• 非幸福者同盟

  • 第七話「百色の七夕」(幕間エピソード)
  • 148/ジョーの母とアスミ

148/ジョーの母とアスミ

 昼食時。ジョーが家に一度メールすると、アスミを是非連れて来いという返信が返ってきた。


 そのため、朝に家を出た時とは違い、二人のお供を連れて帰宅中である。アスミと百色ちゃんである。


 百色ちゃんは、二人の後を少し遅れて、ペタリと足を持ち上げてはペタリと地面に着地させて、ゆっくりと付いてくる。若い男女の後を、ゆるキャラ的な何かが歩いて追っている光景は普段なら奇妙なものだが、本日のS市は七夕祭りの初日である。道行く人々も、仮装か何かなのだろうくらいにスルーしていた。


「ついてきてるな」

「ついてきてるわね」


 途中、そう言ってアスミと共に何度か振り返って百色ちゃんを確認した。一日「交友権」という名目の特賞の商品だったが、今の所百色ちゃんは一言も喋らず、ただ二人の後を追ってくる。途中、ジョーとアスミが地震で崩れた建造物に対して思う所があり、上方で修復作業に従事する工事の人達を見上げていた時は、百色ちゃんも一緒に同じ方向をしばし眺めていたりもした。


 ジョーのマンションのエントランスホールまで行くと、百色ちゃんは立ち止まり、置物のように動かなくなった。手でヌっと指し示した方向を見て、得心する。百色ちゃんの大きさだと、エレベータに乗り込めないのだ。もちろん、階段から登って行くのも厳しい。ここで待っているつもりらしいので、しばし百色ちゃんは置いて行くことにした。別れ際に、アスミが昼食用にとボディバッグから携帯食を取り出して手渡していた。


「ただいま」

「お邪魔、します」


 七階の玄関ではジョーの母が二人を迎えてくれた。以前、陸奥を連れてきた時とは異なる反応をアスミには見せる。初対面の驚きではなく、昔日の懐かしさがまず滲み出ていたからだ。


「アスミちゃん、なのね?」


 大切な記憶の糸をたどるように母は尋ねた。


「はい、お久しぶりです」

「上がってちょうだい。子供の頃に来て貰っていた家とは違うけど、たぶん変わらないものもあるから」


 リビングルームのテーブルに通された所で、アスミは併設するキッチンで昼食を作っていたメイド姿のカレンと目が合った。こちらも、直接会うのは子供の頃以来である。


「ええっ? 陸奥ちゃん、志麻ちゃんに続いて、まさかの三人目はアスミちゃん? 最近のジョーはどうなってるの?」

「カレンさん、お久しぶりです。その、ジョー君に最近教えて貰って、私の方はカレンさんの動画観たりしてました」

「それは恥ずかしい! 何故か、他ならぬアスミちゃんに観られてたのは何か恥ずかしい!」


 カレンとしては、身内とは違う知己にアップしているネット動画を観られるのには独特の心情があるらしい。一方でアスミの方からすると、久々に幼馴染の姉を見たらメイド姿になっていた状態である。こちらも印象の起伏が激しい。


「今の時代、古い知人とネットで再会するということは多いのだけど」


 ジョーとアスミがテーブルに落ち着くと、ジョーの母がアスミに語りかけてきた。


「アリカさんは、SNSの友人欄に表示されたりはしなかった。それに何故かしら、あんなに親しくしていたのに、つい今しがたアスミちゃんを見るまで、意識の空白になっていた感じ。アリカさんはお元気?」


 アスミは、アスミの母親に関しては再会した日にジョーに伝えたことと同じことを繰り返した。健在だが、今は欧州に行っているという話だ。


「そう。もう一度お会いしたいものだけど」


 ジョーの母は、そのようにだけ返した。ジョーも改めて気づいたが、母親の現在について話す時のアスミにはかげりが見られる。ジョーの母もその辺りは察して、深入りはしない。踏み込むだけの関係性は、会わないでいた長い時間のうちに、薄れてしまっているのだ。


「母の蔵書を読んでいるのですが」


 アスミが言葉を選びながら切り出した。


「そのうちのいくつかは、カンナ小母さまから薦められたものだと聞いています」

「あら、何だったかしら?」


 当のジョーの母親は、本当にそんなことがあったのを忘れていたようである。そこでアスミは、何人か海外の有名な文学作家の名前をあげた。


「ああ、そうだったわ。ちょうど、文芸翻訳の仕事も回ってくるようになった頃でね。それ繋がりで、アリカさんに薦めたものがいくつかあったんだった」

「母にとって、海外の作家を読むきっかけだったようです」


 しばし、アスミと母が文学の話で語らい合う。最近亡くなった米国の作家の話などをしている。ジョーとしては馴染のないジャンルの話である。専門家の母と噛み合った会話をしているアスミを見て、そういえば学校では成績上位者で、アスミは頭も良いのだったとジョーは思い出す。


「あいあい。特性パスタにシーフードサラダだよ」


 カレンがテーブルに昼食を持ってくる頃、アスミと母の会話は佳境に差し迫っていた。


「私ね、『架け橋』を作ろうとこの仕事を選んだから、アスミちゃんの話は何だか嬉しいわ」

「アメリカと日本の『架け橋』ですか?」


 ジョーの母、カンナ自身がハーフなのを踏まえてか、アスミはそう尋ね返した。一方、ジョーの母は、それもあるけど少し違うと返す。他界した米国作家に改めて言及しながら、アスミにこう伝えた。


「今では失われた人間と、今、これからを生きる人間との間の、『言葉の架け橋』、かな」

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