大地を操りし者

 アカツキ達がルブールの危機を聞かされたのと同時刻、ルブールには既にグランパニアの侵攻軍が到着していた。ルブールの大人たちと軍が、睨み合う形で向かい合っていた。


 軍を率いる男は、黒い外套をだらしなく羽織っており、整えられていない髪はボサボサで、だらしなく不精ヒゲを生やしている。そこから覗く瞳は、どこかギラギラと光っていた。


 やる気の無さそうな外見とは裏腹に隙を感じさせない、そんな男だった。


「いやあ、すんませんねえ。こんな仰々しい一行を連れてきてしまって。私はグランパニア軍の第一部隊の隊長を努めさせてもらってる、『オウル・デルタリア』って者です。以後お見知りおきを……」


 オウルと名乗った男は、何処かふざけたような、気の抜けた声音で話を始める。挑発じみて聞こえるのは、見え隠れする彼の隙のなさが成す業なのだろうか。


「今回は、あれです。え~っと、シリウス・リヴェルさんでしたっけ?あなたに用があってここへ来ました。よろしければ、我々と一緒に国王の元に付いて来てくれやあしませんかねえ」


 オウルは国民たちから、一斉に嫌悪の視線を向けられながらも気の抜けた話し方を替えずに淡々と要件を述べていく。


「あなたがおとなしく付いて来てくれれば、他の皆様に危害は加えるつもりはありません。何しろ、面倒ですしね……。でも抵抗するというのであれば、こちらもそれ相応の対処をさせていただきます」


