾はシリウスの後頭部を打ち抜き、その瞬間シリウスがまとっていた風は消え失せ、オウルの大剣がシリウスの身体を斬り裂いた。
シリウスの身体に、一本の赤い線が刻まれ、そこから鮮血が噴き出す。
オウルの視界が真っ赤に染まる。
「これで、ようやく……」
その言葉を最後に、シリウスは地面に伏して絶命した。
オウルも何が起こったのかすぐには理解することができなかった。
オウル自身、戦闘に集中するあまり、周囲の兵士たちの存在を忘れ去っていた。意識の外から撃ち込まれた一発の弾丸によって目の前の敵が呆気なく倒れたのだ。
自分が死を覚悟したにもかかわらず、予想だにしない形で戦争は終結した。しかも、他者の手によって……。
普段なら、自分の獲物を獲ったものをオウルは決して許しはしない。だが、今のオウルにはそんなことを糾弾する余裕すらなかった。
オウルはその場に立ち竦み、倒れたシリウスを見下ろした。
口を何度か開閉するがそこから言葉が紡がれることは無い。
そして幾時か立ち尽くした後、オウルはやり切れない想いを残して踵を返す。
「俺は疲れた、後は頼む」
空を仰ぎ見るような格好で発せられたその言葉はどこか寂しげで、しかし、どこか安堵を覚える声音だった。そのまま今までのオウルからは考えられない静かな様子で、その場を後にした。
オウルとシリウスの戦争は終戦を迎えた。戦争において過程などは存在しない。
何があろうとも、生き残ったものが勝利なのだ。
たとえそれが一対一での戦争と思っていたところに横槍を入れられようとも。
この戦争はオウルの勝利という形で幕を閉じた。それが誰もが納得しない形であったとしても……。
オウルの離脱によりさらなる静けさを漂わせる戦場に、一人の少年が走り込んできた。そして、少年はその惨状を見て目を見張った。
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