114/ハンド

 陸奥を見送ったジョーの元に、地面を揺らす足音が近づいてくる。


(まだいたのか)


 方々の草が燃えている河川敷を歩いてきたのは、一体の三メートル級怪人であった。


 この怪人もまた、体の隅々に火傷を負っている。ジョーは正直、先ほど半身を焼かれて倒れ伏していた怪人を見てから、彼らに高ぶるような敵意は感じられなくなっていた。元はこの街で上位十二人に入る男達である。強い人間が弱い人間を傷つけたり、弱い人間から奪ったり。年齢のわりにはそういうことも見てきたジョーは、その強さに反発を感じないでもなかった。しかし、そんな彼らも今では焼かれ、より強い人間に色々なものを奪われている。ジョーはとても虚無的な気持ちになっていた。


(だが向かってくるなら、やるしかない)


 蝶女王の能力による束縛は強いらしい。他の三、四メートル級怪人はことごとく倒され、自身もその身が傷つきながらも、怪人はジョーを捻じ伏せんと、両手を広げて近づいてくる。


「おりゃっ」


 せめて一撃でノックダウンしてやると、ジョーは陸奥が置いて行った副砲の一球を、もう要領を得たとばかりに蹴り込んだ。


 しかし、顔面に向かったそのシュートを怪人は片腕でガードして弾き返す。今までのヤツよりも、わずかに動きが機敏である。


 ジョーはバウンドして跳ね上がった光球を、空中で無造作に右手でキャッチした。


(サッカーだったらハンドだが。これは戦いだからな!)


 そのまま、怪人の本体に手が届く距離まで踏み込み、むんずと光球を掴んだまま、掌底で押し込むように腹部にめり込ませる。


 副砲は周囲に光をまき散らしながら怪人にダメージを与え続けるが、怪人の方も引かない。それでも前進してジョーを組み伏せんとする怪人と、このボディー攻撃で決めてしまおうというジョーとの、力の勝負になっていた。


(倒れろ! 倒れろ!)


 念じながら、副砲を押しこむ右手に更なる力を籠めようとした時である。フっと相手の抵抗がなくなり、ジョーは勢いがついたまま前のめりに倒れそうになった。


 気が付けば、怪人の体から、重さが消えている。今まで岩に向かって押していたのが、急に羽でも押していたかのよう。ふわりと、そしてゆっくりと、怪人は倒れてしまった。


 ジョーは自分が押し勝ったのかと思いたい所だったが、何か様子がおかしい。電池切れ、というか、今まで怪人を動かしていたエネルギーのようなものが、急になくなってしまったような。


 そこでハっと気付く。倒れている怪人の胸から、何か光の糸のようなものが、いずこかへ向かって吸い出されている。


「おい。大丈夫か?」


 先ほどまで撃ち倒そうとしておいて何だが、何かこの怪人にとって、否、怪人の元となっているこの男にとって大事な何かが吸い出されているのを察知して、思わず声をかけた。


 吸い出されている光の糸が向かう先に目を向けると、それは愛護大橋があった空間の端まで続いており、そこには大怪人テンマの背中があった。大怪人テンマはアスミの光球に対して耐えている。しかし、体の前面で光球を抱え込んでいる一方で、背中には何処からか伸びてきている光の糸が集まって来ていて、羽のような形容に収束している。


 最初に気づいたのはジョーであった。巨大蝶が撃ち落され、大怪人テンマの肩に乗り移って以来、蝶女王は「何か」を行っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る