第11話 《憤怒》の魔剣

 


 八大魔剣とは古代八王国の魔王がそれぞれ所持していた八振りの魔剣のことだ。

 魔界の創造と時を同じくして、神が投げ捨てた八つの感情が剣と化したもの。

 一説には『完璧主義の神は己の内にある罪の源を嫌悪し、己より分離させて放り出したのだ』と言われている。

 もとは神に仕える天使であったルキフェル王国の始祖ルキフェルは《傲慢スペルビア》の魔剣を手に入れた。

 そして、ルキフェルに従い、神へと反逆した堕天使たちの中で、力の強い者・野心のある者が他の七振りの魔剣の主となったのである。

 シャイターンは《憤怒イーラ》の魔剣の使い手となり、ルキフェルから離反。シャイターン王国を建国した。それぞれの魔剣の主が興した国が古代八王国と呼ばれる。

 八大魔剣は国を滅ぼしかねないほどの魔力を秘めた兵器であり、当然のことながら使い手を選ぶマジックアイテムだ。基本的にそれぞれの国の魔王と、その血族にしか使用することはできないと言い伝えられている。

 だからこそシャイターン王族の血を引くファリーダが驚異となるのだ。


「これが《憤怒》の魔剣かぁ……。ゼノの《傲慢》と似てるね」


 百五十年前の戦争でルキフェル王国が最後のシャイターン王ファッターフを打ち倒し、戦利品として得た《憤怒イーラ》の魔剣。

 王城の地下深くに位置する保管庫、幾重にも張られた結界の中央で台座に突き立てられたその魔剣の意匠は、ゼノが腰に帯びた魔剣と類似する点があった。


「八振りの魔剣はそれぞれ共通する意匠を持つが、《傲慢スペルビア》と《憤怒イーラ》は特によく似ていると言われている。魔剣の性質は魔王の気質と同等だ。ルキフェル王とシャイターン王が古来より反目していたのも同族嫌悪だったのかもしれんな」

「ゼノは自分が傲慢だっていう自覚が昔からあるよね!」

「当然だ。そうでなくてはこの魔剣を手にする資格がない」


 傲慢。

 それは英語でプライドともいう。

 歴代のルキフェル魔王は自身の力に絶対の誇りを持つ、実に王様らしい王様だと言われている。ゼノはその傾向が特に強い。こいつ、絶対に他人に弱いとこ見せようとしないもん。

 まだ三歳ぐらいだった時からそうだったから筋金入りだ。

 私たちは冷えた石床を踏んで《憤怒》の魔剣のすぐ前まで進み出た。

 鞘ごと台座に垂直に突き立てられ、太い鎖で何重にも縛められた魔剣は独特の威圧感を放っている。


「……封印は緩んではいないが、やはりもう少し厳重にした方がいいか。ディア、やるぞ」

「ちょい待ち、ゼノ。ちょっと試してみたいんだけど良い?」

「何をだ?」

「いや、私がこの《憤怒》を使えたら大幅に戦力が上がるな-、と思って」

「お前が? 《憤怒》を使う?」


 ゼノは飼い犬のケルベロスが雨の日に子猫を拾ってきた時のようにポカンとした顔をし、ついで肩を振るわせて笑い出した。秀麗な美貌が笑いすぎで少々子供っぽく見えるほどだ。

 おぅい、ちょいと失礼じゃありませんかね、ゼノさんよ。


「お、お前が《憤怒》の魔剣の使い手になれると、自分で本気で思っているのか? 朝に腹を立てていたとしても、昼飯時にはもう機嫌良くメシを食べるお前が?」

「ゼノが私を食べ物で機嫌がころっと直る安直な女だと思っていることはよく分かったよ」

「いや、ちが……違わないが」


 違わないのかよ!

