276/君を信じてる

 倒れ伏すヴォーちゃんの紺碧こんぺきの瞳に、犠牲の大巨神たちと大楼閣が「両義」となって立ち現れていく様が映る。


 大津波ネクロスグランド気楼・シュラインが煌き合い、大いなる曼荼羅のように展開してゆく。世界が、変わっていく。


「ジョー。『祝吉屋』……いえ、『模造・祝吉屋』も含めた『グランド楼閣・シュライン』のリソース、『大津波』に追いつきます。これは、模造の愛? 虚構の愛? ええと、無名の『犠牲』と同じだけの、この世界にあった無名の『愛』?」


 自分の本質能力エッセンテティアであるが、ジョーにもよくは分からない。


 でも、きっと。


 祖父ちゃんスヴャト祖母ちゃんアンナにあったような愛が。


 この世界の名も知れぬ沢山の人々にもあった。そんな気はする。


 さて。


 ででんと、眼前の悪魔にも伝えてみる。


「という訳で、理論上は『犠牲』の彼方まで『居場所』はつくれるようになった」


 このジョーの発言に、ユイリィ・ネクロス・ヴァルケニオン・デビル、激昂す。


「認めないぞ! 俺は、僕は、自分を『拡大』したいんだぁ~!」


 発狂す。発熱す。暴走す。


 問題に対してちゃんと「代案」を提示して実現可能性を肉付けして明示した。


 それをまったく無視して暴れ狂うなんて。


 そんな無茶苦茶は、駄々っ子だ。


 駄々っ子は、拳で分からせるしかない面もある。


 ああ、しかし。


 この駄々っ子は強くて。


 「大楼閣」の方はともかく、宮澤ジョーという人間本体は、そんなに強くないんだった。


 ジョーの命を刈り取らんと突撃してくるユイリィ・ネクロス・ヴァルケニオン・デビルに対して。


 自然と体が動いた。


 危機の時には、体がこう動くように体得していた。


 「虎龍こりゅう決破けっぱ」――ひい祖父から伝承された、そう呼称される動きだ。


 無意識を相手の波長に合わせて、どんな動きにも付いて行く。そして、「必ず相手より先に相手に触れることができる」……という奥義だが。


 中学の最後の夏。全国大会初戦の最後の試合の時は、それだけではダメだった。負けた。


 前回ヴァルケニオンと戦った時は、触れることさえできなかった。負けた。


 だが、今度は?



――触れることさえできれば。



 信頼していた。俺の背中にあるものを。


 俺の背中にいる、誰かを。


 ユイリィ・ネクロス・ヴァルケニオン・デビルが振るった豪腕をかわし、ジョーの左拳が破滅概念の右脇腹に触れた時だった。


 少年の想いに呼応するように。


 ジョーの後方に立体魔法陣が出現する。


 触れるだけで、充分だったんだ。自分でできるところまでをちゃんとやって、あとは助けてもらっても良かったんだ。


 「虎龍決破」は、自分以外の他者の助力を前提にした奥義だったのだ。


 助力者の攻撃に「必中」を付与する支援系の究極技。


 では、ここで俺に助力してくれる存在とは誰なのか?


 知ってる。もちろんだ。


 信じてる。最初から。


 ジョーの拳が爆裂する。


 鉄拳というよりは砲撃。


 立体魔法陣から伸びた拳が。ジョーの代わりに眩く光輝く赤光を放ったのだ。


「切ない!」


 紅い稲妻が、ユイリィ・ネクロス・ヴァルケニオン・デビルを吹き飛ばす。


 もんどりうった悪魔の眼前に、魔法陣から彼女は姿を現した。


 紺の胴衣と共に纏った上衣は暮れなずむ秋の紅葉のアカで、可憐な小町に優麗な女性の装いを重ね着したような「和」の人物像。



――巡り合いましたるは幾星霜。



 腰衣は大和言葉のような柔らかさを携えながら、どこかでミニスカートという外来的な呼称も馴染む重奏的な趣があり。廻るスリットから健脚がセクシー過ぎない塩梅でのぞいている。



――人々の想い、虚構へと消えても、私はここにいる。



 なびかせる黒髪が、和の国の人だと印象づける。現れたる華奢な少女と悪魔の見た目のパワーの差は歴然なれど、少女の方は揺るぎない勢いに満ちている。



――御覧じて頂きましょう、かつてのときでは叶うことがなかった、我が願いの闘舞。



 悪魔が見上げ、可憐な少女に問う。


「貴様、何者だ!?」


 現代イマではもう古びた、「戦闘少女」の凛とした眼光をたずさえて。


 うん。


 戦艦陸奥という物質に宿った、宮澤陽毬とは異なるこの「たましい」は何なのか?


 ぶっちゃけ陸奥にも分からなかったので、とりあえずこう名乗っておく。


「通りすがりの沈没ちんぼつ戦艦せんかんです!」

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