198/終わる物語(第九話・了)

 ジョーが、ジョーにとどめを刺そうと近づいてくる大王の気配に、頭を上げると、大王とジョーの間に風が割り込んできた。アスミだ。


 ジョーを庇うように、大王の前に立ちはだかったアスミは、ジョーに背を向けたまま、とても優しく言った。


「ジョー君、ここから先は、しっかりとね」


 体の隅々まで痺れ、指一つ動かすことができなかったジョーは、言葉を発することもできないまま、瞳だけを見開いて、その結末を目撃した。


 ただ、順番が変わっただけとばかりに大王が繰り出した鋭利な手刀が、アスミの中心を、左胸を貫いたのだ。アスミは、その断罪の刃を避けようともせず、むしろ、抱きとめるようにして、受け入れていた。


 おびただしい量の血を流し、痙攣するアスミの体を、大王は手刀で串刺しにしたまま、天に掲げた。アスミのリボンがほどけ、黒髪が垂れ下がる。人間性を剥奪されたアスミは、さながらモズの早贄はやにえのよう。ジョーにとっての大事なものが、途切れようとしていた。


  ◇◇◇


 心臓を貫かれたアスミの、最後の意識。


(合理の魔物め。このタイミングなら、必ず私を先に始末すると思っていた)


 今ここに、真実の体現者の前に、誤謬の少女はそのともしびを消滅させる。


 体を貫いた穴からは血が流れ落ち、口からは喀血かっけつしている。


(この血も、偽物だ)


 絶望の帳が落ち。物語は終劇を告げる。


 アスミという少女は、その瞬間。最後の自分の言葉オトを、行動を、他人のために使ってみせた。


ときのカッシーラー」


 短かったけれど、確かにあった輝いた日々。終わりを告げるアスミの音は、涼やかで、美しかった。



  /第九話「サヨナラの音」・了



  第十話へ続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る