始まった惨劇
陽も完全に落ち、月明かりだけが森の中の吹き抜けを照らす中、レジスタンスの団員は皆、各々の武器などの手入れをして、来る時を待っていた。そんな中、食事を配ったりしているサクラを見てふと疑問に思い、サクラのところへと近寄って尋ねる。
「サクラさん。そういえば、さっきの会議でも名前を呼ばれていませんでしたけど……」
そんなアカツキの問い掛けにサクラは少し恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべながら答える。
「私はこの通り戦闘は全くできないので、給仕としてこの場に付いてきているだけなんだよ。あそことあそこの子と私の三人は、こうやって戦闘前のみんなの世話をするのが仕事なの。これくらいしか私にできることはないから」
少し離れた所で、サクラと同じように皆の世話をしている女性たちを指差しながら説明をしてくれる。話し終えたサクラは少し自嘲するように笑うので、アカツキは慌てて否定する。
「そんな事ないですよ。戦闘前の皆の世話をするのも、このレジスタンスにとって、とても大事な仕事だと思います。だから、そんなことしかなんて言わないでください」
そう言って、精一杯励ます。サクラはクスッと笑うと、アカツキに一つのおにぎりを差し出す。
「ありがと、アカツキ君。これ、私が握ったおにぎり。これ食べて、ちゃんと元気に戻ってきてね」
アカツキはそれを受け取ると精一杯の笑顔で「はいっ」と答える。元の場所に戻って、おにぎりを口にすると、少しだけ塩辛かった。
「サクラさん、塩の量ちょっと多いよ……」
アカツキはそう小さな声で呟きながら、相変わらずどこか抜けてるな微笑みながらおにぎりを頬張った。しかしそのおにぎりは、今まで食べたどのおにぎりよりも美味しく感じられた。
午後十一時を回ったところで、集合がかけられ、遂に戦地へと向かう準備が始められた。
まずは各部隊に分けられ、それぞれの班員を確認する。アカツキたちの班のサリアと呼ばれる女性をアカツキは知っていた。
幹部の中でただひとりの女性。全体的に軽装であり、大事なところ以外はほぼ露出状態である。そんな格好を見ていると、つくづく女性に少しは慣れておいてよかったと、こんな時に不謹慎な考えをアカツキは巡らせていた。
しかし、この格好には理由がある。サリアは基本的には先遣部隊であり、隠密行動に秀でている。そのため、なるべく重量を減らすために、必要最低限の場所だけしか隠していない格好となっている。
彼女は、近距離戦ではナズナをも凌駕する力の持ち主らしく、あのナズナが尊敬の念を抱いている。
「先遣部隊のリーダーを務めるサリア・テレンプトだ。よろしく。ナズナとトオルはよく知ってくれていると思うけど、君たちは初めましてだね」
そう言って気さくに手を差し伸べられた手を取り、アカツキは握手を交わす。明るくて、気さくで子供っぽい人というのがアカツキの第一印象だった。身長もアカツキたちとほとんど変わらず、ナズナより、あらゆるところが幾分か小さい。
しかし、この体格すらも隠密をこなせるひとつの要因なのだろう、とアカツキは自己解決する。レジスタンスの幹部をやっているとは到底思えないような相貌であるが、人を見た目で判断するのは愚か者のすることだ。
「基本的には王宮に到着するまで君たちは、何もしなくていいから。私とナズナで衛兵たちを殺る。君たちは後方支援で、私たちがもし見逃したやつがいたら、その時は君たちに頼むよ」
そう言ってサリアは背中の後ろに隠していた二振りの刀を、アカツキたちに差し出す。
「先遣部隊は音を立てるわけにはいかない。相手に気づかれるからね。だから銃器は厳禁なんだ。私たちが使うのは、こう言った得物だけなんだよ」
アカツキとヨイヤミはサリアから刀を受け取ると、鞘ごと紐で縛って背中に括り付ける。
慣れない重みが右肩にかかる。こんなことなら、もう少し普段から刀を常備して慣らしておけばよかった、とアカツキは悔やんでいた。ヨイヤミも背中に刀を括り付けながら、どこか満足気な顔をしていた。
「うんうん、君たち二人共似合ってるよ」
