殻鎖記紀《カラザイストリア》(1)
青木兼近
殻鎖記紀《カラザイストリア》1
00/23.序
まずは
空に
道具を使い、国を治めた
だが聞け いつの日か
(
だ!
敵の矢が、ウォードの大盾を直撃した。だが分厚い一枚板の円盾は打ち抜けない。
ど!
再び矢。しかし同じことだ。
「おうおう! なんだぁ、そりゃあ!」
矢が刺さったままの盾を振り回し、ウォードが叫ぶ。
身長2メートルに迫る
左手に大盾、右手に戦斧、頭に牛角の
洗練の
ぶ太っとい骨の上にぶ厚い筋肉を、これでもかと大盛りにした身体と、艶やかな漆黒の体毛。ただ背中にだけ、純白の刺し色が走る『
なお余談、
「野良猫どもが!
遥か眼下の
どどどっどどど!!
挑発に乗って矢の嵐、これぞ
高い高い木の枝の上、分厚い木の床を乗せ、幹を削って
「ざまあ!」
気勢を上げるウォードを、
「ウォード。ちょっと静かにして」
鋭くたしなめたのはミーマだ。すらりとした身体に、純白の体毛をまとった
頭上にちょこんと立つ、思わず撫でたくなるような小さめの耳。対して、不用意に近づくものを決して許さない、銀色に張り詰めたヒゲ。さらに
美人、いやここは『美猫』というべきか。
そのミーマ、1人の赤子へ授乳の真っ最中だ。安全な
美脚・美腰が自慢の
「お、悪りぃ」
ぶ太っい指を兜の隙間に突っ込んだウォードが、ごりごりと頭をかく。同時に、ゴリラの真っ黒な顔をくしゃっ、と緩ませる。その視線の先。
薔薇色に色づいたミーマの乳首を赤子が
サラサラの黒髪、クリーム色の滑らかな肌。赤いほっぺ。
男の子。
「よく飲みやがるぜ」
「そうね」
ミーマの応え、言葉こそ素っ気ないが、口元には微笑。
「しかし一体、
ウォードが首をひねる。彼らのもとへ赤子がやって来て以来、ずっと尾を引いたままの、それは謎だ。
身体の形は
「どうでもいいでしょう?」
一方のミーマは平然。半年の間、母親代わりに乳を飲ませて育てた彼女にとって、いまさら赤子が何者であったとしても、言葉の通りなのだろう。
「まあな」
ウォードもまた、そこまで真剣に気にしてはいない。
「マヒトはマヒト、だよな」
マヒト。
それこそが、数奇な運命をまとった赤子の名前。
「はい、終わり」
授乳を終えたマヒトが、ウォードへと渡される。授乳後にゲップをさせるのが、彼の得意技なのだ。
一方、木の下では、
「上だ! 木に登れ!」
そろそろ騒がしくなってきた。
ウォードたちを狙い、地上に展開しているのは『
しかも木登りは猫の得意分野。だが、
「ご苦労なこった」
ウォードは余裕。造りは雑でもここは彼らの要塞、木の幹にはびっしりと
安価で凶悪、いわゆる『屍毒』だ。
ウォードたち3人、この絶海の孤島に閉じ込められていた半年間に、準備に準備を重ねた成果が今、島外からの侵入者に対し、存分に発揮されている。
「おし、そろそろ行くか」
ウォードが宣言し、ゲップを終えて眠りに落ちたマヒトを、緩めた革の胸甲と胸の間にぽい、と放り込む。
絶対安全が保証された、マヒトの特等席である。
出掛けに
「……!」
ウォードとミーマが一瞬のアイコンタクト。格闘技の組手じみた、スピーディで息の合った短いキス。
そして。
「せえの!」
密生した木の葉に隠すように結んだ
ひょ……う!
ミーマの耳元で風が鳴る。
ざっ!
敵が気づいて矢をつがえる頃には、もう別の木に移り、さらに空中ブランコをつなぐ。
ひ! ひょお!
矢。だが遠い。数も少ない。
「追え!」
森が切れた。
島の中央部、山の頂上へと続く道は、岩がちな山肌へと変わる。敵はまだ森の中。
「もう少しだ!」
汗だくのウォードが自分自身を鼓舞する。ぶっちゃけ
だが島の頂上までたどり着きさえすれば、そこには彼らが築いた最大の砦がある。
島で最も高い地形を押さえ、周囲に丸太を打って柵をめぐらし、内部には食料や、雪を固めた貯水槽まで備えた。マヒトを加えた3人ならば、半月は楽に立て篭もれる。
ウォードの見立てでは、たとえ敵の数が今の10倍いたとしても、
(戦い抜いてみせる!)
