背中あわせ
沢村基
背中あわせ・晶一の帰宅
止まれ、と書いた逆三角形の道路標識が立っている角を曲がると自宅マンションが見えてきた。駅から続くにぎやかな通りから少し入ったところだ。
隣家と境目に低いブロック塀があって、周囲に背の高い雑草が茂っているのが夜目にもわかる。
一階の自室に目をやると、ベランダに赤い火がぽつんとともっていた。
季節はずれの蛍みたいだ。そう思った。明るくともったところで、この寒空に相手などみつかるはずもないのに。
赤い火はすいっと持ち上がると、家の内部からのあかりに逆光になった人影の口元にとまる。
あいつが来てる。
喜んでいいのか、悲しんでいいのかよくわからなかった。とりあえず、あいつまだ生きていたんだな、と思った。胸のすみに置きっぱなしになっていた荷物が一つ、急にどかされたような気持ちだった。
駅から続く商店街には「花みずき」という喫茶店がある。俺の母親が祖父から引き継いだ小さな店だ。ビルの隙間にある入り口は自動ドアの幅くらいしかなくて、しかし奥はやたらと深い。細長い店だ。外の陽は入らないが、静かで落ち着いた雰囲気がある。
早くに父親を亡くした俺は、この小さな喫茶店の売り上げで、なんとか大学まで行かせてもらった。
俺が今一人暮らしをしている部屋は、この店の倉庫がわりとして近くに借りているマンションだった。喫茶店のバックヤードが狭すぎるのだ。
家族向け3LDKの部屋の二部屋を倉庫に使い、ダイニングキッチンと風呂、トイレは俺の住居スペースになっていた。
家族はみんなここの鍵を持っている。
そう。あいつも家族だったな、とまた複雑な思いがわいた。
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