 口を尖らせて睨むと、ゼノは咳払いをして笑いを収めた。


「《憤怒》の使い手となるには、相応の『怒り』が必要だ。この世の全てを破壊しうるような絶大な怒り。そんなものがお前にあるとは到底思えない」

「それでも試してみて、もし使えたら儲けものじゃん」

「……止めはしないが。危ないと思ったらすぐにやめろ」

「了解、魔王陛下」


 小さい頃から続く、小言じみた注意に幼なじみとして心配されてるなぁと感じる。

 ですが私も軍部の筆頭、元帥ですからね。

 正体不明の強敵に備えるためにもパワーアップを図りたいのですよ。

 《憤怒》の柄頭に手をかざし、魔剣の魔力と自身の魔力を接続しようと試みつつ、手を近づけていく。すると、冬の日にはお馴染みの静電気みたいなバチッとした痛みが走る。


「痛っ」

「ほら、やめておけ。無理をするな」


 魔力の接続に失敗、というより《憤怒》の魔剣から完全に弾かれたのが分かる。

 私の感覚としては魔剣から全力で拒否られた感じがした。地味にショックだ。


「ものすごい反発があった!」

「たとえ俺が《憤怒》の魔剣だったとしても、お前のようにお気楽な奴が使い手になろうとしたら断固として断るな」

「うーわー、ひどい。ゼノ、ひどいよー。幼なじみに対して厳しいよ」

「阿呆なことを言ってないで、早く始めるぞ。仕事が詰まっている」

「へーい、了解ー」


 ゼノが《憤怒》の魔剣の正面に立ち、私は持ってきたヤドリギの灰で魔剣を中心にして円を描く。円の結節点に自分の血を一滴。ゼノも魔剣の柄頭へ血を一滴垂らす。

 途端に《憤怒》が怒りに身を震わせるようにうなり、ゼノが呪文と魔力でもって封印の結界を紡いでいく。私は円の外へ膨大なゼノの魔力が溢れ出ないように、魔力の流れをコントロール。

 これ、誰にでもできるというわけじゃない。

 魔神の中でも高位じゃなきゃ魔王陛下の魔力行使サポートなんてできないので、私じゃなきゃベリトかその辺に頼むしかないのだ。


「其は《憤怒》を司る剣、其の王は喪われ、其は石塊と成り果てる。ルキフェル王国が始祖・魔王ルキフェルの血を継ぎしゼノビオスが宣言する。汝、封じられし者なり」


 魔剣からの反発を押し切って、ゼノの魔法が発動する。

 どぉん、という音と共に白光が立ち上り、次の瞬間には魔剣の振動は収まっていた。


「ふぃー。さすがゼノ」

「こんなものは一時しのぎにすぎん。そのファリーダという女が本当にシャイターン王族だった場合、ここまでたどりつかれれば封印は解けるだろう」

「そうさせないために私を含め魔神の武官が常時、交代で警備するんでしょ」


 王城の最深部とはいえ、正体不明の強敵や魔神のファリーダは油断ならない。

 基本的に魔神の相手は魔神にしか勤まらないのだ。だから、私を含め、魔神十三家門に属する魔神を招集して、交代で警備にあたることが決定している。


「……いっそのこと王都を《傲慢スペルビア》で灼き払って、反乱分子を一掃できれば楽なのだがな」

「ゼーノー、破壊衝動が口に出てるよー?」

「別にいいだろう。ここにはお前しかいない」


 私は眉根を下げた。

 時々、出るのだ。ゼノの二律背反する性格というやつが。

 普段はすっごく真面目に良き王として政務に励んでいるのに、ふとした瞬間に全てを破壊してしまいたくなるらしい。

 おそらくは後者の方が、魔王としての性質なのだろう。

 実際、他国の魔王を見回しても、けっこう人格に難のある方々ばっかりで皆さん自分勝手な道を突き進んでいらっしゃる。ゼノの普段の態度は魔王として異常なほどストイックと言っていい。

 だからこそ、この幼なじみが苦しまないよう、どちらの面も否定せずにそばにいたいと思う。


「疲れてる? 私の胸を貸そうか。ほら、どーんと飛び込んでこい!」

「さて戻るか。仕事が山積みだ」

「華麗なまでの無視!?」


 腕を広げた私を置いて、ゼノはすたすたと歩き出した。その後を慌てて追う。

 魔王陛下と私はいつもこんな感じである。


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