 それまで聞くだけに徹していたシリウスがようやく口を開いた。


「グランパニアということは、キラのやつが絡んでいるということかの。あのガキどもがこんな仰々しい軍を率いるようになるとはの……。わしも年をとるわけじゃ」


 どこか懐かしむように顎鬚を擦りながら、シリウスは狂気の眠るオウルの瞳と視線を交わす。


「で、わしを連れて行くということじゃが、答えはノーじゃの。今更わしは戦争に関わるつもりもないし、第一あやつがこんな軍を寄越してただで帰るとは思えぬ。違うか?」


 シリウスは疑わしげに、鋭い視線でオウルたちを睨みつけながら軍の兵士たちを威嚇した。


 軍の兵士たちはその形相と雰囲気に圧され、揃って後ずさりをしたのに対し、オウルだけがその場から動くことなくシリウスへと言葉を投げかける。


「いやあ、うちの王も信用がないようだ。それに四天王のキラをあやつ呼ばわりとは、さすがは最強と名高い伝説の『資質持ち』だ。キラが一目置くのも理解できる」


「伝説か……。お前さんが何を知っとるのかは知らんが、わしはそんな大層なもんじゃあない」


 オウルとシリウスは物知り顔で、お互いに不気味な笑みを交わし合う。


「まあ、過去の話は置いておきましょう。過去の話は、所詮過去の話でしかない」


 オウルの瞳が鋭く細められ、辺り一面を異様な空気が包み込む。突如風が荒れ始め、木々が揺れ、鳥や虫のさえずりが途絶える。


「わしのことを知っている、と言っておきながら大した自信じゃ。やはり、奴が隊長に据え置くだけのことはある。じゃが……」


 そこで言葉を切ると、オウルから放たれた異様な空気を包み込むほどの、圧倒的な威圧感を放ちながら、シリウスは重苦しい声音でオウルに告げる。


「わしをあまり甘く見るでないぞ、若造が。貴様の首を落とすことなど容易い」


 村の者たちも見たことの無いシリウスの表情に、ここにいた者たちが敵味方関係なく、揃って後ずさりをした。ただ一人を除いて……。


「ああ、そうでなくては困ります。我々に出ているのは、貴方の捕縛などではなく、排除命令。回りくどいやり方などする必要はなかった」


 最早先程までのオウルはどこにもいない。早く戦いたいといった様子で、舌なめずりをし、抑えきれないように不気味な笑みを零す。


「ようやく、来よったか……」


シリウスは誰にも聞こえないほど小さな声でそう呟くと、オウルから視線を外さないまま住民の中の青年に逃げるように促す。


「セッコロ、今すぐ皆を連れてこの街を離れなさい。お前たちがいても何もできることはない。今はひたすら逃げるんじゃ」


「でも……」 


 しかし、青年はシリウスを一人置いていけないといったように、はっきりとした返事をできずに困惑した表情を浮かべる。


 そんなセッコロの背中を押すように、シリウスは優しげな声音でもう一言付け加える。


「わしの代わりに皆を守れ。わしなら大丈夫じゃ。こんな若造にやられるほど落ちぶれちゃおらん。必ず、また皆でこの村に帰ってこよう。だから、今は皆逃げてくれ」


 シリウスのそんな言葉に、全ての迷いが消えた訳ではない。だが、この場に自分たちが残ったところで何も出来ないのも事実。


 セッコロは困惑した末に首を縦に振ると、シリウスに背を向けて皆に指示を出す。


「みんな、とにかく走って森を抜けよう。固まるよりバラバラになって逃げるんだ。とにかく後のことは助かってから考えよう。今は逃げて、生き延びることだけ考えるんだ」


 青年の呼びかけに答えるように、皆が一斉に踵を返して森の方へと走って逃げ出した。


 逃げ出した国民たちを見た兵士たちが動き出そうとした途端、兵士たちの間に突風が吹きつけ、その勢いに負けた兵士たちが次から次へと吹き飛ばされる。


「しっかり魔法は使えるようで安心しました。老いて魔法を忘れられてしまっていれば、せっかくの楽しみが水の泡になるところでしたので」


 突風を受けてもなお、オウルはその場から一歩も動いてはいなかった。そして逃げた国民たちなどどうでもいい、というように楽しそうに口を歪める。


 兵士のうちの一人の「撃てえ」という合図とともに何人かの兵士がシリウスめがけて銃を放った。


 しかし、その弾丸がシリウスに届くことはなかった。


 何か見えない壁に阻まれるように、その弾丸は宙に浮いたまま止まったのだ。そんな光景に、兵士の一部が唖然とする。


 そんな中突如、兵士たちの間に悲鳴が湧き上がった。


 そこには地面から這い上がった、先の尖った岩に胸を突き刺された一人の兵士が絶命していた。


「邪魔をするな。これは、俺の獲物だ。お前たちに、手を出す権利はない」


 騒然とする兵士たちを気にする様子もなくウズウズと身体を小刻みに震わせるオウルに、シリウスは静かな声音で問い掛ける。


「何故お前は、資質持ちでありながらキラに遣える?その力の意味を、知らない訳でもあるまい」


 会話などどうでもよかった。オウルはただ、早く戦いを始めたかった。


 だが、我慢をすればするほど、その欲求は強くなり、それを満たされた時の充足感は測りしれない。だからこそ、今はシリウスの問い掛けに答えることにした。


「王の座など、俺には興味がない。俺は戦争ができればそれでいい。グランパニアは、いやキラは、俺に戦いを与えてくれる。ただ、それだけですよ」


 この力の歪な部分が表に顔を出したような男だと、そう感じた。その素質と、本人の欲求とが根本的にずれているのだ。


「俺にとって、力こそが正義であるグランパニアは天国だった。キラの下にいればいつでも戦争ができる。こんなに良い世界はない……」


「その先にあるのは、何もない虚無だったとしてもか?」


 戦った先には何も残らない。いずれ、自分よりも強い者がいなくなり、戦いの意味すら消え失せる。それは頂に脚を踏み入れようとした者だからこその言葉。


「それは、その時に考えればいい。心配しなくても、俺にいはキラという巨大な敵がいます。それが終わるまで、俺の戦闘欲求が満たされることはない」


「主人にまで牙を剥く狂犬か」


 シリウスの言葉合図にするように、脚を地面に強く踏みつけると、地面から岩石でできた刃が数本シリウスの前に突き出てきた。シリウスの数センチ手前のところで岩石の刃は止まった。


