犯罪者と国王

 そんなアカツキたちの姿を目にしていたプライア軍の兵士が叫ぶ。


「何人か外に逃げたぞ。追え!!」


 どうやら、そう簡単には戦場を抜けることはできないようだ。別に外から攻撃するつもりなど毛頭ないのだから、放っておいてくれてもいいような気がする。しかし、それはこちらの都合であって、相手からすれば二人もレジスタンスの一員なのだ。


 二人は中庭を敵兵と鉢合わないように走りながら、王宮の中の様子を覗う。下の階は、どこもかしこも火の手が上がり、真っ赤に染まっている。それに比べて、二階は未だに静かなままだ。


 だが耳を澄ませていると、二階から銃声や金属音とは異なる音が聞こえてきた。ヨイヤミもそれに気が付いたようで、お互いに顔を見合わせて頷きあう。


 しかし、そこで敵兵と鉢合わせてしまった。戦わざる負えない状況に二人は陥った。


 幸いなことに、この場所にレジスタンスは一人もいないので、資質の力が不自由なく使うことができる。二人は敵兵と対峙し、構えを取る。


 相手側は三人で、銃を持った兵が二人に武器を持った兵が三人だ。少数で来てくれたのは不幸中の幸いということだろう。


 距離のある場所にいたプライアの兵士が早くも銃を放った。どうやら、こちらの話を聞く気は一切ないらしい。だが、その銃弾は奇妙に宙に浮いたまま、アカツキたちの前で止まる。


 それを見たプライアの兵士たちは驚愕の表情を浮かべながらこちらを眺める。しかし、どうも銃弾が止まったことに驚いているのではないらしい。この国の王が資質持ちなのだから、そういう存在がいることは知っていてもおかしくはない。


 銃弾を止めたのはヨイヤミだったが、銃弾が止まった瞬間に動き出したのはアカツキだ。邪魔なローブを脱ぎ捨て、サリアから渡された刀を捨て、退魔の刀を出現させる。こちらの方がアカツキは使い慣れているからだ。


 急に現れた刀に、多少敵兵も驚きはしたものの、迷っている暇はないと、大槍を構えてアカツキを迎え撃つ。


 敵兵が突き出した大槍がアカツキへと襲い掛かる。さすがにリーチが長いため、アカツキの攻撃よりも早く、敵の攻撃がアカツキへと到達する。だが資質の力で強化された脚力を持つアカツキは、人とは思えない程の飛翔をみせてそれを躱す。


 その飛翔を見たもう一人の槍を持った兵が、隙ありと言わんばかりの動きで、飛翔したアカツキに向けて槍を突き上げた。


 流石に空中で躱すことはできないアカツキは、刀に炎を纏いながら槍の先端を切り裂いた。すると槍の先端の金属部は溶け落ち、大槍は一瞬でただの木の棒と化す。


 「ひっ」と目を見開いた敵兵から、恐怖の叫びが漏れる。その兵士を護るように、離れた所から銃弾がアカツキに襲い掛かる。


 危ういところで何とか魔導壁を生成したアカツキの前で、銃弾が宙に浮かんでいた。安堵の溜め息を吐くアカツキに、先程の棒切れになった大槍が襲い掛かる。


 咄嗟にアカツキはそれを跳躍して交わす。退避したアカツキに、次々と銃弾が襲いかかってくる。魔導壁がなければ、アカツキも生身の人間だ。あまり気を抜くことはできない。


「何やっとんねん、アカツキ」


 アカツキが手をこまねいていると、横からヨイヤミが飛び出す。皆がアカツキに意識を集中していたので、彼らの動きが一歩遅れる。それを見逃さないヨイヤミは、熱を纏った手で相手を鎧ごと殴りつけた。


 鎧は熱により溶け落ち、生身の体に貫通する。ヨイヤミの咄嗟に纏っていた熱を解き、逆の手で相手の鳩尾を思いっきり殴りつけた。


 相手は勢い良く吹き飛び、地面を数回跳ねた後、その場で気絶する。


「うわああああああああ!!」


 残っていた剣を携えていた兵士が、恐怖で思考があやふやになり、叫びながらこちらに襲い掛かってくる。


「アカツキ、そっち頼む」


 アカツキはヨイヤミの指示通り、銃を持つ兵士たちとヨイヤミの間に割って入り、ヨイヤミへと向かう銃弾を受け止める。


 その間に、ヨイヤミがもう一人の兵士を気絶させる。急造ながらも、何とか二人は連携が取れている。


 残るは三人。離れた場所から銃弾を撃ち込む二人と、既に木の棒と化した大槍を振り回す一人。


「アカツキ、先にあっちの二人やるで」


 大槍の男は、最早ほとんど戦力にならないと踏んだヨイヤミは、真っ先に遠距離攻撃を加えてくる二人に標的を絞る。アカツキたちは全力で、二人の兵士に駆け寄る。


 二人の兵士は悲鳴を上げながら、持てるだけの銃弾を全て、アカツキたちに向けて放つ。だが、それらは甲高い金属音をたてながら、次々に地面に転がり落ちていく。


 やがて、引き金を引いても銃弾が出なくなり、引き金を引くことに必死になっていた二人の兵士は、アカツキたちの拳によって気を失った。


 そして最後に残された兵士が辺りを見回して仲間がいなくなってしまったことを確認している。やけになった兵士は持っていた木の棒を放り投げて、雄叫びを上げながら単騎突撃を敢行した。


