殻鎖記紀《カラザイストリア》(1)

青木兼近

殻鎖記紀《カラザイストリア》1

00/23.序

 まずは天殻テンカク、続いて地殻チカク


 地殻チカク獣殻ジュウカク、海には魚殻ギョカク

 

 空に鳥殻チョウカク、果てには魔殻マカク


 数多あまたカラは言葉を覚え、火を熾し


 道具を使い、国を治めた


 だが聞け いつの日か


 カラき者は現れる


 カラき者は蛻殻ヌケガラを呼び

 

 カラなる世界は乱れるだろう


 ( 殻鎖物語χάλαζα ιστορία・カラザイストリア )



 だ!

 敵の矢が、ウォードの大盾を直撃した。だが分厚い一枚板の円盾は打ち抜けない。

 ど!

 再び矢。しかし同じことだ。

 「おうおう! なんだぁ、そりゃあ!」

 矢が刺さったままの盾を振り回し、ウォードが叫ぶ。

 身長2メートルに迫る猿殻サルガラゲノスゴリラの巨体。

 左手に大盾、右手に戦斧、頭に牛角の鍋底兜ナベゾコカブト

 洗練の欠片かけらもない蛮族拵えバーバリアンスタイルが、逆に笑えるほど似合っている。

ぶ太っとい骨の上にぶ厚い筋肉を、これでもかと大盛りにした身体と、艶やかな漆黒の体毛。ただ背中にだけ、純白の刺し色が走る『白銀担ぎシルバーバック』は、一人前のおとこの証だ。

 なお余談、猿殻サルガラの女なら誰でも即落ち、というほどのだとか。とはいえ、

 「野良猫どもが! 他人様ひとさまの盾に便か? 礼儀知らねえにもほどがあるだろうが!」

 遥か眼下の猫殻ネコガラたちに向け、下品な挑発を連発する今の姿を見られたならば、果たしていかがなものか。

 どどどっどどど!!

 挑発に乗って矢の嵐、これぞ矢衾やぶすまだ。

 高い高い木の枝の上、分厚い木の床を乗せ、幹を削って神棚かみだなまつっただけの、いかにも雑な戦棚イクサダナ。しかし頑丈さは折り紙付きで、地上から矢を打たれた程度ではびくともしない。

 「ざまあ!」

 気勢を上げるウォードを、

 「ウォード。ちょっと静かにして」

 鋭くたしなめたのはミーマだ。すらりとした身体に、純白の体毛をまとった猫殻ネコガラの女戦士。

 頭上にちょこんと立つ、思わず撫でたくなるような小さめの耳。対して、不用意に近づくものを決して許さない、銀色に張り詰めたヒゲ。さらに猫殻ネコガラ特有のつり上がった目尻と、射すくめるような黄灰色の瞳。