サリアも満足そうな顔で頷いている。そんなサリアを見ていると、認められたような気がして悪い気はしない。
ふと視線の先に何も武器を持っていないトオルがいて、気になって尋ねてみる。
「トオル、お前は何も武器を持たないのか?」
アカツキが尋ねると、トオルは自分の足元に置いてあった袋からゴソゴソと何かを取り出した。袋から出てきたのは、金属製の巨大な爪。刃渡り十五センチくらいの金属の爪が五本並んでおり、トオルはそれを両腕に装着する。
「これが、俺の武器やで。カッコええやろ」
それを見たアカツキは、トオルは見るたびに猫度が増していくな、と少し呆れながら嬉しそうにしているトオルを少し呆れた眼で眺めていた。
武器といえば、サリアは何も着けているようには見えなかった。本人に聞くのは、なんとなくはばかられたので、ナズナに尋ねることにした。
「ナズナさん、サリアさんは武器持ってないんですか?」
アカツキの問い掛けに、ナズナはサリアの腰の辺りを指差しながら言った。
「サリアさんは、私たちみたいな刃渡りの長い物は使わないんだ。腰の裏に脇差を隠し持ってて、それで相手の急所をついて一撃で絶命させる。それがサリアさんの戦闘スタイルだ」
服装などで、あれだけ重量にこだわっていたサリアさんらしい戦闘スタイルだと、アカツキは納得した。武器でも重量の削減は怠らないようだ。
そうこうしていると、サリアがこちらにやってきて、黄土色のローブが渡される。アカツキが何だろうと首を傾げていると、それを察したナズナが告げる。
「先遣部隊のメンバーを見て、何か気付くことはないか?」
そう言われて、アカツキは改めて先遣部隊の面々を眺める。
「女性と、子供しかいない……?」
アカツキは自信なさげに答えるが、どうやら正解だったようでナズナは話を続ける。
「まあ、そういうことだな。先遣部隊は女、子供で集めて、敵の油断を誘うのが目的だ。それなのに、武器を剥き身で持っていたらどうなる?」
もうわかるだろ、と言わんばかりの表情でナズナはそれ以上を話そうとはしなかった。アカツキも十分に理解できたから、それ以上を聞こうとは思わなかった。つまり、武器を隠すためのローブなのだ。
それを理解して、背中に括り付けた刀の上からローブを羽織ると、ようやくウルガから指示が出る。
「では、これより侵攻を開始する。先遣部隊に続き、他の者は衛兵の視界の外で待機。衛兵の絶命を確認し次第、全員で突入する」
そして遂に、戦争の時がやってきた。
五人は雑木林を抜け、顔以外をローブで覆いながら、衛兵の待つプライアの門へと歩いていく。そこにはもうすぐ零時を迎えようとする夜更けに、欠伸をしながら門を見張る衛兵が待ち構えていた。
「こんな夜更けに女、子供が何の用だ?この時間の出入りは禁止されているぞ」
案の定、五人は衛兵に止められる。サリアとナズナは止められながらも、必死に辺りに視線を送り、この場所にいる衛兵の数を数える。
「すみません。この子が途中で足をくじいてしまって、そのせいで皆の歩みが遅くなってしまったのです」
ナズナがサリアの頭を撫でながら、衛兵たちに同情を誘うような演技をする。確かに、この女、子供の集団がまさかテロリストだとは思うまい。
サリアたちが危惧しているのは、少し離れた所にいる三人の衛兵だろう。サリアとナズナの近くにいる二人の衛兵と合わせて五人。内部に知らされる前に殺るには、少し距離がありすぎる。
「どうかお願いします。昼間から足が痛いのを我慢強いてるこの子を、早く寝かせて楽にしてあげたいんです」
ナズナがわざとらしく騒ぎ始める。それに気が付いた他の三人の衛兵も、どうしたのだとナズナたちに近づいていく。その瞬間サリアの眼の前に立っていた衛兵に銀の閃光が走った。
衛兵は自分に何が起こったのかもわからないような表情をしながら、「へっ……」という気の抜けた音を漏らすと、首から先がゴロンと地面に転がり落ちた。
それに気が付いたもう一人の衛兵が悲鳴を上げようとしたが、口から漏れるのは空気が抜けるような音だけだった。もう一人の衛兵も、首から上を失って、力無く膝から倒れていく。
こちらに歩み寄ってきていた衛兵たちが慌てて、踵を返して城内に向かおうとする。
「やばい……、王宮に伝えろ。敵襲だ」