 生身の人間が資質持ちを二人も相手にして勝てる訳もなく、ヨイヤミはやけになった相手に呆れて溜め息を吐きながら言葉を漏らす。


「すまんな、あんたらに恨みはないけど、飛んでくる火の粉は振り払わなあかんでな。殺さんから堪忍してくれ」


 そして、目と鼻の先まで接近してきた敵兵の頬を力いっぱい殴りつけ、プライア兵は数メートル跳んだ後、魂が抜けたように気絶した。


「で、これからどうするんだ?」


 戦いを終えたアカツキたちが困っていたのは、二階へと忍び込む方法だった。二階へと忍び込むには、どうやら二階の窓から入るしかないらしい。一階の窓はどこもかしこも騒がしく、入れば一瞬で乱戦に巻き込まれそうだった。


「アカツキ、あの兵の鎧を脱がして持ってきてくれ」


 アカツキは疑問に思い怪訝な顔をしながらもヨイヤミに従う。脱がせた鎧をヨイヤミに渡すと、ヨイヤミが手に熱素を纏い、鎧を溶かし始めた。ヨイヤミは軽く溶けた金属を三本の鉤爪の形に造形していく。そしてローブの中から縄を引っ張り出してきた。


「なんで、お前そんなもん持ってんだよ?」


 アカツキが驚きながら尋ねる。その言葉に、ヨイヤミは、鉤爪の根元の部分を軽く溶かして縄に接着させながら答える。


「えっ?縄って必ず持って歩くもんやろ。何でそんな不思議な顔しとるん?僕は、いつも持ち歩いとるから、アカツキの言ってることわからんわ」


 ヨイヤミは台本をそのまま読んでいるかのような棒読みで、平然とそんな嘘を吐き始める。あまりにも何食わぬ顔でそんなことを言いだしたため、アカツキは呆れてこれ以上尋ねようという気にはならなかった。


「よし、できた。これをこうして……」


 ヨイヤミは完成した鉤爪をくるくると回し始める。そして勢いよく、二回の窓のある頭上に向かって投げつける。鉤爪はうまい事、窓ガラスの庇に甲高い音を立てながら引っ掛かる。


 「よしっ」とヨイヤミは嬉しそうにガッツポーズをする。すると、その縄を伝って、壁に足を掛けながら二階の窓へと昇っていく。窓に辿り着いたヨイヤミは、下が騒がしいのをいいことに、何のお構いも無に窓ガラスを叩き割った。


 そこから中に入っていったヨイヤミが窓から顔を覗かせる。


「大丈夫や。誰もおらへんからアカツキも早く来い」


 アカツキもヨイヤミを見習って、ロープを握ると壁に足を掛けて昇っていく。案外難しいもので、慣れない筋肉を使いながら、アカツキは必死に昇っていく。


 ようやく庇に手が掛かり、そこからは腕の力で無理矢理這い上がった。


「一階とはえらい違いやな」


 先に二階に上がっていたヨイヤミが、辺りの静けさを感じながらそんなこと言う。確かに、人の影はどこにも見当たらない。響いてくるのは、下から鳴り響く金属や銃声。しかし、そこに紛れて地鳴りのような重苦しい音が聞こえてくる。


 二人は顔を見合わせて、その音が響いてくる方向へと早足で向かう。その先には、人の手で破壊したとは思えないような瓦解した壁があり、その先にたった二つの影が向かい合っていた。


「見ろ、アカツキ……」


 ヨイヤミは息を呑んで喉を鳴らし、緊張の面持ちを見せる。アカツキもその空気に圧されて、冷や汗が体中から吹き出る。


 瓦解した壁の影に二人は身を隠し、その先で行われる戦闘を覗き見る。そこには、傷だらけの身体でお互いに睨みあっている、プライアの王とウルガの姿があった。


 それでも尚、彼らは力の限り戦い続ける。






 時を少しだけ遡る。


 ウルガは門先の庭園に足を踏み入れたところで、地面から吹き上がる水に襲われた。そして、その水によって、王宮の二階部分まで吹き飛ばされ、二階のバルコニーの部分に着地した。


 バルコニーの先に見える窓の向こうには、ひとりの男が待ち構えていた。


 彼はプライア国の王、その名は『ドミニク』。


 ウルガは窓を叩き割ることなく、静かに窓を開いて部屋の中へと足を踏み入れた。そこにはドミニク以外の姿は一つもなく、資質持ち同士で戦おうというドミニクの意思が覗えた。