 美人、いやここは『美猫』というべきか。

 そのミーマ、1人の赤子へ授乳の真っ最中だ。安全な戦棚イクサダナの奥にのまま、尼僧服に似た黒い法服の胸をはだけ、そこだけは体毛のない艶やかな片胸を露わにしている。

 美脚・美腰が自慢の猫殻ネコガラには珍しい、豊かな乳房。最近は授乳がウォードの眼の前でも、胸を隠さなくなったミーマだ。

 「お、悪りぃ」

 ぶ太っい指を兜の隙間に突っ込んだウォードが、ごりごりと頭をかく。同時に、ゴリラの真っ黒な顔をくしゃっ、と緩ませる。その視線の先。

 薔薇色に色づいたミーマの乳首を赤子がくわえ、じっと目を閉じて無心に乳を飲んでいる。

 サラサラの黒髪、クリーム色の滑らかな肌。赤いほっぺ。

 男の子。

 「よく飲みやがるぜ」

 「そうね」

 ミーマの応え、言葉こそ素っ気ないが、口元には微笑。

 「しかし一体、何殻ナニガラなんだろな、こいつ?」

 ウォードが首をひねる。彼らのもとへ赤子がやって来て以来、ずっと尾を引いたままの、それは謎だ。

 身体の形は猿殻サルガラに似ているが、こんなに体毛の少ない猿はいない。といって、同じツルツルの肌でも海豚殻イルカガラのような、いわゆる水棲哺乳類系とも違うようだ。

 「どうでもいいでしょう?」

 一方のミーマは平然。半年の間、母親代わりに乳を飲ませて育てた彼女にとって、いまさら赤子が何者であったとしても、言葉の通りなのだろう。

 「まあな」

 ウォードもまた、そこまで真剣に気にしてはいない。

 「マヒトはマヒト、だよな」

 マヒト。

 それこそが、数奇な運命をまとった赤子の名前。

 「はい、終わり」

 授乳を終えたマヒトが、ウォードへと渡される。授乳後にゲップをさせるのが、彼の得意技なのだ。

 一方、木の下では、

 「上だ! 木に登れ!」

 そろそろ騒がしくなってきた。

 ウォードたちを狙い、地上に展開しているのは『鐘撞隊リンガーズ』。若い女性の猫殻ネコガラだけを集めた特殊部隊だ。

 しかも木登りは猫の得意分野。だが、

 「ご苦労なこった」

 ウォードは余裕。造りは雑でもここは彼らの要塞、木の幹にはびっしりと逆茂木さかもぎが植えられ、その先端には汚物が塗りたくられている。体内に入れば黴菌が増殖し、敗血症を引き起こす。

 安価で凶悪、いわゆる『屍毒』だ。

 ウォードたち3人、この絶海の孤島に閉じ込められていた半年間に、準備に準備を重ねた成果が今、島外からの侵入者に対し、存分に発揮されている。

 「おし、そろそろ行くか」

 ウォードが宣言し、ゲップを終えて眠りに落ちたマヒトを、緩めた革の胸甲と胸の間にぽい、と放り込む。

 絶対安全が保証された、マヒトの特等席である。

 出掛けに神棚かみだな代わりの玉石へ、ぽん、ぽんと柏手を打つ。

 「……!」

 ウォードとミーマが一瞬のアイコンタクト。格闘技の組手じみた、スピーディで息の合った短いキス。

 そして。

 「せえの!」

 密生した木の葉に隠すように結んだつたを握り、2人同時に戦棚イクサダナを蹴る。森の木から木へ、並んで空中ブランコ。

 ひょ……う!

 ミーマの耳元で風が鳴る。

 ざっ!

 敵が気づいて矢をつがえる頃には、もう別の木に移り、さらに空中ブランコをつなぐ。

 ひ! ひょお!

 矢。だが遠い。数も少ない。

 「追え!」

 鐘撞リンガーたちも追跡を開始する。が、地上にも竹の逆茂木さかもぎ。脚が自慢の猫殻ネコガラも、思うようにスピードを上げられない。

 森が切れた。

 島の中央部、山の頂上へと続く道は、岩がちな山肌へと変わる。敵はまだ森の中。

 「もう少しだ!」

 汗だくのウォードが自分自身を鼓舞する。ぶっちゃけ猿殻サルガラは、猫殻ネコガラほど走るのが得意ではない。

 だが島の頂上までたどり着きさえすれば、そこには彼らが築いた最大の砦がある。

 島で最も高い地形を押さえ、周囲に丸太を打って柵をめぐらし、内部には食料や、雪を固めた貯水槽まで備えた。マヒトを加えた3人ならば、半月は楽に立て篭もれる。

 ウォードの見立てでは、たとえ敵の数が今の10倍いたとしても、

 (戦い抜いてみせる!)

 だが。

 「伏せてっ!」

 先行していたミーマの叫び。瞬間、ウォードの巨体がどん、と地面に伏せる。ミーマの警告に対して聞き返しもせず、即座に反応したのは見事。もちろん肘を立て、胸のマヒトを守るのは忘れない。

 び!!

 その頭上を、矢が通り抜けた。

 「下へ!」

 ミーマの指示が飛び、2人が近くの窪みへ逃げ込む。

 だんっ!

 窪みの前に掲げた大盾に矢が刺さる。

 だだん! だん!