三人は必死で、もがくように足を絡めながら、覚束ない足取りで走っていくが、ナズナとサリアは彼らに一瞬で追いついてしまう。そして背を向ける衛兵たちの首筋を一太刀で切り裂いていく。
そして残った最後の一人の前に立ちはだかったのはトオルだった。フードから覗くトオルの手には、銀色の鈍い光がチラついている。
「貴様らああああああああ」
衛兵は腰に携えていた刀を抜きおおきく振りかぶりながら、トオルに斬りかかろうとした。だが、振り下ろす前に、衛兵の首から頭に掛けて十本の赤い線が刻まれ、そこから鮮血を振りまいて絶命した。
ほんの一瞬の出来事だった。その間に五人もの命が失われた。あまりにもあっさりと死んでいく五人の衛兵に、アカツキは本当にそれが人間なのかという疑いを抱いてしまう。
アカツキはその光景に恐怖したものの、その本質はわからないまま、戦場へと足を踏み入れていった。
衛兵がいなくなったことで、ようやく本隊が動き出す。ウルガ率いる三百以上の戦士たちが、遂にプライアの前に集結した。
いざそれぞれが武器を持ちこうやって並んだ姿を見ると、改めてこれから戦争を行うのだという実感が湧いてくる。いや、既に戦争は始まっているのだ。現に、既に五人の命が奪われているのだから。
「準備はできたか?」
ウルガが全員に向けて尋ねる。いつもならここで、雄叫びのような返事が返ってくるのだが、今はそういう訳にはいかない。皆がそれぞれに黙って頷く。
「よし、行くぞ」
そう告げたウルガは先頭に立ち、腰を屈めて構えると、右手に黄土色の魔法陣を生成していく。魔法陣を纏った右手を引き、それを門に向かって押し出すと、一本の巨大な岩の柱が魔法陣から放たれ、門を突き破った。
轟音を轟かせながら倒れたプライアの巨大な門は、早くも数軒の家を呑み込んでいく。軍人も住人も関係ない。戦争になれば、誰も命も尊重されることなどなく、隙をみせた者から順に消えていく。
「掛かれええええええええええ」
ウルガの号令と共に、ウルガが作り出した岩の橋を、三百以上の戦士たちが雄叫びを上げながら渡っていく。目指すは城下町を越え、その先に鎮座する王宮。
突如騒がしくなった城下町に、何が起こったのか理解していない住民たちは、ちらほらと大通りに顔を覗かせる。レジスタンスの面々はウルガの命令通り、大通りへと出てくる野次馬たちを、何の迷いもなく次々と殺していく。
穏やかに静かな夜を迎えていた街は、突如鮮血が飛び散る戦場へと姿を変えていた。辺りでは、火の手が上がり始め、最早止めることのできない戦争の火蓋が切って落とされた。
だが、城下町はあくまでも通り道に過ぎない。やがて、レジスタンスにお集団は王宮へと辿り着く。そこには騒ぎを聞きつけて、既に武装したプライア軍の面々が雁首を揃えており、いつでも戦える体勢を取っていた。
「な、なんだ貴様ら。こ、ここは、プライア国王の宮殿であるぞ」
宣戦布告もされないままに始まった戦争に、プライア軍も焦りを隠しきれていない。目の前の敵が何者なのかすら、彼らは理解していないのだ。恐らく、なぜ襲われているのかも理解していないだろう。
だが、そんな戦争はこの世界では日常茶飯事なのだ。戦争こそがこの世界の日常であり、そこに意味を求める者など、今ではほとんどいなくなってしまっている。
「そんなことはわかっているさ」
レジスタンスの面々の後ろから、重くのしかかるような声音が響き渡る。皆が順に道を空けると、一人の巨漢がその道の真ん中を重い足取りで歩いてくる。
その男の顔がはっきりと見える距離に来た瞬間、プライア軍の面々の表情が一気に青ざめ、生気を失ったような表情を浮かべる。
「ま、まさか……、き、貴様は……」
その姿を見た瞬間、プライア軍のほぼ全ての者が、自分たちの敵を理解した。そして、今目の前にいる者が何であるのかを理解した。
「だから……、戦争をしに来たんだよ」
その言葉と共に、巨漢は手に持っていた巨大な鎖を、ジャラジャラと金属が擦れる音を鳴らしながら、思いっきり鎖の先を門に向けて投げつけた。
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