「わざわざのお招き、痛み入る」


 皮肉交じりのウルガの言葉に対して、ドミニクは落ち着いた声音で返事をする。


「資質持ちに暴れられても、兵を無駄に減らすことになりますからね。我々は我々で戦おうと思っただけです」


 ウルガはそんなドミニクの言葉に鼻を鳴らしながら、挑発するように告げる。


「賢明な判断だ。だが、お前が死ねば、お前がわざわざ俺をここへ来させたことも水の泡だ。そもそも、俺の部下がお前たちプライア軍の兵士よりも劣っているとは思えんがな?」


 既に戦いは激化しているようで、静けさが立ち込めるこの部屋に、下から戦いの音色が響き渡ってくる。


「そうだったとしても、資質持ちが生き残れば戦況は大きく変わります。我々二人の戦いこそが、この戦争の本質であって、彼らは所詮副産物に過ぎません」


 そんな副産物でしかない彼らが、自分たちよりも先にその命を散らしていく。きっと彼らも本当は無駄だとわかっているのだろうが、それでも彼らの戦いが止むことはない。


「その通りだな。我々を一つの機械と例えるなら、奴らがいなくとも本体は動く。奴らは所詮あれば便利な付属物に過ぎない。だが、我々が本体でいられるのは、我々が優れているからではない。ただ、運よく王の資質という使い手に選ばれただけなのだ」


 そんなウルガの言葉が気に喰わなかったのか、ドミニクは怪訝な表情を浮かべる。


「我々ではなく、王の資質を使い手に例えるのですか?」


 ウルガは首許にある八芒星の印を、ドミニクに向かってマジマジと見せつける。


「そうだろう。我々はこの力のせいで、戦争を強いられる。確かに戦争を起こしているのは自分たちだが、そもそもこんな力を持たなければ、我々は戦争しようなどと考えもしない。結局、我々は王の資質によって戦争をさせられているに過ぎない。人間など、ただの道具に過ぎない」


 王の資質を見せるということは、自ら弱点を曝しているということ。それは、相手を舐めているからこそできることに他ならない。


「挑発のつもりですか……?」


 ドミニクは歯噛みしながら表情を歪め、ウルガを見据える。その瞳にはウルガへの哀れみが内包されている。


「それにしても、悲しい考え方ですね……。いや、それはただの逃げですか。戦争を起こすことを、王の資質のせいにして、そうやって自分を肯定する。それではだれも救われませんよ」


 ドミニクの言葉を聞いたウルガが、突然声をあげて笑い始める。それは挑発なのか、それとも本気で笑っているのか……。ドミニクはただ相手の出方を窺うように平静を装いながら、ウルガを眺め続ける。


「資質持ちは誰も救われはしない。戦うためだけの力で、そいつ自身が救われる訳がなかろう。初めはいいとしても、いずれ罪の意識で押し潰される。だからこそ俺は、自分の命が尽きるまで、誰かを救うためにこの力を使う。それが、どれだけ悪手であろうとも」


 ウルガの意図するところはわかった。彼もまた弱い人間の一人なのだ。罪の意識に勝つことができないから、その罪を誰かに押し付けて、罪の意識から逃げている。


 けれど彼の彼がやっていることは、決して許されることではないけれど、純粋な悪でもない。純粋な悪など存在しない。物事には必ず、誰かの意思が介在しているから。


「そうですか。別に、あなたたちの活動が悪いとは言いません。奴隷制度が間違ったものだというのもわかっています。ですが、奴隷が経済に大きく関わっていることは否めません。急に奴隷解放なんてことになれば、この国の経済は崩壊します。あなたたちのように、ただ国を襲って奴隷を解き放つのとは、訳が違うんです」


 ウルガ急に声を上げて笑い出した。それは誰がどう見ても、嘲笑だということは明白だった。


「それは、偽善だな。それを言うなら、元から奴隷制度なんてものを取り入れなければいいだけの話だ。取り入れたのはお前だろ」


 これまで平静を装っていたドミニクの表情が歪み、感情が顔を覗かせる。


「違いますっ。私は引き継いだだけです。奴隷制度は、私の父親が取り入れた制度です。だから私にはどうすることもできなかった」


 ウルガはその言葉に額に手を当てながら声を上げて高笑いし、吐き捨てるように言った。


「笑わせるな。それもお前の血族がやったことだろ。なら、自分で責任を取れ。自分がやったわけじゃないから、なんていうのは子供の言い訳でしかないんだよ。お前はもう、国王という座に就いた立派な大人だ。全ての責任を背負う覚悟を持たなければならない。ならば、やはりお前が言うことは偽善だ。こんな言い争いに意味はない」


 一度俯いたドミニクの表情から再び感情が消えていた。最早言い争いは沢山だ、と言わんばかりに、これ以上の会話を許さない程の冷たく思い声音でドミニクは告げる。


「なら私は、グランパニア傘下プライア国王『ドミニク・プライア』として、レジスタンスリーダー、ウルガ・ヴェルウルフ。貴方の首を貰い受ける」


 ようやく戦う気になった目の前の敵を見て、ウルガは興奮のあまり一瞬身体を震わせる。


「そうだ、別に言葉遊びをしに来たわけではない。最初から、こうするべきだったのだ」

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