 続けざまの矢。

 「上から!?」

 ミーマがウォードの後方に身を伏せながら、山の頂上をにらむ。そして次の瞬間、黄灰色の瞳を驚愕に見開く。

 2人が築いた砦、その強固な柵の上に、猫殻ネコガラの女が立っている。

 「遅かったじゃないの、ミーマァィイ?」

 毒入りの蜂蜜をねるような声。猫殻ネコガラにしか発音できないミーマの本名を、正確に、しかもわざと伸ばし気味で発音する嫌らしさ。

 「……!」

 「なんだとぉ!?」

 ミーマのうめきに、必死に大盾を支えていたウォードが目を剥く。

 鐘撞隊リンガーズの指揮官、『一ノ鐘ファーストリンガー』。

 ミーマの剣の師であり、そしてウォードやミーマをこの島に送り込んだ、その陰謀の張本人。

 冬の間、ミーマからさんざん聞かされた最大の仇敵が、自分たちの拠点を奪って待ち伏せしていた、というのだから当然だ。

 「歓迎するわ、ミーマァィイ!」

 彼女の旗本隊とおぼしき鐘撞リンガーが、砦の中から一斉に矢を射掛けてくる。丸太の柵にしつらえた投石用の狭間ハザマが、完全に逆利用されていた。

 「ちきしょう……っ!」

 ウォードが、はらわたが千切れそうな声で悪態をつく。だが戦人イクサビトとして、これは当然の反応。最大の拠点をまんまと敵に奪われるなど、彼の完全な失策だ。

 「森へ戻るぞ、ミーマ!」

 ウォードが決断する。あの砦の強固さは、築いた彼らが一番良く知っている。

 「だめ、下からも来てる」

 ミーマの声は冷静だが、緊張は隠せない。ようやく森を抜けてきた追手が、ついに追いついてきたのだ。

 山頂と山腹、完全な挟み撃ち。進退窮しんたいきわまるとは、まさにこのことだ。

 「くそ!」

 だん、だだん! だだだん! 彼らの周囲に、豪雨のような矢。ウォードの大盾が、刺さった矢の重さで倍にも重くなったようだ。

 「ミーマ、俺の盾に入れ!」

 ウォードが叫ぶ。

 「どうする気?!」

 「俺が矢を止める! 森へ疾走はしるぞ!」

 前に大盾を掲げ、後ろはウォードの身体をとして矢を受け止めつつ、森へ突入するつもりだ。

 まさに捨て身、だが他に手はない。

 「行くぞ!」

 懐にミーマとマヒトをかくまい、ウォードが立ち上がる。

 「……?」

 だが瞬間、ミーマの目が異変を捉えた。砦から、矢とは別のなにかが飛んでくる。ソフトボール大の、丸くて黒い物体。

 (あれは……?)

 ミーマの動体視力が、球体の詳細をとらえた。尻尾のように見えたのは、

 (導火線……爆弾っ!)

 ミーマの脳髄が白熱する。火薬を使う爆弾は、猫殻ネコガラの国の最新技術。だが、あそこまで小さいものはミーマも初めて見る。

 「ウォード!」

 叫ぶのが精一杯。だが間に合わない。飛来した小型の爆弾が炸裂する。ウォードたちの頭上2メートル。

 ばぁぁああん!!!

 殺傷力は大したことはない。むしろ彼らを打ちのめしたのは、そのだ。

 辺りを真っ白に染めるほどの閃光と、耳が千切れそうなほどの爆音。

 「ぎゃんッ!」

 ミーマが白目を剥き、膝から崩れ落ちる。

 「ほヒッ!」

 ウォードも、ぐわん、と脳髄を揺らされ、意識が遠のく。

 獣殻ジュウカクの優れた耳と目を逆手に取り、敵を無力化する兵器なのだろう。現代で言えば『スタングレネード』か。

 (く……っそぉ!!)

 ウォードが必死に意識を保とうとする。そのすぐそばで、

 「よくやってくれたわ、ミーマァィイ」

 一ノ鐘ファーストリンガーの声。ウォードの胸甲から、マヒトの入った背負い籠が奪われるのが、気配でわかる。

 (マヒト……!!)

 「ついに手に入れた……『神の子』を!」

 熱に浮かされたような一ノ鐘ファーストリンガーの声。そして、


 ああああああ!!! あああああ!!!


 (マヒトが……泣いてる!)

 ゴリラのパワーを全開に、何とか身体を動かそうとする。だが、一度消し飛んだ神経はつながらず、逆に両手両足を抑え込まれ、顔面を地面へ叩きつけられる。

 (……?)

 ウォードの目に、悔し涙がにじむ。その間にもミーマと2人、両手両足を鎖で拘束されてしまう。

 「ご褒美にすべてを見せてあげましょう、ミーマァィイ。私たちが神を呼び、そして神になる様をね」

 一ノ鐘ファーストリンガーの声は甘く、そして歌うように残酷だ。

 

 あああああ!! あああああああ!!


 マヒトが泣いている。

 (泣くな、マヒト!)

 薄れゆく意識の中、ウォードは叫んだ。

あきらめめんな! 守ってやる、


 ウォードとミーマ、そしてマヒトの出会いと戦い。

 それを語るため、時は半年を遡る。

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