113/アスミと志麻
志麻の全身を、内側から外側から針で刺され続けるような激痛が襲っている。とはいえもう、壊し尽くせる所まで壊すのみだ。志麻は再び「蒼影」に意識を集中させ、ガンディーラの使役に入る。
もう一度、大火炎で焼いてあげる。ボロボロの体でそう気力を振り絞った時である。突如、ガンディーラの顏の部分が弾け飛ぶ。撃ち込まれたのは、相対する大怪人テンマのジャブであった。この巨体になっても速く、そして伸びてくるパンチ。連続で放たれてくるその
続いて、背後からガンディーラ本体に重圧がかかってくる。ガンディーラの巨体が揺らぐ中で、かろうじてバランスを取りながら志麻が後ろを見やると、ガンディーラの背中に残っていた七メートル級怪人が組みついていた。何とか振りほどこうとガンディーラの尾と身体を動かすが、離れない。七メートル級怪人に動きを押さえられたまま、大怪人テンマのジャブだけがガンディーラに撃ち込まれていく。そして、その間にも「蒼影」は志麻の生命にとって決定的なものをどんどんと吸い込んでいく。
痛み、消耗、焦燥。何重にも襲い掛かる辛苦の中、志麻の心が更なる暗い引鉄を引くことに逃避先を見つけようとした時である。
眩い光の球が、ガンディーラの脇に出現し、気が付けば後ろから組みついていた七メートル級怪人を遠くまで吹き飛ばしていた。
「バカ志麻。自暴自棄、カッコわるい」
ふわりとガンディーラの肩口に降り立ってきた少女は、アスミであった。しかしその容貌は先ほどまでとは違っており、髪を解いているといった表面的なこともさることながら、根本的な部分で人間としての存在感が希薄になっていた。
「『ハニヤ』、使ったのね」
アスミは振り向きざまに、今度は大怪人テンマに向かって、縦に三つの大光球を生成する。
『
胸、腹、股間という巨体の正中線に大光球を縦一列に撃ち込まれた大怪人テンマは、抵抗を見せながらもその巨体を後退させていく。そのまま、元愛護大橋があった空間の、橋の先、結界が施されてる領域の端まで押し込まれる勢いであった。
「何か、今の志麻。敵だけじゃなくて、そのままS市まで焼き尽くそうって勢いよ」
「そう思ってたのかも。何が正しいのか、価値があるのか、美しいのか、全然分からないんだもの。ただ理解してるのは、自分のような人間には、この世界に居場所がないってことだけ」
「これね。あんたが使ってたヤバい道具」
アスミはいたって自然に。ちょっと頬にご飯粒がついてたから取ってあげる、みたいな感じで、「蒼影」ごと志麻の左の薬指を自分の掌で包むと、『ハニヤ』の光を集中させ始めた。志麻は、アスミが「蒼影」を壊そうとしてるのだと気付く。
「やめて! 何が自暴自棄よ。アスミだって『ハニヤ』を使ってしまって!」
「蒼影」は山川家に伝わる強力な水晶武装である。壊すとなると相当な力がいるはずだ。そして、そのために使ったプラスの力は、『ハニヤ』の性質上アスミにマイナスとして反映されるはずだ。
「本当にやめて。私なんて、もうイイんだから」
構わずに志麻の薬指に自身から生み出される光を集中させるアスミに、懇願するように語りかける。
「よくない」
「なんで!」
「何でって……」
普段着けている、認識阻害の能力を身体に施すための髪のリボンを解いているので、今のアスミは近づくと、ありのままの姿が見えてしまう。例えばジョーにはあんまりありのままの姿を見せたくないとアスミが思っていることに志麻は気づいていた。だからこそ、続くアスミの言葉はアスミと志麻だけの秘匿めいていた。
「友達だから?」
志麻は、素でキョトンとなって聞き返した。
「友達、だったの?」
「ええ? 違うの?」
黒髪を長いまま流して、その体は虚ろで、火が舞う世界で向き合っている。その状況はとても非日常的なものだったが、アスミの口から出る音のテンポ、クールぶってるけどどこかユーモラスな雰囲気、魂の核から出てくる言葉、そういうのは、いつものアスミの感じだった。
(もちろん、そう思ってたけど)
ちょっとボーっとして、アスミの続く言葉を待つ。
「そうそう、志麻、あんたの妄言」
「妄言!?」
「何だっけ。友達とカラオケに行って、旅行に行って、彼氏とデートだったっけ? 私たち、そういうのはなかったけれど。志麻が私が作ったご飯を食べる時の顏が面白かったり。なんか、あんたがネットで拾った面白画像がリンクドゥで送られてきたり。そういうので、私は十分面白かったわ」
(面白い、ばっかり!?)
「だから志麻、あなたから私はもういっぱい貰ってるの!」
アスミの気合一閃、光が強く弾け、志麻の左の薬指にはめられていた水晶武装、「蒼影」は砕け散った。
「でも私は、アスミが美しいと思った街明りを、綺麗だとは思えないの」
砕け散った水晶が、限りなく透明に近い青の粉雪みたいになって、落ちていく。
「それはしょうがないけれど。何かの縁でここまで一緒にやってきたんだし。最後の時まで、近くに居てくれたら、嬉しいんだけど」
俯いたままの志麻に向かってアスミは続けた。
「私はそこまでつきあえないと思うから、無責任になっちゃうかもしれないけれど。今はまだってだけで、未来には、志麻を本当に大事だって思ってくれる人が現れるかもしれない。居場所が見つかるかもしれない」
(そんな自信はないけれど……)
それでも地獄の中で、何かが心に染み入ってきた。だから呼びかけた。
「ガンディーラさん。もうちょっとだけ、歩こうか」
志麻が生み出した竜型機構怪獣ガンディーラは、同意を示すように尾をぴょんぴょんと振った。
遠く、結界の境界領域では、一旦アスミが後退させた大怪人テンマが、大光球の消滅まで耐え切ろうとしている。おそらくは、また動き出してくる。
未来に希望なんて感じられないけれど。
肩口に並んだ志麻とアスミを乗せて、竜型機構怪獣ガンディーラは、体のあちこちに破損を負ったまま、また歩き出した。その一歩一歩は、先ほどまでの破滅へ向かう行進とは少し違う、地に足が着いた歩みだった。
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