「もう、話は終わりでいいでしょう……」


「地の魔法か……。馬鹿息子を思い出すの……」


 昔を懐かしむように、目の前の岩石の刃を気にする様子もなく、シリウスは白髭をさすりながら言葉を紡ぐ。


「老いぼれの思い出話に興味はない。さっさと始めようぜ」


 ふざけたような口調は狂気の裏側になりを潜める。そこにあるのは、戦闘欲求の塊のような、狂気の化け物。


 オウルが手を下から上に振り上げるといくつもの岩の塊が浮き上がる。その手をオウルが振り下げると、岩塊はシリウスめがけて放たれた。


 しかし、その岩塊に向けるようにシリウスが手を前にかざすと、下から突き出していた岩の刃諸共、岩塊が刃で斬られたような斬痕を残して粉々に砕け散った。


「今時の若造は本当にせっかちじゃの。心配せんでも、今ここでお前の命を刈り取ってやるわい」


 シリウスもまた、先程までとは全く違った表情を浮かべて、オウルに対峙する。

 そして、資質持ちどうしの戦争が始まった。


  


 ルブールの方から大きな音がした。


 森が鳴いているかのようにざわざわと落ち着き無く木々が音を立てながら揺れている。その音がこれから起こる悲劇の前触れのようで、アカツキの不安を募らせていく。


「なんだよこれ、もう軍は村に着いたっていうのかよ」


 果物が数個入った袋を握り締めアカツキは必死に森の中を走る。


 リルも後ろから必死に付いて来てはいるがかなり体力的に辛そうな感じだった。


 リルを置いて行こうかと何度も思ったが、今が異常事態なので、ここで離れるのは危険だと思い、なんとか速度を合わせている。


「リル、大丈夫か?もう少しだから頑張ってくれ。早くしないと、取り返しのつかないことになる。いや、もう既にやばいことになっているかもしれない……」


 焦りが見えるアカツキの顔は汗だくで、それが走ったことによる汗なのか、村の心配をしての冷や汗なのかわからない状態になっていた。


 後ろを振り向きながら、こちらの心配をしてくるアカツキの顔が少し歪むのを見て、リルは申し訳ない気持ちで押しつぶされそうになる。


「ごめんね、私の体力がないせいで迷惑かけてるよね。私を置いて行っても……」


 弱音を吐き始めるリルの手をアカツキは強く握る。


「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ。一刻も早く村に着かないと……。それにお前を置いていける訳ないだろ。ほら、早く行くぞ」


 アカツキはリルの手を引いて走り出す。こんな鬼気迫った状況であるというのに、リルの頬は少し赤みを帯び、アカツキに握られた自らの右手を見つめていた。


 村もあと少しといったところで、ルブールの方から誰かが走って来るのが見えた。


「リル、大丈夫だったの……?よかった、早くここから逃げましょう。今、ルブールが軍に襲われているの。アカツキくんも、ほら一緒に」


 アカツキたちの元へと走ってきたのは、リルの母親と父親だった。やはり村にはもう軍が到着しているらしい。アカツキはとにかくシリウスが心配だったので、何を聞くよりも先に、シリウスの安否を尋ねる。


「リルの母さん、じいちゃんはどこにいるんですか?」


 アカツキのその問いかけに対し、リルの母親は俯いて黙りこんでしまった。そして、何かに困惑したように顔を歪めながら重い口を開く。


「アカツキ君、国王様は今みんなを守るためにルブールに残って、一人で軍の人と戦っているの。でもそれもいつまでもつのかわからない…。だから、今は一緒に逃げましょう。国王様のためにも今は我慢して。ねっ」


 アカツキは唖然とした。ルブールの皆は、じいちゃんを置いて逃げてきた……。彼らに怒りをぶつけるのは間違っている。そんなことは頭で理解している。でも、それでも、誰もじいちゃんを守ってはくれなかったのか……。


 アカツキは奥歯を噛み締めると、リルの家族の静止を振り切り村へと向かって走り出した。「待って」という、リルの泣きそうな声が後ろから聞こえたが振り返ることはしなかった。


 村からは轟音が鳴り響いている。きっとじいちゃんはまだ大丈夫なのだ。どうやって軍と一人で戦っているのかはわからないが、あそこから轟音が聞こえる限り、きっとじいちゃんは生きているのだろう。


 一抹の希望を胸にアカツキは村に向かって走る。

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