だが。
「伏せてっ!」
先行していたミーマの叫び。瞬間、ウォードの巨体がどん、と地面に伏せる。ミーマの警告に対して聞き返しもせず、即座に反応したのは見事。もちろん肘を立て、胸のマヒトを守るのは忘れない。
び!!
その頭上を、矢が通り抜けた。
「下へ!」
ミーマの指示が飛び、2人が近くの窪みへ逃げ込む。
だんっ!
窪みの前に掲げた大盾に矢が刺さる。
だだん! だん!
続けざまの矢。
「上から!?」
ミーマがウォードの後方に身を伏せながら、山の頂上を
2人が築いた砦、その強固な柵の上に、
「遅かったじゃないの、ミーマァィイ?」
毒入りの蜂蜜を
「ファースト……!」
「なんだとぉ!?」
ミーマのうめきに、必死に大盾を支えていたウォードが目を剥く。
ミーマの剣の師であり、そしてウォードやミーマをこの島に送り込んだ、その陰謀の張本人。
冬の間、ミーマからさんざん聞かされた最大の仇敵が、自分たちの拠点を奪って待ち伏せしていた、というのだから当然だ。
「歓迎するわ、ミーマァィイ!」
彼女の旗本隊とおぼしき
「ちきしょう……っ!」
ウォードが、
「森へ戻るぞ、ミーマ!」
ウォードが決断する。あの砦の強固さは、築いた彼らが一番良く知っている。
「だめ、下からも来てる」
ミーマの声は冷静だが、緊張は隠せない。ようやく森を抜けてきた追手が、ついに追いついてきたのだ。
山頂と山腹、完全な挟み撃ち。
「くそ!」
だん、だだん! だだだん! 彼らの周囲に、豪雨のような矢。ウォードの大盾が、刺さった矢の重さで倍にも重くなったようだ。
「ミーマ、俺の盾に入れ!」
ウォードが叫ぶ。
「どうする気?!」
「俺が矢を止める! 森へ
前に大盾を掲げ、後ろはウォードの身体を肉の盾として矢を受け止めつつ、森へ突入するつもりだ。
まさに捨て身、だが他に手はない。
「行くぞ!」
懐にミーマとマヒトをかくまい、ウォードが立ち上がる。
「……?」
だが瞬間、ミーマの目が異変を捉えた。砦から、矢とは別のなにかが飛んでくる。ソフトボール大の、丸くて黒い物体。短い尻尾。
(あれは……?)
ミーマの動体視力が、球体の詳細をとらえた。尻尾のように見えたのは、
(導火線……爆弾っ!)
ミーマの脳髄が白熱する。火薬を使う爆弾は、
「ウォード!」
叫ぶのが精一杯。だが間に合わない。飛来した小型の爆弾が炸裂する。ウォードたちの頭上2メートル。
ばぁぁああん!!!
殺傷力は大したことはない。むしろ彼らを打ちのめしたのは、その音と光だ。
辺りを真っ白に染めるほどの閃光と、耳が千切れそうなほどの爆音。
「ぎゃんッ!」
ミーマが白目を剥き、膝から崩れ落ちる。
「ほヒッ!」
ウォードも、ぐわん、と脳髄を揺らされ、意識が遠のく。
(く……っそぉ!!)
ウォードが必死に意識を保とうとする。そのすぐそばで、
「よくやってくれたわ、ミーマァィイ」
(マヒト……!!)
「ついに手に入れた……『神の子』を!」
熱に浮かされたような
ああああああ!!! あああああ!!!
(マヒトが……泣いてる!)
ゴリラのパワーを全開に、何とか身体を動かそうとする。だが、一度消し飛んだ神経はつながらず、逆に両手両足を抑え込まれ、顔面を地面へ叩きつけられる。
(また失うのか、俺たちは……?)
ウォードの目に、悔し涙がにじむ。その間にもミーマと2人、両手両足を鎖で拘束されてしまう。
「ご褒美にすべてを見せてあげましょう、ミーマァィイ。私たちが神を呼び、そして神になる様をね」
あああああ!! あああああああ!!
マヒトが泣いている。
(泣くな、マヒト!)
薄れゆく意識の中、ウォードは叫んだ。
(
ウォードとミーマ、そしてマヒトの出会いと戦い。
それを語るため、時は半年を遡る。
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