∠ 70 もてなし


神楽が向かう先は検討がついた。イルカと光太郎が慣れ親しんだ香具山城である。贋作竹取物語においても、城から月を眺める場面で終わっている。


準備が整うと、翁の車で城に急行した。戦う力を持たない宇美と涼子は讃岐家に残るよう、光太郎は説得したが、二人とも頑として譲らない。結局、ツクヨミの神聖を付与した竹槍と、金属バットを持って決戦に臨むことになった。


城の入り口である大手門には、既に亡者がたむろしている。日本刀を鞘から抜き放ち、翁は勇ましく先陣を切った。


「儂の後に続けええ! きええええ」


翁を単なるスイーツ好きの爺としか思っていなかった宇美たちは、度肝を抜かれた。


「先走り過ぎですよ。おじいさん」


媼は慣れた手つきで、アサルトライフルの引き金を引き、亡者をヘッドショットしていく。数分もせずに戦闘は終わった。さすが姫の家族だ。宇美たちは彼らに頼もしさを感じた。


亡者がいた場所には、古い自転車のサドルや、ちびた鉛筆などが転がっている。


「ツクモガミを利用しておるのだ。自然だけでなく、物にも魂は宿るというだろう」


ツクヨミの解説によれば、生身の人間が操られることはなさそうだ。同じ人間同士で戦うのは避けたい彼らにとって、それは朗報だった。


大手門から狭い坂を上り、本丸のある広場に行くまでは亡者は現れなかった。亡者がいつ現れるかわからない緊張で全員が神経をすり減らす中、神楽が姿を見せた。


「皆の者、よう参られた」


神楽は城の天守から、一同に呼びかける。目を黒いアイラインで強調し、十二単のような色とりどりの着物で着飾る姿には、既にイルカの面影はない。


「城主として歓迎するぞ。妾のもてなし、存分に堪能されよ」


神楽が扇を打ち鳴らすと、夥しい数の亡者が広場を埋め尽くした。


「やはり罠か。月影、二階堂君たちを逃がすために血路を開く。協力せい」


「私たちも戦えます!」


この機を逃せば、イルカは帰ってこない。彼らは本能的に理解していた。

 

足手まといになるのを嫌がる宇美たちを、翁はまぶしげに見やる。


「全く仕方ない子等だ。これは老骨むち打って戦うしかないな」


翁は轟と、うなる剣筋で亡者を屠っていく。媼は翁の隙をカバーしつつ、近寄ってくる亡者をハンドガンのノールックで排除する。


光太郎は聖性のあるクナイで亡者と戦ったが、数が多すぎる。ツクヨミとの戦いでの傷が癒えていないのも相まって苦戦を強いられる。


「小僧! 後ろだ」


頭に載っていたツクヨミの警告で、辛くも回避する。危うく捕まりそうになった。翁が走ってきて、光太郎の周りの亡者を消し去った。


「よそ見をするな! これまでの特訓を思い出せ」


胸ぐらを掴まれ、光太郎は地面から引き離された。翁のこめかみから血が流れている。息も苦しそうだ。


師がこれだけ頑張っているのに、弟子が頑張らないわけにはいかない。光太郎は翁と背中合わせになる。


「光太郎」


いまだかつて、翁に名前を呼ばれた記憶はない。大抵、コードネームの月影と呼ばれる。どういう風の吹き回しだろう。


「お前のイルカへの気持ちを利用して、道具のようにこき使ってしまった。許してくれとは言わんが、謝らせて欲しい」


光太郎は淡々と、亡者の首をはねる。豆腐を切るように味気ない。


「あんたが謝るべき相手は他にいるはずだ。俺のことは気にしなくていい」


「ふん、愛想のない男だ。言っておくが、イルカとの交際を認めた訳ではないぞ。全て終わったら、儂等の所に挨拶に来なさい。お土産は」


話の途中にもかかわらず、翁は亡者の密集している場所に突撃していった。


「栗ようかんがいいなあ!」


スイーツ爺に呆れながら、光太郎は目元の汗を拭う。涙が混じっているが、多くが汗だ。泣いている暇はない。イルカを連れて帰るのだ。


確かに翁も媼も一騎当千の強者だった。しかし、寄る年波には勝てない。徐々に押され始めた。宇美たちは竹槍で応戦していたが、石垣に追い込まれてしまう。光太郎は援軍に向かおうとするが、足止めされ手が回らない。無人の天守をにらむ。


神楽は城の中に引っ込んでいた。城までの距離が遠い。無限に沸いてくる亡者に、気持ちまでも潰されようとしている。


「俺は……、諦めない。全員で、イルカを連れて帰るんだ」


絶対絶命の中にあっても、光太郎は諦めを口にしない。一歩でも前へ。後退はありえない。


その時、雲の流れが変わった。晴天だったにもかかわらず、雷雲の兆しが空を包む。


「Ja。よく吠えたね、ボウヤ」


各自、目を綴じて耳を塞ぐことしかできなかった。暴風と、地獄のシンフォニーのような雷撃が、香具山城一帯に降り注いだ。


雷は亡者を一掃したが、生者は誰一人傷つけなかった。


目を開けてみると、青白い電光をまとったスーツ姿の女性がゆっくりと広場に入ってくる。


「こ、校長……!?」


宇美と共に座り込んでいた涼子が、意外な闖入者に驚きの声を上げる。マリアはすぐさま反応した。


「そこの二名! 宝蔵院校則二十四条、むやみに地面に座らない! 後で反省文を書いて提出しなさい」


「「ひ、ひゃい!」」


二人にとっては亡者より校長の方が恐ろしく、すぐに立ち上がった。


指導を終え、光太郎の隣に立ったマリアは城を見上げる。


「通勤途中に騒がしいから来てみれば、随分派手にやってるわね」


「あんたは……、マリアなのか? それとも」


「どちらでもいいわよ、そんなこと。ここいる貴方たちのように彼女の力になりたかっただけだから」


マリアは人差し指と親指をピストルに見立てると、城に向かって電撃を放った。


「ばーん☆」


電撃は残った亡者をけちらし、城の扉まで吹き飛ばした。


「さ、行きなさい。女をあまり待たせるものではないわ」


皆に背中を押され、光太郎は城に突入した。


城内は薄暗く、殺風景な板の間が続いている。明かり取りの窓からさす光によって、埃が舞っているのが見えた。光太郎は神楽が待つ最上階へ急いだ。

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