268/ジョーの代案
アスミはまたこの場所に来ていた。
「境界域」に位置する球体の世界――「
ジョーがヴォストーク1号の最終段階を開放したことで、球体世界の下半分――「
「犠牲」の上に成立・繁栄した現行の人類世界を仇する影の波が氾濫し、城を、塔を、兵器を、人類が築いた「存在」たちを飲み込んでいく。
そんな終末世界で。
アスミの眼前には、見知った女が一人。
「やあ」
と、声をかけてきたのは女将姿(?)の中谷理華である。声は
「『半分引き受け』て、手首の降竜のアザが荒れ狂う状態で、来たのかい?」
確かにジョーが「
「でも私、何だか大丈夫みたい。体が人形だから? 何か不思議な存在になってるらしいから? 私は、まずはイイわ。状況は、どうなの?」
「既に、幾百、幾千、幾万の『犠牲』が優しい『次』へと向かって行っているよ。『S市』の海に立ち現れてしまっていた方を優先して対応したからね。ここ――『
「もちろん。まず余裕をつくる。余裕ができた者が余裕がない場所にいる人を手助けする。それが、
「よろしい、では確認しておくよ。ジョー君の『代案』の
暗黒の海に向かい合っている、
楼閣は、
●ジョーのひい祖父、宮澤兵司の「一度壊れたものを修繕する」というなりわい。
●ジョーの祖父、宮澤新和が「世界」の「真実」への着想を得た「波打ち際の
●ジョーが、震災の日からしばらく経った後に街の銭湯で入った「お風呂」。
祖父・宮澤新和/スヴャトポルクの生きた記憶と、その後の世界の歴史と自身の歴史を参考に、ジョーはこの旅館という「代案」を考案した。
この旅館で、いったい何を?
「はじめに、仕組みを解説しよう。
この『避難所』的な機動温泉旅館を、アスミさんの『世界の主観の領域と客観の領域を転倒させる』能力である『
以下、この「温泉旅館(避難所)」で行われる、ざっくりとした流れは。
◇◇◇
その一、「温泉旅館(避難所)」を成立させているリソースは、愛である。
そのニ、「温泉旅館(避難所)」には宮澤新和/スヴャトポルクたちが集めた「日常」――オントロジカの一つのカタチが貯まっている。それは、「普通」と呼ばれる類のものであろう。
その三、中谷理華の
その四、「普通」になった「元・犠牲」は(心に余裕もできたので)「たましい」の描写力で歴史建造物を擬人化し(「
その五、色々とリフレッシュして「元・犠牲」は歴史建造物と「両義」のリニューアルされた「存在」となり、「次の何処か」で「やり直し」を歩んでいってもらう。
◇◇◇
「ジョー君は思った。つらい目にあった存在たちの皆々様、温泉にでも入って癒されてほしいと」
だから、「破認」で認識を断ち切って隠れ宿的な温泉旅館にいたり、「操認」で犠牲者意識を別の方向へと向けてもらい、「映認」で「温かさ」を視てもらう。
「犠牲」に苛まれていた「たましい」様たちに関しましては、気持ちもスッキリしたところで、歴史建造物と「両義」となって新しい世界へGO! 新生活を始めて頂くというわけだ。
これが、「犠牲」と「進展」を、「アスミ」と「世界」を両方守る、宮澤ジョーの「代案」。
名付けて、機動宇宙温泉「
「『祝韻旋律』の聖女は一旦志麻さんに預けてしまったが、なに、温泉の女将というのも悪くない」
その祝吉屋に向かって。
暗黒の津波が押し寄せてくる。
ジョーが「
「さて、機動宇宙温泉『祝吉屋』、出陣だ」
黒い波が「祝吉屋」前方に陣取るアスミに覆いかぶさろうとした時。
「
彼方よりの掛け声。
斬撃は波を分断し、飛沫へと霧散させる。
アスミとは別ルートからここ、「
散り散りとなった黒い水は今度は人型に集積し、暗黒人形となる。
「ご免!」
陽毬は暗黒人形の片腕を切り落とすと、回し蹴りでその黒体を、「旅館」めがけて蹴飛ばした。
「旅館」へと放り込まれた暗黒人形(犠牲)に対して。
理華は陽気に声をかける。
「いらっしゃいませ!」
「祝吉屋」の中と外界は時間の流れが違うため、外から見てると一瞬ではあったが。
放り込まれた「犠牲――Aさん」はしばらくすると、ホクホクとした顔色で旅館から出てきた。
温泉に入ってきた。美味しいご飯も食べた。良く寝た。みたいな。
「ただいまの『犠牲――Aさん』は十八世紀の欧州のある戦役で犠牲になった方らしい。それが、欧州の小さな国の塔と両義になって、『次』について前向きに考え始めている。興味深いのは、塔はAさんが生前忌避していた類のものだったらしい。『ロジカの世界』では対立していたもの同士が、その外の『レンマの世界』では何かしらの縁起で結ばれている。そんなこともあるのかもしれないね。
Aさんの精神は、湯につかりながら、こんな感じに流れていく。セルフトーク、自分との対話が優しいものへと変わっていくんだ。自分自身に優しい言葉がかけられるようになっていくにつれて、徐々に自分を責めることが手放され、連動して他者を責めることも手放されていく。そうすると、何かやってみようかという気力も湧いてくるものさ。
自分は犠牲者であるという方向にふれすぎてしまった認識の振り子を、ゆらりゆらりと癒しながら、調和の状態へと戻してゆくのには、人それぞれの時間がかかる。数日湯につかるとゆうゆうとした認識へとたち戻ってゆくものもあれば、千年かかるものもある。そう、一回の生では戻れぬものもある。あるいは、有史以来から続いているような、人類が負った万年に及ぶ『犠牲』の認識のようなものさえある。でも私は、悠々とたたずんで、待ってる旅館でありたいと思っているよ。万象の存在が癒されて『ゆう』とした感じで生きられる日が来ることを、願っているよ」
「ええと、Aさん。元気いっぱいになってたけど、あの人(建造物?)どこに行ったの?」
「どこかの『世』かな。その場所で、『やり直して』いくのだろう」
「代案」は順調に進んでいくのかもしれない。そんな希望をアスミが抱きかけたその時である。
理華が、膝をついた。
アスミは理華の華奢な腕をぐっと掴んで。
熱い。病魔による発熱の類とは違う。存在そのものが焼却されていってるような。業火に、焼かれている最中のような。
――「『S市』の海に立ち現れてしまっていた方を優先して対応した」と言っていた。既に、中谷理華にはかなりの負担が?
「あなたも『犠牲』になっては、ダメなんだよ?」
「アスミさんがそんなことを言うなんて。人って、学べるんだね」
「冗談めかす局面じゃないわ。要となる『交換』は全てあなたの能力で行うということでしょう? この作戦、理華への負担が大きすぎる」
「フフ。『交換』は、かつて、『操認』の
「死んでもイイだなんて、そんな」
「あのね。アスミさん、ちょっとだけ、聞いてくれ」
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